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おじいさんと寄子さん/あの時のおじいちゃん
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『おじいさんと寄子さん』
「わぁ~っ、キレイにしてくれてんじゃん。」
「霊園の方が管理してくれてるからな。」
「草むしりする気満々で来ちゃったよ~。じゃあ取り敢えず墓石でも磨くかね。」
「まずは、手を合わせなさい。」
「あ、そっか。」
2人は墓前で手を合わせてから、お墓の掃除に取りかかります。
今日は、寄子さんが車でおじいさんとおじいちゃんを連れて、墓参りです。
お盆ですが、早朝なのでまだ誰もいません。
「この時間で正解だね。まだそこまで暑くないし。」
「そうだな。」
おじいさんは、ほんの少し顔を出した雑草を摘まんで抜いたり、掃き掃除をしながら、少し離れた場所で大人しく待つおじいさんの様子を伺っています。
(・・・・・・・)
おじいちゃんは、地面に伏せて寝ています。
「ねぇ、ムクと車で出かけたりしないの?」
「ん?毎年、この時期は車で墓参りに出かけてるよ。暑いから1人で置いておけなくてね。」
「旅行は?」
「いや、2人で遠出はどうか・・・。私もコイツも後期高齢者だしなぁ。」
「でも、免許はまだ返却してないの?」
「まだ運転操作に支障は出てないからな。それに、いざって時に必要になるかもしれないしなぁ。」
「・・・・・・・。」
「婆さんの時は必要なかったが、コイツの時に・・・な。」
「・・・そう思うなら、今使いなよ。」
「・・・・・・・?」
「毎日とか毎週とは言わないけど、時々お互い調子が良い時にさ、家の周りドライブでもいいじゃん。」
「まぁな・・・。」
「ムクは行きたいと思うよ。車でここへ来る間、ずっと起きて窓の外見て楽しそうだったし。」
「そうか?」
「父ちゃんも、いざって時にちゃんと運転出来なかったらアウトじゃん。これから老化がどんどん進むんだから、日頃からリハビリ運転しときなって。」
「・・・そうだなぁ。」
「あ、やる気ないなこりゃ。」
「え?」
「アタシが小さい頃は、お母さんと3人で車で出かけて、海行ったり山登りしたり、旅行したよね。」
「そんな事もあったなぁ。」
「思い出したくないの?そういうの。」
「・・・・・・・。」
「・・・さみしいの。」
「・・・・・・・。」
「アタシが出て行ってからも、2人できっと出かけてたよね。」
おじいさんは、黙って頷きます。
「ムクと車で出かけないのは、お母さんを思い出しちゃうからか。」
「・・・ああ、そうだよ。」
「・・そんなに淋しい?」
「・・・そりゃあそうさ。あっという間だったんだ。本当に。」
「・・だよね。」
「昼食の後片付けを済ませて、頭痛がするから少し横になると言って、寝室で横になったんだ。寒いから血圧が少し上がったんだろうと思って、しばらくしてからお茶を入れて寝室へ入ったら・・・眠っていたんだ。ぐっすり。」
「・・・・・・・。」
「・・声をかけても起きなかったから、体を揺すってみた。それでも起きなくて・・・。まさかと首筋に指を当ててみたら・・・・脈を打ってなかった。」
「・・・・・・・。」
「救急車を呼んで、救急隊員に診てもらっても、もう既に亡くなっておられるので、残念ですが手の施しようがありませんと言われた。本当に・・本当にあっという間で・・・何もしてやれなかった。眠りにつくときに、傍にすらいてやれなかった。婆さんはきっと、1人で淋しかっただろう。」
「・・・本当に、そうかな。」
「・・・・・・?」
