少女漫画の当て馬に転生したら聖騎士がヤンデレ化しました

猫むぎ

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手当て

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彼の病院嫌いは相当なものなのか首を横に振っていた。、

俺の治癒魔法はレベル1だ、かすり傷くらいしか治せない。
無理矢理連れていく事も出来るが、そんな事をして心に傷を負うかもしれない。
彼の意思を第一に考えたい、自分の身体を知っているのは自分だけだ。

もっと強ければ、きっと助ける事が出来たのかもしれない。
傷を負わせる事もなくて、悔しい気持ちでいっぱいになる。

でも、少年をほっとくと傷が残るかもしれない。
こんな綺麗な彫刻のような顔に傷が残るなんて、あってはならない。

彼が望み、医者を連れて来るとなると彼を一人にしてしまう。
こんな状態で置いていくなんて考えられない。

「ごめんね、ちょっと我慢して」

「えっ……」

額に唇を押しつけて、舐めると口の中に鉄の味が広がった。

普通の魔導士は治癒の魔術は持っていなくて、体液の中に流れる治癒能力しかない。
だから舐める事で普通に放置しているより治りは早くなる。
俺の場合は舐めても治りの早さは変わらないが止血は出来る。

自分の指を怪我した時にしか試した事はないが、他人でも効果は同じだ。

さすがに初対面の男に突然舐められたら、気持ち悪いのは分かってる。
でも、病院に行きたくないならせめて我慢してほしい。

遠慮がちに舌を動かして、早く終わらせてあげたくてさっと舐めた。
舐めた時間は数秒にも満たなくて、すぐに引っ込めた。

傷口から流れ出ていた血は止まり、傷口も少しだけ塞がっていた。
そんなに深くはなかったみたいで良かった。

「終わったよ、もう大丈……」

「………」

「ほ、本当にごめんね!!」

無言で下を向いていて、俺の声が聞こえてないみたいだった。
少年の顔色を伺っていたら、少年は顔を真っ赤にさせて震えていた。
色白な顔が赤く染まるなんて、それほどまでに嫌だったという事なのか。

顔を青くさせて、どうしようかと戸惑っていたらなにかを蹴飛ばすような音が聞こえた。

視界に映るのは転がっているタルで、中から液体が漏れていた。
酒屋の横に積まれていたタルの一つで、おそらく中身は酒なのだろう事が分かる。

そして角から見えるのは、真っ黒に塗りつぶされた手…俺達の声で気付かれたんだ、油断していた。

少年の腕を引っ張り、立ち上がると魔騎士がいる方向とは別の方向に逃げた。

しかし、その先は行き止まりで足を止めるしか出来なかった。
後ろには魔騎士がいるから引き返す事も出来ない。
少年は少し傷口が塞がったとはいえ怪我をしている。

どちらが囮になれば気を逸らして片方は逃げられる。
何もしないでやられるくらいならその方が二人共助かる。
頬を濡らす雨が激しく俺達の体を濡らし、体温を奪っていく。

考えている間にも魔騎士は待ってくれずこちらに近付いてくる。
俺なら怪我をしていないから、自由に動く事が出来る。
大丈夫だ、俺ならきっと気を逸らす事が出来る。

「…俺が引き止めているから、君はその隙に騎士達を呼んできて」

「い、いやだ……そんな事…」

「大丈夫、怖くないよ…俺が絶対に君を守ってみせるから」

騎士が来るまでの間なら、時間稼ぎぐらいにはなる。

俺は病弱だったあの時とは違う、元気に飛び回れる体力があるんだ!
俺は魔騎士に向かって、近くにあった石を投げつけた。
小さな石だったから、魔騎士に当たるが全然ビクともしない。

