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第3章
23.
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パーティーはいくつか参加したが、王家主催のものはまるで規模が違った。
先の方まで見えないほどの大ホールに、着飾った人たちが談笑している。
ピカピカの床がシャンデリアの光を眩しく反射し、音楽が鳴り響いている。
ヴェッターホーンの席は王族のすぐそばだ。カーテンが降ろせる椅子とテーブルも用意されている。
「目がチカチカするな」
そう言って目を細めるベンとは対照的に、ルイスは少し楽しそうだった。
「ねえベン、ご飯とって、隠れて一緒に食べようよ」
流石に騎士が飲み食いしていたらおかしいが、隠れられるなら一緒に楽しめる。
「やることやったらな」
挨拶回りをすると聞いている。人より料理に視線が釘付けなところは、ルイスらしいなと思う。実は大食いの食いしん坊である。
パーティーの始まりを告げる新たな皇帝の言葉に、拍手喝采。重厚な音楽。
雰囲気だけで圧倒されそうだ。
クリスティーナは兄である皇帝と歓談している。フェルナンドは仕事の顔で挨拶回りに行った。
ユリアはいつもヘルマンから離れないと言うので、ヘルマンの背後にユリアとルイスで並んだ。
自然にヘルマンにエスコートされるようなのを見て、これがいつものスタイルなんだなと思う。
「ずっとここにいるの?」
ルイスが聞くとユリアはヘルマンの腕を掴みながら頷いた。
「僕はね。ここじゃないと落ち着かなくって。前にちょっと離れただけで、たくさんの人に囲まれて話しかけられたんだよね」
「だろうね……」
「お酒も入ってるからみんな距離も近いし。ご主人様怖いし――ルイス、どこか行くなら、ベン君と目の届くところでね」
「うん」
「ご機嫌いかがですか、公爵様」
声をかけられ、ヘルマンが挨拶を交わす。老夫婦で、高位の貴族だ。基本的にはヘルマンに話しかけられる人は限られている。
国の方針を決める元老院のメンバーはヘルマンを入れて六名。その五名だけだ。
話しかけて来たのはその中で一番の重鎮の侯爵だった。好好爺といったご老人で、ヘルマンの接し方から無害な人なんだろうなと思う。
ユリアの隠し方が違う。
「ファルト侯爵。此度の叙爵、心からお祝い申し上げます」
「ありがとうございます」
「そちらが、ルイス殿だね」
「ルイス・ヴェッターホーンです」
ここ最近何度も言いすぎて口から勝手に出てくるようになった台詞を言う。
「実は孫に、何としてもお誘いしてこいと言われていてね。一度屋敷に遊びにこないかい?」
これにはヘルマンが助けてくれる。
「ご存知のように、まだ勉強を始めたばかりです。無作法があってはいけませんので」
「構いませんよ、若者達の事じゃないですか」
「いえ……」
珍しくヘルマンが押されている。
「どうかな、ルイス殿。覚えてないかな、去年パーティーでご挨拶したと言っていたんだが――」
「はい、覚えてます。シャーロン様ですよね。ご領地の珊瑚の髪飾りをつけてた。お綺麗な方で、御領地の産業への理解もあって、素敵なお方でした」
「おほほ……」
孫を褒められて夫婦は目尻が下がりきっている。
「君にもプレゼントしたいな。どうだね、明日にでも」
「ありがとうございます」
ルイスは人懐っこい笑みを浮かべた。
「でも、ごめんなさい。僕……本当に礼儀作法を習ったばっかりで……失敗したら恥ずかしいので、もう少し待ってほしいです」
「あら、まあ」
「これは困ったな」
夫婦は心底残念そうに声を上げた。
「公爵様、さぞかしご心配が多いでしょうなあ。は、はは……」
そう言って去っていくと、待っていたと言うようにまたもう一人、今度は中年の男性が少女を一人連れていた。
「公爵様。ご挨拶してもよろしいですかな」
チラチラとユリアとルイスを見ながらヘルマンに挨拶をして来る。
ヘルマンがユリアとその侯爵の間に立った。
