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6黒国に戻って
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数日が過ぎ、生活は一段落した。
書記官とは名ばかりだったが、一応の仕事は少しくらいある。中でも大きな変化は、あの貞興と再会したことだった。大将軍となった貞興は城に常時詰めており、自然と千と会うことも多かった。もしかしたら、千に会いに来ているのかもしれない。
どこまで経緯を知っているのか、貞興は以前にも増して千に対し丁寧な態度を崩さなかった。というよりも、千の側から一定の距離を保ち護衛のように離れなくなった。
そもそも大将軍は国の軍事、刑事、城の一切を取り仕切る役職。千などに付き従っている暇は無いはずである。
いったい何のつもりなのか、問いただそうとしても近くには寄ってこない。だが、貞興がここのところ深夜まで残業していると聞いた以上、そうも言っていられなかった。貞興もいい年のはず。時間外労働してまで自分を守ろうとしているのは、自分への後ろめたさか、哀れみか。どちらにしても気分の良いものではなかった。
千はある日、貞興に声をかけた。声の届く範囲にいるのは分かっている。誰もいないように見える回廊で、試しに呼んでみる。
案の定、貞興はすぐさま千の前に膝をついた。
「一体、何のつもりなんだ?」
「は———?」
「俺の護衛をしているのは、どうしてかって聞いてるんです。まさか毅旺様の命という訳ではないよね」
「それは、違います」
「では、何故?」
言葉に詰まる貞興に、千は続けた。
「貞興。どうして俺の後ろについてくるの?俺は誰かに命を狙われる覚えはないし、大将軍に見張られるような事をした覚えもない」
「そういう、つもりでは……」
「じゃあどういうつもりで?」
「私はただ、若様に万一のことがないよう……少しでもお役に立てればと」
「貞興……。俺を若様と呼ぶのは何のつもりで?俺は貴方の主じゃない。貞興の主は毅旺様でしょう」
言葉を詰まらせる貞興。千は次第に苛立ちを隠せなくなった。
もう放っておいてくれないか。
「貞興。俺を迎えに来たときに、顔色一つ貴方は変えなかった。俺は冷たい人なのだと思った。でも、俺のちょっとした一言に戸惑う貴方を見て、冷たいんじゃない、不器用なんだと気づいたんだ。……不器用だってね、時には残酷だ」
「若……稀千様!」
貞興を無視して歩き出した。所詮今では側室でしかない自分に、貞興はかつて父の面影を見ている。千の背後にある父の事を想い、父に仕えていた時代を想い、懐かしみそれを千への忠誠と勘違いしている。今の千にはそれに言葉をかけてやれるほどの余裕はなかった。
貞興は歯を食いしばり、拳を握った。自分の中の優柔不断さを指摘され、非難された思いだった。
ふと、先代不破家当主の言葉を思い出す。
———貞興、お前はもう少し自分で考えることだな。
考えた。よくよく考え、そうして今の王に仕えたつもりだった。あの時、不破家が没するのは時間の問題だった。主も行けと言ってくれた。自分が抱える家臣数千人を、路頭に迷わせるわけにはいかなかった。だが、このえぐられるような胸の痛みは何だ———。
貞興は走ってがばりと千の前に跪いた。
「一度は捨てた忠義、こんな勝手が許されぬ事は百も承知。されど、どうか、今一度機会をお与えください。不破家にお仕えする機会を!」
「貞興……」
「死ねと言われれば死に申す。加えていただけるのであれば末席———いや、犬畜生と同列で構いませぬ。どうか……」
「大将軍から畜生へ変わるというのか」
千は小さく溜息をついた。
「貞興。やっぱり貴方は分かってないよ。俺はね、知っての通り不破家当主とは名ばかりで城から出ることも叶わない。俺には何も自由がない。もう人ではないも同じだ。そんな境遇で貴方にそういった態度を取られるのがたまらないと言っているのに」
「では、如何すれば!」
「貞興……、いつもそうなのか?俺に答えを聞くの?もっと自分で考えてくれ」
千はそう言って足早に立ち去った。貞興の表情は見れなかったが、きっと呆気にとられたような顔をしているに違いない。ひどい物言いをしているのは分かっている。ただ、誰かに当たらずにはいられなかったのだ。
