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第一部 スプリングシリーズ
第1話 新生クラウン・スフィア 開幕!
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メタバース技術から派生して生まれた新たな仮想現実技術・“拡張次元(Additional Dimension)”。
その拡張次元にて行われる電脳競技・“クラウン・スフィア”は、たった二年で、いまや日本中だけでなく世界中が熱狂する一大コンテンツへとのし上がった。
そして運営三年目となる今年は、世界中をさらに熱狂させるべく、システム面や運営体制を一新する大型アップデートを行った。
その新生クラウン・スフィアの初公開が、本日行われるエキシビションマッチの初戦なのだった。
――四月四日、土曜日。
午前の部の試合が終わり、次の午後の部の試合開始を待つ各チーム。その一つが、“私立さくらぎ高校”の“天文部”だった。
既にクラウン・スフィアのシステムにログインし、電脳アバター姿で控室にメンバー全員が集合している。実際にはアバターとは名ばかりで、現実の肉体を高精度スキャンして電脳世界に再構築しているため、現実の見た目とほとんど相違はない。辛うじて変化を付けられるとしたら、髪型や髪色くらいのものだ。これは、クラウン・スフィアがスポーツとしての透明性を重視しており、競技者の実名こそ明かされないものの、その姿を公開することでスポーツマンシップを彼らに強制することができると考えられているためだった。
「作戦は事前に説明した通りです。このエキシビションマッチは通常の試合よりも各フェーズの制限時間が短く設定されています。そのためじりじりと攻め続けるだけでは成果を上げにくい。わずかな得点機会も逃さず、たった1ポイントでも地道に掠め取ることが、一見遠回りに見えて、実は勝利への一番の近道なのです」
柔和な笑みを湛えた美貌の好青年――部長の月瀬景は、その言葉で皆の気を引き締めたつもりだった。
システムもルールも大幅に変わって初の実戦。エキシビションマッチとは銘打たれてはいるが、レギュラーシーズンの試合と同様に公式チャンネルで試合の模様は生配信される。多くの観衆の目に入る以上、不甲斐ない姿を見せるわけにはいかない。そんな景の想いは他の部員たちにもしっかり伝わっていた。
――ただ一人を除いては。
「んな小難しいこと言われてもなぁ。とりあえず多くポイント取りゃいいんだろ?」
彼――虎野アイの発言は、一瞬で場を凍り付かせた。その言葉が真面目で理想高い景の反感を買うのは間違いないと、誰しもがわかっていたからだ。
「……いいわけないでしょう。私の話を聞いていましたか?」
「聞いたは聞いた。けどな、それを受け入れるつもりはないって言ってんだよ。せっかくのエキシビションなのに、地味で見栄えのしねぇ作戦なんて、面白みに欠けんだろうが。もっと派手にやろうぜ!」
控室のソファに身体を投げ出すように寝そべるアイと、そんな彼を冷たい目で見下ろす景。試合の開始直前にも関わらず、一触即発の息苦しいほどの緊張感。昨シーズンから変わらぬこの空気に、他の面々は呆れすら感じてしまうほどだった。
「まあまあ二人とも。もう試合開始まで時間もありませんし、部長はそろそろ準備しないとですよ~」
珊野美瑚が、火花を散らすように交わる二人の視線の間に割って入る。二人を宥めようにも一切自分を曲げる気などない二人の様子に、とりあえず二人を物理的に引き離すくらいしかできなかった。
幸いにも、クラウン・スフィアは三フェーズ制で、景はフェーズⅠから試合に出場し、アイはフェーズⅡから出場するポジションだった。少し時間が空いて、お互いに冷静になってくれればと、半ば祈るような気持ちでもあった。
そんな美瑚の思いを酌んだ景は、今ここで言い争うことに意味はないと判断し、少なくとも指示さえ聞いてくれれば今はそれで良しとしようと気を落ち着けることにした。
「……そうですね。では、行ってまいります。くれぐれも、勝手な行動は慎むように。わかりましたか?」
「あー、はいはい。行ってら~」
再度念を押すように睨む景をものともせず、身体を起こすこともなくひらひらと手を振るアイ。これには景も、一度鎮めた怒りが再び沸き上がってくるようで、ふるふると身体を震わせている。
「じゃあお留守番のアイくんは、私と一緒に試合の様子を見守っていましょうね~」
まるで幼児を優しくあやすかのような口調で、美瑚がアイと目線を合わせるようにしゃがみ込む。美瑚の献身的な振る舞いに、景は一つため息を吐いて、沸き上がってきた怒りを再び鎮めた。
フェーズⅠから試合に出場するメンバーは、各チーム三人または四人。クラウン・スフィアという競技は、全メンバー七人のうち、決められた最低人数を各フェーズごとに投入しなければならず、それに加えていずれかのフェーズで一人だけ多く投入できる。天文部はフェーズⅠを最低人数の三人にし、フェーズⅡは最低人数に一名を追加した三人、最終のフェーズⅢが最低人数の一人を追加するという構成だった。
