17 / 18
番外編3:美食外交の舞台裏
しおりを挟む
国際会議が終わり、各国代表団が自国へと戻っていく中、ベアトリスは新たな「食の平和」を築くための旅を続けていた。彼女は、王宮の固い会談室ではなく、豊かな食材の産地や、歴史ある厨房で、各国の要人たちと向き合うことを好んだ。食を通じて心を解き放ち、言葉だけでは伝えきれない、真の信頼関係を築くためだった。
ある時、ベアトリスは、長年アストライア王国と領土問題を抱えていた、隣国リドニアの国王との会談を任された。リドニア国王は非常に頑固で、これまで外交官が何度交渉しても、一歩も引かなかったことで知られている人物だった。
会談の場は、国王の要望で、彼の別荘の豪華な応接室が選ばれた。しかし、ベアトリスは事前に、その別荘に併設された質素な台所を借りて、自ら調理することを申し出ていた。
「ベアトリス殿。今回は領土問題が主題。美食は無用ではないか」リドニア国王は、あからさまに不快感をあらわにした。食卓に並んだのは、彼の期待するような豪華な肉料理や王国の伝統料理ではなく、素朴な木の器に盛られた、温かい野菜の煮込みと、焼き立てのパンだけだったからだ。
「陛下。わたくしはただ、この土地で採れた最も旬な野菜と、真心をお出ししたかったのです。この土地の豊かな恵みと、それを受け継いできた人々の歴史を、味わっていただきたくて」
ベアトリスは穏やかに答えた。彼の前に差し出されたのは、ヴェルムントで改良された特別なカブを贅沢に使った、シンプルな煮込み料理だった。一口食べると、国王の強張っていた顔に、微かな変化が見えた。
「……これは……カブか?」
国王の故郷は、厳しい冬が長く、作物が育ちにくい痩せた土地だった。カブは、彼の故郷でもわずかに収穫できる数少ない野菜の一つだったが、苦みがあり、決して美味しいものではなかった。しかし、ベアトリスが差し出したカブは、驚くほど甘く、煮込まれることで、その優しい風味が口いっぱいに広がった。添えられたシンプルな塩味のパンは、穀物の豊かな香りがした。
「はい。改良を重ねた、ヴェルムントのカブでございます。寒さに強く、非常に栄養価も高い。そして、この土地の豊かな水と、我々村人の愛情を受けて育ちました」
国王は、二口、三口と黙って料理を食べ進めた。やがて、彼の目に薄く涙が滲むのが見えた。
「……この味は、昔、亡くなった母が作ってくれた、数少ない温かいスープの味に似ている……。だが、こんなにも、美味しく、温かいものだったか……」
国王の故郷では、厳しい環境のため、常に食料が不足し、食事はただ命を繋ぐための行為だった。彼の母親は、わずかな野菜で家族を飢えさせないよう、必死にスープを作ってくれたが、それは貧しく味気ないものだったという。ベアトリスの料理は、彼の記憶の奥底に眠っていた、温かいけれど辛かった過去の記憶を呼び起こすと同時に、食の「豊かさ」と「可能性」を彼に示したのだ。
「食は、人を満たし、心を癒します。そして、文化を繋ぎ、国と国を繋ぐ力があると、わたくしは信じております」
ベアトリスは続けた。「このカブは、リドニアの地でも十分に育ちます。もし、よろしければ、貴国の農業技術向上に、我がヴェルムントの知恵と技術を惜しみなく提供させていただきたい。そして、互いの食を分かち合うことで、この地の豊かな恵みを、貴国民にも味わっていただきたいと願っております」
国王は、フォークを置くと、深くため息をついた。その顔からは、かつての頑固な表情は消え失せ、深い感動と、そして困惑が入り混じった複雑な表情になっていた。
「……まさか、貴女の料理一つで、私の凝り固まった心が、これほどまでに揺さぶられるとは……」
その日、リドニア国王は、ベアトリスと食事を囲み、これまでの外交官との形式的なやり取りとは全く異なる、個人的な感情を交えた会話を重ねた。そして、会談の最後には、笑顔で和解の握手を交わし、領土問題の解決に向けた大きな一歩を踏み出すことになった。
「ベアトリス様は、本当にすごいお方ですわね……」
