蒼空の守護

むらさん

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第14章(人工島沖海戦)

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海底では無数の魚雷が飛び交っていた。これほどの魚雷が交錯するのを見たことがある蒼の国の軍人は一人もいない。各潜水艦の水測員(ソナー)達は、どの魚雷が自分達に向かって来ているかを必死に探り続けていた。

 第六艦隊に向かって来た敵編隊は、ラグール(対空ミサイル)の射程距離である500キロに入る前に散開した。首を傾げるアブエロの隣で、ノノウは冷静に戦況を見つめていた。散開して向かって来てもこちらの防空システムであれば十分に対応出来る。無線から南二空(最南第二航空隊)を指揮するフィデルタの声が聞こえてきた。
 『小隊ごとにあたれ!射程距離に入り次第、ラグールを発射!』
 (このままでは、数的不利の飛行隊が敵艦隊に対応出来なくなる…。)
 そう思った時、もう一本の無線が入ってきた。
 『ノノウ殿、直ちに敵編隊に攻撃しましょう!』
 第六艦隊の先頭艦『加護』は敵潜によって大破させられた『龍護』の姉妹艦である。同僚達の仇を討たんと皆いきり立っていた。
 「待って下さい。今この距離で撃てば、味方を誤射しかねません。それよりも、こちらの狙いは敵艦隊です。すぐに対艦ミサイルの発射用意を!」
 敵は第二艦隊に向かって真っ直ぐに航走している。第六艦隊の対艦ミサイルの射程距離に入るのは時間の問題だった。
 「待つのじゃ。」
 口を挟んだのはアブエロである。
 「強宮(つよしのみや)様に連絡せねばならん。第二艦隊はまだ初弾を撃っていない。用意だけはして、待機せよ。」
 「…ハッ。」
 無線を切ったアブエロに、ノノウが珍しく怒った。
 「そんな悠長な事を言っている場合ですか!このままでは、機を逃します!」
「向こうの面子(メンツ)を潰してはならん。味方の足並みが乱れる事を、メル様は何より案じておられる。」
 話にならない、と言わんばかりにノノウは首を振った。憤然と第二艦隊に無線を入れる。
 「こちら第六艦隊司令部、これより敵艦隊に向けて対艦ミサイルを発射します。」
 『待てい。』
 強宮の野太い声が響く。
 『その声は昨日の侍女だな。出しゃばるな!お前の援護など要らん。女どもは紅茶でも飲んで大人しく見ておけ!』
 通信を切られる。何の為に敵を包囲したと思っているのか…。何も応答しなくなった無線機を、ノノウはギュッと握りしめた。
 「ノノウ、案ずるな。第二艦隊は強い。我々が援護しなくとも勝つ。」
 「腑に落ちない事があるのです。SO9が発射した魚雷…確実に命中したはずなのに、敵空母が動いているんです。飛雲なら、確実に航行不能に陥るほどのダメージを受けているはずなのに…。」
 逆にSO9は敵魚雷回避中にレーダーから姿を消した。どちらもレーダーの誤認ならいいのだが…。不気味に動く敵空母の輝点を、ノノウはじっと見つめた。

 第二艦隊と敵編隊との距離は500Kmを切っているというのに、強宮は一向に艦隊にミサイル発射の指示を出さなかった。CIC(戦闘指揮所)から緊迫した無線が入る。
 『敵編隊との距離、400を切りました!敵はこちらを包囲しつつ接近しています!』
 「殿下!」
 参謀のオーノムの声は焦っていた。
 「すぐに攻撃許可を!」
 「落ち着け。護宮は前の戦いで2000発以上のミサイルを消費した。それだけ撃てば、我が軍の資金が底をつく。もっと引きつけて、最低限のミサイルで勝つのだ。」
 望宮家のような豊富な資金を持つ家からの援助がない強宮は、湯水のようにミサイルを消費する訳にはいかなかった。
 「敵編隊との距離、残り300!」
 「よし、全機、全艦攻撃始めい!」
 一斉にミサイルが放たれる。敵編隊はそれに呼応するかのように一斉に急降下を始めた。