「父ちゃん、すぐに連絡くれたから、救急車が帰る頃アタシは着いて、隊員から状況を聞いて、覚悟してからお母さんに会ったけど・・・。お母さん、すごく穏やかな顔して、今にもふふふって笑いながら目を覚ましそうに見えたよ。[騙されたでしょ?]なんて茶化してさ。」
「・・・やりかねんな。」
「だから、お母さんは淋しい思いも、苦しい思いもしてなかったよ。絶対。死に目に会えなかったことを申し訳なく思って出かけられないなら、そりゃ罰が当たるよ。」
「罰ってなんだ・・・あ。」
「そうだよ。昨日のアレ。お母さん出かけるのが好きだから、自分の分まで外の世界を見てほしいのに、家から離れないでウジウジして、ちっとも出かけやしないんだあのジジィはって、お母さんなら言いそうじゃない?」
「ジジィとはなんだ。」
「何て呼ばれてたの?」
「おじいさんだ。」
「変わんないじゃん。」
「ん・・・・!?」
「だから~、ね?たまにはムク連れてお母さんの写真でも持って、車でプチ遠出してみたら?都合が合えばアタシも付き合うからさ。」
「・・・考えてみるよ。」
帰り道、おじいさんは後部座席を見てみると、
(・・・・・・・)
おじいちゃんは、シートの中央でお座りして、フロントガラスの向こうの流れる景色をジッと眺めていました。
寄子さんの言うとおり、何だか楽しそうです。
「・・・なぁ。」
「ん~?」
「何かあったんだろ。」
「へ?」
「あんなお節介、お前さんらしくないからな。身の回りで何か起きて、思うところがあったんじゃないか?」
「・・・・・・・。」
「図星か。」
「父ちゃんって、あんまり父ちゃんらしくないよね。」
「確かに、父親らしい事はお前にはあまり・・・」
「そうじゃなくて、なんてゆーか・・・細かいところに目が届くじゃん?メス寄りのオスっつーの?大きな病気もしないで、自己管理が出来てるし。」
「ん・・まぁ。他に言いようがあると思うが、まぁいい。」
「お義父さんはさ、父ちゃんと正反対な人なんだよね。食いたいだけ食うし、酒も飲みたいだけ飲む。怒ると大きな声で怒鳴って怖いし、言葉も荒いしさ。でも、アタシとは気が合ってね。親身になって畑のこと教えてくれたし、アタシがお義母さんと喧嘩になると、楽しそうに大声で笑って[またはじまったぁ!やれやれぇ~!]って冗談ぽく言って、代わりにお義母さんに怒られて話逸らしてくれたりさ。」
「そうか。良いお義父さんだな。」
「うん。そのお義父さんがね、お母さんが死んでから・・・3ヶ月くらい経ってからだったかな。色々、忘れるようになってね。」
「え?」
「ずっと、私達で面倒見てきたんだけど、自宅じゃそろそろ限界になっちゃって。先週、施設に入れたんだ。」
「そんな・・・何故言わなかった?たまに電話しても、畑仕事が忙しいとしか。」
「嘘はついてないよ。正直お義父さんの力は偉大だったからね。お義父さんが抜けて畑仕事も大変だったよ。」
「こっちは定年で自由に暮らしてたんだ。戦力にはならんかもしれないが、少しでも手伝いに行けたのに・・・。」
「アタシも知らせようと思ったよ。でも・・・、お義母さんの話も一理あると思ってやめた。」
「・・・・・・・?」
「・・男はね、アタシ等よりずっとデカい図体してるけれど、心はずっと脆いんだって。あんたのお父さんは[穏やかな良い人]だけど、奥さんを亡くしたばかりできっと今も落ち込んでる。只でさえ落ち込んでるところに、追い打ちをかけたくないって。悪い事は言わないから、お父さんの事を思うなら、しばらく黙ってなって。」
「・・・・・・・。」
「お義母さんの言うとおりにして良かった。もう何年も経ってるのに、まだ引き摺ってるんだから。」
「う・・・・。」
「お義父さんはね、もう寝たきりで、アタシ等の事分からなくなっちゃってるけど、父ちゃんはまだ動けるし、記憶もしっかりしてる。別にお節介やきにきたわけじゃなくて、今のうちに会っておこうって思っただけだよ。」
