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第一部 スプリングシリーズ
第2話 Exh.1 Phase.Ⅰ part.1
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今回の試合で使用するステージは“市街地”。
住宅街を中心とし、駅や大型ショッピングモール、自然公園や学校といった大なり小なりの施設と、入り組んだ道路が織りなす広大なフィールドだった。
今回は天候は晴れ、時間帯は夜の設定。天候と時間帯についてはランダムで決まり、極端な天候はステータスに良くも悪くも補正が付く場合があり、時間帯も視界に影響を及ぼす。
エキシビションマッチということもあってか、ランダムといえどあまりに極端な設定にはならなかったようで、今回は比較的相性の良し悪しが出にくい標準的な設定だった。
「市役所の近く……西側か」
雪葵が周囲を見回して、ぼそりと呟く。
今回の試合は四チームでの対戦。各チームの陣地はステージ上のランダムな位置に生成され、最初の転送位置も自チームの陣地内になる。街灯や住宅から漏れる明かりだけの薄暗さの中でも、ステージの地理情報が頭に入っている雪葵には、周囲の景色を見ただけでここがステージのどのあたりなのかを推察することは造作もなかった。
転送されたとほぼ同時に、フェーズⅠ開始の合図がシステムによって鳴り響く。
視界に表示されたミニマップには、味方の位置を示す小さな点が三つあるだけで、敵の位置情報もまるでわからない。
「では予定通り、私と天舞で偵察に出ます。私は南側、天舞は北側。立花には探知で情報支援を頼みます。相手と会敵しても無理をせず、まずは情報収集に徹してください」
「わかりました」
景の指示で天文部の三人は散り散りになり、それぞれ陣地周辺の探索に出た。
クラウン・スフィアでは、相手チームのメンバーを討伐または捕縛することでポイントを得られる。その他に、各チームの陣地に設置されている宝珠・スフィアを奪い、自陣に持ち帰ることでもポイントが入る。だからこそ、どのチームの拠点が自チームの拠点の近くにあるのかは、試合を進める中で重要な要素になる。
その情報をいち早く掴んだチームが、チームの相性関係、位置関係を作戦に組み込み、試合展開を有利に進めることができるのだ。
しばらくして、北側に進んだ真宙からやや興奮気味にチーム全体に通信が入る。
『北側、敵陣を発見しました……! “生徒会”です。マップに印付けておきますね』
真宙がそう言うと、チームメンバーのミニマップのある場所に、旗印が付く。
『承知しました。では、できるだけ相手に気付かれないように、周囲に罠を仕掛けておいてください』
『わかりました』
すると、真宙への指示と入れ違いで、雪葵から景への直通通信が入る。
『部長、前方百メートルほどに敵影です。この反応は恐らく、“スタンプラリー同好会”の琴音リラです。お気を付けて』
『承知しました。情報感謝します』
琴音リラは、毎シーズン派手な活躍でその名を知らしめるトリックスター。素の実力ももちろん、彼女の脅威はその卓越した奇襲能力にある。そんな彼女の姿を早い段階から察知できたのは景にとって幸いだった。
とは言っても、向こうも既にこちらの姿を察知している可能性もある。用心するに越したことはない。景は物陰に隠れながら、街灯に照らされた彼女の姿をその目で確認してから、改めて南側にスタンプラリー同好会の陣地があることをメンバーに報告した。
北側に生徒会、南側にスタンプラリー同好会となれば、天文部の陣地から最も遠いステージの東側に、“図書委員会”の陣地があるのだろう。今回の組み合わせで言えば、天文部にとって最も相手にしやすいのが図書委員会だった。
景には、少しばかりの戦術的有利を作らなければ勝ち切るのは難しいことが、この段階から既にわかっていた。
『部長、すみません……。気付かれました』
『焦らなくていい。私もそちらへ向かいますから、無理せず退いてください。向こうもそれほど深くは追ってこないでしょう』
生徒会の陣地周辺に罠を張っていた真宙からの通信に、景は冷静に返す。このくらいは想定内だった。だから、こうなった際の次の一手も決めてあった。
