蒼空の守護

むらさん

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第6章(偵察)

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 イルストル記念軍港に出撃を讃える演奏が鳴り響いている。燦々と晴れ渡った空の下、ラディ率いる第六艦隊は出撃態勢を整えていた。蒼都からの出撃は実に116年ぶりの出撃になる。急なイベントにも関わらず港には沢山の王国民が見送りに来ていた。
 メルは、先に最南島に帰還して現地の采配を振るために、第六艦隊旗艦『飛雲』から護衛と補充を兼ねたミューナ5機、早期警戒管制機2機と共に編隊を組んで飛び立つ事になっていた。このパフォーマンスも父である望宮の命令によるものである。
 飛雲で8機の離陸準備が整えられる中、3人の王族が艦上にいた。
 「最南島で待っています。道中ご無事で。」
 「出来るだけ急いで行く。紫雲が滞りなく艦隊に組み込めるようにしておいて欲しい。」
 「分かりました。」
 「指揮系統の心配は要らないわ。艦は兄様が、空は私がしっかりと指揮するから。」
 「イスカさんの下で飛ぶのを楽しみにしてますよ。」
 「アブエロが許してくれるかしらね。」
 フフッとイスカが笑った。
 第六艦隊は、名家・望宮家の資金を背景にした艦隊なだけあり、壮麗な陣容だった。正規空母1、ミサイル巡洋艦4、駆逐艦2、フリゲート艦2、攻撃型潜水艦2、補給艦2という堂々たる陣容であった。23歳のラディを始め若手将校が中心の編成となっているが、とても創立5年目とは思えないほど優秀なメンバーとチームワークがあった。ここに最南島で唯一の守宮正規軍のメンバーが集まる空母『紫雲』が臨時に組み込まれる。
 まず護衛機と早期警戒管制機が飛び立ち、最後にメルのミューナが空に舞う。軍港に集った大観衆の中から歓声が上がり、沢山の蒼国国旗が賑やかに揺れるのだった。

 まだ朝早いというのに、最南島の指揮を委ねられていたノノウとアブエロは、メルのミューナが飛び立つ様子をテレビを見ていた。
 「ようやく帰ってこられますね。」
 「全くじゃ。この3日はかなり長く感じたぞ。」
 「早期警戒管制機まで来てくれるのは嬉しいことです。」
 早期警戒管制機は、空から敵を探知する航空機である。地上レーダーでは水平線の関係で敵を捕捉出来ない部分を空から探知することで、より広範囲の敵を捕捉することが出来る。今最南島にあるのは旧式の地上レーダーだけなので、約10倍の範囲を監視できるようになる。更に、この早期警戒管制機は最近改修されて高度まで詳細に割り出すことが出来るようになっていた。最も有用な能力としては、各部隊の情報共有がより簡単になるため、部隊の連動が迅速になることである。
 「早期警戒管制機の配属は?」
 「守宮様は最南第一航空隊に配属するように、と。」
 チッ、とアブエロは舌打ちをした。配属先がスィラの元になるのは当然ではあるが気にくわない。あの不遜な態度がアブエロの頭をよぎる。メルは元々彼がイスカの部下だった事に配慮しているのだろうが、王族なのだから反抗的な態度をとる者は厳正に処断すれば良いのだ。何のための王族特権なのか彼女は理解しているのだろうか。
 ノノウはこの後航空機の調査基地を訪れる予定だった。この日の早朝、南海事件時にメルが撃墜した敵機の燃料成分が分かったという連絡が入って来たのである。何があの古い戦闘機をここまで飛ばしたのか、それが明らかになるだろう。

