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龍と桜
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桜と顔を合わせたくないから、家に帰らなかった。どんな顔してどんな言葉をかければいいのか、俺には分からなかった。
だから繁華街を、黒龍の面子と一緒に歩いていた。
それが何日も続いた。
家に帰らない俺のスマホに、桜から何度も電話があった。母さんは毎度のことだから、気にはしていないらしい。
「スマホ、鳴ってんぞ」
カズキさんにそう言われても、俺は出る気にはならない。桜と何を話していいのか分からなかった。
「龍」
俺を見下ろすカズキさんの威圧に負け、ポケットからスマホを取り出す。画面に表示されていた名前は桜ではなく、ユウキだった。
ドキッと胸が鳴った。ユウキとも顔を合わせていなかった。繁華街でふたりを見る度、俺は逃げていた。
逃げる必要なんかねぇのに、逃げていた。
ゆっくりと冷静を装って、通話ボタンを押す。黒い機械の向こうから聞こえた声は、ユウキの怒鳴り声だった。
『てめぇッ!龍!』
そういう声と共に、ほっと安堵しているような感じに聞こえた。
『やっと繋がった』
ため息交じりに言うユウキの声。ユウキも、俺と連絡が取れないことを心配していたんだろう。
『今どこだ?』
威圧感たっぷりに言うユウキの声。それでも俺は怯むことなく、微かに笑った。
「繁華街」
それだけ言うとまた黙り込んだ。なんとなく事情が読めているカズキさんは、俺から離れて歩いていた。
『繁華街だぁ!?そのワリには会わなかったぜ』
「俺は見てたけどな」
『声かけろや』
「かけ難い」
歩きながらそういうやり取りをしていると、目の前にスマホを片手に歩いて来る人影を見た。
俺に近付いて来たその人影はユウキで、その様子を見てカズキさんは後ろ手に振って黙ってネオンの街に消えた。
「全く、何を考えてんだ」
繁華街の広場でビールを片手に話すユウキに、俺は何も答えない。
ユウキの言いたいことは分かっていた。なんで「避けるんだ」って言いたいんだろう。桜にも連絡を寄越さない俺を、不審がっていたんだ。
「……ユウキ」
広場の地面に座り込んで、星の見えない夜空を見上げた。手に持った缶ビールはもう温くなっていた。
「お前、妹を持つ兄の気持ちが分かるか?」
逃げていた俺が明かす、正直な気持ち。ユウキのことだから気付かないワケねぇとは思うけど、俺は言わなきゃいけないって思った。
「俺はどんな相手だろうと、桜に近付く野郎は許せねぇんだ」
ユウキの顔は見れない。見ると話せなくなると思っていた。
「俺が3歳の春に桜は産まれた。天使かと思ったよ。その日から桜は俺が守るって決めてた」
あの日。
4月の初め。桜が産まれた。
3歳のガキだった俺が、お兄ちゃんをしなきゃいけねぇって思った日。誰よりも守らなきゃいけねぇって思った。
「桜が虐められたら俺が助けに行ったし、桜が困っていたら真っ先に、俺が手を差し伸べた」
誰に言われたわけでもねぇくらい、俺は桜を守ってきた。
それが俺だった。
「オヤジが死んだ日。俺が小学校4年の冬だった。まだ桜は1年だ。桜にはオヤジの記憶が、殆どといっていい程ねぇんじゃねぇか。あの日、死ぬ間際にオヤジは言ったんだ。龍がいてくれるから安心だって。その言葉の通り俺は、桜を守り続けてきたつもりだ」
けど、俺は桜を悲しませたこともあった。
小学校の高学年に上がる頃、反抗期というもんのせいで、母さんとケンカばっかして桜を構うこともしなかった。
桜をひとりにしたこともある。
オヤジとの約束を忘れて、俺は自分のことばっかだった。母さんとのケンカも、そんな思いからだった。
「なぁ、ユウキ」
缶ビールをゴクリと喉に流し込んで、ユウキの名前を呼ぶ。ユウキは俺を見ることなく、悠々とビールを飲んでいた。
「お前、桜が好きか?」
その言葉にゆっくりとこっちを見る。
「何を今更」
照れ隠しなのか、鼻で笑った。
「マジメに答えろよ。本気で惚れてるのか?」
いつになく真剣な俺の問い掛けに、ユウキは飲み干した缶ビールの空き缶を地面に置いた。その様子を俺はじっと見ていた。
「本気だ」
その言葉を聞かなくても分かってる。ユウキが、その他多数の女と縁を切ったって聞いた時から。
ただ、俺がそれを認めたくなかっただけだった。
すっと俺は立ち上がってユウキを見下ろす。俺を見上げたユウキの目は、とても力強く先を見据えているように思えた。
桜との未来を見ている……。
そう思った。
「桜を頼むな」
誰よりも幸せにしてくれ。
