あたたかな鳥籠を君に、優しい口づけをあなたに

サイ

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第1章

20.ルイスの一歩

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 ベンが裏道から連れてきたのは、騎士詰め所の裏側だった。
 そこでは何人かの若い騎士たちが洗濯をしている。
「リュー!」
 ベンが呼ぶと、その中の一人がコチラを見て、驚いたように駆け寄ってきた。
「ベン!久しぶり。何してんだ?」
 声変わりしたばかり、と言った若い声だ。服装は騎士のようで少し違う。
「ルイス、こっちはリュー。去年学校を出て、いま騎士見習いしてる」
「おお、よろしく、ルイス。いっつもベンにくっついてた子だよな。でかくなったな。俺はリュー、十五歳、従騎士だ。よろしく」
「ルイスです。五歳です」
 挨拶をするとワシワシと頭を撫でられる。
「うわ、ふっわふわ。――で、何しにきたんだ?」
「ルイスの兄ちゃんがこっちで怪我を治してるんだけど、会えてなくて。会いに来たんだ」
「あー……」
 はきはきとしゃべっていたのが、急に歯切れが悪くなる。
 何か知ってるんだ。そう思い、ルイスはずい、と身を乗り出した。
「どこにいったらあえる?」
「あ、いや……わからないな」
 目が泳いでいる。
「リュー、何も知らないのか?パーティいったんだよな」
「行ったけど。途中でお開きになって……」
「ルイス、もう六日も兄ちゃんに会えてないんだ。たった一人の家族なのにさ」
「え………」
「どこか知ってるんだったら、連れてってくれよ」
「うーん……」
 リューはしばらく考え込んで、それから決心したように顔を上げた。
「ごめんな、俺もどこにいるかは知らないんだ。あと、俺が知ってることも、言えない」
「なんだよリュー、お前、いつからそんな冷たいやつになったんだよ」
「いいよ、ベン」
「ルイスはすぐそうやって我慢するんだから。言っただろ、俺が連れていってやるって。――こいつに頼まなくたって連れてってやるよ」
 ベンが手を引いて行こうとするのを、リューが止めた。
「待てって。ベン、あのな、騎士はお屋敷の事ペラペラ喋れないんだよ」
「だから頼まねえって言ってんだろ」
「聞けよ。――俺、まだ従騎士だから。俺がやることの責任、俺だけじゃ取れないんだよ。ペアの兄騎士に聞いてみるから。ついてこい」
 リューが歩き出したので、ベンとルイスはそれについて行った。
「ルイス、今日は会うまで遠慮すんなよ」
「うん……」
「あいつ、昔から真面目で、融通きかないんだよ」
「じゃあなんでリューにしたの?」
「まあ……なんとなく」
「ふうん」
 そんな会話をしつつ連れてこられたのは訓練場の一角だった。
「先輩!」
 リューが声をかけると一人が振り向き、こちらへやってくる。
 にこにことした優しそうな雰囲気の男の人だ。
「どうした?見学か?」
「あの、この子、ルイスって言って、ユリアさんの弟なんです」
 ルイスは思わずリューを見た。
 ユリアの名前を知ってる。この人達は知ってるんだ。あの日何があって、ユリアが今どんな状態か。
「お兄さんに会いたいそうなんです」
 リックの表情から笑顔が消える。
「ルイス君」
 リックがルイスの前に膝をついた。
「ポールマン様はなんて言ってた?」
「リア、まだねてるから、あえないって」
「そうだね、目が覚めたら、すぐに知らせるよ」
 ルイスが俯く。ベンとずっと繋いでいた手をぎゅっと握りしめた。それに反応して、ベンがリックとの間に入った。
「その寝てるとこ、見にきたんだ」
 リックはベンとルイスを見比べた。
「どこにいるか教えてください」
 リックはあの日の光景を思い出した。
 公爵家主催であるパーティを恥知らずにもぶち壊した子供達。目を覆いたくなるあの惨状。そして、初めて見た主君の激高した姿。そしてその後の、陰鬱とした屋敷の空気。厳格に敷かれた緘口令は、未だかつてない緊張感を保たせ続けている。
 ――ヘルマンの怒りが解けていない証だ。
 この先どうなるかわからない。
 そして間違いなく、その渦中にあるのがユリアだ。そこへ、こんな子供を連れて行っていいものか。
「ルイスはわかってる」
 ベンは言い切った。
「俺も何となくわかるよ。ルイスがびっくりしないようにとか。でも、大人のそういうの、違うと思う。ルイスとユリアさんとのことだろ。ルイスが会いたい時にさ、なんで会えないの?」
「それは……」
「ルイスは分かってる。分かってて、全部飲み込んで今日まで我慢してたんだ。もういいでしょ」
「先輩。――俺からもお願いします」
 リックは困った顔をして、うーん、と唸った。
 連れて行ってやりたい。が、リック自身もユリアがどんな状態なのかは知らなかった。
 子供を避けるほどの状態なのか。命に別状はないと聞いたが。
「―――よし」
 リックの声に、ルイスが弾かれたように顔を上げた。
「とりあえず、屋敷へ行こう。公爵様かポールマン様に取り次ぎを頼んでみるよ」
「あ、ありがとう!」
 ぱっと明るくなるルイスの小さな肩にそっと手を置く。
「会えるとは、約束できないよ。ごめんな」
 ルイスは首を振った。
「だいじょうぶ、ありがとう」
 小さなルイスの肩はリックの手が乗ると更に小さく見える。
「心配するな。絶対会わせてやるから」
「……………ベン君の自信はどこから来るんだろうね」
「ベンは九割直感で生きてるんです」
 リックの疑問にリューが答えた。