わかりやすい。これは近づくなと言うことだ。
「――ご無沙汰しています」
「本当に。なかなかお会いできなくて!」
「ご承知のように、色々とありましたので」
「そのようですな!――ファルト侯爵、ええと……ご挨拶せていただいても?」
「どうぞ」
そう言っているのに一歩も引かない。
侯爵は引き攣った笑みを浮かべ、頭を下げた。
「ファルト侯爵、改めまして、今後ともよろしくお願いします。侯爵同士、何かとお付き合いも増えますかな?」
「……はい。今後ともご指導下さい」
ヘルマン越しに何とか挨拶している。
誰もつっこまないんだな。つっこめないか。
「こちらが、ルイス殿ですな!」
侯爵は気を取り直してルイスに向き直る。
「初めまして。分からないことがあればなんでも聞いてくれ。――これは娘のレイナだ。年も近いし、仲良くしてもらえるかな」
侯爵はレイナをルイスの方に押しやり、ヘルマンに詰め寄っていきなり商売の話を始めた。
レイナと話していろということだろうか。つり上がった目元が親娘でそっくりだ。
「よろしくお願いします」
当たり障りなく挨拶を返す。レイナという少女はおそらくルイスよりも年上だ。それでもまだ未成年だろうが、しっかり化粧をしている。
「はじめまして。慣れない所でさぞかしご苦労も多いでしょうね」
おや、とルイスは思った。
言っている台詞に反して気遣う様子は微塵もない。
「早く慣れるとよろしいわね。ナイフとフォークの使い方はもう覚えられましたの?」
あからさまでルイスは少し驚いた。
まあ、無理もないのかなと思う。
今いる貴族の中で、最高位にあるのが元老院の六貴族だ。皇族の女性も皇后一人。社交界ではこのレイナと先ほど話に出てきたシャーロンだけが同年代では最高位ともいえる。
同年代の男女どちらからも、行く先々で持ち上げられたことしかないだろう。
シャーロンは優しそうな女の子だったから、高位貴族はやっぱり余裕があるなと思っていたので、ルイスは今日認識を改める。
「使えます」
「まあ、本当に?市井では手でお食事を頂くと聞いていましたけれど。本当ですの?」
「そういう料理もありますね」
「まあ」
レイナは本当に驚いたようで目を丸めている。そして次に不愉快そうに眉を寄せた。
「わたくし、そういった暮らしを知りませんもの。耳にした時はその者が嘘をついていると思いましたのよ。――では、まさか、玄関を開けたら寝室というのも本当なのかしら」
「そういう家もありますね」
「まあ!一体どうやって暮らせばいいのかしら」
レイナは深刻そうに首を振った。
「どんなご苦労があるのか、わたくしには想像もできませんわ」
ルイスはうんざりしてユリアを見た。
ユリアもやれやれと言った様子で聞いている。
もしかしてユリアもパーティーの度にこの馬鹿げたやり取りをさせられているのだろうか。
「わからないことがあったら、何でも聞いてくださいね。不得手なところを教えるのは年長者の責任ですもの」
「あ、じゃあ、一つ聞いてもいいかな」
ルイスは素朴な疑問を口にした。
「義父とご挨拶したい貴族の方々がたくさんそちらで待ってるんだけど、君のお父上はあとどれくらいお話されるのかな」
「――!ち、父は大切な取引の話をされてますもの。大人のお話に、子供が口を出すものじゃなくてよ」
「でも、君の所とうちは一つも取引してないよね?」
侯爵領は不作が続いている。昨年は公爵領から支援物資を送った。今年も、という打診を遠回しに言っているのだ。だから長くなっている。
彼女は知らずにこんな無恥なことを言っているのだろうか。
支援を請う相手に取る態度ではない。
「貴方はそんなこと知らないでしょう?」
ぎゅっと拳を握りしめている。
「自分の領地の取引先は全部知ってるよ。君は知らないの?」
「し、し……しって……」
「ルイス」
ユリアが静かに名前を呼んだ。
「ご令嬢に恥をかかせてはいけないよ」
「あ、ごめん。僕、言い方が良くないよね」
急に謝られて、レイナは身構える。
「ごめんね。そんなつもりはなかったんだけど。難しいな……」