「・・・そうか。昨日は、お前の行いを婆さんが怒ってるなんて言ったが、訂正するよ。知らない内に・・・寄子も大人になっていたんだな。婆さんはきっと、お前を誇らしく思ってるだろう。」
「え、ちょっ、なぁに急に~。昔っからアタシ面倒見はいいんだから!後輩がヘマしたらしっかり尻拭ってやってたし、酷い目に遭わされてたら倍にして返して・・・」
「それで何度警察のお世話になって、お母さんが迎えに行ったかな。」
「う・・・・。」
「まぁ、これも良い思い出と感じられる日が来るまで、私の記憶に留めておけるといいな。」
「・・・どこが[穏やかな良い人]なんだろ。」
「なんだ?」
「いいえべつに~。」
それからしばらくして、おじいさん達は家に到着しました。
おじいさんはいち早く居間へ行き、エアコンを付けます。
寄子さんはおじいちゃんを抱っこして、玄関へ降ろしました。
「じゃ、帰るねー。」
「麦茶でも飲んで休んでいったらどうだ?」
「せっかくだけど、これからまだ畑やるからさ。また今度ね~。」
「そうか。寄子。」
「ん~?」
「ありがとう。」
「あいよ。じゃあ・・・」
ピーンポーン・・・
その時、呼び鈴が鳴りました。
「誰か来たよ~。」
「出てくれるか。」
「了解。はーい!」
寄子さんがドアを開けると、
「あ・・・あら?こ、こんにちは!」
「こんにちはぁ。どちら様?」
「あ、あの、私・・・里見と申します。え・・えっと・・・」
「・・・・・・・?」
「お・・・おじ・・・」
(・・・・・・・)
おじいちゃんは、里見さんの足元へ下りて、お座りしました。
その行動を見て、
「ムク、知り合い?」
(・・・・・・・)
寄子さんは、おじいちゃんに問いかけます。
里見さんは、おじいちゃんの目を見て数秒間深呼吸をした後、覚悟を決めて口を開きかけたその時、
「おや、里見さん。」
おじいさんが玄関へやって来ました。
「なぁんだ、こっちも知り合いか。」
「いらっしゃい。」
「あ、こんにちは!すいません、連絡したんですけど繋がらないので、外出ついでにポストに入れておこうと思ったんですけど、ちょうど玄関の扉が開いているのを見てご在宅だと思って、それで・・・」
「そうでしたか。あ、紹介が遅れましたが、私の娘の寄子です。」
「む、娘さんですか!?初めまして、里見と申します。よろしくお願いします!」
「こちらこそ~。じゃあこれから畑行かなきゃいけないんで、また機会があったら。」
「あ、はい!ご苦労様です!」
「いえいえ。じゃあね~。」
「おう。」
寄子さんは出ていき、緊張していた里見さんは密かに胸をなで下ろしました。それを見抜いていたおじいさんは、
「大丈夫ですか?」
と声をかけると、
「はい・・・すいません。大丈夫です。」
情けなそうに、里見さんは答えました。
「どうぞ、上がって下さい。」
「あ、いえ!実はこれから用事があるので、またの機会に。」
「そうですか。」
「あの実は、今日はこれをお渡ししたくて伺いました。」
そう言って、小さな紙袋を手渡され、おじいさんはすぐにピンときました。
「これは・・・毎年すいません。」
「いえ、毎年勝手に作って押しつけるような真似して、こちらこそすいません。あの・・出来たら、お仏壇に上げていただきたくて。」
「毎年お盆はね、里見さんのコレが私の楽しみなんです。きっと、婆さんも楽しみに待っていると思うので、すぐに仏壇に上げさせてもらいます。」
里見さんに、みるみる内に笑顔が戻ります。
「良かったです!では、近いうちに改めてお邪魔させていただきますね。慌ただしくてごめんなさい。」
「いえいえ、お待ちしてます。」