 リックについて行って、リックが執事長に事情を説明する。屋敷の入り口で待たされた後、しばらくしてヘルマン自ら現れた。
 階段を降りてくるヘルマンを見つけて、ルイスは急いで駆け寄った。
「公爵さま!」
 近寄ると、ヘルマンはこの前見た時と違ってものすごく疲れて見えた。それがユリアの状態の悪さを表している気がして、ルイスは駆け寄る途中で足が止まってしまった。
「ルイス?」
 突然止まったルイスにヘルマンはどうした、と声をかけ抱き上げた。
 気遣わし気な眼差しにも、ルイスは何も言えなかった。
 リアは?そう言いたかったのに、言葉が出ない。
「ルイス、ユリアが心配で来たんだろう?」
「ごめんなさい……」
「謝ることはない。そろそろ会いに行こうと思っていたんだ。こうやって会いにくるまで待たせてしまって、可哀想なことをしたな」
 優しいヘルマンの言葉にルイスはぽろぽろと涙をこぼした。
「う、うぇーーー」
 我慢しようとしても止まらず、涙も泣き声も止まらない。
 ヘルマンはそのルイスの背をそっと撫でた。
「ユリアは大丈夫だ。今から一緒に会いに行こう」
 それを聞いたら、緊張の糸がぷつりと切れた。
 ルイスはヘルマンの首に抱きつき、ぎゅうっと腕に力を込めてしがみついた。ヘルマンのしっかりとした背中が受け止めてくれるようだった。
「う、うあ、あ……り、りあ、おき、た?」
「ああ、起きたよ。起きてすぐ、ルイスは、と聞いていた。いい子で待ってるって言っておいた」
 ルイスは大きな声をあげて泣いた。
 いつもは我慢できるのに、どうしても我慢できなかった。ヘルマンの優しい声が泣いていいと言ってくれているようだった。
 泣き声を聞きつけてメアドや執事長らが遠巻きに集まった。その中の何人かはルイスを見て泣いている。
 ルイスはヘルマンの肩をぐっしょりと濡らすまでひとしきり泣いた。



