愛の石と五股のワルツ

猫森満月

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後編 愛の鎖

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 ペンダントを身につけて一週間。私の生活は、もはやコメディではなく、地獄と化した。

 会社では、私を巡って三人もの同僚が、顔色を変えて口論を始めた。駅前では、私への愛を叫びながら、二人の男性が殴り合い、血を流している。彼らの瞳は、私への「愛」という名の、純粋な狂気に満たされていた。

「やめて!」
 私は叫んだが、その声すら、彼らには愛の告白のように聞こえるらしい。

 私はパニックになり、親友の麻美に全てを打ち明けた。
「真奈美、落ち着いて。そのペンダントを外すのよ! 今すぐに!」

 私も同じことを考え、首元に手を伸ばした。しかし、赤い石に触れた瞬間、首を骨ごと締め付けられるような、激しい痛みが走った。まるで、ペンダントが私の皮膚と筋肉に食い込んでいるかのようだった。

 その夜、私は再び赤い部屋の夢を見た。悪魔的なあの男が、嘲笑と共に私を見下ろしている。

「どうだい、愛されることの苦しみは」
「これは愛じゃない! 呪いよ!」

 私は絶叫した。

「呪い? いや、これこそがお前が望んだ『真の愛』だ。無限の、飽くなき愛の渇望。誰も選べない、誰も拒めない、無限の愛の檻だ」

 悪魔が指を鳴らす。目の前に現れた鏡に映る、私の姿を見て、私は身の毛がよだつ悲鳴を上げた。
 胸元のペンダントから、血管のような赤黒い根が何本も伸び、私の皮膚の下を這い、胸の中心、心臓へと食い込んでいるのが見えた。

「石はもう、君の心臓と繋がった。愛の根は、君の魂に到達した。もう外すことはできない」

 翌朝。夢の残像は消えたが、胸には鈍い痛みが残っていた。鏡で見ると、ペンダントの周りの皮膚が、本当に赤黒く変色している。

 会社に行けば、昨日口論していた同僚たちは、さらに狂気を増していた。

「真奈美さん、僕を選んでください。他のやつらはどうでもいい! 僕を、僕だけを愛して!」

 拒絶すれば、彼らは暴力的に豹変した。一人が私の腕を掴み、もう一人が髪を引っ張る。

「僕を愛してくれないなら、誰にも渡さない!」

 この悪循環は終わらない。私が生きている限り、私を愛する狂人たちが増え、争い、私もまた、彼ら全員に惹かれ続ける。

 私は最後の希望を求め、あの骨董品店に戻った。だが、店は既に廃業し、シャッターが固く下りている。

 絶望に打ちひしがれていると、背後から、優しく、しかし粘着質な声が聞こえた。

「真奈美さん……」

 振り返ると、麻美が立っていた。しかし、その瞳は、これまで見たことのない、熱と狂気に染まっていた。

「私も、あなたのことが好きになってしまった」
 麻美は涙を流していた。

「おかしいって分かってる。でも止められない。あなたが眩しくて、愛おしくて……。私たち、親友じゃなかった!?」

 私の最後の拠り所が崩れ去った。愛の石は、性別すら選ばないのだ。周りの全ての人間が、私を愛し、私も彼らを愛してしまう。

 その夜、私は決断した。
 街で一番高いビルの屋上。手すりを乗り越えて下を見下ろすと、数十人の男女が集まり、私を見上げている。麻美もいる。皆、私を追いかけてきた人々だった。

「真奈美さん、降りてきて! 僕を、僕だけを愛して!」
 無数の愛の絶叫が、私を縛る鎖となって響く。

 ペンダントが熱く、狂ったように輝いた。まるで、もっと愛を集めろと命令しているかのように。

「愛されることが、こんなに苦しいなんて……」
 私は呟いた。

 風が強く吹き荒れる中、私の胸のペンダントが、突然、氷のように冷たくなった。
 そして、あの悪魔の声が、頭の中に直接響いた。

『君の苦しみが、最高の愛の形だ。その絶望を、永遠に味わい続けるがいい』

 私は悟った。飛び降りても、この呪いからは逃れられない。ペンダントは私の肉体だけでなく、魂にまで食い込んでいる。
 死してもなお、愛され続け、愛し続けることになるのだ。

 惚れっぽかった私は、永遠の愛の囚人となった。誰かを好きになる喜びも、誰かに愛される幸せも、もう感じることはない。
 ただ、無限の愛の鎖に繋がれ、押し潰されるだけ。
 それが、私が望んだ「無限の愛」の、恐るべき結末だった。
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