本当に謝っている様子のルイスを見ると、レイナはむきになる。
「わ、わたくしはっ、領地のことより、もっとたくさん学ぶことがあるのです」
「そうなんだ。他にって言うと」
「儀礼典礼、礼儀作法、それから芸術文化も……」
「ああ、貴族のたしなみ系」
ルイスは納得するように頷いた。
「たしなみなどではありませんわ!」
ガン、と一歩踏み出され、ルイスは驚いて一歩下がる。
「その日を暮らす平民には分からないかもしれませんけど――」
低く震える声にルイスは少し驚いた。怒らせてしまったようだ。
「リア、僕、なにか悪かった?」
「あのね……」
「聞きなさい!わたくしは、いずれ、王子妃と――」
「それは初耳だな」
カツン、と靴音と共に横の方から声が聞こえる。
「私の妃はまだ決まっていないはずだが」
レイナはその姿を見るや真っ赤になって固まった。
「王子殿下」
ユリアが答え、丁寧に礼をする。背中を押されてルイスも同じくお辞儀をした。
すこし暗めの金髪、青灰色の目。こうして見ると皇帝陛下によく似ている。
王族の正装に身を包んでいるのは、以前一緒に遊んだアーチだった。
「私の妃は、貴賤に関わらず人を大切にする人と決めている」
アーチは怒りを露わにしていた。
「平民どうこうというのは聞き捨てならないな。――しかし、君は特に序列を重んじると思っていたが」
序列で言えばルイスの方がずっと上だ。
「平民を貶めるものも、公爵家令息に向かって無礼な振る舞いをするものも、私はお断りだ」
突然の怒気に触れて、レイナが一気に泣きそうな顔になる。
ヘルマンとの会話も止まって、父親は何事かと混乱しているようだ。
「王子妃と――までしか聞いてないのにそこまでいうのは飛躍しすぎじゃないかな。王子妃となれるように精進してるって言うなら、頑張ってる、立派だねって話で」
「ルイス!」
張り詰めた雰囲気に不似合いな発言に、ユリアが慌てた。
「あ、ごめんなさい。――でも、令嬢に恥をかかせてはいけない、でしょ?頑張って勉強してることをたしなみなんて言った僕が悪かったから」
レイナを見ると驚いたような顔をしている。
「頑張って勉強してるから、怒ったんだよね。ごめんね」
きゅっと結んだレイナの顔から涙が出そうになる。
何があったんだ、と尋ねる父親に返事もできないでいる。
恥ずかしいのか、悔しいのかわからないが、そういう顔をしているとまだまだ子供らしいと思う。
「いいのか?その日を暮らす平民という発言は、私の耳にも入ったぞ」
アーチが気遣って言ってくれるのはわかるが、ルイスは首を振った。
「少なくとも僕は後継者になるまでその日暮らしでぶらぶらしてたから」
将来の構想など一つもなかった。
「ああ、でも、平民がみんなその日暮らししてたら王国は潰れるよってところは訂正しとかないと」
ルイスはそう言ってレイナに笑いかけた。
「経済についても、面白いから勉強してみるといいよ。僕はレイナ嬢がよく知ってる分野に疎いから、また教えてくれると嬉しい」
レイナは胸を押さえて、小さく頷いた。
「これ以上ご令嬢が息子に無礼を働く前に、連れて行ってはどうだ」
ヘルマンが静かに侯爵に言う。
侯爵は事態がわからぬまま、それでも空気を読んで慌てて娘を連れて行った。
「ルイス、お前は私の息子なんだから、黙って相手に合わせなくてもいいんだぞ」
「聞いてたの?」
「……話がつまらなくてな」
笑うルイスに、ご主人様は五人くらいの話は一度に聞いてるよ、とユリアが耳打ちする。
「どこからが無礼なのかよくわかんなくて」
「煩わしければ、そこからだ」
それは全部だ、と思うが。ヘルマンはその思いを察して笑い、アーチにも視線をやる。
「相手が王族でもな」
アーチが引き攣った笑いを浮かべる。
「叔父上……私を前にしてそう言われますと」
「ルイスを無理に連れ回すなよ」
アーチはわずかに目を見開いた。
「ご存じで」
緊張した顔で伺う。
「あの。では……ご子息を、お借りしても……」
ヘルマンはルイスに視線を移した。ルイスは頷く。