 最南航空隊が緒戦の勝利に沸く中、片隅にある霊安室には3人の遺体が安置されていた。老将のゼーメンですらここに遺体が置かれるのを見るのは初めてである。遺体がこちらに運ばれて来た時は航空隊員全員で黙祷を捧げた。戦闘に勝ったとはいえ、大事な人を失った家族の悲しみはいかばかりだろうか。そしてこの先戦闘が拡大すればするだけこの悲しみと憎しみは膨れ上がる。遺体を収容することすら出来ない兵士も出てくるかもしれない。スィラもゼーメンも遺族に謝りに行く覚悟は出来ていた。部下の死は指揮官の責任であるというのが蒼の国の今も昔も変わらない観念である。二人は最南航空隊の隊員たちと勝利の美酒に酔いしれつつも、遺族にどんな手紙を書くかを考えていた。

 メルが最南島に着いたのは、夕焼けが綺麗な頃だった。既に大半の島民が島外へ出ているとはいえ、メルを見に最南第一飛行場に集まった人々もいた。次々に着陸していく編隊の戦闘機を見て兵士も民衆も歓声をあげた。ミューナ綺麗な着陸姿勢にスィラは思わずため息をついた。相当な努力をしないとあの技量を10代で身につけるのは不可能である。
ミューナから降りて着たメルにスィラが敬礼をした瞬間、危険を顧みずに最南島にやって来た取材班のカメラマン達が待ってましたとばかりにシャッターを切り始めた。
 「まずは緒戦の采配は見事だった。流石は空宮様が見込んだだけある。」
 「ありがとうございます。」
 「戦死者が出たのは残念だ。だが、我々の使命はこの島を守り抜くことである。今後も厳戒態勢を怠るな。」
 「ハッ。」
 頭を下げつつも唇をギュッと噛みしめる。これが『残念』ですむのか?隊員は家族だ。今まで共に過ごして来たかけがえのないメンバーの死を一言で表現して欲しくなかった。空宮様なら、きっと違う言葉を送ってくれただろうに…。彼女はなるほど武勇に優れ、教養も備えた姫宮に違いないが、貴女は所詮『王族』だ。貴女には王族の殻を破って、『兵士』の目で戦争を見つめることは出来ない。

 メルが最南鎮守府に帰って来て、出迎えたアブエロとノノウにかけた最初の言葉は「寝ているか?」だった。
 「爺はもう歳ですからな。色々な所でうたた寝をしては、ブランケットをかけられております。」
 そう言って苦笑しながら、殆ど何も残っていない頭をかく。
 「記者会見でうたた寝しなくて何よりだ。ノノウは?」
 「まぁ…多少は。」
 「ふぅん。」
 メルの顔がグイッとノノウの顔に近づく。一瞬変な想像をして、ノノウは少し顔を赤らめた。
 「ウソだな。目の下にクマが出来ている。」
 ノノウは慌てて目をパチパチさせる。最南島に戻ってきてから初めてメルは笑顔をみせた。
 「命令。今日は早く寝るように。」
 ノノウはまるでお母さんに叱られているような感覚を覚えていた。
 「半月前、お前が倒れたせいで私が途轍もなく忙しくなったのをもう忘れたのか?」
 「しかし…」
 メルは今日の夜も仕事を続けるだろう。それなのに、自分だけ寝てしまっていいのか。そんなノノウの心を読んだのか、メルはニヤニヤしながら言った。
 「なんなら、添い寝してあげようか?」
 「め、滅相もございません!」
 今ノノウの頭にヤカンを乗せたら一瞬で沸騰するかもしれない。顔を真っ赤にしながら言葉を返した。
 「分かりました。今日は早く寝ます。しかし、1つだけ伝えておかねばならないことがあるのです。」

