【完結】淋しいなら側に

サイ

文字の大きさ
13 / 29
3朱国へ

4

しおりを挟む
 数時間後、廊下を歩く緋王は背後から呼び止められた。
「陛下」
 その相手の顔を見て、あからさまに嫌な顔をする。
「何だ。説教なら聞き飽いたぞ」
「それは私の仕事じゃないですから。———その様子では、早速、またもう一悶着あったようですね」
 目敏く左手に巻いた布を見咎められ、緋王はばつが悪そうに目をそらした。
 穏やかさが服を着て歩くような外見の史郎は、説教は書記官である自分の仕事じゃないと言いながらも、言葉の端々に嫌みを入れるのがお得意だ。
「まさかとは思いますが……」
「殴ってないぞ。そこまで馬鹿じゃない」
「それはそれは。まあ、人を傷つけるのは殴るばかりじゃないですからね」
「……史郎。何が言いたい」
「雨の中話し込んでおられたんですか、庭で」
「たまたま俺の通り道に奴がいたんだ。それに小雨だった」
「それで、ご自分は優雅に湯を浴びて手当も受けて、さあこれから夕餉ですか」
 緋王は舌打ちでもしそうな顔で、逃げるように歩き始めた。
「陛下。あの子、風邪をひきますよ」
 ぐい、と無遠慮に帯を引っ張られる。さすがに均衡を崩すまではいかないが、空いたお腹に帯が食い込んでこの上なく気分が悪い。
「何すんだお前は!無礼者が」
「話の途中で歩き出す方に言われたくありません。———陛下。稀千君はまだ庭に立っていましたよ」
「———は?」
 やれやれ、といったように史郎は首を振る。
「早く迎えに行ってやってください」
「何で俺が。———お前行ってこい」
「偉そうに命令しないでください」
「あのな、王が偉そうに命令しないでどうすんだ。———行ってくださいお願いしますって言えというのか」
「そうじゃなく。尻ぬぐいに臣下を使わないでください、と言っているんです」
「何が尻ぬぐい———」
「それに。私は陛下ほど冷たい血をしていませんから。とうの昔に声をかけました」
「———だったら言うなよ」
「あの子は動かなかったんですよ。私が何を言っても、頑なに首を振るだけで」
「……………」
「恐れながら王の御物に手を触れて申し訳なかったのですが、氷のように冷たい手をしていましたよ」
 それでも動かない緋王に、史郎はとうとう冷たい声を放った。
「何をしているんです」
 普段穏やかなだけに、滅多に見せない怒った表情は、熱も一気に冷めるほど鋭い。
「それでも男ですか。さっさとお行きなさい」
「お前……何で、平気なんだ。あいつは黒国の使者だぞ?大姫を殺した、敵じゃないか。何を言い含まれてきたかもわからない。何でそうやって迎えられる?」
 史郎はまじまじと緋王の顔を見ると、また深いため息と共に軽く首を振った。
「何を言っているんですか。あの子はまだ十三の、ただの幼い少年ではないですか。守る手を必要としているただの子供ですよ。見知らぬ土地に来て誰も彼を庇護してやれない。私たち大人が守ってやらずに、誰が守るんです」
 それが、後宮の下官、臣下一切に統一された方針だった。使者が子供と知ったときからの。———恨みは一先ず置こう、守ってやらねば、と。
 緋王の眉間のしわが深くなる。
「俺は、とっとと帰ってもらいたいんだ。使者などいらぬ。しかも黒王は、あれを下賜品と称してよこしたんだぞ」
「だからこそ守ってやらねば。———陛下。黒王の性格です、あの子はただで帰ることなど許されないでしょう」
「それでは、奴はやはり間者ではないか」
「まったく。———緋王陛下。王になって十年、ずいぶん頭が固くなりましたね。昔のあなたなら、きっと迷わず彼を助けていただろうに」
「仕方ないだろう。俺はもう……王だ」
「あなたは私に言った。即位式で、誓ったはずです。その言葉を覚えているのなら、行くべきだと思いますよ。あの子が間者だろうが刺客だろうが。国が富んでも初心は忘れないでもらいたいものです」
 難しい顔をする緋王に、史朗はやれやれと悩ましげに首を振った。
「王がそれでは、我々はどうすればいいんでしょうね」
 それだけ言って、史郎は回廊を曲がっていってしまった。
「何なんだよ、一体……」
 そう遠い昔の話でもなかった。
 あの日。
 急な父王の死と、矢継ぎ早に訪れる黒国からの同盟の使者。何が起きたのかわからないまま、自分は緋王となった。
 それまでの戦で、多くの同胞が死んだ。緋国の年長者はこぞって若者を守ろうと戦に出で、帰ってこなかった。
 即位式の時。史郎とそして全宇の二人に、ついてきてほしいと言った。政の何もわからない自分を、支えてほしいと。そして今も二人は自分の左右に控えてくれている。
 忘れるはずがない。即位式の日。涙をこらえ、二度と泣かないと誓い、そして自分は大人になったのだ。
 ———子供の泣かない国を作りたい。理不尽な怒りを抱かない国を。人は道具ではない。たとえ他国が理不尽な侵略をしてきても、それに捕らわれない心を持って。
 しばらく廊下で立ちつくしていた緋王だったが、次の瞬間には舌打ちと共に踵を返していた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

脳筋剣士と鈍感薬師 ~騎士様、こいつです~

季エス
BL
「ルカーシュは、駄目よ」  その時胸に到来した思いは安堵であり、寂しさでもあった。  ルカーシュは薬師だ。幼馴染と共に、魔王を倒すために村を出た。彼は剣士だった。薬師のルカーシュは足手纏いだった。途中で仲間が増えたが、それでも足手纏いである事に変わりはなかった。そうしてついに、追い出される日が来たのだ。  ルカーシュはそっと、瞼を伏せた。  明日、明日になったら、笑おう。そして、礼と別れを言うのだ。  だから、今だけは、泣いてもいいかな。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

僕の、しあわせ辺境暮らし

  *  ゆるゆ
BL
雪のなか僕を、ひろってくれたのは、やさしい男の子でした。 ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります! ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました

水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。 原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。 「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」 破滅フラグを回避するため、俺は決意した。 主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。 しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。 「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」 いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!? 全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ! 小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

処理中です...