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第1章 辺境の港町と私のレストラン
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王都から揺られること十数日。辿り着いた最果ての港町「ポルト・ノーヴォ」は、噂に違わぬ寂れた場所だった。潮風は常に湿っぽく、建物の壁は塩害で白く汚れ、道行く人々の顔には活気というものがない。どんよりとした曇り空が、この町の未来を暗示しているかのようだった。
そして、追放された私に与えられたのは、港の外れにある今にも崩れそうな一軒の廃屋だった。隙間風が吹き込み、屋根には穴が開き、床はギシギシと悲鳴を上げる。ルクス公爵家の財産はすべて没収され、手元にあるのは、母の形見である数個の宝石と、最低限の着替えだけ。
「……これから、どうしよう」
廃屋の埃っぽい窓から、灰色の海を眺めながら途方に暮れる。普通の公爵令嬢なら、ここで絶望して泣き崩れるのかもしれない。けれど、私の心は不思議と凪いでいた。それはきっと、前世の記憶のおかげだ。満員電車に揺られ、理不尽な上司に頭を下げ、それでも週末の美味しいご飯のために一週間を乗り切っていた、あのタフなOLだった私の記憶。
あの頃に比べれば、上司もいないし、満員電車もない。あるのは自由な時間だけ。むしろ、状況は良い方じゃないか?
そんな風に開き直った瞬間、私の脳裏に鮮やかな記憶が洪水のように押し寄せてきた。
『ここのパスタ、絶品! ソースが濃厚で、麺のアルデンテ具合が最高!』
『見て見て、このステーキの焼き加減! ミディアムレアの完璧なピンク色!』
『ああ、この出汁の香り……日本人に生まれてよかった……』
そうだ。私には、膨大な「食」の記憶がある。イタリアン、フレンチ、中華、和食。高級レストランのフルコースから、B級グルメ、居酒屋メニューまで。様々なレストランを食べ歩き、時には自分で再現しようとキッチンに立った、あの情熱的な日々。
この世界に来てからは、公爵令嬢としての作法に縛られ、宮廷料理の味気ない食事ばかりだった。素材は最高級なのに、調理法は単調。焼く、煮る、蒸す。それだけ。スパイスの種類も少なく、繊細な味付けという概念がない。本当は、もっと美味しいものが食べたかった。そして、誰かに美味しいものを食べさせて、その笑顔が見たかった。
――それだ。
私の心の奥底で、小さな炎が灯る。
王都の社交界で、偽りの笑顔を浮かべて生きるより、ずっと素晴らしいことじゃないか。
「そうだ……レストランを開こう」
口に出した瞬間、全身に電気が走ったような衝撃があった。これこそが、私が本当にやりたかったことだ。公爵令嬢でも、皇太子の婚約者でもない。ただの私として、美味しいもので人を幸せにする。それが私の本当の望みだった。
私はスカートのポケットから、なけなしの宝石を取り出した。小さいけれど、上質なものだ。これを元手にすれば、この廃屋を改装し、小さなレストランを開くくらいはできるかもしれない。
港町ポルト・ノーヴォ。何もない寂れた町。だからこそ、チャンスがある。美味しい料理は、きっとこの町の人の乾いた心と空っぽの胃袋を満たし、笑顔をもたらしてくれるはずだ。
私はきつく拳を握りしめた。
私の第二の人生の、最初のメニューは何にしようか。
考えただけで、お腹がぐぅっと鳴った。絶望的な状況のはずなのに、私の心は希望で満たされ、久しぶりにわくわくしているのを確かに感じていた。
そして、追放された私に与えられたのは、港の外れにある今にも崩れそうな一軒の廃屋だった。隙間風が吹き込み、屋根には穴が開き、床はギシギシと悲鳴を上げる。ルクス公爵家の財産はすべて没収され、手元にあるのは、母の形見である数個の宝石と、最低限の着替えだけ。
「……これから、どうしよう」
廃屋の埃っぽい窓から、灰色の海を眺めながら途方に暮れる。普通の公爵令嬢なら、ここで絶望して泣き崩れるのかもしれない。けれど、私の心は不思議と凪いでいた。それはきっと、前世の記憶のおかげだ。満員電車に揺られ、理不尽な上司に頭を下げ、それでも週末の美味しいご飯のために一週間を乗り切っていた、あのタフなOLだった私の記憶。
あの頃に比べれば、上司もいないし、満員電車もない。あるのは自由な時間だけ。むしろ、状況は良い方じゃないか?
そんな風に開き直った瞬間、私の脳裏に鮮やかな記憶が洪水のように押し寄せてきた。
『ここのパスタ、絶品! ソースが濃厚で、麺のアルデンテ具合が最高!』
『見て見て、このステーキの焼き加減! ミディアムレアの完璧なピンク色!』
『ああ、この出汁の香り……日本人に生まれてよかった……』
そうだ。私には、膨大な「食」の記憶がある。イタリアン、フレンチ、中華、和食。高級レストランのフルコースから、B級グルメ、居酒屋メニューまで。様々なレストランを食べ歩き、時には自分で再現しようとキッチンに立った、あの情熱的な日々。
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――それだ。
私の心の奥底で、小さな炎が灯る。
王都の社交界で、偽りの笑顔を浮かべて生きるより、ずっと素晴らしいことじゃないか。
「そうだ……レストランを開こう」
口に出した瞬間、全身に電気が走ったような衝撃があった。これこそが、私が本当にやりたかったことだ。公爵令嬢でも、皇太子の婚約者でもない。ただの私として、美味しいもので人を幸せにする。それが私の本当の望みだった。
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私はきつく拳を握りしめた。
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考えただけで、お腹がぐぅっと鳴った。絶望的な状況のはずなのに、私の心は希望で満たされ、久しぶりにわくわくしているのを確かに感じていた。
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