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お誘い

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仕事を始める前に風呂に入ろうかと思っていたら、コンコンと部屋のドアがノックされた。

もう家に一人しかいないと思っていたから、心臓が飛び出そうなほど驚いた。
まだドキドキと聞こえているが、急いでドアに向かった。

ドアを開けると、イヴが微笑んでいて俺の頬も自然と緩む。
まだいたんだって、安心した。

イヴを部屋に招くと、イヴの手には綺麗に畳まれた服が何着か重なっていた。

「ユーリ、着替えがないと困るだろ…これ」

「いいんですか?給料から差し引いてください」

「…そんな事気にしなくていいのに」

「俺はちゃんとしたいんです、なんでも屋で教えてもらったルールですから」

「…面倒な事を」

「え?」

「いや、分かった…ユーリの仕事場にはもう連絡したから気にせず仕事をしてほしい」

「はい!お風呂に入ってからすぐに朝食の準備しますね!」

イヴに頭を下げると、イヴは部屋から出て行った。
さすがに体を綺麗にしないと仕事が出来ないから、シャワーだけでも浴びようと考えていた。

風呂の場所なら昨日教えてもらったから覚えている。
イヴも後ろから付いて来る、俺が風呂場の場所が分からないと思っているのかもしれない。

昨日から、何故だかイヴはとても心配性だった。
まだ信頼関係がないから当然の事だろう、早くイヴが何でも任せられるように信頼関係を築きたいな。

「イヴさん、俺一人でも大丈夫ですよ…お風呂場の場所は覚えてますから」

「俺も体を洗うのを忘れていたんだ、一緒に入りたい」

「えぇっ!?一緒、ですか?」

まさか一緒に入るという発想がなくて、驚き過ぎて素が出てしまった。
口元を押さえて頭を下げると、イヴは優しい顔をしていた。

別に男同士だし、気にする事は…何もなくはないな。
雇い主と使用人が一緒に風呂に入っていいのだろうか。

もしかして、風呂で背中を洗えとかそういう命令なのかもしれない。
だとしたら、風呂に二人で入るのは当然だ。

「分かりました!俺に任せて下さい!」

「うん?」

イヴはよく分かっていなさそうな顔をしているが、俺はイヴの家なんだけど…まるでイヴを風呂場まで誘導するように歩いた。

風呂場だと昨日教えてくれた扉の前に立つ。
昨日は中まで見なかった事を思い出して、使い方が分からなかった。

イヴが一緒に来てくれて良かった。

扉を開けて中に入ると、広々とした脱衣所が見えた。
脱いだ服をカゴに入れて、ガラスで出来たドアの向こう側に風呂があると教えてくれた。

こんな高そうな風呂に入るのは初めてで緊張する。
それに、別の意味でも緊張してしまう。

俺が上着を脱ぐと、横から熱い視線を感じて隣を見た。

すると、イヴが自分の服を脱がないで俺の事をジッと見つめていた。
俺の体がそんなに珍しいのだろうか、貧相な奴はイヴの周りにはいなかっただろうけど…

それとも、俺の考えとは逆でイヴは聖騎士だから他人に体を見せてはいけないのかもしれない。
だからイヴは服を脱がないのかもしれない。

俺はズボンと下着を急いで脱いで、すぐにイヴに背中を向けた。

「俺、先に行ってますね!」

「え…あ…」

イヴがなにか言いたげな声を出していたが、俺はすぐに風呂に入った。
俺が想像していたより大きな浴槽があり、驚いた。

これ、何十人が入れるんだろう…泳げてしまうほど広い……さすがに人の家の風呂で泳いだりはしないけど…

とにかくイヴが来る前に体を洗っておこうと思って、シャワーの場所に向かった。
ここがお湯だから火の魔力と水の魔力で、ここが冷たい水だから水の魔力で動くと確認していたら下を見ていた俺の視界に影が重なる。