 「遅い、第二艦隊は何をしているのだ!」
 メルが珍しく声を荒げた。ミサイルが敵編隊に命中する予測地点は、第二艦隊からわずか250Kmの位置である。撃ち漏らせば、敵ミサイルの予想有効射程圏である200Km圏内に敵機が侵入してくるのは確実だった。怒っているメルに、第一艦隊参謀のフォギはただ困惑するしかなかった。
 「強宮様は我らに見せつけたいのです。より少ないミサイルで敵を撃破する事によって、自分は護宮様より上だということを。」
 「これで逃せば第二艦隊は大きな被害を被る!そんな事を言っている場合ではない!」
 「それが男というものです。」
 メルは理解出来なかった。しかし、今はフォギと争っている場合ではない。
 「航空隊100機は直ちに発艦、敵艦隊の右舷を襲え!」
 前回の戦いから考えるに、敵は第二艦隊が放ったミサイルでは全滅しないだろう。第二艦隊が敵編隊に気を取られている間に敵艦隊の接近を許せば、壊滅的な被害を被りかねない。それだけは何としても防がなければならなかった。

 『敵編隊およそ100機撃墜!残り200、低空で接近して来ます!』
 「何故じゃ、何故敵はかわせるのじゃ!?」
 焦るアブエロに、ノノウは冷静に答えた。
 「前回とは違い、第二艦隊は護宮様の半分ほどしかミサイルを撃っていません。それに敵は前回のように攻撃態勢に入っていなかったので、回避行動が速かった…。」
 慌てて第二艦隊がスカイアロー(短距離ミサイル)を放つ。
 (遅い、間違いなく敵の射程圏に入る…。)
 本当にこのまま何もしなくていいのか…。悩むノノウに一本の無線が入った。
 『第六艦隊に支援要請!第二艦隊からです!』
 ようやくか…。最初から動けていれば、どれだけ犠牲を抑えられただろう。ノノウはため息をつくと、無線を入れた。
 「フィデルタさん、敵艦隊に何機まわせますか?」

 第二艦隊旗艦『烈強』の艦内に、不気味なアラームが鳴り響いていた。訓練以外でロックオンのアラームを聞くのは、艦内にいる全員が初めてのことである。
 『敵編隊、ミサイル発射!およそ800基!』
 「800だと…!」
 強宮は真っ青になった。直ちに迎撃ミサイルが発射される。この時点で既に、使用したミサイルは2000基を超えていた。しかし、もはやそんな事に拘っている場合ではない。
 「機銃の用意を急げ!迎撃ミサイルが撃ち漏らせば、もはやミサイルでは対処出来ん!」
 全方向からミサイルが迫る。レーダーは着々と近づいてくる敵ミサイルの輝点を映し出していた。一本でも多く消えろ、いや、全部消えろ…。そう念じながら強宮はレーダーを睨みつけた。