「はい、では失礼します。ありがとう、ムクちゃん。」
(・・・・・・・)
そう言って、里見さんも帰りました。
「よし、それじゃあ早速。」
(・・・・・・・)
おじいさんは小さな紙袋を持って、廊下を歩いて行きます。その後を、おじいちゃんもついていきました。
おじいさんは寝室に入ると、仏壇の前に正座して、袋を開けました。
「・・・ほぉぉ・・・。」
(・・・・・・・)
おじいさんは中にあるものを取り出して、じっくり見ています。
「今年は、[ぽんぽん菊]だよ。婆さん。」
ビー玉サイズのガラス玉の中に、キレイな黄色い鞠のような形をした菊が描かれています。
「ほら・・・綺麗だなぁ。」
おじいさんは、隣りに立つおじいちゃんの鼻先までガラス玉を近づけて見せてあげました。
おじいちゃんはそれをクンクンして、ジッと眺めているようでした。
「また見たくなったら、ここへ置いておくから見においで。」
おじいさんは、仏壇のお婆さんの写真のすぐ横に、小さなガラス細工を置いて、手を合わせました。
「今日は、寄子と墓参りに行ったよ。色々な話をしたんだ。多分、聞いてたと思うが・・・。今回は、寄子に1本、いや2本くらいとられてしまった。あの子は、私が思っているより、ずっとしっかりした大人になっていたんだな。婆さんは、気づいていたかもしれんが。」
(・・・・・・・)
「いつ連絡しても、忙しい忙しいばかりで、全く顔を見せに来ないから、てっきり・・・私は娘に愛想を尽かされたと思っていた。これからはもう、私とコイツ、2人で生きていくんだと覚悟していたんだ。でも・・・、あの子は違ったんだな。私の事を思って、お義父さんの事を伏せて、向こうで介護と家業を両立して何年も頑張っていたんだな。そしてやっと・・・少し余裕が出来たら・・・私の所へ来てくれた。」
おじいさんは、穏やかな笑みを浮かべながら、涙を流しています。
おじいちゃんは、隣りで大人しく立っています。
「なぁ、婆さん・・・。私は、幸せ者だね。あの日、酷い雨に降られた日、私はあの晴れ間を見て・・・酷く淋しい気持ちになった。婆さんに先に逝かれて、自分は1人ぼっちだと思い込んでいた。コイツと2人で生きると自分に言い聞かせながら、1人ぼっちで・・・その内死ぬんだと。バカなじいさんだろ?ムクも、寄子も、里見さんだっているのになぁ。本当に、幸せ者のじぃさんだ、私は。婆さんに・・・怒られても仕方がない。」
(・・・・・・・)
「・・・近いうち、ドライブへ行こうと思う。」
(・・・・・・・)
「一緒に・・・行ってくれるか?ムク、婆さん。」
(・・・・・・・)
おじいちゃんは、おじいさんの隣りでお座りして、ジッとおじいさんを見つめていました。
『あの時のおじいちゃん』
あの時は、とても寒い冬の季節でした。
おじいちゃんは、ストーブの前に寝そべってウトウトしていました。
「ふぅ・・・。」
「どうした?婆さん。」
「いえ、少し頭が痛くて・・・。ちょっと休んで来てもいいですか?」
「ああ。散歩は私が行くから、気にしないでいいよ。」
「そうですか。じゃあ、お願いします。」
(・・・・・・・)
おじいちゃんは、お婆さんの後を追って廊下を歩いて行きました。お婆さんは頭を抑えながら、寝室へ向かいます。
おじいちゃんは、お婆さんの後ろ姿を見て、
「ヒン・・・」
と、一声鳴きました。それを聞いて、お婆さんは振り返りました。
「どうしたの、ムク?」
いつも通り、柔らかい笑みを浮かべて。
「おいで。」
いつも通り、穏やかな優しい声で。
「いい子だね、ムク。」
いつも通り、細くて頼りない手で。
おじいちゃんの頭を、顔を、背中を優しく撫でました。
おじいちゃんは、お婆さんの手が今日は少し冷たく感じました。