 メルとノノウは司令宮室に場所を移した。たった3日いなかっただけなのに、随分時間が経ったようにメルは感じていた。ノノウが切り出す。
 「敵機の燃料成分が特定出来ました。内容はこちらになります。」
 ノノウが資料を手渡す。メルはしばらくその資料に目を通した。
 「見たことのない化学式と成分があるな。」
 「まだこの国では発見されていないものです。この資料を王国科学研究所に出せば、間違いなく化学帝王賞を取れます。世紀の発見です。」
 聞きながら、資料の次のページをめくってメルは戦慄した。そこに書かれていたのは、その燃料を積んでミューナが飛行した場合の航続距離の計算式だった。なんと従来の9倍を超える値を示していたのである。
 「これは本当か!?」
 「私も驚いて自分で計算したのですが、確かにその値で間違いありません。」
 この燃料が現実に生産出来れば、『ミューナの奇跡』を軽く超えた超常現象が起きるだろう。航空機だけではない、大衆車や生産工場、私生活すら影響してくる壮大なエネルギー革命が起こるに違いない。ノノウの声が興奮しているのも無理はなかった。
 「問題は、この燃料を我が国で作れるかと、コストだな。」
 「もし安価に作れたら、次期為政者の道具になりそうですが…。」
 間違いない、とメルも頷いた。これを国家プロジェクトで進めて成功させれば、確固たる成果をあげ、政権支持につながるだろう。
 「しかし、この燃料は早々に欲しい。とりあえず、最南科学研究所にデータを送るように。」
 「直ちに。」
 「待て。」
 また仕事を始めようとするノノウをメルは制した。
 「明日でいい。命令を忘れたか?」

 ノノウが起きた時、まだ外は暗かった。それでも久々にぐっすり眠っただけあって、いつもより頭はスッキリしている。
 朝食のパンを持って、ノノウは司令宮室に向かった。司令宮室に勝手に入っていいのはノノウとアブエロだけで、如何に二人がメルから信頼されているかが分かる。
 テーブルには沢山の命令書が積まれていた。遅くまで書いていたのだろう、机の上に置かれている彼女の大好きな紅茶はまだ少し温かい。パンを齧りながら一枚一枚に目を通す。上陸戦に備えて予備役の陸軍兵を動員する用意をすること、最南第一航空隊の輸送機を使って、行きは避難民、帰りは父望宮が調達してくれた燃料や兵器を輸送すること、アブエロがツテを使って集めた艦艇を輸送することなど、多岐にして多彩な命令が出されている。命令書を読む時、ノノウはまるでメルの頭の中を覗いているような気分になった。彼女は本当に色々な事が見えている。無理やり最南鎮守宮にさせられたらしいが、今彼女がこの座にいる事は蒼の国にとって不幸中の幸いだろう。
 最後の一枚には現在育成されている最南艦隊の一部の初期訓練を10日以内に完了させ、送られてきた艦艇を使って航海訓練を行わせるようにと記されていた。
 「いやそれは無理でしょ。」
 いくら初期訓練といっても後半月はかかるし、それに色々な訓練を飛ばして航海訓練に入るのは無理がありすぎる。ノノウはフフッと笑った。
 「全く、守宮様も無茶な事をおっしゃるわね。」
 「やはり無理かな。」
 「うん、徹夜で頭がおかしくなっちゃったんでしょ…?」
 何故誰もいないのに自分は会話しているのだろう。振り返ると、メルが後ろに立っていた。驚きのあまり、持っていたロールパンがコロコロと床に転がる。
 「はい、王族侮辱罪。」
 「おおおお、お許しを…。」
 「冗談だ。」
 メルは笑って地面に転がったロールパンを拾う。
 「無理でもやって貰わねばならん。今は一艦でも多く戦力が欲しい。」
 「浮かぶアイロン(鉄屑)にならねば良いですけど。」
 全く守宮様も人が悪い。わざわざ忍び寄らなくてもいいのに。
 「それより、守宮様こそ眠らなくていいのですか。」
 「これでも眠ったのだ。それに、私とお前の体力には、天と地ほどの差があるぞ。」
 メルも全く同じパンを持って来ているのを見て、二人は笑った。主従となってまだ一ヶ月程だが、仲の良さならその辺りの鎮守府司令部には負けない。ノノウは生来の気の弱さからメルと意見が異なった時、すぐに自らの意見を取り下げる癖があることをメルは早々に見抜きそれを禁じた。徹底的に議論を行い、どちらにどんなメリットがあってどんなデメリットがあるかを言いあわなければより良い策は浮かばない、というのがメルの考えであった。良い上司に恵まれた、とノノウは思っている。ただ、気の弱さを逆手にとっていいように玩具(おもちゃ)にされるのだけは、いつまでたっても慣れない。