『わかりました。念のため、相手は二名です。生徒会長と庶務です』
生徒会長も知恵の回る戦術家だが、リラと違って派手に立ち回ることは少ない。それに加えて、自身が指揮する立場であるからこそ、真っ先にやられるなどという愚行も避けるはず。
景はそうは思ったが、念には念を入れての予防策を立てておくことにした。
『立花、私が間に合わない場合は狙撃での援護をお願いします』
『わかりました。用意しておきます』
あまり自陣から離れたところまで進んでいなかった景は、自陣まではすぐに引き返すことができた。
途中、雪葵ともすれ違ったが、まだ真宙は戻ってきていないようだった。雪葵に探知を頼むと、どうやら撤退中に交戦しているらしい。彼らを振り切って戻ってくることは叶わなかったようだ。景は急いで真宙の援護に向かい、必要があれば自身の判断で援護をするようにと雪葵にも言いつけた。
閑静な住宅街を北側へ少し進んだ線路沿いで、景は真宙の姿を目視で確認することができた。
先の情報通り、彼は生徒会の二名と交戦中で、やや劣勢に見える。
景はアビリティを発動し、手元に一振りの刀を生み出す。電脳空間であるここでは、武器で相手を襲撃しても命に関わることはない。刀を構えて物陰から飛び出した景は、真宙を庇うように割って入った。
「部長、すみません」
「気にしなくていい。ここはこのまま押し返しましょう」
真宙も拳銃を構え、向かいの相手と対峙する。二対二であれば、そこまで分が悪い相手でもない。ここで一人でも倒すことができれば、戦況は少しこちらに有利に傾く。
景にとってはそれほどリスクのある選択とも思えず、それでいてリターンの大きい選択だと思った。
「序盤からやる気満々だねぇ、月瀬くん。でも君が来るなら、こちらも無理に攻めようとは思わないよ。ここは素直に、お互い退くのはどうかな?」
生徒会長――調野真琴がやんわりと停戦協定を持ち掛けてくる。
その強かな笑みは計算高く狡猾な余裕を感じさせるが、言葉自体に嘘はないと景には思えた。ここで無駄に争い、両者の戦力を削り合うよりは情報だけ持ち帰る方が賢明。それもまた一つ、充分に検討の余地がある選択肢だと思えた。
住宅街を中心とし、駅や大型ショッピングモール、自然公園や学校といった大なり小なりの施設と、入り組んだ道路が織りなす広大なフィールドだった。
今回は天候は晴れ、時間帯は夜の設定。天候と時間帯についてはランダムで決まり、極端な天候はステータスに良くも悪くも補正が付く場合があり、時間帯も視界に影響を及ぼす。
エキシビションマッチということもあってか、ランダムといえどあまりに極端な設定にはならなかったようで、今回は比較的相性の良し悪しが出にくい標準的な設定だった。
「市役所の近く……西側か」
雪葵が周囲を見回して、ぼそりと呟く。
今回の試合は四チームでの対戦。各チームの陣地はステージ上のランダムな位置に生成され、最初の転送位置も自チームの陣地内になる。街灯や住宅から漏れる明かりだけの薄暗さの中でも、ステージの地理情報が頭に入っている雪葵には、周囲の景色を見ただけでここがステージのどのあたりなのかを推察することは造作もなかった。
転送されたとほぼ同時に、フェーズⅠ開始の合図がシステムによって鳴り響く。
視界に表示されたミニマップには、味方の位置を示す小さな点が三つあるだけで、敵の位置情報もまるでわからない。
「では予定通り、私と天舞で偵察に出ます。私は南側、天舞は北側。立花には探知で情報支援を頼みます。相手と会敵しても無理をせず、まずは情報収集に徹してください」
「わかりました」
景の指示で天文部の三人は散り散りになり、それぞれ陣地周辺の探索に出た。
クラウン・スフィアでは、相手チームのメンバーを討伐または捕縛することでポイントを得られる。その他に、各チームの陣地に設置されている宝珠・スフィアを奪い、自陣に持ち帰ることでもポイントが入る。だからこそ、どのチームの拠点が自チームの拠点の近くにあるのかは、試合を進める中で重要な要素になる。
その情報をいち早く掴んだチームが、チームの相性関係、位置関係を作戦に組み込み、試合展開を有利に進めることができるのだ。