次は水を大量に溜めているバケツを手にとって投げつけた。
魔騎士は剣を振り上げてバケツを退かそうとしていた。
下に隙が出来た、しゃがめば子供なら通れる大きさだ。

全速力で走れば通り抜ける事が出切る、今しかない。

「早くにげっ…うぐっ」

まだ時間があると思っていたが、壁になってくれている筈の水飛沫から真っ黒な腕が伸びてきて俺の首を捉えた。

ギリギリと締め付ける手を引き剥がそうとしたが、ビクともしない。
かなりの馬鹿力で、子供の首なら簡単にへし折れるだろう。

少年は俺を掴む腕を殴ったり蹴ったりしている。
そんな事してないで、早く行けと言いたいが口からは苦しげな呻き声しか出ない。

このままだと、二人共死んでしまう……騎士は見回りをしているだろうけどそんなのを待っている時間はない。
意識がうっすらとしてきた、これはヤバい…本気で死ぬ…かも…

たとえ自己満足でも、俺は誰かの役に立ちたい。

生前のような、人のお荷物になるばかりの人生なんて嫌だ。

当て馬だからって、こんな結末を迎えるなんて思わなかった。
俺にはまだやりたい事が沢山あるんだ、大人にならないと出来ない事とか。

嫌だ、死にたくない…もうあんな苦しみは二度と味わいたくない、死にたくてこんな事をしているんじゃない。

方法は間違っているのかもしれないが守りたかっただけだ、初対面でも守る理由としてはそれで十分だ。

健康な人生を歩んで、気持ちが先走り過ぎていた。

俺は、なにか勘違いをしていたのかもしれない。

主人公じゃないのに目立とうとして、今こんな状態だ。
俺なんかじゃ、誰も助けられないんだと思い知らされた。

ここは、俺が前世にいた世界とは全く違う…人が死ぬ事が当たり前な普通じゃない危ない場所だ。

冷静に考えたら、もっと上手く出来たのかもしれない。

せめて誰か来てくれたら俺も安心出来る、漫画の世界ならちょっとぐらい救いがあってもいいんじゃないかな。

勿論、当て馬として生まれた俺にではない…彼は漫画の世界に関係がない人物であっても救いがないなんて可笑しい。

幸せなハッピーエンドで終わる世界だろ、もしかしたら彼は将来恋を手助けする一人になるかもしれない。

俺が漫画の内容を変えようとしたように、そういう裏話があってもいい。

俺の体はどうしても動かず、誰かに頼るしかない。

うっすらとした意識の中、静かな路地裏に声が響き渡った。

「俺が目当てなんだろ!!だったら俺を殺せ!!」

少年がそう叫ぶと、一度も少年を見ていなかった魔騎士が目線を向けた。
今が逃げるタイミングなのに、なんでそんな事を言うんだ?

そんな事言ったらダメだ、君は…怪我をしてるのに…

もしかしたら、俺の勝手な行動に罪悪感を抱かせてしまったのかもしれない。
ごめん、そんなつもりはなくても目の前で人が大怪我したらトラウマになるよな。

安心させたいが、今の俺には笑みを浮かべる事すら出来ない。
こんな微笑み方じゃ、余計に怖がらせてしまう。

魔騎士は俺を放り投げて、背中が壁に激突した。
全身の骨が響く痛みに、体が粉々になりそうた。

ズルズルと地面に座り込んで、痺れる体を必死に動かして目の前を見つめた。

魔騎士は少年の前に来て、剣を振り上げていた。
腕を伸ばしても、全然届かない…このまま俺達死ぬのか?

こんな時、主人公なら未知なる力が覚醒したりするんだろうな。

俺には当然原作にもない力は存在しない、これがラスボス級の悪役なら力を期待する事も出来た。
でも、俺は何の力もない…ただの恋愛漫画の当て馬でしかない。

ヒロインに想いを寄せても、決して叶う事はない。
目の前で幸せになっていくのをただ見ているだけのキャラクター。

俺がユーリだって分かった時からそんな事分かっていた。
でも、誰かを助けたいと思う事はいけない事なのか?

漫画の物語に干渉しないと決めたけど、始まる前に終わった。

頭を強く打ったからか、視界が霞んで見える…意識も朦朧としている…ほとんど何も見えていなかった。
動きたいのに、俺の言う事を体が聞いてくれない。

冷たい風が、俺の体を包み込んで体温を奪っていく。

最後に見たのは、二つの赤……それは俺の頭が見た幻覚だったのだろうか。

すぐに視界が真っ黒に塗り潰されて、音も聞こえなくなる。
俺だけしかいない、一人ぼっちの何にもない空間。

何も見えない、何も聞こえない…また俺は、暗闇の中に戻るのか?
俺だけなら、すんなりと新しい人生をまた繰り返すだけだと思えた。

でも、今は俺以外にもう一人この場にいる…俺が死んだらきっと彼も無事では済まない。
死んでしまっても、不思議じゃないほど危険な状態だ。

俺の声が届かないほど、怖くて逃げ遅れてしまったんだ。
もっと早く逃げ道を作っていればと後悔してももう遅い…せめて彼だけでも、助けたかった。
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