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後編 最終対決
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火曜日、あかりは会社を休んだ。だが、非通知の電話は鳴り止まず、留守番電話には『君は僕のものだ』という呪いのような言葉が溜まっていく。美咲に泣きつくと、彼女は一つの提案をした。「探偵は無理でも、SNSで情報を募ってみたら?」。藁にもすがる思いで、あかりは男の特徴を匿名アカウントで投稿した。
数時間後、一件のダイレクトメッセージが届いた。『その男、たぶんうちの会社が入ってるビルの清掃員かもしれません。以前、同僚が気味悪がっていました』。清掃員。その言葉に、あかりの脳裏に一人の人物が浮かんだ。いつも無口で、誰とも目を合わせようとしない、清掃員の田中。
翌日、あかりは田中の動きを注意深く観察した。50代半ば、痩せた体躯。あかりが廊下ですれ違うと、彼は慌てたように目を逸らし、壁の染みを拭き始めた。昼休み、誰もいなくなったのを見計らい、清掃用具室にある彼のロッカーをそっと開ける。鍵はかかっていなかった。
中にあったものを見て、あかりは息を呑んだ。数十枚に及ぶ、自分の写真。会社の飲み会で撮られたスナップショット。通勤途中の後ろ姿。そして、ジムの更衣室で撮られたであろう、盗撮写真。震える手でスマホを取り出し、その証拠写真を撮ると、あかりはそのまま警察署へと駆け込んだ。
「これだけ証拠があれば、動けます」。刑事はようやく重い腰を上げた。だが、警察が会社に到着した時、田中はすでに退勤した後だった。そして、その夜、あかりのアパートのドアには、新たなメモが突き刺さっていた。
『君は、僕を裏切ったね』
木曜の夜。残業を終え、オフィスにはあかり一人だけが残っていた。静寂が、まるで水のように耳を満たす。早く帰ろう。資料をバッグに詰め込み、エレベーターホールへと向かった。
チーン、という軽い音と共に扉が開く。その中に、田中が立っていた。手には、鈍く光るカッターナイフが握られている。その顔には、聖母を見るかのような、歪んだ笑みが浮かんでいた。
「あかりさん。二人きりで、永遠の国へ旅立ちましょう」
あかりは絶叫し、閉まりかけたエレベーターの扉に背を向けて走り出した。非常階段を駆け下りる。背後から、田中の足音が執拗に追いかけてくる。ビルの裏口から夜の路地へ飛び出すが、すぐに追いつかれる。
「君を、誰にも渡さない。永遠に、僕だけのものにするんだ」
オフィス街の雑踏に紛れ込もうとするが、鳴り響くスマホが居場所を知らせてしまう。『どこにいる? すぐに見つけてあげるよ』。恐怖で足が動かない。近くの雑居ビルの扉を開け、屋上へと続く階段を駆け上った。行き止まりだ。
息を切らして屋上にたどり着いたあかりの前に、ゆっくりと田中が現れる。ナイフを振り上げ、彼は恍惚と呟いた。
「君がいない人生なんて、意味がないんだ!」
あかりは最後の力を振り絞り、スマホの録音を開始すると同時に、110番へ発信した。田中が掴みかかってくる。もみ合いになり、カッターナイフが甲高い音を立てて床に落ちた。あかりは渾身の力で田中を突き飛ばす。彼はよろめき、屋上の低い柵に背中を打ち付けた。
「やめて! もうすぐ警察が来る!」
だが、田中は狂ったように笑うだけだった。「君と一緒に死ねるなら、本望だ」。彼が再び飛びかかってきた、その瞬間。屋上への扉が乱暴に開け放たれ、数人の警官がなだれ込んできた。田中はその場で取り押さえられ、あかりは糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
田中は、住居侵入およびストーカー規制法違反で逮捕された。彼の部屋からは、あかりの写真や私物が大量に発見されたという。『あかりは私の妻だ。彼女を汚す者は、全て排除する』。日記には、そんな妄想がびっしりと書き連ねられていた。彼は過去にも同様の事件を起こし、一人の女性を殺害していたことが、後の捜査で明らかになった。
あかりは事件のショックで会社を辞め、都会の喧騒を離れて故郷の街へ引っ越した。新しいアパートの部屋は、穏やかな陽光が差し込む。だが、夜になり、一人になると、今も誰かの視線を感じる時がある。鏡に映る自分の顔が、時折、あの田中の歪んだ笑顔に見えることがある。
警察は言う。「彼はもう二度と出てこられない」。だが、あかりに植え付けられた恐怖の根は、決して消えることはない。
日常に潜む闇は、一つだけとは限らないのだから。また別の影が、暗がりで息を潜め、彼女を待っているのかもしれない。
数時間後、一件のダイレクトメッセージが届いた。『その男、たぶんうちの会社が入ってるビルの清掃員かもしれません。以前、同僚が気味悪がっていました』。清掃員。その言葉に、あかりの脳裏に一人の人物が浮かんだ。いつも無口で、誰とも目を合わせようとしない、清掃員の田中。
翌日、あかりは田中の動きを注意深く観察した。50代半ば、痩せた体躯。あかりが廊下ですれ違うと、彼は慌てたように目を逸らし、壁の染みを拭き始めた。昼休み、誰もいなくなったのを見計らい、清掃用具室にある彼のロッカーをそっと開ける。鍵はかかっていなかった。
中にあったものを見て、あかりは息を呑んだ。数十枚に及ぶ、自分の写真。会社の飲み会で撮られたスナップショット。通勤途中の後ろ姿。そして、ジムの更衣室で撮られたであろう、盗撮写真。震える手でスマホを取り出し、その証拠写真を撮ると、あかりはそのまま警察署へと駆け込んだ。
「これだけ証拠があれば、動けます」。刑事はようやく重い腰を上げた。だが、警察が会社に到着した時、田中はすでに退勤した後だった。そして、その夜、あかりのアパートのドアには、新たなメモが突き刺さっていた。
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「君を、誰にも渡さない。永遠に、僕だけのものにするんだ」
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息を切らして屋上にたどり着いたあかりの前に、ゆっくりと田中が現れる。ナイフを振り上げ、彼は恍惚と呟いた。
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警察は言う。「彼はもう二度と出てこられない」。だが、あかりに植え付けられた恐怖の根は、決して消えることはない。
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