愛の石と五股のワルツ

猫森満月

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前編 愛の石

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「また新しい彼氏!? ちょっと真奈美、今年に入ってもう五人目だよ?」

 親友の麻美は、まるで計算ドリルを解くかのように、額に深い皺を刻んで尋ねてきた。私はカフェのラテアートを眺めながら、少し照れたように頬を掻く。

「うん。今度こそ、本当に運命の相手だと思うんだ」
「そのセリフ、四週間前にも聞いたから! それ、恋じゃなくて、もはや趣味か病気だからね?」

 麻美の言葉は痛いほど正しかった。私は、生まれついての「惚れっぽさ」という名の、厄介な体質を持っていた。素敵な男性を見るや否や、心臓が跳ね、全身が恋の熱に侵され、数週間は世界がバラ色になる。そして、熱が冷めると、まるでインフルエンザが治ったように、次の感染源を探してしまうのだ。

 その日の帰り道、私はいつもの日常を彩る、古い骨董品店の前を通りかかった。ウィンドウに、一つだけ異様な輝きを放つアクセサリーがあった。
 真紅の宝石が嵌め込まれたハート型のペンダント。アンティーク特有のくすみの中に、どくどくと脈打つような強い光を放っている。

「これ、素敵……」
 吸い寄せられるように店に入り、年老いた店主の老婆にペンダントを見せてもらう。老婆は困ったように顔を曇らせた。

「お嬢さん、それは特別な品でして。持ち主を選ぶのですよ」
「特別って?」
「これは『愛の石』。身につける者には、世界中の愛が集まる。誰からも、強く、求められるようになる」
「まぁ! それは最高ですね!」

 私は喜びで胸を高鳴らせた。しかし老婆は、囁くように続けた。

「ただし、代償があります。この石を身につけた者は、永遠に『満たされない愛』を追い続ける。誰に愛されても、誰を愛しても、決して心が満たされることはない。飽くなき渇望に囚われるでしょう」

 私は、一瞬ためらった。だがすぐに笑ってしまった。
「ふふ。どうせ今も満たされない愛を求めて、彼氏を五人乗り換えているんです。変わらないなら、むしろ大歓迎!」

 私は、老婆の警告をコメディ映画のワンシーンのように軽く受け流し、ペンダントを購入した。

 その夜、胸元で赤い石を輝かせながら眠りについた。すると、不思議な夢を見た。
 部屋全体が真紅の光に包まれている。その中心に、顔は見えないが、抗いがたいほど魅力的な男性が立っていた。

「君は愛を求めているね。無限の愛の力を」
「はい」
「では、与えよう。お前の心を満たすほどの、濃密な愛を」

 男性が近づいてきた瞬間、私は本能的な恐怖に襲われた。彼の顔が、闇の中で露わになる。真っ赤に爛れた目、鋭く歪んだ牙。それは、人間の顔ではなかった。悪魔。

 翌朝、飛び起きると、全身が汗でびっしょり濡れていた。悪夢だ。そう思いながら胸元に触れると、ペンダントが異様に熱くなっていた。

 その日から、私の日常は、完全に狂い始めた。
 街を歩けば、どこからともなく男性が集まってくる。コンビニの店員、駅の警備員、通りすがりの高齢者まで、皆、私に見惚れ、陶酔した表情で話しかけてくるのだ。

「真奈美さん、あなたの瞳は宇宙のように深い」
「私の全てを捧げますから、連絡先を教えてください」

 一日で、二十人以上からアプローチされる。最初は有頂天だった。こんなに愛されるなんて!
 しかし、本当に恐ろしいのは、私自身だった。
 誰を見ても、彼らが魅力的に見える。誰の言葉にも心が揺さぶられる。昨日会った男性に永遠の愛を誓い、今日は別の男性に魂を奪われそうになる。

「これは、おかしい……」

 私の心は追いつかない。愛の石がもたらした「愛」は、あまりに強大すぎた。
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