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後編:返り血の鏡
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たまたまだ。寝不足のせいだ。私は必死に自分に言い聞かせた。だが、翌朝には発疹は二つ、三つと増え、会社に行けば、私が提出した企画書に、ありえないほどのミスが見つかり、上司から激しく叱責された。そして何より、田中くんが、私に同情するような、憐れむような視線を向けてきた。
おかしい。呪いは、美咲に向けたはずだ。なぜ、私がこんな目に?
その夜、私は恐ろしい悪夢を見た。
鏡の前に立っている私。だが、鏡に映っているのは、顔中が発疹で爛れ、髪が抜け落ちた、醜い美咲の姿だった。彼女が、鏡の中から私を、怨嗟の目で睨みつけている。
『なぜ私を呪ったの? 私たち、親友じゃなかったの?』
『私だって完璧じゃない! いつも笑顔でいなきゃって、押しつぶされそうだったのに! あなたが憎んでいたなんて!』
鏡の中の美咲が号泣すると、鏡の表面から、黒い粘液が、どろり、と流れ出してきた。
私は、ベッドの上で飛び起きた。夢だった。だが、足元に感じた冷たい感触に、悲鳴を上げた。
部屋の床が、あの黒い粘液で満たされていたのだ。足首まで浸かるほどの、おぞましい黒。それは、儀式に使った、あの観葉植物の植木鉢から、とめどなく溢れ出していた。
粘液は、まるで生きているかのように蠢き、私の足に絡みついてくる。それが触れた皮膚が、じゅっ、と焼け焦げるような激痛が走った。
「助けて!」
叫ぼうとしたが、声が出ない。粘液が、私の喉を塞いでいく。
その時、部屋の隅の闇が、人の形に集まった。そこに立っていたのは、呪われる前の、完璧に美しい美咲だった。
彼女は、氷のように冷たい瞳で、私を見下ろしていた。
『妬ましい、妬ましい、妬ましい』
彼女は、機械のようにつぶやいた。
『あなたの妬みが、私を醜くした。でもね、その醜さ、今度はあなたが、全部引き受ける番よ』
幻影がにやりと笑った瞬間、黒い粘液は津波のように私に襲いかかり、口も鼻も耳も、全てを塞いでいく。息が、できない。意識が、黒く塗りつぶされていく。
その瞬間だった。枕元のスマートフォンが、けたたましい着信音を鳴らした。その振動が粘液を震わせ、一瞬だけ、耳を塞いでいたものが緩んだ。
私は、最後の力を振り絞って、濡れた手で画面をタップした。
「もしもし!? 大丈夫!? 昨日から何度も電話してるのに!」
それは、本物の、いつもの美咲の声だった。
その声を聞いた瞬間、私に笑いかけていた完璧な美咲の幻影が、苦悶の表情で歪み、黒い粘液と共に、水蒸気のように蒸発していった。
三十分後。駆けつけてくれた美咲は、相変わらず美しく、輝いていた。彼女の肌に、発疹の跡などどこにもない。
「大丈夫? 顔色、真っ青だよ」
彼女は、心から心配そうに、私の顔を覗き込んだ。その瞳には、純粋な友情しかなかった。
「……美咲、ごめん」
私は、子供のように泣きじゃくりながら、全てを告白した。
「私、ずっと、あなたのことが、妬ましかった……!」
美咲は、一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに、優しく微笑んだ。
「……知ってたよ」
「え?」
「あなたの目を見れば、分かる。でもね、それでも、私たちは友達だと思ってた」
美咲は、私の冷たくなっていた手を、温かい両手で包み込んだ。
「妬みは、誰にでもある感情よ。大切なのは、それに飲まれないこと」
あの呪いのサイトは、その後、二度と見つけることはできなかった。
今でも時々、美咲を妬ましいと思う気持ちは、消えない。
でも、鏡を見ると、時々、床のシミが、あの日の黒い粘液のように、蠢いて見えることがある。
あれは本当に、私の心が生み出した、ただの幻だったのだろうか。
おかしい。呪いは、美咲に向けたはずだ。なぜ、私がこんな目に?
その夜、私は恐ろしい悪夢を見た。
鏡の前に立っている私。だが、鏡に映っているのは、顔中が発疹で爛れ、髪が抜け落ちた、醜い美咲の姿だった。彼女が、鏡の中から私を、怨嗟の目で睨みつけている。
『なぜ私を呪ったの? 私たち、親友じゃなかったの?』
『私だって完璧じゃない! いつも笑顔でいなきゃって、押しつぶされそうだったのに! あなたが憎んでいたなんて!』
鏡の中の美咲が号泣すると、鏡の表面から、黒い粘液が、どろり、と流れ出してきた。
私は、ベッドの上で飛び起きた。夢だった。だが、足元に感じた冷たい感触に、悲鳴を上げた。
部屋の床が、あの黒い粘液で満たされていたのだ。足首まで浸かるほどの、おぞましい黒。それは、儀式に使った、あの観葉植物の植木鉢から、とめどなく溢れ出していた。
粘液は、まるで生きているかのように蠢き、私の足に絡みついてくる。それが触れた皮膚が、じゅっ、と焼け焦げるような激痛が走った。
「助けて!」
叫ぼうとしたが、声が出ない。粘液が、私の喉を塞いでいく。
その時、部屋の隅の闇が、人の形に集まった。そこに立っていたのは、呪われる前の、完璧に美しい美咲だった。
彼女は、氷のように冷たい瞳で、私を見下ろしていた。
『妬ましい、妬ましい、妬ましい』
彼女は、機械のようにつぶやいた。
『あなたの妬みが、私を醜くした。でもね、その醜さ、今度はあなたが、全部引き受ける番よ』
幻影がにやりと笑った瞬間、黒い粘液は津波のように私に襲いかかり、口も鼻も耳も、全てを塞いでいく。息が、できない。意識が、黒く塗りつぶされていく。
その瞬間だった。枕元のスマートフォンが、けたたましい着信音を鳴らした。その振動が粘液を震わせ、一瞬だけ、耳を塞いでいたものが緩んだ。
私は、最後の力を振り絞って、濡れた手で画面をタップした。
「もしもし!? 大丈夫!? 昨日から何度も電話してるのに!」
それは、本物の、いつもの美咲の声だった。
その声を聞いた瞬間、私に笑いかけていた完璧な美咲の幻影が、苦悶の表情で歪み、黒い粘液と共に、水蒸気のように蒸発していった。
三十分後。駆けつけてくれた美咲は、相変わらず美しく、輝いていた。彼女の肌に、発疹の跡などどこにもない。
「大丈夫? 顔色、真っ青だよ」
彼女は、心から心配そうに、私の顔を覗き込んだ。その瞳には、純粋な友情しかなかった。
「……美咲、ごめん」
私は、子供のように泣きじゃくりながら、全てを告白した。
「私、ずっと、あなたのことが、妬ましかった……!」
美咲は、一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに、優しく微笑んだ。
「……知ってたよ」
「え?」
「あなたの目を見れば、分かる。でもね、それでも、私たちは友達だと思ってた」
美咲は、私の冷たくなっていた手を、温かい両手で包み込んだ。
「妬みは、誰にでもある感情よ。大切なのは、それに飲まれないこと」
あの呪いのサイトは、その後、二度と見つけることはできなかった。
今でも時々、美咲を妬ましいと思う気持ちは、消えない。
でも、鏡を見ると、時々、床のシミが、あの日の黒い粘液のように、蠢いて見えることがある。
あれは本当に、私の心が生み出した、ただの幻だったのだろうか。
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