マリエルは、遠くからその光景を見て、感動に震えた。言葉や武力ではなく、ただ「食」の力だけで、長年の対立を解消するきっかけを作り出したのだ。ベアトリスの「美食外交」は、国境を越え、食文化の違いを超えて、人々に共通の喜びと理解をもたらし、世界を新たな平和へと導いていった。食は、人と人を、そして国と国を繋ぐ、真の外交力を秘めていた。
ある時、ベアトリスは、長年アストライア王国と領土問題を抱えていた、隣国リドニアの国王との会談を任された。リドニア国王は非常に頑固で、これまで外交官が何度交渉しても、一歩も引かなかったことで知られている人物だった。
会談の場は、国王の要望で、彼の別荘の豪華な応接室が選ばれた。しかし、ベアトリスは事前に、その別荘に併設された質素な台所を借りて、自ら調理することを申し出ていた。
「ベアトリス殿。今回は領土問題が主題。美食は無用ではないか」リドニア国王は、あからさまに不快感をあらわにした。食卓に並んだのは、彼の期待するような豪華な肉料理や王国の伝統料理ではなく、素朴な木の器に盛られた、温かい野菜の煮込みと、焼き立てのパンだけだったからだ。
「陛下。わたくしはただ、この土地で採れた最も旬な野菜と、真心をお出ししたかったのです。この土地の豊かな恵みと、それを受け継いできた人々の歴史を、味わっていただきたくて」
ベアトリスは穏やかに答えた。彼の前に差し出されたのは、ヴェルムントで改良された特別なカブを贅沢に使った、シンプルな煮込み料理だった。一口食べると、国王の強張っていた顔に、微かな変化が見えた。
「……これは……カブか?」
国王の故郷は、厳しい冬が長く、作物が育ちにくい痩せた土地だった。カブは、彼の故郷でもわずかに収穫できる数少ない野菜の一つだったが、苦みがあり、決して美味しいものではなかった。しかし、ベアトリスが差し出したカブは、驚くほど甘く、煮込まれることで、その優しい風味が口いっぱいに広がった。添えられたシンプルな塩味のパンは、穀物の豊かな香りがした。
「はい。改良を重ねた、ヴェルムントのカブでございます。寒さに強く、非常に栄養価も高い。そして、この土地の豊かな水と、我々村人の愛情を受けて育ちました」
国王は、二口、三口と黙って料理を食べ進めた。やがて、彼の目に薄く涙が滲むのが見えた。
「……この味は、昔、亡くなった母が作ってくれた、数少ない温かいスープの味に似ている……。だが、こんなにも、美味しく、温かいものだったか……」
国王の故郷では、厳しい環境のため、常に食料が不足し、食事はただ命を繋ぐための行為だった。彼の母親は、わずかな野菜で家族を飢えさせないよう、必死にスープを作ってくれたが、それは貧しく味気ないものだったという。ベアトリスの料理は、彼の記憶の奥底に眠っていた、温かいけれど辛かった過去の記憶を呼び起こすと同時に、食の「豊かさ」と「可能性」を彼に示したのだ。
「食は、人を満たし、心を癒します。そして、文化を繋ぎ、国と国を繋ぐ力があると、わたくしは信じております」
ベアトリスは続けた。「このカブは、リドニアの地でも十分に育ちます。もし、よろしければ、貴国の農業技術向上に、我がヴェルムントの知恵と技術を惜しみなく提供させていただきたい。そして、互いの食を分かち合うことで、この地の豊かな恵みを、貴国民にも味わっていただきたいと願っております」
国王は、フォークを置くと、深くため息をついた。その顔からは、かつての頑固な表情は消え失せ、深い感動と、そして困惑が入り混じった複雑な表情になっていた。
「……まさか、貴女の料理一つで、私の凝り固まった心が、これほどまでに揺さぶられるとは……」
その日、リドニア国王は、ベアトリスと食事を囲み、これまでの外交官との形式的なやり取りとは全く異なる、個人的な感情を交えた会話を重ねた。そして、会談の最後には、笑顔で和解の握手を交わし、領土問題の解決に向けた大きな一歩を踏み出すことになった。
「ベアトリス様は、本当にすごいお方ですわね……」