 第六艦隊と敵艦隊の距離は、間もなく500Kmを切ろうとしていた。
 「しかし、何故第二艦隊に向かう敵編隊では無く、敵艦隊が目標なのじゃ?」
 アブエロが訝しむ。
 「敵編隊に向かっても、もう間に合いません。このままでは第二艦隊が敵編隊への対応で手一杯になって、敵艦隊の接近を許してしまいます。敵艦隊まで攻撃に乗り出せば、第二艦隊は壊滅しかねません。包囲網が崩れれば、人工島のマトキスさん達まで危くなります。」
 敵艦隊と第二艦隊との距離は300Kmを切っている。第二艦隊を突破し、人工島を奪還する事が敵の目標だとノノウは考えていた。無謀な作戦にしか思えないが、前回・前々回の戦闘を考えると、その可能性が一番高い。
 「第二艦隊を突破される事は避けなければなりません。予想有効射程圏200Kmに到達する前に、敵艦隊を壊滅させる必要があります。」
 そこまで喋った時、無線が鳴った。
 『リラトル(フィデルタ)2より飛雲へ!南二空よりミューナ40機、そちらに向かわせている!』
 「ありがとうございます。敵艦隊との距離500Kmを切り次第、直ちにミサイル発射を!」
 『しかし、ミューナは今、ラグール(空対空ミサイル)しか積んでいないですぞ。』
 「構いません。少しでも早く、多くのダメージを与えなければなりません。」
 『了解!』
 撃沈出来なくてもいい。とにかく、全ての敵艦を戦闘不能に追い込むのが最優先である。
 『第一艦隊からミューナ100機が発艦しました!敵艦隊に向かっています!』
 (守宮様も、同じ考えですね…。)
 第一艦隊のミューナは、もともと航空戦に備えた予備機である。重い対艦ミサイルは積んでいないだろう。飛雲航空隊も第三艦隊も、徐々に目の前の敵編隊を駆逐しつつあったが、戦闘の帰趨が決まるまではまだ時間を要しそうである。140機のミューナと第一・第六艦隊で早急に敵艦隊を叩かなければならなかった。

 迎撃ミサイルをもってしても500基のミサイルしか撃墜出来ず、なお300基の敵ミサイルがこちらに向かっていた。せめて旗艦『烈強』への被弾だけは避けようと、護衛艦は必死に機銃を空に放った。チャフ(妨害材)が撒かれる。日光がキラキラと反射して、この最悪な状況を美しく彩った。
 「なんとしても全弾撃ち落とすのだ!」
 強宮が叫んだ瞬間、烈強の目の前で水柱が上がった。大きく艦が揺れ、強宮は椅子から転げ落ちた。
 『護衛艦、3艦被弾!火災発生中!』
 「くそッ…。」
 痛む腰を抑えながら、強宮は窓を覗いた。前方で煙が上がっている。
 『敵編隊、80機撃墜!残る120機、さらにこちらに向かって来ます!さらにミサイル240基が接近中!』
 (このままでは、我が艦隊は壊滅する…!)
 もはや、どのように勝つかなど問題ではなかった。いかに動けば第二艦隊は持ち堪えられるのか、その問いかけだけが強宮の頭を支配していた。

