【完結】淋しいなら側に

サイ

文字の大きさ
15 / 29
4朱国にて

1

しおりを挟む
 千の朱国での暮らしは、黒国と比べるとまさしく楽園のようなものだった。
 千は着飾るのをやめた。
 緋王が、好きでないならやめたらいいと言ってくれたからだった。姫のような女ものの格好をやめ、まさに貴族の若君といった格好になった。ほとんど毎日、水干の様な格好をしていた。
 それというのも、入れ替わり部屋へ訪れてくれる史郎や全宇、それに緋王に様々なことを教わるうち、馬にも乗れない、弓も剣も扱えずどうすると怒鳴られ、練習するうちに以前の格好ではあまりに動きにくかった。
 中でも、千は馬に乗るのが大好きだった。物を一度もねだったことのない千に、緋王は馬を贈った。
 それからというもの、千は厩へ入り浸りになっていた。馬は馬番が世話をするからといわれても、それを見て真似るほどである。
 皆が、それを微笑ましく見守っていた。
 千の緊張もほぐれ、年に似合わない表情や仕草は次第に消えていき、年相応の表情をするようになった。
 その日も、千は愛馬に乗って城の外へ行こうとしていた。
 緋王が好きにしろと言って以来、護衛はいるが城の周辺の野山を駆け回るのが日課となっていた。
「野駆けへ行かれるのは構いませんがね」
 門で見送り、そう溜息混じりに言ったのは史郎だった。
「くれぐれもお怪我などなさらぬよう、お気をつけくださいね」
それはもちろん使者としての千の身体を案じた言葉だったのだが、千は言葉通りに受け取った。
「史郎殿は、お優しいのですね」
 馬上から、千は照れたように笑いながら史郎を見下ろした。
「優しい……?あまり、私の周囲の人はそうは思わないようですけどね」
「いいえ!———いいえ、史郎殿はとてもお優しい方です。俺が初めてここへ来た時から、ずっと。———自分には姉しかいなかったので、きっと兄上がいたらこんな感じなんだろうかと、勝手に思っているのです」
「それは光栄ですね」
 その返事と気さくな笑顔に、千は力を得てぱっと明るい顔をした。
「では、また、色々とお尋ねしてもよろしいでしょうか?お邪魔ならはっきりとおっしゃってください」
「いいえ。私も弟ができたようで楽しいのです。遠慮無くお越しになってください」
「はい!」
 ———そんなやりとりがあったと聞いて、緋王はわざと史朗をまじまじと見つめた。
「弟、ねえ……」
「何です」
 視線に気づかぬふりで、史朗は政務の邪魔をしに来たとしか思えない緋王に遠慮無く鬱陶しげな返事を返した。緋王はむっと史朗を睨み付けるが、どこ吹く風である。
「俺の側室に、ずいぶんと懇意にしてもらっているようだと思って、な」
 側室。そんな言い方をするのは珍しい。そう思いながらも史郎は視線を向けないまま続けた。
「言いたいことがあるならはっきりおっしゃってください。わざわざ私の執務室まで来てそんなことを言いに来たのですか?」
「ちゃんと用事があったんだよ。———ほらこれ、法案」
「わざわざ、こんなもののためにお運びになったのですか。今日は忙しいはずでしょう。そんなに私と話しがしたかったのですか」
「気持ち悪いことを言うな」
 心底嫌そうに眉を寄せられては、史朗もいい気はしない。少しいじってやりたくもなるものだ。
「ですから———羨ましい、とか」
「はっ。馬鹿言え!」
 緋王は一笑して終わらせたが、反面、不自然な大股でその場を去っていった。どうやら本当にそれだけを言いに来たらしい。
「これは……やっと陛下に遅い春がやってきたかな」
 まさかその相手が黒国人とは。史郎は複雑な思いを押しやるように、苦笑を漏らしたものだった。



「今日は史郎殿に弓を習いました」
 千が嬉しそうに話すのに、緋王は微妙な表情をした。
 形だけとはいえ、仮にも千は王の側室である。居室はそう遠くないし、近頃は寝る前に二人でお茶や酒を飲みながらその日あったことを話すのが日課になっていた。お互い白い寝衣しか身につけてはいなかったが、居室周辺であれば別に不自然ではない。むしろ気安くて心地よいひとときだった。
 しかし、最近は千の話す事というと史郎のことばかり。日に日に千が史郎を慕っていく姿は、何故か見ていてあまり気持ちの良いものではなかった。
「随分あいつが気に入ったようだな」
「史郎殿は本当にお優しい方です」
 嬉しそうにしているところを見ると、更に腹立たしい。
 最近は史郎の仕事が暇な時期なのだ。そのせいで史郎と千が楽しく遊んでいるのはよく見かける。
「あいつに弓が使えたとは驚きだ」
「何をおっしゃいます。史郎殿は国政に携わるお方。弓を使えるのは当然ではありませんか」
「あの細腕にまだ弓が引けたか、という意味だが」
 千はむっとして食い下がった。
「近頃、陛下は史郎殿に対し冷たくありませんか?その言われ様はあんまりです」
 千が史郎を庇う姿を見ると、どうにも引き下がれない。
「お前は知らないんだ。あいつは、無表情か笑顔しか見せないが、この宮中で一番腹黒いと言われている男だぞ」
 千はますます難しい顔をした。居住まいを正し、きちんと緋王に向き直る。
「陛下。陛下と史郎殿は主従をこえたご友人と思っていました。ご友人にそんな言い方をされるのですか?
「……………」
「書記官であるなら感情を内に秘めるのは仕事上当然のこと、むしろそのご様子は評価されるべきではありませんか。時には汚れ役を引き受けることもありましょう。ご自分の家臣がそういった中傷を受けているなら、何故庇って差し上げないのです。一緒になってそのようなことをおっしゃるなんて」
 責められると反発したくなる。何より、千の口か史朗を庇う言葉を聞くのが溜まらなく腹立たしい。思わず頭が熱くなって反論していた。
「お前は何だ。史郎の子分か。分身か?何で俺にそんなことで意見する」
「陛下の言われようが、あまりに情けなかったからです」
 むっとした。思わず立ち上がる。
「お前の言っていることが正論であろうが無かろうが、そんなことはどうでも良い。気に入らぬ!お前は一体どういうつもりでここに居るんだ」
 千は、一瞬驚いたような顔をし、次いで哀しそうに俯いた。その表情があまりに寂しげで、緋王の熱は一気に冷め後悔に変わった。だが、かける言葉が見つからない。
「あ………」
 千は黙ってしまった。唇を固く引き結び、一点を見つめていた。
「せ、千……」
「出過ぎたことを言いました。お許しください」
 それだけ言って、千は立ち上がった。ここは千の部屋だからどこにも行けないのだが、もう寝ると言わんばかりに寝床の方へ歩いていってしまう。
「千」
 返事は、無い。小さな肩を揺らし寝床へ入るのを見るしかなくて、緋王は消化できない気持ちを持ったまま、部屋を出るしかなかった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

僕の、しあわせ辺境暮らし

  *  ゆるゆ
BL
雪のなか僕を、ひろってくれたのは、やさしい男の子でした。 ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります! ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました

水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。 原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。 「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」 破滅フラグを回避するため、俺は決意した。 主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。 しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。 「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」 いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!? 全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ! 小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

処理中です...