紅い薔薇 蒼い瞳 特別編

星河琉嘩

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龍と桜

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 桜が自殺をしたって聞いたのは、ユウキと話をしてからすぐのこと。珍しく母さんからスマホに電話があった。夏休みは特に電話なんかして来ない俺の母親が、震える声でかけて来た。



     ◊ ◊ ◊ ◊ ◊



「──……え?」



 母さんの言ってる意味が、理解出来なかった。どうしてそんなことになったのか、意味が分からない。
 理解出来ない。
 だって、この前嬉しそうにユウキの隣にいたんだ。ユウキの部屋で、愛しそうに抱きしめ合っていた。
 ユウキと何かあったなんてことは考え難い。
 俺に約束をした。
 ユウキは桜を守ると約束した。


「母さん……?何を言って……」
 スマホの向こうの母さんに問いかける。だけど何度聞いても、泣きながら聞こえる言葉。



 ──桜が自殺した……。



 信じられない。桜がそんなことを……。
 アイツが、命を粗末にするような行為をするとは思えねぇ。けど家に戻った俺が見たものは、自分の部屋で首をナイフで切った、無残な桜の姿だった。





「……くら……」
 泣き崩れてる母さんが、他人事のように見える。目の前に目を見開いて首から血を流す女が、他人のように見えた。



 けど、桜だ。
 これは現実に起こったことだ。
 プルプルと震える手で、警察に電話をかけていた。どうしたらいいのか分からない俺は、電話をかけていた。何をどう言ったのかも覚えてねぇくらい、俺は動揺してた。
 泣き崩れてなにも出来ない母親を放っておくわけにはいかなくて、俺が親戚に電話を入れたり、警察と話をつけたり葬儀の準備をしたりして動き回っていた。その事実をカズキさんに話すことなく、動いていた。


 そして明日は桜の葬儀の日だった──。


 慌しく動き回った、その日の夜。俺は桜の部屋に入った。窓の下の壁には、生々しく血痕が残ってる。
 床にも血痕が残る。
 部屋の中にも、血の匂いが残ってる……気がする。


 ベッド脇の机に近付く。キレイに整えられた桜の勉強机。小学校の時から使ってるその勉強机。
 傷がついているけど、とてもキレイに使っていたんだって思う。


 スッ……。
 机の引き出しに手をかけ、そっと開けてみる。何故そうしたのかは分からないけど、そうしなきゃいけないって気がした。
 引き出しの中には、あの日俺が拾ったペンダントがあった。あの日以来、このペンダントはつけてはいなかった。
 そして、宛名なしの一通の封書が置いてあった。その封書を開くと、三通の封筒が入っていた。


 一通は俺。
 一通は母さん。
 そしてもう一通はユウキ。


 その手紙を見た俺は、胸が痛かった。桜の思いが痛かった。
 机脇のベットを背もたれに、俺は座り込んだ。封筒を開けて手紙を読む。


 悔しかった。
 とても悔しかった。


 桜の俺への思いが。
 母さんへの思いが。
 そしてユウキへの思いが。



 凄ぇ、痛かった。



     ◊ ◊ ◊ ◊ ◊



 ユウキさん




    ごめんなさい。
    初めにそれを言っておきます。


    そしてありがとう。
    あたしね、ユウキさんが本当に好きだったの。
    最初に見た時からずっと。

    あたしがユウキさんを始めて見た時は
    中学2年の終わりだった。
    お兄ちゃんに言われていたのに
    あたしは興味本位で
    夜の繁華街に友達と行ったの。

    お兄ちゃんが言う程危ないのかって思って。
    その時、ユウキさんを見かけた。
    寂しそうな目をして歩いていたわ。


    その日からあたしはユウキさんを忘れられなくなった。
    だからよく繁華街へ出向いて行ったわ。


    お兄ちゃんにバレると叱られるって分かってたけど
    それでもあなたに会いたかったの。


    何度も何度も繁華街であなたの姿を見て
    いつも寂しそうな目をしているあなたを見て
    どうしてそんな目をしているのか
    すごく気になってしまったの。


    そしてあの日。
    いつもは絡まれたことのないあたしが
    初めて絡まれてしまった日。

    あの日。
    ユウキさんはあたしを助けてくれたよね。


    嬉しかった。
    どしようかと思うくらい嬉しかった。


    そりゃ絡まれたことは怖かったけど
    それ以上にユウキさんと話せたことが嬉しかったの。



    それだけで良かったのに
    ユウキさんと付き合えるようになって
    本当に夢みたいだった。
    毎日が幸せだった。

    だけどあたしは
    辛かった。


    だってあたしの身体は汚れていたから
    ユウキさんに抱かれられるような、身体じゃないから


    だからあたしを抱かなかったんでしょ。
    頼んでも抱くことしなかったでしょ。


    それが辛かったよ。
    あたしのことを思って抱くことしなかったのかな。



    レイプされたあたしのこと
    腫れ物触るように扱うユウキさんが辛かったよ。


    それでもあたしはユウキさんが好きだったから
    傍にいたかったから


    ねぇ。
    聞いたことなかったよね。
    最後だから聞いちゃうね。




    あたしのこと好きですか?
    誰よりも好きですか?
    どのくらい好きですか?



    あたしは世界中の誰よりもあなたを愛してます。



    ユウキさんも同じ気持ちでいてくれたら嬉しいな。


    ……愛してる。
    だからあたしはあなたから離れることにしたの。




    苦しめたくないから。
    重荷になって欲しくないから。




    ごめんね。
    あたしのこと、忘れてくれていいから。

    




    ううん。
    本当は覚えていて欲しい。
    ほんのカケラでいいから死ぬまで覚えていて。




    桜って女のこと。
    覚えていて。





    ユウキさん。
    本当に大好きでした。






    さよなら。幸せになってね。






    桜




     ◊ ◊ ◊ ◊ ◊



 悪いと思いながらも読んだ、ユウキへの手紙。
 桜のユウキへの思いが痛い。
 こんなにもユウキが好きだったんだ。


 桜が中2ん時から、繁華街に出入りしていたこともショックだった。それに気付かないでいた、俺自身にムカついた。
 けどそれ以上に、あのふたりをちゃんと認めてやっていれば、こんなことにならなかったのかなとか、別れさせていれば良かったのかなとか。
 今更考えてもしょうがねぇことばっか、頭の中を駆け巡る。


 ユウキへの手紙を封筒に戻し、俺と母さんへの手紙を取り出す。そこには今までの感謝の気持ちと、謝罪の言葉が書かれていた。

 「こんなことをしてごめんなさい」で始まったその手紙。
 桜の筆跡は震えていた。
 涙で滲んでる文字もあった。




 愛してる──




 最後にそう括った桜は、どんな気持ちだったんだろう。
 最期に俺にどうして欲しかったんだろう。



 手紙を握り締めたまま俺は一晩、声を殺して桜の部屋で泣いた。

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