「未熟者だな……」
自嘲気味に呟いて、千は部屋に戻った。
書記官とは名ばかりだったが、一応の仕事は少しくらいある。中でも大きな変化は、あの貞興と再会したことだった。大将軍となった貞興は城に常時詰めており、自然と千と会うことも多かった。もしかしたら、千に会いに来ているのかもしれない。
どこまで経緯を知っているのか、貞興は以前にも増して千に対し丁寧な態度を崩さなかった。というよりも、千の側から一定の距離を保ち護衛のように離れなくなった。
そもそも大将軍は国の軍事、刑事、城の一切を取り仕切る役職。千などに付き従っている暇は無いはずである。
いったい何のつもりなのか、問いただそうとしても近くには寄ってこない。だが、貞興がここのところ深夜まで残業していると聞いた以上、そうも言っていられなかった。貞興もいい年のはず。時間外労働してまで自分を守ろうとしているのは、自分への後ろめたさか、哀れみか。どちらにしても気分の良いものではなかった。
千はある日、貞興に声をかけた。声の届く範囲にいるのは分かっている。誰もいないように見える回廊で、試しに呼んでみる。
案の定、貞興はすぐさま千の前に膝をついた。
「一体、何のつもりなんだ?」
「は———?」
「俺の護衛をしているのは、どうしてかって聞いてるんです。まさか毅旺様の命という訳ではないよね」
「それは、違います」
「では、何故?」
言葉に詰まる貞興に、千は続けた。
「貞興。どうして俺の後ろについてくるの?俺は誰かに命を狙われる覚えはないし、大将軍に見張られるような事をした覚えもない」
「そういう、つもりでは……」
「じゃあどういうつもりで?」
「私はただ、若様に万一のことがないよう……少しでもお役に立てればと」
「貞興……。俺を若様と呼ぶのは何のつもりで?俺は貴方の主じゃない。貞興の主は毅旺様でしょう」
言葉を詰まらせる貞興。千は次第に苛立ちを隠せなくなった。
もう放っておいてくれないか。
「貞興。俺を迎えに来たときに、顔色一つ貴方は変えなかった。俺は冷たい人なのだと思った。でも、俺のちょっとした一言に戸惑う貴方を見て、冷たいんじゃない、不器用なんだと気づいたんだ。……不器用だってね、時には残酷だ」
「若……稀千様!」
貞興を無視して歩き出した。所詮今では側室でしかない自分に、貞興はかつて父の面影を見ている。千の背後にある父の事を想い、父に仕えていた時代を想い、懐かしみそれを千への忠誠と勘違いしている。今の千にはそれに言葉をかけてやれるほどの余裕はなかった。
貞興は歯を食いしばり、拳を握った。自分の中の優柔不断さを指摘され、非難された思いだった。
ふと、先代不破家当主の言葉を思い出す。
———貞興、お前はもう少し自分で考えることだな。
考えた。よくよく考え、そうして今の王に仕えたつもりだった。あの時、不破家が没するのは時間の問題だった。主も行けと言ってくれた。自分が抱える家臣数千人を、路頭に迷わせるわけにはいかなかった。だが、このえぐられるような胸の痛みは何だ———。
貞興は走ってがばりと千の前に跪いた。
「一度は捨てた忠義、こんな勝手が許されぬ事は百も承知。されど、どうか、今一度機会をお与えください。不破家にお仕えする機会を!」
「貞興……」
「死ねと言われれば死に申す。加えていただけるのであれば末席———いや、犬畜生と同列で構いませぬ。どうか……」
「大将軍から畜生へ変わるというのか」
千は小さく溜息をついた。
「貞興。やっぱり貴方は分かってないよ。俺はね、知っての通り不破家当主とは名ばかりで城から出ることも叶わない。俺には何も自由がない。もう人ではないも同じだ。そんな境遇で貴方にそういった態度を取られるのがたまらないと言っているのに」
「では、如何すれば!」
「貞興……、いつもそうなのか?俺に答えを聞くの?もっと自分で考えてくれ」
千はそう言って足早に立ち去った。貞興の表情は見れなかったが、きっと呆気にとられたような顔をしているに違いない。ひどい物言いをしているのは分かっている。ただ、誰かに当たらずにはいられなかったのだ。
「未熟者だな……」
自嘲気味に呟いて、千は部屋に戻った。
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