しばらくして、北側に進んだ真宙からやや興奮気味にチーム全体に通信が入る。
『北側、敵陣を発見しました……! “生徒会”です。マップに印付けておきますね』
真宙がそう言うと、チームメンバーのミニマップのある場所に、旗印が付く。
『承知しました。では、できるだけ相手に気付かれないように、周囲に罠を仕掛けておいてください』
『わかりました』
すると、真宙への指示と入れ違いで、雪葵から景への直通通信が入る。
『部長、前方百メートルほどに敵影です。この反応は恐らく、“スタンプラリー同好会”の琴音リラです。お気を付けて』
『承知しました。情報感謝します』
琴音リラは、毎シーズン派手な活躍でその名を知らしめるトリックスター。素の実力ももちろん、彼女の脅威はその卓越した奇襲能力にある。そんな彼女の姿を早い段階から察知できたのは景にとって幸いだった。
とは言っても、向こうも既にこちらの姿を察知している可能性もある。用心するに越したことはない。景は物陰に隠れながら、街灯に照らされた彼女の姿をその目で確認してから、改めて南側にスタンプラリー同好会の陣地があることをメンバーに報告した。
北側に生徒会、南側にスタンプラリー同好会となれば、天文部の陣地から最も遠いステージの東側に、“図書委員会”の陣地があるのだろう。今回の組み合わせで言えば、天文部にとって最も相手にしやすいのが図書委員会だった。
景には、少しばかりの戦術的有利を作らなければ勝ち切るのは難しいことが、この段階から既にわかっていた。
『部長、すみません……。気付かれました』
『焦らなくていい。私もそちらへ向かいますから、無理せず退いてください。向こうもそれほど深くは追ってこないでしょう』
生徒会の陣地周辺に罠を張っていた真宙からの通信に、景は冷静に返す。このくらいは想定内だった。だから、こうなった際の次の一手も決めてあった。
『わかりました。念のため、相手は二名です。生徒会長と庶務です』
生徒会長も知恵の回る戦術家だが、リラと違って派手に立ち回ることは少ない。それに加えて、自身が指揮する立場であるからこそ、真っ先にやられるなどという愚行も避けるはず。
景はそうは思ったが、念には念を入れての予防策を立てておくことにした。
『立花、私が間に合わない場合は狙撃での援護をお願いします』
『わかりました。用意しておきます』
あまり自陣から離れたところまで進んでいなかった景は、自陣まではすぐに引き返すことができた。
途中、雪葵ともすれ違ったが、まだ真宙は戻ってきていないようだった。雪葵に探知を頼むと、どうやら撤退中に交戦しているらしい。彼らを振り切って戻ってくることは叶わなかったようだ。景は急いで真宙の援護に向かい、必要があれば自身の判断で援護をするようにと雪葵にも言いつけた。
閑静な住宅街を北側へ少し進んだ線路沿いで、景は真宙の姿を目視で確認することができた。
先の情報通り、彼は生徒会の二名と交戦中で、やや劣勢に見える。
景はアビリティを発動し、手元に一振りの刀を生み出す。電脳空間であるここでは、武器で相手を襲撃しても命に関わることはない。刀を構えて物陰から飛び出した景は、真宙を庇うように割って入った。
「部長、すみません」
「気にしなくていい。ここはこのまま押し返しましょう」
真宙も拳銃を構え、向かいの相手と対峙する。二対二であれば、そこまで分が悪い相手でもない。ここで一人でも倒すことができれば、戦況は少しこちらに有利に傾く。
景にとってはそれほどリスクのある選択とも思えず、それでいてリターンの大きい選択だと思った。
「序盤からやる気満々だねぇ、月瀬くん。でも君が来るなら、こちらも無理に攻めようとは思わないよ。ここは素直に、お互い退くのはどうかな?」
生徒会長――調野真琴がやんわりと停戦協定を持ち掛けてくる。
その強かな笑みは計算高く狡猾な余裕を感じさせるが、言葉自体に嘘はないと景には思えた。ここで無駄に争い、両者の戦力を削り合うよりは情報だけ持ち帰る方が賢明。それもまた一つ、充分に検討の余地がある選択肢だと思えた。
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