「いーい?ムク。少し休んでくるからね?おじいさんのこと、よろしく頼むわよ?」
(・・・・・・・)
「おじいさんは淋しがり屋だから、傍にいてあげてね。」
そう言って、お婆さんは寝室の襖を開けて中へ入り、おじいちゃんを見下ろして、
「おやすみ、ムク。」
と言って、襖を閉じました。
いつもなら、おじいちゃんが行き来できるように、襖を少し開けておくのに、お婆さんは襖をしっかり閉じました。
おじいちゃんは、しばらく襖の前で立っていました。
「ヒン・・・」
小さく鳴いてみても、お婆さんは開けてくれませんでした。そして、しばらくすると寝息が聞こえてきました。
おじいちゃんは諦めて廊下を引き返して、お婆さんに言われた事を理解したのか、居間で新聞を読んでいるおじいさんの背中に、自分の背中を添わせて横たわり、しっかり傍にいました。
「おぉ~・・お前がくっ付いてると暖かいなぁ。」
(・・・・・・・)
それが、おじいちゃんとお婆さんの最後のふれあいでした。
「わぁ~っ、キレイにしてくれてんじゃん。」
「霊園の方が管理してくれてるからな。」
「草むしりする気満々で来ちゃったよ~。じゃあ取り敢えず墓石でも磨くかね。」
「まずは、手を合わせなさい。」
「あ、そっか。」
2人は墓前で手を合わせてから、お墓の掃除に取りかかります。
今日は、寄子さんが車でおじいさんとおじいちゃんを連れて、墓参りです。
お盆ですが、早朝なのでまだ誰もいません。
「この時間で正解だね。まだそこまで暑くないし。」
「そうだな。」
おじいさんは、ほんの少し顔を出した雑草を摘まんで抜いたり、掃き掃除をしながら、少し離れた場所で大人しく待つおじいさんの様子を伺っています。
(・・・・・・・)
おじいちゃんは、地面に伏せて寝ています。
「ねぇ、ムクと車で出かけたりしないの?」
「ん?毎年、この時期は車で墓参りに出かけてるよ。暑いから1人で置いておけなくてね。」
「旅行は?」
「いや、2人で遠出はどうか・・・。私もコイツも後期高齢者だしなぁ。」
「でも、免許はまだ返却してないの?」
「まだ運転操作に支障は出てないからな。それに、いざって時に必要になるかもしれないしなぁ。」
「・・・・・・・。」
「婆さんの時は必要なかったが、コイツの時に・・・な。」
「・・・そう思うなら、今使いなよ。」
「・・・・・・・?」
「毎日とか毎週とは言わないけど、時々お互い調子が良い時にさ、家の周りドライブでもいいじゃん。」
「まぁな・・・。」
「ムクは行きたいと思うよ。車でここへ来る間、ずっと起きて窓の外見て楽しそうだったし。」
「そうか?」
「父ちゃんも、いざって時にちゃんと運転出来なかったらアウトじゃん。これから老化がどんどん進むんだから、日頃からリハビリ運転しときなって。」
「・・・そうだなぁ。」
「あ、やる気ないなこりゃ。」
「え?」
「アタシが小さい頃は、お母さんと3人で車で出かけて、海行ったり山登りしたり、旅行したよね。」
「そんな事もあったなぁ。」
「思い出したくないの?そういうの。」
「・・・・・・・。」
「・・・さみしいの。」
「・・・・・・・。」
「アタシが出て行ってからも、2人できっと出かけてたよね。」
おじいさんは、黙って頷きます。
「ムクと車で出かけないのは、お母さんを思い出しちゃうからか。」
「・・・ああ、そうだよ。」
「・・そんなに淋しい?」
「・・・そりゃあそうさ。あっという間だったんだ。本当に。」
「・・だよね。」
「昼食の後片付けを済ませて、頭痛がするから少し横になると言って、寝室で横になったんだ。寒いから血圧が少し上がったんだろうと思って、しばらくしてからお茶を入れて寝室へ入ったら・・・眠っていたんだ。ぐっすり。」
「・・・・・・・。」