景とともに、副部長の立花雪葵と天舞真宙が、控室奥の転送エリアに立つ。
そのままほどなくして試合開始の時間になり、三人は控室から試合ステージへと転送されていった。
その拡張次元にて行われる電脳競技・“クラウン・スフィア”は、たった二年で、いまや日本中だけでなく世界中が熱狂する一大コンテンツへとのし上がった。
そして運営三年目となる今年は、世界中をさらに熱狂させるべく、システム面や運営体制を一新する大型アップデートを行った。
その新生クラウン・スフィアの初公開が、本日行われるエキシビションマッチの初戦なのだった。
――四月四日、土曜日。
午前の部の試合が終わり、次の午後の部の試合開始を待つ各チーム。その一つが、“私立さくらぎ高校”の“天文部”だった。
既にクラウン・スフィアのシステムにログインし、電脳アバター姿で控室にメンバー全員が集合している。実際にはアバターとは名ばかりで、現実の肉体を高精度スキャンして電脳世界に再構築しているため、現実の見た目とほとんど相違はない。辛うじて変化を付けられるとしたら、髪型や髪色くらいのものだ。これは、クラウン・スフィアがスポーツとしての透明性を重視しており、競技者の実名こそ明かされないものの、その姿を公開することでスポーツマンシップを彼らに強制することができると考えられているためだった。
「作戦は事前に説明した通りです。このエキシビションマッチは通常の試合よりも各フェーズの制限時間が短く設定されています。そのためじりじりと攻め続けるだけでは成果を上げにくい。わずかな得点機会も逃さず、たった1ポイントでも地道に掠め取ることが、一見遠回りに見えて、実は勝利への一番の近道なのです」
柔和な笑みを湛えた美貌の好青年――部長の月瀬景は、その言葉で皆の気を引き締めたつもりだった。
システムもルールも大幅に変わって初の実戦。エキシビションマッチとは銘打たれてはいるが、レギュラーシーズンの試合と同様に公式チャンネルで試合の模様は生配信される。多くの観衆の目に入る以上、不甲斐ない姿を見せるわけにはいかない。そんな景の想いは他の部員たちにもしっかり伝わっていた。
――ただ一人を除いては。
「んな小難しいこと言われてもなぁ。とりあえず多くポイント取りゃいいんだろ?」
彼――虎野アイの発言は、一瞬で場を凍り付かせた。その言葉が真面目で理想高い景の反感を買うのは間違いないと、誰しもがわかっていたからだ。
「……いいわけないでしょう。私の話を聞いていましたか?」
「聞いたは聞いた。けどな、それを受け入れるつもりはないって言ってんだよ。せっかくのエキシビションなのに、地味で見栄えのしねぇ作戦なんて、面白みに欠けんだろうが。もっと派手にやろうぜ!」
控室のソファに身体を投げ出すように寝そべるアイと、そんな彼を冷たい目で見下ろす景。試合の開始直前にも関わらず、一触即発の息苦しいほどの緊張感。昨シーズンから変わらぬこの空気に、他の面々は呆れすら感じてしまうほどだった。
「まあまあ二人とも。もう試合開始まで時間もありませんし、部長はそろそろ準備しないとですよ~」
珊野美瑚が、火花を散らすように交わる二人の視線の間に割って入る。二人を宥めようにも一切自分を曲げる気などない二人の様子に、とりあえず二人を物理的に引き離すくらいしかできなかった。
幸いにも、クラウン・スフィアは三フェーズ制で、景はフェーズⅠから試合に出場し、アイはフェーズⅡから出場するポジションだった。少し時間が空いて、お互いに冷静になってくれればと、半ば祈るような気持ちでもあった。
そんな美瑚の思いを酌んだ景は、今ここで言い争うことに意味はないと判断し、少なくとも指示さえ聞いてくれれば今はそれで良しとしようと気を落ち着けることにした。
「……そうですね。では、行ってまいります。くれぐれも、勝手な行動は慎むように。わかりましたか?」
「あー、はいはい。行ってら~」
再度念を押すように睨む景をものともせず、身体を起こすこともなくひらひらと手を振るアイ。これには景も、一度鎮めた怒りが再び沸き上がってくるようで、ふるふると身体を震わせている。
「じゃあお留守番のアイくんは、私と一緒に試合の様子を見守っていましょうね~」
まるで幼児を優しくあやすかのような口調で、美瑚がアイと目線を合わせるようにしゃがみ込む。美瑚の献身的な振る舞いに、景は一つため息を吐いて、沸き上がってきた怒りを再び鎮めた。
フェーズⅠから試合に出場するメンバーは、各チーム三人または四人。クラウン・スフィアという競技は、全メンバー七人のうち、決められた最低人数を各フェーズごとに投入しなければならず、それに加えていずれかのフェーズで一人だけ多く投入できる。天文部はフェーズⅠを最低人数の三人にし、フェーズⅡは最低人数に一名を追加した三人、最終のフェーズⅢが最低人数の一人を追加するという構成だった。
景とともに、副部長の立花雪葵と天舞真宙が、控室奥の転送エリアに立つ。
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