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序章 偽りの断罪、真実の一礼
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王立学園の卒業記念パーティーは、目も眩むほどのシャンデリアの光と、着飾った貴族たちの華やかな喧騒に満ちていた。けれど、私の立つホールの中央だけは、まるで極寒の地のように静まり返っていた。
「ロザリンド・フォン・ルクス! 貴様の悪行、もはや見過ごすわけにはいかない!」
金色の髪を振り乱し、私を指差すのは、婚約者であるユリウス・フォン・アルドレア皇太子殿下。その腕の中には、か弱く震える小鳥のように、聖女エリナが庇われている。彼女の頬を伝う大粒の涙が、シャンデリアの光を反射してキラキラと輝いていた。
「私が……悪行を?」
「白々しい! 貴様が、この国のために召喚された聖女エリナを陰で虐げ、孤立させようとしていたことは明白だ! エリナのこの涙が、何よりの証拠ではないか!」
ユリウス殿下の声が、しんと静まり返ったホールに響き渡る。周囲の貴族たちは、私に非難と嘲笑の視線を向けていた。昨日までごきげんようと微笑みかけてきていた令嬢たちも、今では扇で口元を隠し、囁きあっている。ああ、なんて分かりやすい手のひら返し。
私がエリナを? 笑止千万。公爵令嬢としての教育を受け、常に完璧であれと育てられてきた私が、そのような下劣な真似をするはずもない。むしろ、王妃教育の一環として彼女の世話役を命じられ、その怠惰と我儘に振り回されてきたのはこちらのほうだ。公務を「気分が乗らない」とすっぽかし、高価なドレスや宝石を「聖女の威厳のため」とねだる彼女の後始末を、一体どれだけしてきたことか。
けれど、ここで何を言っても無駄だろう。ユリウス殿下はもう、涙を流す可憐な聖女の言葉しか信じない。真実など、彼にとっては些末なことなのだ。
私の脳裏に、ふっと別の記憶がよぎる。そうだ、私は、ロザリンドである前に、別の人生を生きていた。平和な日本という国で、美味しいものを食べるためだけに働く、ただの食い道楽なOLだった。仕事帰りのビール、週末の食べ歩き、友人と囲む鍋……。そんなささやかな幸せを知っている私にとって、この窮屈な世界での婚約者の心変わりなど、正直どうでもよかった。
「よって、ロザリンド・フォン・ルクス! 本日をもって貴様との婚約を破棄する! そして、その罪を償うため、王家所有の最果ての港町『ポルト・ノーヴォ』への追放を命じる!」
ユリウス殿下の高らかな宣言に、エリナが勝ち誇ったように微かに口角を上げたのを、私は見逃さなかった。
ポルト・ノーヴォ。ほとんど流刑地と変わらない、寂れた辺境の町。公爵令嬢が送られる場所ではない。これは、社会的な死刑宣告に等しい。
貴族たちが、今度こそは私が泣き崩れるだろうと期待に満ちた目で私を見ている。
しかし、私は背筋を伸ばし、完璧な淑女の作法でスカートの裾を持ち上げた。そして、深く、優雅に一礼する。
「――謹んで、お受けいたします」
涙一つ見せず、静かに言い放った私の声は、凛としてホールに響いた。
え、と息を呑む気配がする。嘲笑は戸惑いに変わり、ユリウス殿下の顔には一瞬、信じられないものを見るような動揺が浮かんだ。彼が期待していた反応ではなかったのだろう。もっと取り乱し、泣き喚き、見苦しく許しを乞うとでも思っていたのかもしれない。
私はもう一度、彼らに、そしてこの欺瞞に満ちた社交界に背を向けると、毅然とした足取りでホールを去った。
扉が閉まる直前、ちらりと見えたユリウス殿下の狼狽した顔が、なぜだか少しだけ愉快に思えた。
さようなら、皇太子殿下。さようなら、偽物の聖女。さようなら、私の窮屈な人生。
本当の私の人生は、きっとここから始まるのだから。
「ロザリンド・フォン・ルクス! 貴様の悪行、もはや見過ごすわけにはいかない!」
金色の髪を振り乱し、私を指差すのは、婚約者であるユリウス・フォン・アルドレア皇太子殿下。その腕の中には、か弱く震える小鳥のように、聖女エリナが庇われている。彼女の頬を伝う大粒の涙が、シャンデリアの光を反射してキラキラと輝いていた。
「私が……悪行を?」
「白々しい! 貴様が、この国のために召喚された聖女エリナを陰で虐げ、孤立させようとしていたことは明白だ! エリナのこの涙が、何よりの証拠ではないか!」
ユリウス殿下の声が、しんと静まり返ったホールに響き渡る。周囲の貴族たちは、私に非難と嘲笑の視線を向けていた。昨日までごきげんようと微笑みかけてきていた令嬢たちも、今では扇で口元を隠し、囁きあっている。ああ、なんて分かりやすい手のひら返し。
私がエリナを? 笑止千万。公爵令嬢としての教育を受け、常に完璧であれと育てられてきた私が、そのような下劣な真似をするはずもない。むしろ、王妃教育の一環として彼女の世話役を命じられ、その怠惰と我儘に振り回されてきたのはこちらのほうだ。公務を「気分が乗らない」とすっぽかし、高価なドレスや宝石を「聖女の威厳のため」とねだる彼女の後始末を、一体どれだけしてきたことか。
けれど、ここで何を言っても無駄だろう。ユリウス殿下はもう、涙を流す可憐な聖女の言葉しか信じない。真実など、彼にとっては些末なことなのだ。
私の脳裏に、ふっと別の記憶がよぎる。そうだ、私は、ロザリンドである前に、別の人生を生きていた。平和な日本という国で、美味しいものを食べるためだけに働く、ただの食い道楽なOLだった。仕事帰りのビール、週末の食べ歩き、友人と囲む鍋……。そんなささやかな幸せを知っている私にとって、この窮屈な世界での婚約者の心変わりなど、正直どうでもよかった。
「よって、ロザリンド・フォン・ルクス! 本日をもって貴様との婚約を破棄する! そして、その罪を償うため、王家所有の最果ての港町『ポルト・ノーヴォ』への追放を命じる!」
ユリウス殿下の高らかな宣言に、エリナが勝ち誇ったように微かに口角を上げたのを、私は見逃さなかった。
ポルト・ノーヴォ。ほとんど流刑地と変わらない、寂れた辺境の町。公爵令嬢が送られる場所ではない。これは、社会的な死刑宣告に等しい。
貴族たちが、今度こそは私が泣き崩れるだろうと期待に満ちた目で私を見ている。
しかし、私は背筋を伸ばし、完璧な淑女の作法でスカートの裾を持ち上げた。そして、深く、優雅に一礼する。
「――謹んで、お受けいたします」
涙一つ見せず、静かに言い放った私の声は、凛としてホールに響いた。
え、と息を呑む気配がする。嘲笑は戸惑いに変わり、ユリウス殿下の顔には一瞬、信じられないものを見るような動揺が浮かんだ。彼が期待していた反応ではなかったのだろう。もっと取り乱し、泣き喚き、見苦しく許しを乞うとでも思っていたのかもしれない。
私はもう一度、彼らに、そしてこの欺瞞に満ちた社交界に背を向けると、毅然とした足取りでホールを去った。
扉が閉まる直前、ちらりと見えたユリウス殿下の狼狽した顔が、なぜだか少しだけ愉快に思えた。
さようなら、皇太子殿下。さようなら、偽物の聖女。さようなら、私の窮屈な人生。
本当の私の人生は、きっとここから始まるのだから。
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