紅い薔薇 蒼い瞳 特別編

星河琉嘩

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好きなひと

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 あの日から私は、繁華街へ行く事はなかった。ヒデさんと女の姿を、見てしまうのが怖かったから。
 だけどその日。
 どうしても行かなきゃいけなくて、ひとりで向かっていた。


「アキちゃん?」
 やっぱりと言う感じで声をかけられる。そこにはヒデさんが立っていた。ヒデさんはひとりだった。誰かを連れてるわけでもなく、女といるわけでもなかった。


「最近、ここら辺で見なかったけど、どうしてたの?」
 そう優しく声をかけられる。
「あ……ちょっといろいろありまして」
 私はヒデさんの顔を見ないで言った。


 いつも感じてた。
 ヨシキさんに夢中になってる、リナのこと。そんなリナに夢中になってる、コウのこと。


 なんでそんな辛い思いしてまで、好きになるのかって。
 分からなかった。



 でも今なら分かる気がする。
 好きになりたくてなるんじゃない。いつの間にかに、好きになってるんだ。


 理由はいらない。
 好きになってしまったから。
 ただそれだけなんだ。



「メシ、食った?」
 いつものようにそう声をかけてくるヒデさんに、首を横に振った。
「アキちゃん?」
「……私に、どうしてそんなに優しくしてくれるんですか」
 私はそう言っていた。不思議そうに見る、ヒデさんの視線が痛い。
「そりゃ、大切な後輩だからな」
 その言葉が降りてくる。


 分かってる。
 私はヒデさんにとって、単なる後輩。
 それは分かってる。
 分かってるけど、実際に言葉にして聞くと、こんなにも辛いものなのかって思った。



「でもね、俺がアキちゃんと話していたいと思うんだ。一緒にいる時間って楽しいんだよね」
 私を見下ろすヒデさん。優しい手で頭を撫でる。その仕草が、子供扱いされてる気がする。


 そう言えばリナが愚痴ってた。
『ヨシキが子供扱いしてくる』って。
 脹れたリナの姿が目に映る。今、あの時のリナの気持ちが分かった。



「……子供扱いしないで」
 小さく言った言葉に、ヒデさんは驚いてこっちを見た。
「ごめん。そんなつもりじゃなかったんだ」
 困惑しているかのような顔で、私を見る。だけど私は、自分を止められなかった。


「ヒデさんはいつも、私を子供扱いしてますよね。そんなに子供っぽいですか」
 私の気迫に押されるかのように、ヒデさんは「いや、そんなことは……」と言う。


「私、ヒデさんが好きですッ!好きな人に、子供扱いされる気持ち分かりますか!」
 そう言うと、私はヒデさんの目の前から走って逃げた。
 ドサクサに紛れて告白した私は、もう二度とヒデさんの前には、姿を現せない。


 あんな風に告白するつもりなんてなかった。
 どうしたらいいのか分からなかった。
 だけど自分を止められなかった。


 こんなこと、初めてのことだ。
 こんなにも、誰かを欲しいと思うのも初めてだった。




「……って!」
 後ろから誰かの声が聞こえる。その次の瞬間、腕を強く掴まれた。腕を掴まれて、後ろを振り返る。そこにはヒデさんが息を切らして立っていた。
 私の腕を掴んだまま。


「……ヒデさん」
 びっくりして目を丸くする私に、ゼーゼーと息をするヒデさんが、優しい目で見てくる。だから私は、その目から逃れようと俯いた。


 ポンと頭に手を置く。
 そしてそのまま自分の方へと、私を引き寄せた。


「全く、君ってコは。突拍子もない行動に出るんだから。流石にクィーンの親友ってとこか」
 ボソッと呟くように言う言葉は、私の上から聞こえる。
「ヤバイな。俺もヨシキのこと言えねぇな」
 その言葉の意味が分からずに、キョトンとする。抱き寄せられてるから、ヒデさんの顔が分からない。
 どんな顔をしているのか分からない。




「俺がどんなに自分を抑えてたか、君は知ってるのか?」



 そんな言葉と一緒に、私を抱きしめる腕を強めてくる。



 ヒデさんの腕の中はとても温かい。
 こんなにも人の体温って温かいものかと、初めて感じた。





「俺、ロリコンの趣味ねぇはずなんだけどな」
 抱きしめながらそう言うヒデさんが、なんだか子供っぽいから、思わず笑ってしまった。
「うおっ。今、笑ったな!?」
「だって……っ。くくくっ」
 笑いが止まらない私は、ヒデさんの温かい腕の中でいつまでも笑っていた。
 そんな私を黙らせるかのように、ヒデさんは私の唇に!優しくキスをして来た。



 私にとって、本当の意味での初めての……。



「俺が初めてをくれてやる」
 そう言ったヒデさんは、私をまた抱きしめた。





 
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