 早期警戒管制機が飛び立つようになった最初の朝、最南第一飛行隊から入ってきた情報は驚くべき物だった。
 「最南島の南方約2000Kmの海上に人工島が建設されつつある模様。多数の艦艇が停泊、南方への行き来を繰り返しています!」
 メルは言葉を失った。この人工島の完成を許せば、敵は自由に最南島に空襲出来るようになる。そればかりか、艦隊決戦を挑んでくることすら考えられた。メルとノノウは早急な対策を迫られる事になった。
 「完成までどのくらいかかると思う?」
 「普通なら早くて1年…ですが、あの国に『普通』が通じるかは分かりません。」
 「兄上が来たら、早々に潰さねばならないだろうな。しかし、どの程度の規模・完成度なのか事前に知っておきたい。ノノウ、何か手はあるか?」
 「そうですね…」
 ノノウはペンでコンコンと自分の頭叩いた。
 「かなり危険な手ですが…。」
 ノノウはあまり気がすすまない様子でその作戦を話した。
 「確かに、危険極まりないな。」
 「ですが、成功すればほぼ全容を把握出来ます。問題は、作戦を担当するパイロットですが…。」
 「私がやろう。」
 「なりません!」
 大声の主は後ろに立っていたアブエロである。
 「宮様、万一の事をお考え下さい。残されたじいは如何にすれば良いのですか。」
 「テアの面倒を見てやってくれ。まぁ、そんな事にはならないけど。」
 「宮様…。」
 「私もアブエロ様に賛成です。」
 会話に割って入ったのはノノウである。
 「守宮様はご自身の価値を分かっていません。最悪の事態は常に考えておくべきです。」
 ノノウがここまではっきりメルに意見を述べるのは珍しい事だった。
 「ほぅ…。最悪の事態とはなんだ。」
 「最悪の事態は、守宮様が戦死なされる事ではありません。捕虜となり、敵に辱められる事です。」
 「控えよ!」
 怒るアブエロをメルは手で制した。
 「続けろ。」
 「敵が我が国の電波をジャックしてその様子を全国に放送したとします。その瞬間、国民の戦意は確実に喪失します。」
 「そんな事になれば…」
 アブエロの顔が真っ青になった。
 「わしは狂死するしかない。」
 「仕方ないな…。」
 メルは残念そうな顔をした。
 「ご無礼の方は、お許し下さい。」
 「許さん。罰として今度、兄上とイスカさんと一緒に食事して貰うから。」
 「せめて末席にして頂けないでしょうか…。」
 「私の隣、兄上の目の前に座ってもらう。」
 「ひぇぇ…。」
 カチコチに固まるノノウの隣で、メルは俯いて顎に手をあてた。
 (ならば誰が適任だろう…。)
しばらくその態勢で固まった後、ふっと顔を上げた。
 「今のあの者達ならやってくれるかもしれん。」