 第一・第六艦隊の航空隊がラグールを放ったのは、第二艦隊の護衛艦が被弾したのとほぼ同時刻だった。その直後、敵艦隊の500Km圏内に入った第六艦隊も一斉に攻撃を始めた。
 「よし、このまま一気に敵艦隊を追い詰めるのじゃ!」
 アブエロの言葉通り、一気に勢いづく第六艦隊に無線が入った。
 『リラトル2より飛雲へ!敵編隊150機が第六艦隊に接近中!我が隊はこれを追撃している!』
やはり来たか…。ノノウは酔い止めの薬を一気に飲み干した。
 「了解です!敵がこちらの500Km圏に入ったら直ちに離脱、敵艦隊の攻撃に加わって下さい!」
 『了解!』
 敵編隊が危険を承知で向かって来ているのは、少しでも第六艦隊を足止めして艦隊への攻撃を遅らせる目的だろう。身を挺して艦隊を守ろうとしているのだ。
 「このまま敵艦隊との距離を詰めます!対空・対潜警戒を厳に!」
 敵も必死だ。しかしこちらも譲る訳にはいかなかった。航空隊が放ったミサイルと敵艦隊との距離が200Kmを切った瞬間、敵艦隊が一斉に迎撃ミサイルを放った。
 「ここで何発敵艦に命中するかが第二艦隊の存亡を左右します。」
 「特に第六艦隊が放った対艦ミサイルがどれほどあたるか…じゃな。」
 対艦ミサイルはラグールに比べて重いためスピードは劣るが、あたれば致命的なダメージを被る。蒼の国の軍艦ならば、少なくとも戦闘不能に追い込めるだけの威力があった。
 『ミサイルがすれ違います!』
 二人は食い入るようにレーダーを見つめた。
 『ラグール300基、対艦ミサイル50基、迎撃ミサイルを突破!』
 ラグールは殆どが突破したが、対艦ミサイルは半分以上が撃墜された。短距離ミサイルで迎撃されれば、さらに対艦ミサイルの数は減るだろう。敵艦の総数はおよそ60、全艦に第一弾の対艦ミサイルが命中する可能性はない。
 (後は、敵艦の被害がどの程度か、だ…)
 約二週間前に南二空が人工島の敵艦隊を夜襲した時は、航空隊はほぼ全てのラグールを使い果たした。それにメルの話では、敵の繋留間隔が狭すぎて誘爆を引き起こした可能性がある。今の艦隊の間隔では、誘爆する可能性は0に近かった。
 『接近する敵編隊がミサイル発射!300基!』
 おそらくブラフだろう。ロックオンされてもいない。だが、迎撃しない訳にはいかなかった。
 (下手をすれば、第二弾を撃つ前に敵が有効射程圏に入る…。)
 あらかじめ潜んでいた潜水艦が魚雷を命中させるものの、ほとんどの艦がそのまま航行を続けた。魚雷発射音に気づいた敵潜が一斉に潜水艦に攻撃を始め、潜水艦の更なる攻撃を阻む。頼みの第一弾が敵艦隊に襲いかかるも、なお半分以上の艦がそのままの速度を保ち続けていた。
 (何か、何かまだ手があるはずだ…。)
 ノノウは必死にレーダーを見つめた。

 『敵艦隊と第二艦隊の距離が230Kmを切りました!第六艦隊にミサイル接近中!第三艦隊と戦っていた敵編隊もこちら(第一艦隊)に向かいつつあります!』
 「第二弾の対艦ミサイルを急ぎ撃て!敵編隊はこちらの動きを止めるため、死にものぐるいでくるぞ!」
 戦況は目まぐるしく動きながら、敵艦隊の予想有効射程圏をめぐって緊迫した状況になりつつあった。そんな中、第一艦隊の旗艦・空母『蒼都』の艦橋にいるメルに、航空整備隊から連絡が入った。
 『ミューナの対艦ミサイル転装作業が完了しました!』
「よし。」
 この戦いが始まって初めて、メルは立ち上がった。
 「行ってくる。フォギ、ここを頼んだぞ。」
 「はい?」
 フォギは首を傾げた。
 「一体どちらに参られるのです?」
 「空だ。」
 フォギは唖然とした。
 「飛ぶのですか!?」
 「そうだ。」
 「ノノウ殿は、守宮様は飛ばないと言っておられましたぞ!それに、総司令がこんな危険な前線で戦ってはなりません!」
 「敵編隊がミサイルを撃ってきたら、こちらも敵艦隊を攻撃するどころではなくなる。第二艦隊を壊滅させる訳にはいかない。何としても予想射程圏外で敵の動きを止めねばならないのだ。一つ作戦があるが、それは技量のあるパイロットしか無理だ。精鋭がみんな空に出払った今、それが出来るのは私しかいない。」
 「しかし…」
 「時間がない、早くしないと敵編隊が来る!」
 なお制止しようとするフォギを振り払って、メルは部屋を出ていった。
 「怒られるのはワシなんだぞ…。」
 アブエロの鬼の形相が目に浮かぶ。僅か10機で何をするつもりなのか…首を傾げながら、フォギはミューナの発艦を見送った。

