あたたかな鳥籠を君に、優しい口づけをあなたに

サイ

文字の大きさ
71 / 76
第3章

20.

しおりを挟む
 公爵邸の応接室にやってきた。
 ルイスはもう貝のように口を閉じて、じっとソファに座っている。
 硬く緊張したまま、ベンの手を握ったままで動かなかった。
 冷えた身体を温めようとヘルマンとユリアが何かを勧めても、黙ってわずかに首を振るだけだった。
 ユリアはルイスの隣に移動した。
「ルイス。そんな風に思ってたんだね」
 しばらくの沈黙の後、ユリアが呟くように言った。びくりとルイスの肩が跳ねる。
「そりゃそうだよね。ちょっと覚えてるって言ってたもんね。それなのに全然その話してこなかったもんね、僕達」
 ベンと握っていない方の手を、そっと握りこむ。ユリアの手はもう冷たくなかった。ルイスの手が冷たすぎるのかもしれない。
「ルイス。ずっと自分を責めてたの?」
 ルイスは答えない。
「消えたいって、思っちゃったんだね。ずっとそう思ってたの?」
 ルイスはずっと青ざめていた。
 言ってしまった後悔に押しつぶされている。
「――それなのに、僕が悲しむからって、頑張ってくれてたんだね」
 ぎゅ、っとユリアがルイスの手に力が入った。
「ごめんね、少しもわかってあげられてなかった」
 将来が思い描けないと言っていたのも、そのせいだったんだろうか。ルイスの言動のいろいろなところにヒントはあったのに。
 補佐官になるために必死で、ちゃんと周りが見えていなかった。
 大人に囲まれていたから、自分のことに夢中になってもルイスは順調に育っていると思って。わがまま一つ言わない子で、本当にいい子に育ってくれたと思っていた。
「誰も悪くないだろう。君だってまだ子供だったんだ」
 ヘルマンが言った。
「ユリアもルイスも、必死で生きてきただけだ。他にどうしようもなかった、それではいけないのか」
 二人して自分が悪いと責めるところはそっくりだ。
「ルイス、どんなこと覚えてるの?」
 ユリアが少し緊張しているのが分かる。
「――首都で物乞いしてた時」
 ルイスはからからの喉から声を絞り出した。
「殴られてたり、物を投げられたりして……僕、リアの体で庇われてて」
「そっか……」
「リアが傷ついて倒れてるとき、僕、一人になるって思って……」
 ユリアの心配より、自分が置いて行かれる恐怖の方がずっと大きかった。
 そんな身勝手な感情をずっと持ってる。
 ユリアはゆっくりと頷いた。
「怖かったよね。僕もルイスが熱出した時、このままルイスが死んでしまったら、一緒に死のうって考えてた。怖くて一晩中呼吸を確かめてたこともある」
 そうやって二人で必死で支え合いながら生きてきた。お互いを拠り所にしながら。
「リアには、もう、公爵様がいるでしょ」
 だからもう、大丈夫だよね、と。
 ルイスの問いかけにユリアは幸せそうに笑った。
「うん」
 そんなことないから生きて、とは言わない。
「公爵様と生きていけることが、僕の幸せ」
 その本当に幸せそうな顔を見るとルイスもほっととする。
「安心した?僕が幸せで」
「うん」
「僕が幸せなのを見て、嬉しい?」
 ゆっくりと、確かめるように聞かれる。
「………………、うん」
 幸せだと話して聞かせる、そのユリアの目に涙が浮かぶ。
 ユリアの言いたいことがわかって、ルイスの頬には、もう涙がつたっていた。何も言えなかった。
 お互いに思うことは一緒だから。
 幸せな姿が見れたら、どれほど幸せになるのか、ルイスにはもうわかっている。
 つらいけど。苦しいけれど。この幸せな気持ちで同じようにユリアを満たしてあげないといけない。
「ルイス、約束して」
 こつん、と額を合わせられる。金色の睫毛が涙ですっかり濡れている、それが間近に見えた。
「うん。ちゃんと、頑張る。幸せになる」
 幸せになって、ユリアを安心させる。
 ユリアはルイスを優しく抱きしめた。
 すっかり大きくなってしまったルイスだったが、弱く震える姿はまだ小さい時のままだった。
「あの時ね……」
 ユリアはルイスを抱きしめたまま優しく語りかけた。
「世界中に拒絶されてると思っていた中で、ルイスだけが僕を必要としてくれてた。ルイスだけが僕を愛して、必死で抱きしめてくれた。――それが僕にとって、どれほど救いとなったか、わかる?」
 こうして抱き合っていると、思い出すのは虐げられた記憶じゃない。
 この温かくて優しい感触だけだ。
「ルイスがいないと生きていなかったよ。ありがとう、ルイス。愛してるよ」
 ルイスはその優しい感触を確かめるように腕に力を入れた。