 陸の奴らが羨ましい。最南第二飛行隊の誰もがそう思っていた。通称『紫雲飛行隊』と呼ばれる彼らの任務はメルの唯一の正規の軍艦・空母『紫雲』を護る事である。そのため『最南島』を護る最南第一飛行隊とは違い、南海事件以降一度も出撃していない。緒戦の航空戦の際、ノノウはスィラに最南第二飛行隊の派遣が必要か聞いていたのだが、スィラはあっさり断った。空宮の部下、という意識の強いスィラが守宮麾下との連携を嫌ったのだ。最南第二飛行隊の人々はそう理解して不満を募らせた。
 メルが最南第二飛行隊の宿舎を訪れたのは、その不満が頂点に達していた時である。隊長のフィデルタは、メルに出撃を直訴した。
 「何故我々に出撃をお命じ下さらないのです!」
 「お前達の任務は我が空母『紫雲』を護衛するのが任務だからだ。お前ほどの者が、そんな事も分からないのか。」
 言いながら、メルはフィデルタの立場を理解していた。この不満を隊長が言わなければ、部下達が勝手に直訴し、場合によっては相応の処分を科される事になるだろう。フィデルタは部下を庇っているのだ。
 「ならば、『紫雲』を出撃させて下さいませ。護衛艦など無くとも、我々がお守りします!」
 「馬鹿者、護衛艦無しで唯一の我が正規軍の艦を出せるか!」
 「南海事件の折は出撃させたではないですか!?」
 「今は状況が違う。ミサイルを装備する戦闘機が飛び交う中で、単艦では出せん。」
 「しかし」
 「隊長!」
 副長のデナウが制する。フィデルタが押し黙ったところで、メルは静かに言葉を発した。
 「この中に、死んでもいいから出撃したい者は挙手せよ。これは強制ではない。」
 沈黙が走る。やがて、一人、二人と手を挙げだす者が現れ始めた。驚くべきことに、最終的には大半の者が手を挙げた。

 最南鎮守府の応接室は極めて簡素である。机が1つと椅子が4つ、ホワイトボードがあるだけだ。隊長のフィデルタは作戦の説明を受けるため、ここに呼び出された。部屋ではメルとノノウが待っていた。早速メルが口を開く。
 「次に会う時はお前をベロベロになるまで酔わせると言ったが、しばらく無理だ。すまん。」
 「いえ…」
 内心ホッとする。メルは酒に強い。彼女の父、望宮も色々なバーで目撃されては記事にされているし、母のナナも飲み屋で働いた経験があると週刊誌の記事で見かけたことがあるから、きっと酒豪の血筋なのだろう。フィデルタはグラス一杯のウイスキーですぐに真っ赤になってしまうくらい弱く、付き合い酒は苦手だった。
 「それでは作戦の概要を説明します。」
 ノノウが机の上に地図を広げる。
 「早期警戒管制機の報告によると、人工島が最南島の南方約2000Kmに建設されています。停泊している艦は多数。どのようなクラスの艦かは今のところ不明です。」
 黒の国が攻撃拠点を作っている、とフィデルタも容易に想像出来た。
 「つまり、我々はこれを攻撃して艦艇を沈めるのですね。」
 「そうしたいが、今の我々では戦力が足りん。壊滅させるには兄上の力が必要不可欠だ。そこで」
 メルが人工島を指差した。
 「ここを直に見たい。どのような艦艇が並んでいるか、完成度はどのくらいか、我々と第六艦隊だけで攻略が可能なのか。」
 「それは…つまり」
 メルは頷いた。
 「上空を飛んで撮影してきて貰いたい。」

 ノノウが淡々と言葉を繋ぐ。
 「まず、ライブカメラを搭載した最南第二航空隊のミューナ3機が紫雲から発艦します。人工島まで海面近くを飛行し上昇、余裕があれば旋回してもらって離脱。敵ミサイルが飛んでくるような状況であれば、これを回避しつつ帰投して下さい。」
 ノノウは表情一つ変えずに話しているが、言っている内容はかなり難しいものである。
 「命がけですな。」
 「だから聞いただろう、『死んでもいいから飛びたいか』と。」
 同時に何故この役割がスィラの所ではなく自分に来たかも分かった。危険性の高いこの作戦をイスカから貰った部隊でやりたくない。メルは身内でカタをつけたいのだろう。
 「部下の命を危険に晒したくないのだが、私が飛ぶ事をじいとノノウが許してくれなくてな。」
 「当たり前です。」
 フィデルタとノノウの声がかぶる。メルはクスッと笑ったが、その顔はどこか寂しげだった。ファイターパイロットの性(さが)として、究極の命のやりとりに参加出来ない悔しさがあるのは彼女も同じなのである。