それが俺の願いだ。
ユウキならちゃんとそうしてくれる。
そう信じている。
「ああ。桜を守る」
その言葉を信じる──……。
だから繁華街を、黒龍の面子と一緒に歩いていた。
それが何日も続いた。
家に帰らない俺のスマホに、桜から何度も電話があった。母さんは毎度のことだから、気にはしていないらしい。
「スマホ、鳴ってんぞ」
カズキさんにそう言われても、俺は出る気にはならない。桜と何を話していいのか分からなかった。
「龍」
俺を見下ろすカズキさんの威圧に負け、ポケットからスマホを取り出す。画面に表示されていた名前は桜ではなく、ユウキだった。
ドキッと胸が鳴った。ユウキとも顔を合わせていなかった。繁華街でふたりを見る度、俺は逃げていた。
逃げる必要なんかねぇのに、逃げていた。
ゆっくりと冷静を装って、通話ボタンを押す。黒い機械の向こうから聞こえた声は、ユウキの怒鳴り声だった。
『てめぇッ!龍!』
そういう声と共に、ほっと安堵しているような感じに聞こえた。
『やっと繋がった』
ため息交じりに言うユウキの声。ユウキも、俺と連絡が取れないことを心配していたんだろう。
『今どこだ?』
威圧感たっぷりに言うユウキの声。それでも俺は怯むことなく、微かに笑った。
「繁華街」
それだけ言うとまた黙り込んだ。なんとなく事情が読めているカズキさんは、俺から離れて歩いていた。
『繁華街だぁ!?そのワリには会わなかったぜ』
「俺は見てたけどな」
『声かけろや』
「かけ難い」
歩きながらそういうやり取りをしていると、目の前にスマホを片手に歩いて来る人影を見た。
俺に近付いて来たその人影はユウキで、その様子を見てカズキさんは後ろ手に振って黙ってネオンの街に消えた。
「全く、何を考えてんだ」
繁華街の広場でビールを片手に話すユウキに、俺は何も答えない。
ユウキの言いたいことは分かっていた。なんで「避けるんだ」って言いたいんだろう。桜にも連絡を寄越さない俺を、不審がっていたんだ。
「……ユウキ」
広場の地面に座り込んで、星の見えない夜空を見上げた。手に持った缶ビールはもう温くなっていた。
「お前、妹を持つ兄の気持ちが分かるか?」
逃げていた俺が明かす、正直な気持ち。ユウキのことだから気付かないワケねぇとは思うけど、俺は言わなきゃいけないって思った。
「俺はどんな相手だろうと、桜に近付く野郎は許せねぇんだ」
ユウキの顔は見れない。見ると話せなくなると思っていた。
「俺が3歳の春に桜は産まれた。天使かと思ったよ。その日から桜は俺が守るって決めてた」
あの日。
4月の初め。桜が産まれた。
3歳のガキだった俺が、お兄ちゃんをしなきゃいけねぇって思った日。誰よりも守らなきゃいけねぇって思った。
「桜が虐められたら俺が助けに行ったし、桜が困っていたら真っ先に、俺が手を差し伸べた」
誰に言われたわけでもねぇくらい、俺は桜を守ってきた。
それが俺だった。
「オヤジが死んだ日。俺が小学校4年の冬だった。まだ桜は1年だ。桜にはオヤジの記憶が、殆どといっていい程ねぇんじゃねぇか。あの日、死ぬ間際にオヤジは言ったんだ。龍がいてくれるから安心だって。その言葉の通り俺は、桜を守り続けてきたつもりだ」
けど、俺は桜を悲しませたこともあった。
小学校の高学年に上がる頃、反抗期というもんのせいで、母さんとケンカばっかして桜を構うこともしなかった。
桜をひとりにしたこともある。
オヤジとの約束を忘れて、俺は自分のことばっかだった。母さんとのケンカも、そんな思いからだった。
「なぁ、ユウキ」
缶ビールをゴクリと喉に流し込んで、ユウキの名前を呼ぶ。ユウキは俺を見ることなく、悠々とビールを飲んでいた。
「お前、桜が好きか?」
その言葉にゆっくりとこっちを見る。
「何を今更」
照れ隠しなのか、鼻で笑った。
「マジメに答えろよ。本気で惚れてるのか?」
いつになく真剣な俺の問い掛けに、ユウキは飲み干した缶ビールの空き缶を地面に置いた。その様子を俺はじっと見ていた。
「本気だ」
その言葉を聞かなくても分かってる。ユウキが、その他多数の女と縁を切ったって聞いた時から。
ただ、俺がそれを認めたくなかっただけだった。
すっと俺は立ち上がってユウキを見下ろす。俺を見上げたユウキの目は、とても力強く先を見据えているように思えた。
桜との未来を見ている……。
そう思った。
「桜を頼むな」
誰よりも幸せにしてくれ。
それが俺の願いだ。
ユウキならちゃんとそうしてくれる。
そう信じている。
「ああ。桜を守る」
その言葉を信じる──……。
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