「見えるところにいなさい」
ヘルマンは少し離れたところにいるベンに目配せして、また挨拶の輪に戻って行った。
先の方まで見えないほどの大ホールに、着飾った人たちが談笑している。
ピカピカの床がシャンデリアの光を眩しく反射し、音楽が鳴り響いている。
ヴェッターホーンの席は王族のすぐそばだ。カーテンが降ろせる椅子とテーブルも用意されている。
「目がチカチカするな」
そう言って目を細めるベンとは対照的に、ルイスは少し楽しそうだった。
「ねえベン、ご飯とって、隠れて一緒に食べようよ」
流石に騎士が飲み食いしていたらおかしいが、隠れられるなら一緒に楽しめる。
「やることやったらな」
挨拶回りをすると聞いている。人より料理に視線が釘付けなところは、ルイスらしいなと思う。実は大食いの食いしん坊である。
パーティーの始まりを告げる新たな皇帝の言葉に、拍手喝采。重厚な音楽。
雰囲気だけで圧倒されそうだ。
クリスティーナは兄である皇帝と歓談している。フェルナンドは仕事の顔で挨拶回りに行った。
ユリアはいつもヘルマンから離れないと言うので、ヘルマンの背後にユリアとルイスで並んだ。
自然にヘルマンにエスコートされるようなのを見て、これがいつものスタイルなんだなと思う。
「ずっとここにいるの?」
ルイスが聞くとユリアはヘルマンの腕を掴みながら頷いた。
「僕はね。ここじゃないと落ち着かなくって。前にちょっと離れただけで、たくさんの人に囲まれて話しかけられたんだよね」
「だろうね……」
「お酒も入ってるからみんな距離も近いし。ご主人様怖いし――ルイス、どこか行くなら、ベン君と目の届くところでね」
「うん」
「ご機嫌いかがですか、公爵様」
声をかけられ、ヘルマンが挨拶を交わす。老夫婦で、高位の貴族だ。基本的にはヘルマンに話しかけられる人は限られている。
国の方針を決める元老院のメンバーはヘルマンを入れて六名。その五名だけだ。
話しかけて来たのはその中で一番の重鎮の侯爵だった。好好爺といったご老人で、ヘルマンの接し方から無害な人なんだろうなと思う。
ユリアの隠し方が違う。
「ファルト侯爵。此度の叙爵、心からお祝い申し上げます」
「ありがとうございます」
「そちらが、ルイス殿だね」
「ルイス・ヴェッターホーンです」
ここ最近何度も言いすぎて口から勝手に出てくるようになった台詞を言う。
「実は孫に、何としてもお誘いしてこいと言われていてね。一度屋敷に遊びにこないかい?」
これにはヘルマンが助けてくれる。
「ご存知のように、まだ勉強を始めたばかりです。無作法があってはいけませんので」
「構いませんよ、若者達の事じゃないですか」
「いえ……」
珍しくヘルマンが押されている。
「どうかな、ルイス殿。覚えてないかな、去年パーティーでご挨拶したと言っていたんだが――」
「はい、覚えてます。シャーロン様ですよね。ご領地の珊瑚の髪飾りをつけてた。お綺麗な方で、御領地の産業への理解もあって、素敵なお方でした」
「おほほ……」
孫を褒められて夫婦は目尻が下がりきっている。
「君にもプレゼントしたいな。どうだね、明日にでも」
「ありがとうございます」
ルイスは人懐っこい笑みを浮かべた。
「でも、ごめんなさい。僕……本当に礼儀作法を習ったばっかりで……失敗したら恥ずかしいので、もう少し待ってほしいです」
「あら、まあ」
「これは困ったな」
夫婦は心底残念そうに声を上げた。
「公爵様、さぞかしご心配が多いでしょうなあ。は、はは……」
そう言って去っていくと、待っていたと言うようにまたもう一人、今度は中年の男性が少女を一人連れていた。
「公爵様。ご挨拶してもよろしいですかな」
チラチラとユリアとルイスを見ながらヘルマンに挨拶をして来る。
ヘルマンがユリアとその侯爵の間に立った。
わかりやすい。これは近づくなと言うことだ。
「――ご無沙汰しています」
「本当に。なかなかお会いできなくて!」
「ご承知のように、色々とありましたので」
「そのようですな!――ファルト侯爵、ええと……ご挨拶せていただいても?」