 「そんな無茶な!」
 宿舎に戻って副長のデナウに作戦を伝えると、悲鳴のような返事が返ってきた。
 「確かに無茶だ。無茶だからこそ、こちらに話が回ってきたのだ。」
 「そんな…。私達は捨て駒ですか?」
 「悲観するな。私は逆にチャンスだと思っている。」
 「チャンスですと?」
 「この作戦は南一空(最南第一航空隊)の航空戦の何倍も難しい。これを成功させれば、南一空に負けない名声も得られるし、守宮様からの信頼も厚くなって色々な指令を貰えるに違いない。スィラ達を見返してやるのだ。」
 「なるほど…。」
 「デナウ、守宮様の質問に手を挙げた者のリストを頼む。作戦を遂行する3名を選ぶ。」
 「はい。」
 デナウが一枚の紙をフィデルタに渡す。
 「…お前の名前がないな。」
 「作戦も分からない段階で、死と隣り合わせにされるのは御免です。」
 「なるほど、そういう考えもあるな。」 
 みんな出撃したいのは山々であるが、程度には差があった。死んでもいいから出撃して、この戦争に名を刻みたい者。ただ単に手柄を挙げたい者。故郷に家族を置いてきた者。みんな置かれている立場は様々である。フィデルタはリストを眺めた。
 「ショーヌ隊のエース・イジウム、低空飛行に定評のあるロー、あと一人は…。」
 フィデルタは胸に手をあてた。
 「私だ。」
 「はい?」
 デナウは耳を疑った。
 「隊長が自ら出撃されるのですか?」
 「そうだ。」
 「おやめ下さい。」
 「前線で戦ってこそ指揮官だ。自分だけ航空隊本部にのうのうと座って指示を出しているプライドの高いマヌケに、指揮官とは何かを教えてやるのだ。」
 「…。」
 デナウは何も言い返さなかった。最南第二航空隊の誰もが、最南第一航空隊に対して対抗心を燃やしていた。スィラに一泡吹かせてやりたい。その思いがフィデルタの心を支配していたのである。

 作戦当日の紫雲艦上には強い雨と風が吹きつけていたが、作戦は可能と判断された。台風レベルの破天荒でない限り、ミューナは問題なく飛べる。天候を気にせず飛行できるようになったことも『ミューナの奇跡』の一つだった。
 メルはわざわざ艦上に出向き、一行を見送った。
 「お前が飛ぶことになるとはな。正直、羨ましい。代わりに飛びたいくらいだ。」
 「申し訳ありません。」
 「構わん。人工島上空は後30分で晴れると聞いている。出来るだけ長く留まって貰いたいが、欲張るなよ。」
 「ハッ。」