マリエルは、遠くからその光景を見て、感動に震えた。言葉や武力ではなく、ただ「食」の力だけで、長年の対立を解消するきっかけを作り出したのだ。ベアトリスの「美食外交」は、国境を越え、食文化の違いを超えて、人々に共通の喜びと理解をもたらし、世界を新たな平和へと導いていった。食は、人と人を、そして国と国を繋ぐ、真の外交力を秘めていた。
187
あなたにおすすめの小説
追放された悪役令嬢が前世の記憶とカツ丼で辺境の救世主に!?~無骨な辺境伯様と胃袋掴んで幸せになります~
緋村ルナ
ファンタジー
公爵令嬢アリアンナは、婚約者の王太子から身に覚えのない罪で断罪され、辺境へ追放されてしまう。すべては可憐な聖女の策略だった。
絶望の淵で、アリアンナは思い出す。――仕事に疲れた心を癒してくれた、前世日本のソウルフード「カツ丼」の記憶を!
「もう誰も頼らない。私は、私の料理で生きていく!」
辺境の地で、彼女は唯一の武器である料理の知識を使い、異世界の食材でカツ丼の再現に挑む。試行錯誤の末に完成した「勝利の飯(ヴィクトリー・ボウル)」は、無骨な騎士や冒険者たちの心を鷲掴みにし、寂れた辺境の町に奇跡をもたらしていく。
やがて彼女の成功は、彼女を捨てた元婚約者たちの耳にも届くことに。
これは、全てを失った悪役令嬢が、一皿のカツ丼から始まる温かい奇跡で、本当の幸せと愛する人を見つける痛快逆転グルメ・ラブストーリー!
追放悪役令嬢のスローライフは止まらない!~辺境で野菜を育てていたら、いつの間にか国家運営する羽目になりました~
緋村ルナ
ファンタジー
「計画通り!」――王太子からの婚約破棄は、窮屈な妃教育から逃れ、自由な農業ライフを手に入れるための完璧な計画だった!
前世が農家の娘だった公爵令嬢セレスティーナは、追放先の辺境で、前世の知識と魔法を組み合わせた「魔法農業」をスタートさせる。彼女が作る奇跡の野菜と心温まる料理は、痩せた土地と人々の心を豊かにし、やがて小さな村に起こした奇跡は、国全体を巻き込む大きなうねりとなっていく。
これは、自分の居場所を自分の手で作り出した、一人の令嬢の痛快サクセスストーリー! 悪役の仮面を脱ぎ捨てた彼女が、個人の幸せの先に掴んだものとは――。
追放された悪役令嬢は、辺境の村で美食の楽園を創り、やがて王国の胃袋を掴むことになる
緋村ルナ
ファンタジー
第一王子に濡れ衣を着せられ、悪役令嬢として辺境の村へ追放された公爵令嬢エリアーナ。絶望の淵に立たされた彼女は、前世の現代農業知識と類稀なる探求心、そして料理への情熱を武器に、荒れた土地で一歩ずつ農業を始める。貧しかった村人たちとの絆を育みながら、豊穣の畑を築き上げ、その作物を使った絶品の料理で小さな食堂「エリアーナの台所」を開業。その評判はやがて王都にまで届き、エリアーナを貶めた者たちの運命を巻き込みながら、壮大な真実が明らかになっていく――。これは、逆境に負けず「食」を通じて人々を繋ぎ、自分自身の居場所と真の幸福を掴み取る、痛快で心温まる追放・ざまぁサクセスストーリーである。
追放先の辺境で前世の農業知識を思い出した悪役令嬢、奇跡の果実で大逆転。いつの間にか世界経済の中心になっていました。
緋村ルナ
ファンタジー
「お前のような女は王妃にふさわしくない!」――才色兼備でありながら“冷酷な野心家”のレッテルを貼られ、無能な王太子から婚約破棄されたアメリア。国外追放の末にたどり着いたのは、痩せた土地が広がる辺境の村だった。しかし、そこで彼女が見つけた一つの奇妙な種が、運命を、そして世界を根底から覆す。
前世である農業研究員の知識を武器に、新種の果物「ヴェリーナ」を誕生させたアメリア。それは甘美な味だけでなく、世界経済を揺るがすほどの価値を秘めていた。
これは、一人の追放された令嬢が、たった一つの果実で自らの運命を切り開き、かつて自分を捨てた者たちに痛快なリベンジを果たし、やがて世界の覇権を握るまでの物語。「食」と「経済」で世界を変える、壮大な逆転ファンタジー、開幕!