「どうぞ」
そう言っているのに一歩も引かない。
侯爵は引き攣った笑みを浮かべ、頭を下げた。
「ファルト侯爵、改めまして、今後ともよろしくお願いします。侯爵同士、何かとお付き合いも増えますかな?」
「……はい。今後ともご指導下さい」
ヘルマン越しに何とか挨拶している。
誰もつっこまないんだな。つっこめないか。
「こちらが、ルイス殿ですな!」
侯爵は気を取り直してルイスに向き直る。
「初めまして。分からないことがあればなんでも聞いてくれ。――これは娘のレイナだ。年も近いし、仲良くしてもらえるかな」
侯爵はレイナをルイスの方に押しやり、ヘルマンに詰め寄っていきなり商売の話を始めた。
レイナと話していろということだろうか。つり上がった目元が親娘でそっくりだ。
「よろしくお願いします」
当たり障りなく挨拶を返す。レイナという少女はおそらくルイスよりも年上だ。それでもまだ未成年だろうが、しっかり化粧をしている。
「はじめまして。慣れない所でさぞかしご苦労も多いでしょうね」
おや、とルイスは思った。
言っている台詞に反して気遣う様子は微塵もない。
「早く慣れるとよろしいわね。ナイフとフォークの使い方はもう覚えられましたの?」
あからさまでルイスは少し驚いた。
まあ、無理もないのかなと思う。
今いる貴族の中で、最高位にあるのが元老院の六貴族だ。皇族の女性も皇后一人。社交界ではこのレイナと先ほど話に出てきたシャーロンだけが同年代では最高位ともいえる。
同年代の男女どちらからも、行く先々で持ち上げられたことしかないだろう。
シャーロンは優しそうな女の子だったから、高位貴族はやっぱり余裕があるなと思っていたので、ルイスは今日認識を改める。
「使えます」
「まあ、本当に?市井では手でお食事を頂くと聞いていましたけれど。本当ですの?」
「そういう料理もありますね」
「まあ」
レイナは本当に驚いたようで目を丸めている。そして次に不愉快そうに眉を寄せた。
「わたくし、そういった暮らしを知りませんもの。耳にした時はその者が嘘をついていると思いましたのよ。――では、まさか、玄関を開けたら寝室というのも本当なのかしら」
「そういう家もありますね」
「まあ!一体どうやって暮らせばいいのかしら」
レイナは深刻そうに首を振った。
「どんなご苦労があるのか、わたくしには想像もできませんわ」
ルイスはうんざりしてユリアを見た。
ユリアもやれやれと言った様子で聞いている。
もしかしてユリアもパーティーの度にこの馬鹿げたやり取りをさせられているのだろうか。
「わからないことがあったら、何でも聞いてくださいね。不得手なところを教えるのは年長者の責任ですもの」
「あ、じゃあ、一つ聞いてもいいかな」
ルイスは素朴な疑問を口にした。
「義父とご挨拶したい貴族の方々がたくさんそちらで待ってるんだけど、君のお父上はあとどれくらいお話されるのかな」
「――!ち、父は大切な取引の話をされてますもの。大人のお話に、子供が口を出すものじゃなくてよ」
「でも、君の所とうちは一つも取引してないよね?」
侯爵領は不作が続いている。昨年は公爵領から支援物資を送った。今年も、という打診を遠回しに言っているのだ。だから長くなっている。
彼女は知らずにこんな無恥なことを言っているのだろうか。
支援を請う相手に取る態度ではない。
「貴方はそんなこと知らないでしょう?」
ぎゅっと拳を握りしめている。
「自分の領地の取引先は全部知ってるよ。君は知らないの?」
「し、し……しって……」
「ルイス」
ユリアが静かに名前を呼んだ。
「ご令嬢に恥をかかせてはいけないよ」
「あ、ごめん。僕、言い方が良くないよね」
急に謝られて、レイナは身構える。
「ごめんね。そんなつもりはなかったんだけど。難しいな……」
本当に謝っている様子のルイスを見ると、レイナはむきになる。
「わ、わたくしはっ、領地のことより、もっとたくさん学ぶことがあるのです」
「そうなんだ。他にって言うと」
「儀礼典礼、礼儀作法、それから芸術文化も……」