 激しい雨の中、3機のミューナが空に舞い上がった。
 「少し心配です。」
 司令宮室でメルと一緒にミューナが消えた方角の空を見つめていたノノウがポツリと呟いた。
 「何故だ?」
 「フィデルタ様が何処か焦っておられるように見受けられたからです。」
 「スィラに先を越されたからだろう。軍人というのはな、同僚に、特にライバルに先を越されると気負ったりするものだ。」
 「気負いすぎは禁物です。蛮勇は油断を生みますから。」
 「ならば、南海事件の時の私は蛮勇か?」
 「蛮勇ですね。」
 「では何故あの時は私を止めなかったのだ。」
 (出撃出来なかった事をまだ根に持っていらっしゃる。)
 彼女が負けず嫌いである事をノノウはよく知っている。ノノウは心の中で小さくため息をつきながら答えた。
 「あの時は成功すると確信が持てたからです。どうやっても成功する以上、主君の願いを叶えるのが臣の役割です。」
 「むぅ…。」
 メルが頬を膨らます。テレビ画面の向こうではいつもクールな彼女にこう言ったお茶目な一面がある事を、ノノウは側で仕えるようになって初めて知った。
 (頭では分かっておられるのだ。)
 本当に自分の立場が分かっていないなら、王族命令書を出してでも出撃するだろう。フィデルタは自分の立場を分かっているのだろうか。死んでもいいと思っているのか?指揮系統のトップが討ち取られたら、部隊にどれだけ動揺が走るか、理解出来ていないのではないか。ノノウは心配でまた空を見上げた。
 突然、後ろから抱きつかれる。紅茶の香りがする熱い吐息を首筋に感じた瞬間、ノノウは石像のように動けなくなってしまった。
 「守宮様、な、な、何をなされます…。」
 一瞬の出来事なのに、ノノウには凄く長い時間に感じられた。ノノウから離れたメルはもう一度大きくため息をついた。
 「しばらくそのまま固まっておけ。こうでもしないと、私の気持ちが収まらん!」
 そう言い捨てて、メルは司令宮室を出て行った。一人ポツンと残されたノノウは言葉の意味を掴みかねた。
 (守宮様が私を…?いいえ、そんなはずはないわ。だって彼女には煌宮様が…。いや、そうじゃなくって…)
 博識なノノウの頭の辞書から、何故か『守宮様が負けず嫌いな人』というデータだけが吹き飛んでいた。

 『こちらラーク1、予定空域に到達しました。』
 フィデルタを隊長とする臨時編隊『ラーク隊』は予定通り、空母『紫雲』に作戦前最後の連絡を入れた。
 『後1分で雲を抜けるぞ。心してあたれ。』
 『ハッ!』
 既に敵に察知されないように低空飛行に入っている。早期警戒管制機から入ってくる情報では敵に目立った動きはなかった人工島まで残り300Km。ミューナなら5分程で人工島空域に到達出来る。晴天の空域に入り、『いける』と思ったその時だった。
 『こちらラーク3、人工島より飛翔体発射!接近してきます!』
 レーダーを見ると、物凄い数の輝点がこちらに近づいてくる。対空ミサイルに間違いないだろう。フィデルタへ高まる気持ちを抑えながら支持を出した。
 『ラーク1より各機へ。焦るな、ロックオンされていない。これは当たらん!』
 そう指示しつつもフィデルタの頭には一抹の不安がよぎっていた。本当にこのミサイルは当たらないのか?我々の技術と技量は間違いなく敵を上回っているのか?