 ルイスが泣き止むと、ヘルマンはユリアのところへ行こう、と言ってくれた。
「じゃ、俺、学校に戻る」
 ずっと黙って様子を見ていたベンがルイスに声をかける。それに反応したのはリューだった。
「そう言えば、学校。まさか黙って出てきたのか?」
「当たり前だろ?言ったら大事になるだろ」
 何を馬鹿なこと、と言うベン。
「馬鹿!言わずに出てくる方が大事になるわ!」
「――サラに声をかけてきましょう」
 気を利かせて執事長が言ったのへ、ベンが大慌てで反応した。
「え、ちょっ、待って待って!母さんにバレたら、俺、殺される!――帰るから!じゃあ、みなさんさよなら!」
 口早に挨拶だけしてくるりと反転し、ドアへ向かう。あまりに素早くて呆気に取られたが、リックがなんとか反応しその腕を掴む。
「っと、だめだよ。ひとりで帰ったら。――リュー、送ってやれ」
「はい」
「一人でいけるけど」
「ダメだよ、事情を説明しないと。リュー、いいな?」
「はい」
 ベンはリューと共に屋敷を出て行った。
 執事長は解散するよう周囲に合図を送り、自身も隙のない礼をした。
「サラには私の方から伝えておきましょう。リック、お疲れ様でした」
「はっ、失礼致します」
 リックも執事長と屋敷を出る。
 外に出て大きな門を閉め、リックは長いため息をついた。
 どうなるかと思ったが、良かった。良かった…んだよな?
「よくお連れくださいました」
 執事長の言葉に、リックははぽり、と顎を掻いた。
「迷ったんですけど。あの少年がなかなか鋭いことを言われまして。――それにしても、公爵様もああいうお顔されるんですね」
 意外な一面を見たような気持だった。
 ヘルマンは麾下の者たちにとっては、かなりいい主人だ。働きに見合った評価をしてくれるし、常に冷静沈着。ヘルマン自身の地位も高いから自然とそこで働く者たちも一目置かれる。それなのに比較的実力主義で、古い慣習にもとらわれることなく柔軟に対応してもらえる。
 平民も、女手一つで子を育てているものもいて、ここでなければ働けていないものは多い。
 だからこそ万人に公平なヘルマンといったイメージは確固たるものがあった。
 だからあの日、感情をむき出して怒りを露わにしたヘルマンにやはり驚いたものだった。
 公爵家の面子をつぶされた、というだけにしてはあまりにも感情的だった。
 その後ユリアに対して自ら世話をしていると聞いたから、あの不遇な親のいない子供二人を大切にしていたのだというのはなんとなく思っていたが。
 あんなに柔らかい表情をするとは。ルイスが抱き着いて離れないのも驚いたが、それを当然のように受け入れて宥めるのにも驚いた。ルイスの世話はフェルナンドがしていると聞いていたから、通常であればフェルナンドに対応させるだろうに。
「そうですね。ユリア君はポールマン卿が、直々にいろいろと教えているようですから。補佐官の道を歩めば、側近としてお加えになるおつもりなのでは」
 執事長の言葉にリックはユリアの姿を思い浮かべた。
 リックは実はリベイアにも同行していた。その時は遠目から護衛任務にあたっていたのでほとんど会話らしいものもなかったが、その時に見かけていた。
 平民というのにはそぐわない容姿、たたずまい。吹けば飛びそうな小柄な身体。それでも必死で仕事を覚えようと、小さな体が右へ左へとちょこちょこ走り回っていた。
「早く、元の状態に戻ってもらいたいですね」
 まだ何も解決していないことはわかっている。
 自分もこの後、もうすぐ地下牢の見張りの時間だ。
 頷く執事長に挨拶をして、ここで二人は別れた。