 敵編隊からのミサイルを全弾撃墜したという報告に、ノノウは胸を撫で下ろした。残存する敵艦隊は、必死に北上を続けている。すぐに第二弾の発射を指示した。第二艦隊との距離が220キロを切った頃、第一艦隊に新たな動きがあった。
 『第一艦隊、対艦ミサイルの第二弾を発射!同時に『蒼都』からミューナが10機発艦!』
 対艦ミサイルに転装したのだろう。しかし、ラグールに比べて重い対艦ミサイルを積んだミューナは、通常よりも動きが鈍くなる。対艦ミサイルを確実に命中させるために近づいて撃つのは相当な技量を要するが、もうエースパイロットは『蒼都』には残っていないはずだった。
 『一機、編隊から離れて敵先頭艦に接近していきます…。』
 「まさか…!」
 ノノウはレーダーを凝視した。対艦ミサイルを積んでこのスピード、そして高度30mという超低空飛行、こんな事が出来るパイロットは『蒼都』には1人しか乗っていない。
 「嘘つきっ!!」
 急に大声を出したノノウに、アブエロは驚いた。
 「ノノウ、どうしたのじゃ?」
 「あ、いえ…。」
 今はアブエロに心配させたくなかった。曖昧な笑みを浮かべてその場をしのぐ。あの9機のミューナは囮なのだろう。ミューナ小隊に紛れて自分の姿を消す。これまでの戦いから、敵のレーダーは悪天候下では低空飛行するミューナを捉えられない可能性が高い。30mの超低空飛行なら、悪天候下でなくても敵には見えないのではないかー。メルの無言の問いかけに、敵は沈黙をもって答えた。予想有効射程圏の200Kmどころか、50Km圏内に入っても一発のミサイルも飛んで来ない。
 (守宮様…一体どこまで近づくつもりですか…?)
 発射した瞬間に敵から一斉攻撃を受けるのは間違いないだろう。果たして全弾躱せるのか?ノノウの心配をよそに、メルはグングンと敵との距離を詰めていく。その距離はもはや敵艦を視認できる距離にまで縮まろうとしていた。

 メルの眼は確実に敵艦を捉えていた。最前方に展開する4艦、この艦の動きを止めれば後続の艦の陣形が崩れ、時間を稼げるはずである。両翼に2基ずつ、計4基の対艦ミサイルはこの距離なら絶対に外さない。ミサイルを放つ瞬間、ミューナは僅かに高度を上げた。
 発射してすぐ、大量の対空ミサイルがこちらに向かってきた。すぐさま反転し、低空を疾走する。大きな水柱が至る所で立ち上る中、身軽になった機体はギリギリでミサイルを躱し続けた。最後のミサイルを躱して予想射程圏外に出ると、メルはふうっと息をついた。レーダーは前方4艦が航行不能になった事を知らせている。
 (後は任せたぞ…。)
メルは無線を取った。
 「本機はこれより『蒼都』に帰投する!」

 メルが狙ったのは、前方4艦のスクリュー軸だった。人工島を占領した際に発見された艦の調査は始まったばかりだが、ある程度の構造のデータは最南鎮守府に届いていたのである。推進力を奪われた艦は大きく旋回を始め、艦隊の中に突っ込んでいった。落伍艦を出しながら必死に北上を続けた敵艦隊に大きな混乱が生じる。第一・第六艦隊はこれを見逃さず一斉に対艦ミサイルを放った。敵艦隊が態勢を立て直した時には既に大量の対艦ミサイルが50Km圏内に入っていた。敵艦隊は機銃を撃つしか対抗手段がなく、殆どの対艦ミサイルが敵艦に着弾した。航空隊が200Km圏内に入っても、もはやどの艦も攻撃してこなかった。
 「勝ったな…。」
 アブエロが額の汗を拭う。ノノウはまだレーダーを見つめていた。
 「第二艦隊を攻撃する敵編隊を掃討しなくてはなりません。安心するのはまだ早いです。」
 とはいえ、第二・第三艦隊の航空隊が既に敵編隊を性能差を生かして駆逐しつつあり、勝敗は次第に明らかになっていった。第二艦隊の被害はどの程度なのか、何故敵は魚雷を受けても平気なのか、今後も敵はまだくるのか…。様々な心配事がぐるぐると頭を巡る中、ノノウはもう一つの自分の感情に気付いていた。

 敵艦隊、敵編隊の掃討が完了したのは、その日の夕方のことだった。蒼黒戦争が始まって以来、初めて黒の国の兵士が捕虜になった。敵艦の全てが撃沈または大破で、被弾していない艦は一艦もない。蒼の国の損害は大破4、中破2、小破2、ミューナ36機で、艦の損害の全てが第二艦隊のものだった。
 「おめでとうございます。守宮様一人で4艦を大破、お見それしました。」
 感心しているフォギに、メルは釘を指した。
 「そのことは誰にも言うな。戦闘報告書には、流れ弾と記しておけ。」
 「はぁ…。」
 当惑するフォギの隣で無線が鳴る。
 『ノノウ殿が来られました!』
 「ノノウが…?分かった、今向かう。」
 メルが部屋から出ようとすると、目の前のドアが勢いよく開いた。
 「ノノウ殿、ノックくらいしなされ。」
 諭すフォギを無視して、ノノウは真っ直ぐにメルに歩みよった。その真剣な眼差しを見て、メルは言い逃れが出来ない事を悟った。ギュッと握られているノノウの拳は小刻みに震えている。
 「もう出撃されても、文句はいいません。嘘をつかれるくらいなら、私は参謀を辞めます!」
 クルリと振り返って部屋を出て行く。
 「ノノウ!」
メルは部屋を飛び出すと、ノノウを後ろから抱きしめた。
 「悪かった。心配かけたくなかったから…。テアにも昔似たようなことで怒られた事があって…私の悪い癖だ。」
 「煌宮様?」
 「テアがくれた花を妹に育てさせていたのだが、自分が育てていないって言えなくてな…。イーレが助けてくれなければ、大事な友達を失っていたかもしれない。」
 完璧だと思っていたメルの人間らしいエピソードを聞くのはこれが初めてだった。
 「意外でした。守宮様にもそんなことが…。」
 「だから言っただろう。私も人間だ、と。」
 慣れない事を話しているからだろう。メルの声がいつもより少し上ずっている。その声を聞くと、ノノウの心は何故か落ち着くのだった。
 「これからも、私についてきてくれないか?」
 ノノウは口元に笑みを浮かべると、コクリと頷いた。

 「宮様が、出撃なさっていたぁ!?」
 戦闘報告書を読んでいたアブエロの声が最南鎮守府に響き渡った。
 「フォギめ許せん!宮様も、仕事が終わったら覚悟しなされ!」
 スタスタと司令宮室を出ていく。メルは黒の国の捕虜に対する命令書を書きながら、ため息をついた。
 「フォギ、すまん…。」
 隣でパソコンと向き合っているノノウがクスリと笑う。
 「ノノウ、元はといえばお前のせいだ。お前が戦闘報告書を『正しく』書き直したからだ。」
 流れ弾の記述はノノウによって削除され、メルの戦果がしっかりと書き記されたのである。
 「戦闘経過を『正しく』報告するのが参謀の役割ですから。」
 「忘れたか?主君を守るのも臣下の役割だ。」
 「アブエロ様に怒られて出撃する気をなくされれば、結果的に守宮様を守ることになります。」
 「じいに何と言われても、私は必要があると思えば飛ぶ。これは嘘ではない。」
 (やれやれ…。)
 ノノウは心の中でため息をついた。この天性のファイターパイロットの牙を抜くのは、黒の国と戦うより何倍も難しいに違いないだろう。でも、何故か悪い気はしない。ふと窓の外を覗くと戦勝に沸く夜の街に、キラキラと星が輝いていた。
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