 ラーク隊の交信は、紫雲の司令宮室で全て傍受する事が出来た。
 「敵はなぜラーク隊を発見出来ているのにロックオンせずに対空ミサイルを発射したのだろう?」
 先日の『最南沖空戦』の際、敵がミューナをロックオンしていた事は周知の事実である。敵はこちらのステルスを見破れる。この事実はメルを始めとする最南島の軍事関係者を驚かせた。
 ノノウが一瞬何か言いたげにメルを見たが、すぐに下を向く。
 「どうした、確信が持てなくてもいいから言ってみろ。」
 「おそらく…敵は低空飛行のミューナの位置を正確に割り出せないのではないでしょうか。確かに最南沖空戦の際、敵は簡単に最南島から出撃するミューナを見つけ出しました。あの位置に人工島を作り、ミューナを見つけ出した敵のレーダーは相当素晴らしい物なのでしょう。しかし、海面の反射によって見えにくくなった低空のステルス機の位置は、正確に特定出来ないのではないでしょうか。」
 確かにそうかもしれない。30年ほど前、テロリストと化した軍のパイロットがミューナを使って宮殿に特攻するために低空飛行で突っ込んで来て、宮殿手前にある飛行場に着陸しようとしていた貨物機と空中衝突するという事件があった。強奪されたミューナにミサイルが積まれていなかったのが不幸中の幸いだったのだが、この事件によってレーダーの不備が浮き彫りになった。低空のミューナの位置を割り出せなかったため、テロリストが蒼々本島の空域に入る前に撃墜する事が出来なかったのである。このレーダーの欠陥を埋めるために登場したのが早期警戒管制機だった。早期警戒管制機が上空から探索することによって、ミューナは低空でも『見える』ようになったのだ。
 最南沖空戦の際はこの早期警戒管制機がいなかったから、敵がこれに類する航空機を持っているかは分からなかった。しかし、昨日来た早期警戒管制機によって、人工島周辺にそういった航空機が見当たらないことが確認されている。
 「…試してみるか。」
 メルは無線を手にとった。
 『守宮よりラーク1、出来る限り低空を維持せよ。上昇のタイミングは任せる。』
 司令宮室のディスプレイに示されたミューナと対空ミサイルとの距離がぐんぐん縮まっていく。二つの異なる形のマークが交錯する瞬間、ノノウは思わず息を飲んだ。

 もしフィデルタ達が空から自分達を見ることが出来たら、きっと肝を冷やしたに違いない。3機のミューナの近くの海面に次々とミサイルが突っ込んで大きな水柱が立つ。一発くらい命中しても、何の不思議もなかった。
 敵はかなりの数のミサイルを放ってきていたが、装填に時間を要したのか、第一波と第二波の間の距離はかなり離れていた。今ならミサイルを気にせずに上昇できる。これ以上この高度で近づけば、機関砲の格好のエサになるかもしれなかった。
 『ラーク1より全機に通達!上昇せよ!チャフとフレアをばら撒くのを忘れるな!それから、ミサイルの発射地点は特定出来ているか?』
 『はい!既にデータの入力は完了しています!』
 『よし、上昇完了次第すぐに撃て!』
 メルからあらかじめ攻撃の許可は得ている。まずはこの煩わしい輝点を次々と生み出す元凶を黙らせるのだ。島はもう、目の前にある。

 「こ、こんなことが…。」
 3機のミューナのライブカメラが送り込んできた映像をみて、メル達は絶句した。
 明らかにこの国の文化にはない建物、見たこともない戦闘機、完成間近の滑走路、攻撃してくる多数の艦艇…。一体何日でここまで作ったのだろうか。呆然としながらもノノウが口を開く。
 「と、とりあえず滑走路だけでも破壊すべきです。あれを壊さないと、最南島が…。」
 「そ、そうだな。」
 我に返ったメルがすぐにラーク隊に指示を出す。地対空ミサイル発射機の破壊で既にかなりのミサイルを費やしていたが、まだ滑走路を壊すだけの余力はあるようだった。
 突然1つのライブカメラの映像が途絶えた。
 『ラーク3、ラーク3!応答せよ!』
 フィデルタが呼びかけるも返答はない。残る2機のライブカメラの映像にも、かなりの数の機関砲の弾が飛んできている様子が映し出されていた。
 『ラーク2、直ちに帰投せよ!』
 そう言いつつ、フィデルタはさらにミューナの高度を下げた。破壊された滑走路の端では、炎上した戦闘機に向かって車らしきものが横付けして放水作業を始めている。車から出てきたのは、間違いなく『人』だった。
 『フィデルタ、もういい。お前も戻ってこい!』
 『し、しかしローが…。』
 『つべこべ言うな。急げ!』
 フィデルタのミューナも渋々反転した。フィデルタのライブカメラが、至る所で立ち上る地対空ミサイル発射機を破壊して発生した煙を映し出している。延々と立ち上り、上空で漂っているこの暗雲はこれからの未来への暗示なのだろうか…。メルはそう思わずにはいられなかった。
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