頭の上から「ユーリ」と俺を呼ぶ声が聞こえて上を見上げると、そこに肉体美があった。

無駄のないすらりとした男らしい筋肉に、それに見合う美しい顔のイヴがしゃがんでいる俺の上に覆い被さるように後ろで立って見下ろしていた。

聖騎士だから体を見せてはいけないと予想していたが、俺の予想は違っていた。
イヴに体を隠す気はさらさらないようだった。

俺は直視出来なくて、すぐに下を向いたが仕事のためには見なくてはいけないと覚悟した。

「お背中流します!」

「してくれるのか?」

「はい!」

「…それも、仕事か?」

「は、はい」

イヴは可笑しな事を聞いてくる、俺と一緒に入るのは背中を流してほしいからではないのか?
イヴの方を見ると、一瞬だけ眉を寄せていた気がしたがすぐにいつもの顔に戻った。

イヴの手には体を洗う布と、シャンプー代わりになる植物の葉をすり潰した液体が入った瓶が握られていた。
これがこの世界で体を洗う時に皆が使うものだ。

最初にイヴが体を洗うのかと思って、シャワーの前から退こうとしたがイヴの手によって座らされた。

後ろにいるイヴも膝立ちをして、俺を後ろから抱きしめてきた。
裸の男二人が抱き合っていたら、第三者が見たらいろいろと勘違いしてしまう……ここは家の中だから事情を知っている俺達しかいないから勘違いはされないだろう。

…いや、この状況…なに?

「い、いいイヴさん!?」

「俺が洗ってあげる、背中でも…どこでも」

背中以外は俺が洗うからしなくてもいい、何なら背中も雇い主に洗ってもらうわけにはいかない。
そう言いたいが、言葉にする前にイヴの手で口が塞がれた。

耳元で「洗い終わるまで我慢してて」と脳を揺さぶるほどの甘い声で囁かれて、力が抜けた。
ただ体を洗うだけなのに、なんつー声を出してるんだよ…

イヴは肩に触れて、そのまま腕に滑り下りる。
俺の肩には包帯がしてあり、俺はとっさにイヴの腕を掴んだ。

イヴに見られるわけにはいかない、イヴは聖騎士だから俺がいくら魔騎士ではないと口で言ってもイヴに殺されるかもしれない。
イヴの慈悲でその場で殺さなくても、漫画の展開のように街を追い出されて魔物に殺される未来しか思いつかない。

どちらにしても、腕に刻まれた魔騎士の刺青は隠さなくてはいけない。
なんで魔騎士に一番程遠い俺にこんなものがあるんだよ。

俺の口を覆っていた手を外された。

「ユーリ、怪我してるのか?」

「う、ん…だから触られるのは…痛い、かなぁ」

両親や他の人にはおしゃれで無理矢理通していたが、さすがに風呂の中でも包帯をしていたら可笑しい…中二病でもさすがにそこまではしないだろう。
だから、怪我をしていると言えば傷口が湯で染みるのを防いでいると分かってくれる。

イヴは一瞬だけ、俺に触れるのを戸惑っていたが俺の包帯に触れた。
すると、イヴの手のひらに水が集まってきて包帯の周りを覆っていた。
イヴは「これなら風呂に入ってても大丈夫」と笑っていた。

刺青を見られたら殺されるとか、酷い事を考えてしまったな。

「ありがとう」

「傷口酷い?」

「イヴさんが気にする事じゃないです」

「……」

「イヴさん?……あのー、そろそろ俺の仕事をさせてくだ……むぐっ!」

またイヴに口を手で塞がれて最後まで言えなかった。
イヴは仕事の話をするのが嫌らしい…でも、俺は仕事で来ているのに仕事はなしってよく分からない。

イヴは泡が付いた布を俺の包帯がない方の肩に当てて腕に向かって滑らせた。

傷を付けないように優しく撫でられて、首筋に布を当てられてゾクッと変な感じがした。
自分で体を洗う時は普通なのに、他人に洗われると動きが予測できないからびっくりする。

首から下がっていき、胸に布が当たり…胸の形をなぞるように撫でられた。
変だな、普通に洗う時は何ともないのにイヴに触れられると変な声が漏れてしまう。
こんなところ、普段念入りに洗ったりしないからだろうか。

口を押さえられているから、イヴには聞こえていないかもと思ったがイヴを見ると口元に笑みを浮かべていた。

「ユーリ、色が薄いね」

何処を見て言っているのか分からないが、イヴの持つ布にそこを執着するように撫でられると硬くなってしまう。
俺って、自分ではあまり性欲が強いとは感じなかったのに、こんなに変態だったのか?
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