 二人は泣き疲れて、そのまま公爵邸に泊まることにした。
 客間のベッドにそのまま転がり込むようにして泣き腫らした目で眠りにつく。
 そんな二人をそっと置いて、ヘルマンとベンはその場を後にした。
「お前も泊っていくか?」
「いえ。寮そこなんで。帰ります」
「ご苦労だったな」
「――はい」
 仕事としてやったわけではないのにそう言われると『影』の業務をしたような気になって、複雑な気持ちになる。
「――しばらくは目を離さないようにしておいてくれ」
「そのつもりです」
 仕事の方はしばらく休み、ルイスに付き添うつもりだった。
「お前は気付いていたから側にいたのか?」
 ヘルマンの古い記憶では、ユリアが倒れた時ルイスを連れてきたのはベンだった。
 ルイスがずっと抱えていた心の闇に、子供のころからベンが気付いていたというのだろうか。
 ふと気になった。
「気付いてって、何にですか」
「ルイスについて」
「ルイスの……?」
 ベンは本当にわからないといったようだ。
「昔も、ここにルイスを連れてきたことがあっただろう。ユリアが倒れた時」
「――いつですか」
「フェルナンドに預けられていたルイスを、ユリアに面会させに来た」
 ベンはしばらく考え込んでいたが、なかなか記憶にたどり着かないようだった。
「学校を抜け出して――」
「ああ!言わないでって言ったのに、母に言うから。めちゃくちゃ怒られたやつ」
「……………………」
 ヘルマンは少し迷った。
 あまり経験したことのない会話のテンポだった。
「ルイスが危なげで側にいたのかと思ったんだが」
「危なげ……」
 ベンは険しい顔をして考え込んだ。
「わかりません」
 考えたと思わせておいて、たいして考えてはいなかった。
 ベンにとってルイスが繊細で気難いのも、誰か人がいないと不安なのも、眠れないのも。全部ルイスの性格だった。それが危ういと意識したことはなかった。手のかかる、気になる人、だ。
「難しいことはわからないんで。でも、ルイスが馬鹿なことしないように見とけっていうのはわかります」
「――そうか。頼む。まだ子供だから守ってやりたいと思っていたのに、一人でやりたいというのを自立なのか無理をしていたのか……距離を間違っていたのかもしれない」
「間違ってないと思います。気楽にやってました。屋敷じゃそうはいかないと思うし。基本的になまけものなんで」
 ユリアと別に暮らしだして、悠々自適な生活を送っていた。寂しいというより自由にやっていた。
「そういえば、この前公爵様に怒られたって落ち込んでました。あいつ、自分を大切にするって、意味が分かんねえんだと思います」
 今日のことがあっても、ルイスが理解したとは思えない。
「見ときます。生きなきゃって思って生きてるうちに、そのうち生きたくなるかもしれないし」
 本当は、自分が幸せにしてやりたいが。そんなことが言えるほどベンも大人ではないから。
「十分だ」
 玄関にたどり着いて、ベンはぺこりと頭を下げた。
「じゃ。おやすみなさい」
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました

水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。 原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。 「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」 破滅フラグを回避するため、俺は決意した。 主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。 しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。 「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」 いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!? 全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ! 小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

聖者の愛はお前だけのもの

いちみりヒビキ
BL
スパダリ聖者とツンデレ王子の王道イチャラブファンタジー。 <あらすじ> ツンデレ王子”ユリウス”の元に、希少な男性聖者”レオンハルト”がやってきた。 ユリウスは、魔法が使えないレオンハルトを偽聖者と罵るが、心の中ではレオンハルトのことが気になって仕方ない。 意地悪なのにとても優しいレオンハルト。そして、圧倒的な拳の破壊力で、数々の難題を解決していく姿に、ユリウスは惹かれ、次第に心を許していく……。 全年齢対象。

僕の、しあわせ辺境暮らし

  *  ゆるゆ
BL
雪のなか僕を、ひろってくれたのは、やさしい男の子でした。 ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります! ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!

婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした

水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」 公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。 婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。 しかし、それは新たな人生の始まりだった。 前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。 そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。 共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。 だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。 彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。 一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。 これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。 痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!

処理中です...