「ああ、貴族のたしなみ系」
ルイスは納得するように頷いた。
「たしなみなどではありませんわ!」
ガン、と一歩踏み出され、ルイスは驚いて一歩下がる。
「その日を暮らす平民には分からないかもしれませんけど――」
低く震える声にルイスは少し驚いた。怒らせてしまったようだ。
「リア、僕、なにか悪かった?」
「あのね……」
「聞きなさい!わたくしは、いずれ、王子妃と――」
「それは初耳だな」
カツン、と靴音と共に横の方から声が聞こえる。
「私の妃はまだ決まっていないはずだが」
レイナはその姿を見るや真っ赤になって固まった。
「王子殿下」
ユリアが答え、丁寧に礼をする。背中を押されてルイスも同じくお辞儀をした。
すこし暗めの金髪、青灰色の目。こうして見ると皇帝陛下によく似ている。
王族の正装に身を包んでいるのは、以前一緒に遊んだアーチだった。
「私の妃は、貴賤に関わらず人を大切にする人と決めている」
アーチは怒りを露わにしていた。
「平民どうこうというのは聞き捨てならないな。――しかし、君は特に序列を重んじると思っていたが」
序列で言えばルイスの方がずっと上だ。
「平民を貶めるものも、公爵家令息に向かって無礼な振る舞いをするものも、私はお断りだ」
突然の怒気に触れて、レイナが一気に泣きそうな顔になる。
ヘルマンとの会話も止まって、父親は何事かと混乱しているようだ。
「王子妃と――までしか聞いてないのにそこまでいうのは飛躍しすぎじゃないかな。王子妃となれるように精進してるって言うなら、頑張ってる、立派だねって話で」
「ルイス!」
張り詰めた雰囲気に不似合いな発言に、ユリアが慌てた。
「あ、ごめんなさい。――でも、令嬢に恥をかかせてはいけない、でしょ?頑張って勉強してることをたしなみなんて言った僕が悪かったから」
レイナを見ると驚いたような顔をしている。
「頑張って勉強してるから、怒ったんだよね。ごめんね」
きゅっと結んだレイナの顔から涙が出そうになる。
何があったんだ、と尋ねる父親に返事もできないでいる。
恥ずかしいのか、悔しいのかわからないが、そういう顔をしているとまだまだ子供らしいと思う。
「いいのか?その日を暮らす平民という発言は、私の耳にも入ったぞ」
アーチが気遣って言ってくれるのはわかるが、ルイスは首を振った。
「少なくとも僕は後継者になるまでその日暮らしでぶらぶらしてたから」
将来の構想など一つもなかった。
「ああ、でも、平民がみんなその日暮らししてたら王国は潰れるよってところは訂正しとかないと」
ルイスはそう言ってレイナに笑いかけた。
「経済についても、面白いから勉強してみるといいよ。僕はレイナ嬢がよく知ってる分野に疎いから、また教えてくれると嬉しい」
レイナは胸を押さえて、小さく頷いた。
「これ以上ご令嬢が息子に無礼を働く前に、連れて行ってはどうだ」
ヘルマンが静かに侯爵に言う。
侯爵は事態がわからぬまま、それでも空気を読んで慌てて娘を連れて行った。
「ルイス、お前は私の息子なんだから、黙って相手に合わせなくてもいいんだぞ」
「聞いてたの?」
「……話がつまらなくてな」
笑うルイスに、ご主人様は五人くらいの話は一度に聞いてるよ、とユリアが耳打ちする。
「どこからが無礼なのかよくわかんなくて」
「煩わしければ、そこからだ」
それは全部だ、と思うが。ヘルマンはその思いを察して笑い、アーチにも視線をやる。
「相手が王族でもな」
アーチが引き攣った笑いを浮かべる。
「叔父上……私を前にしてそう言われますと」
「ルイスを無理に連れ回すなよ」
アーチはわずかに目を見開いた。
「ご存じで」
緊張した顔で伺う。
「あの。では……ご子息を、お借りしても……」
ヘルマンはルイスに視線を移した。ルイスは頷く。
「見えるところにいなさい」
ヘルマンは少し離れたところにいるベンに目配せして、また挨拶の輪に戻って行った。
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