廃ホテルの十一人 ―鬼守の血統―

猫森満月

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第29話「炎と脱出」

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「行けっ!」

 悠真は美咲の背中を窓枠に向かって強く押し、自身は転がるようにして化け物の突進をかわした。化け物――鬼と化した清一は、悠真がいた場所の壁に深々と爪を食い込ませ、コンクリートの破片をまき散らす。

「高木さん!」
 美咲が窓枠を掴んだまま叫ぶ。

「いいから行け!俺を信じろ!」
 悠真は叫び返しながら、啓太が落としたカメラを拾い上げ、化け物に向かって投げつけた。金属の塊が顔面に直撃し、化け物は獣のような唸り声を上げる。

 その隙に、悠真はポケットからライターを取り出し、近くにあったカーテンに火を放った。乾燥した布地は瞬く間に燃え上がり、炎は天井へと駆け上がる。

「煙で目を眩ませる!」
 悠真は叫び、美咲に合図した。

 美咲は意を決し、割れた窓枠から身を躍らせた。二階の高さだ。下は土だったが、無事かどうかはわからない。

「クソッたれが!」 
 化け物は煙に怯むことなく、再び悠真に狙いを定めた。その巨大な爪が迫る。 悠真は床を転がり、残ったもう一つの窓に向かって全力で走った。

「影山さん、岡田さん!早く!」

 岡田は既に窓枠を乗り越えようとしていた。影山は、動かなくなった啓太の体を一瞥し、悔しそうに顔を歪めた後、悠真に続いた。

「貴様だけは……逃がさん……!」

 清一の怨嗟の声が背後から響く。 悠真は窓枠に足をかけ、振り返りもせずに外へ飛び降りた。

 ドシャッ!

 硬い地面に背中から叩きつけられ、肺から空気がすべて絞り出される。雨が容赦なく顔を打ち、視界が滲む。

「ぐっ……!」 
 なんとか体を起こすと、すぐそばで美咲が倒れていた。 

「佐藤さん!大丈夫か!?」 
「……ええ、なんとか……足首を捻ったかも……」

 岡田も少し離れた場所にいたが、どうやら無事のようだ。 

「影山さんは!?」
 悠真が叫ぶ。

 その時だった。

 バリバリと音を立てて、二階の窓枠が内側から破壊された。炎を背負い、清一の姿をした化け物が、その巨大な体躯で窓枠を突き破って飛び降りてきた。

「マズイ!」

 悠真は美咲を無理やり立たせ、引きずるようにして走り出した。 

「影山さん!こっちだ!」 
「先に行け!」

 影山の声は、先ほどとは違う方向から聞こえた。彼は悠真たちとは別の窓から飛び降りたようだ。 

「俺が時間を稼ぐ!祭壇へ向かえ!あそこしか、終わらせる場所はない!」

「何言ってるんですか!一緒に!」
 美咲が叫ぶ。 

「いいから行け!あいつを倒すには『器』のお前が必要だ!俺じゃ時間を稼ぐことしかできん!」

 影山の声は決死の覚悟に満ちていた。 背後で、化け物の咆哮と、金属がぶつかり合う甲高い音が響き渡る。影山が持っていた護符か、あるいは別の何かで応戦しているらしい。

 悠真は歯を食いしばった。 

「行くぞ!」 
 美咲の腕を掴み、土砂降りの雨の中を、再びホテルの裏手へと回り込む。 火の手が上がった二階の窓から、黒煙が渦を巻いて夜空に昇っていく。

「影山さん……」 
 美咲が涙声で呟いた。

「死なせやしない。必ず、俺たちであいつを止めるんだ」 
 悠真は、自分に言い聞かせるように強く言った。

 二人は再び、あの地下へと続く入り口に向かって、闇の中を走り出した。 今度こそ、すべてを終わらせるために。
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