 一方、リューに学校まで付き添われてベンは先生に非常に怒られていた。
 右から左なので、先生が何を言っているのかはよくわからない。とにかく怒っていた。
「まず先生に相談するっていう発想は、ないのかなあ、ベン君?聞いてますか!」
「あー、先生、ベンもさ、反省してるからさ」
 あまりの先生の勢いにリューも味方したくらいだ。
 この若い女の先生は熱意溢れる、十三歳までを担当する教師である。
「先生は悲しい。勉強ができなくても、学校さぼっても、いたずらしても、ここまで悲しくなかった。でもね、そんなに先生の事信用できないかな。相談してほしかったよ。お屋敷に行く前に。――もし何かあったらって、どれだけ心配したことか」
「ベン、ほら、ちゃんと謝れ!」
 ベンはリューに促されてしぶしぶ頭を下げた。
「すみませんでした。母ちゃんには言わないでほしいです」
「二言目に言うことが、それ!?」
 余計先生を怒らせただけだった。
「ねえベン君、どうしてもっと頼ってもらえないかなあ。先生そんなに頼りない?」
 大声で叫んだせいで先生は少しクールダウンしたみたいだった。今度は悲しそうに言う。
「そう落ち込まないでよ先生。これはさ、先生の問題じゃなくて、ルイスの問題だからさ」
 ベンが何でもないことのように言う。
「ルイスは我慢しすぎるんだよ。だから、ここって時にぐっと押さないと、大変なことになるだろ」
 先生は黙った。
「それがさっきだったんだよ。先生に相談してたら、ルイスはやっぱりいいよ、ってなっちゃうだろ」
「ベン君……君はどこまで考えてやってるのか、先生時々わからなくなるよ」
 ルイスが施設に通い始めた時から、ベンはルイスのそばにいた。初めは可愛らしい新入りに対し、物珍しさにたくさんの子供達が集まってルイスの世話をしていた。施設ではよくある光景だ。それで最後まで残ったのがベンだった。
 ルイスは表情こそあまりないものの、わがままを言わない本当に大人しい幼児だ。そのせいでつい忙しさに施設の先生たちはルイスを置いて他の子の世話に回りがちだった。そんなルイスをベンがよく一緒に遊んでいた。ベンが連れまわしているのかと思ったら、ルイスの方がベンにくっついて回っていたり。
 いつも手をつないでとても仲良し、という二人組ではあるが、時々不思議な関係性だとは先生の間でも話題になっていた。
 自由奔放で直感で動き、後先考えないため怪我も絶えない。一言でいえば元気な問題児であるベン。手がかからなすぎるくらいの、大人しく、言葉もほとんど発さないルイス。
 結局よくわからない仲良しのまま数年が経っている。
「とにかく、学校はね、勝手に出ていいところじゃないからね。次からはちゃんと教えてください」
「はーい」
 返事に中身がない。先生がまた説教を再開しようとするのでリューがすかさず切り出した。
「ルイスはそんなに我慢してしまう子なのか?まだ五歳なのに」
 年の離れた弟がちょうど同い年だ。リューの弟は我慢とは程遠い毎日で、外に遊びに出たらなかなか帰ってこないし、できないくせにあれこれやりたがる、自己主張だけは一丁前な厄介な性格だ。
「我慢しないと、こわいんだろ。――母ちゃんが大変だからって、うちにも来なくなったしな」
 ユリアの出張の時も、サラがあれこれ世話を焼いて腰をちょっと痛めたのを見た瞬間、瞬く間にフェルナンドの方に行った。腰が痛いのなんてよくあることなのに。
「こわい……?ベン君、それはどういうこと?ルイス君、そういうこと言ってたの?」
「ルイスがそんなこと言うわけないじゃん」
「ルイス君は何が怖いって?」
「それは、色々だよ」
「色々って?」
 ベンは難しい顔で首を傾げた。先生の質問自体が意味が分からない、という表情だ。
「――――ベン君」
「先生、無理だよ。ベンから形のないものについて聞き出すなんて」
「…………………」
 先生も、そうよね、と思い直す。昨日は何して遊んだの?ときいて、忘れた、と即答する子である。考えることもしてくれず即答するタイプの子だ。
「ごめんね。わかった。とにかく、もうすぐお昼だから。――リュー君も久しぶりに食べていく?同級生と久しぶりに会ったら?」
 リューは従騎士になるため十四で卒業した。卒業年齢はそれぞれ目指す職によってさまざまなので、まだ学校に残っている同年代の子も多い。
「いや、一応仕事中なんで、帰ります。お世話になりました」
 リューは礼儀正しくお辞儀をして帰っていった。
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