大自然を司る聖女、王宮を見捨て辺境で楽しく生きていく!
向原 行人
ファンタジー
旧題:聖女なのに婚約破棄した上に辺境へ追放? ショックで前世を思い出し、魔法で電化製品を再現出来るようになって快適なので、もう戻りません。
土の聖女と呼ばれる土魔法を極めた私、セシリアは婚約者である第二王子から婚約破棄を言い渡された上に、王宮を追放されて辺境の地へ飛ばされてしまった。
とりあえず、辺境の地でも何とか生きていくしかないと思った物の、着いた先は家どころか人すら居ない場所だった。
こんな所でどうすれば良いのと、ショックで頭が真っ白になった瞬間、突然前世の――日本の某家電量販店の販売員として働いていた記憶が蘇る。
土魔法で家や畑を作り、具現化魔法で家電製品を再現し……あれ? 王宮暮らしより遥かに快適なんですけど!
一方、王宮での私がしていた仕事を出来る者が居ないらしく、戻って来いと言われるけど、モフモフな動物さんたちと一緒に快適で幸せに暮らして居るので、お断りします。
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
婚約破棄された悪役令嬢、追放先の辺境で前世の農業知識を解放!美味しいごはんで胃袋を掴んでいたら国ができた
緋村ルナ
ファンタジー
婚約者である王太子に、身に覚えのない罪で断罪され、国外追放を言い渡された公爵令嬢アリーシャ。しかし、前世が日本の農学部女子大生だった彼女は、内心ガッツポーズ!「これで自由に土いじりができる!」
追放先の痩せた土地で、前世の知識を武器に土壌改良から始めるアリーシャ。彼女の作る美味しい作物と料理は、心を閉ざした元騎士や、貧しかった村人たちの心を温め、やがて辺境の地を大陸一豊かな国へと変えていく――。
これは、一人の女性が挫折から立ち上がり、最高の仲間たちと共に幸せを掴む、痛快な逆転成り上がりストーリー。あなたの心も、アリーシャの料理で温かくなるはず。
「お前の代わりはいる」と追放された俺の【万物鑑定】は、実は世界の真実を見抜く【真理の瞳】でした。最高の仲間と辺境で理想郷を創ります
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の代わりはいくらでもいる。もう用済みだ」――勇者パーティーで【万物鑑定】のスキルを持つリアムは、戦闘に役立たないという理由で装備も金もすべて奪われ追放された。
しかし仲間たちは知らなかった。彼のスキルが、物の価値から人の秘めたる才能、土地の未来までも見通す超絶チート能力【真理の瞳】であったことを。
絶望の淵で己の力の真価に気づいたリアムは、辺境の寂れた街で再起を決意する。気弱なヒーラー、臆病な獣人の射手……世間から「無能」の烙印を押された者たちに眠る才能の原石を次々と見出し、最高の仲間たちと共にギルド「方舟(アーク)」を設立。彼らが輝ける理想郷をその手で創り上げていく。
一方、有能な鑑定士を失った元パーティーは急速に凋落の一途を辿り……。
これは不遇職と蔑まれた一人の男が最高の仲間と出会い、世界で一番幸福な場所を創り上げる、爽快な逆転成り上がりファンタジー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる