妬ましい

猫森満月

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前編:黒い蝋燭

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 美咲は、神様が持てる限りの寵愛を注ぎ込んで創り上げた、完璧な作品だった。息を呑むほど美しい顔立ち、しなやかな肢体、誰もが羨む裕福な家庭。そして、その全てを持っていてもなお、誰からも愛される、太陽のような明るい性格。
 彼女は、私の「親友」だった。

 高校から大学、社会人になった今も、私たちはいつも一緒だった。表向きは。
 だが、私の心の奥底、光の届かない最も暗い場所では、どす黒い感情が常に渦巻いていた。

 妬ましい。

 美咲の屈託のない笑顔を見るたびに、その感情は鋭い棘となって私の心を刺した。なぜ、彼女だけが全ての光を浴びるのか。なぜ、私は彼女という完璧な存在を際立たせるための、薄暗い「影」でしかないのか。

「ねえ、聞いて! 田中くんに告白されちゃった!」
 カフェのテラス席で、美咲が頬を染めて報告してきた。田中くん。それは、私が胸の奥で三年間も密かに想い続けてきた、唯一の男性だった。

「……そうなんだ。良かったね、おめでとう」

 私は、完璧な笑顔を作って見せた。だが、心の中では何かが音を立てて砕け散り、憎悪と名付けられた熱いマグマが噴き出していた。もう、限界だった。

 その夜、私は何かに導かれるように、パソコンの前で「呪い」と検索していた。いくつもの怪しげなサイトを巡り、そして、一つの禍々しい広告に辿り着いた。
『妬ましい相手の「幸福」を奪い、自らの「糧」とする方法』

 クリックすると、黒い背景に、血のような赤い文字が浮かび上がった。それは、単なる不幸を願う呪いではなかった。相手の美貌、才能、幸運、その全てを「等価交換」の形で奪い取り、術者自身に移し替えるという、古代の呪術だという。

「……美咲の幸福を、私が奪う」

 明らかに怪しいサイトだ。普段の私なら、嘲笑ってタブを閉じていただろう。しかし、あの時の私は、美咲への嫉妬で、とっくに正気ではなかった。

 儀式は、丑三つ時。用意したのは、美咲のSNSから保存した、最高に幸せそうな笑顔の写真。私の指先を針で突き、そこから滴らせた七滴の血で湿らせた黒い蝋燭。そして、羊皮紙(の代わりの古い和紙)に、美咲から奪いたいもの──「その美貌」「その人気」「田中の心」──を、繰り返し書き連ねた。


 午前二時。私はベランダで写真を燃やし、黒い蝋燭を立て、和紙に書かれた文字を、憎しみを込めて唱え続けた。灰は、「自分に取り込む」ため、自室の観葉植物の植木鉢に、丁寧に撒いた。

 翌日、早速、美咲から不安げな声で電話があった。
「昨日の夜、すごく変な夢を見たの。真っ暗な部屋で、黒い影みたいなのに、ずっと顔を覗き込まれてる夢……」
「へえ、怖いね」
 私は、平静を装いながらも、口元が吊り上がるのを抑えられなかった。呪いは、もう始まっている。

 それから数日、美咲の失墜は、私の予想を遥かに超える速度で進んだ。
 まず、彼女の自慢だった声が、急にかすれた。大事なプレゼンの最中に、まるで老婆のようなしゃがれ声になり、彼女は泣きながら会議室を飛び出した。
 次に、彼女の完璧な肌が荒れ始めた。最初は小さな吹き出物だったものが、日を追うごとに赤黒い発疹となって顔全体に広がり、どんな高級なファンデーションでも隠しきれなくなった。
 そして、あれほど彼女に夢中だった田中くんが、あからさまに彼女を避けるようになった。

 美咲が輝きを失っていく様を見るたびに、私の心は、倒錯した喜びに打ち震えた。彼女が失った輝きを、あの植木鉢を通して、私が吸い取っている。そんな確信があった。事実、鏡を見るたび、自分の肌が艶やかになり、瞳が輝きを増していくように感じられた。

 彼女が不幸になるほど、私は美しくなる。
 彼女が落ちぶれるほど、私は幸せになれる。
 これ以上、甘美な復讐があるだろうか。

 だが、儀式から一週間が経った、ある朝のこと。
 絶頂の中にいた私は、鏡を見て凍りついた。

 自分の頬。陶器のようになめらかだったはずの、その肌に。
 美咲の顔に広がっているものと、全く同じ、赤黒い発疹が。

 一つだけ、ぽつりと、浮かんでいた。

「……え?」
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