「・・声をかけても起きなかったから、体を揺すってみた。それでも起きなくて・・・。まさかと首筋に指を当ててみたら・・・・脈を打ってなかった。」
「・・・・・・・。」
「救急車を呼んで、救急隊員に診てもらっても、もう既に亡くなっておられるので、残念ですが手の施しようがありませんと言われた。本当に・・本当にあっという間で・・・何もしてやれなかった。眠りにつくときに、傍にすらいてやれなかった。婆さんはきっと、1人で淋しかっただろう。」
「・・・本当に、そうかな。」
「・・・・・・?」
「父ちゃん、すぐに連絡くれたから、救急車が帰る頃アタシは着いて、隊員から状況を聞いて、覚悟してからお母さんに会ったけど・・・。お母さん、すごく穏やかな顔して、今にもふふふって笑いながら目を覚ましそうに見えたよ。[騙されたでしょ?]なんて茶化してさ。」
「・・・やりかねんな。」
「だから、お母さんは淋しい思いも、苦しい思いもしてなかったよ。絶対。死に目に会えなかったことを申し訳なく思って出かけられないなら、そりゃ罰が当たるよ。」
「罰ってなんだ・・・あ。」
「そうだよ。昨日のアレ。お母さん出かけるのが好きだから、自分の分まで外の世界を見てほしいのに、家から離れないでウジウジして、ちっとも出かけやしないんだあのジジィはって、お母さんなら言いそうじゃない?」
「ジジィとはなんだ。」
「何て呼ばれてたの?」
「おじいさんだ。」
「変わんないじゃん。」
「ん・・・・!?」
「だから~、ね?たまにはムク連れてお母さんの写真でも持って、車でプチ遠出してみたら?都合が合えばアタシも付き合うからさ。」
「・・・考えてみるよ。」
帰り道、おじいさんは後部座席を見てみると、
(・・・・・・・)
おじいちゃんは、シートの中央でお座りして、フロントガラスの向こうの流れる景色をジッと眺めていました。
寄子さんの言うとおり、何だか楽しそうです。
「・・・なぁ。」
「ん~?」
「何かあったんだろ。」
「へ?」
「あんなお節介、お前さんらしくないからな。身の回りで何か起きて、思うところがあったんじゃないか?」
「・・・・・・・。」
「図星か。」
「父ちゃんって、あんまり父ちゃんらしくないよね。」
「確かに、父親らしい事はお前にはあまり・・・」
「そうじゃなくて、なんてゆーか・・・細かいところに目が届くじゃん?メス寄りのオスっつーの?大きな病気もしないで、自己管理が出来てるし。」
「ん・・まぁ。他に言いようがあると思うが、まぁいい。」
「お義父さんはさ、父ちゃんと正反対な人なんだよね。食いたいだけ食うし、酒も飲みたいだけ飲む。怒ると大きな声で怒鳴って怖いし、言葉も荒いしさ。でも、アタシとは気が合ってね。親身になって畑のこと教えてくれたし、アタシがお義母さんと喧嘩になると、楽しそうに大声で笑って[またはじまったぁ!やれやれぇ~!]って冗談ぽく言って、代わりにお義母さんに怒られて話逸らしてくれたりさ。」
「そうか。良いお義父さんだな。」
「うん。そのお義父さんがね、お母さんが死んでから・・・3ヶ月くらい経ってからだったかな。色々、忘れるようになってね。」
「え?」
「ずっと、私達で面倒見てきたんだけど、自宅じゃそろそろ限界になっちゃって。先週、施設に入れたんだ。」
「そんな・・・何故言わなかった?たまに電話しても、畑仕事が忙しいとしか。」
「嘘はついてないよ。正直お義父さんの力は偉大だったからね。お義父さんが抜けて畑仕事も大変だったよ。」
「こっちは定年で自由に暮らしてたんだ。戦力にはならんかもしれないが、少しでも手伝いに行けたのに・・・。」
「アタシも知らせようと思ったよ。でも・・・、お義母さんの話も一理あると思ってやめた。」
「・・・・・・・?」
「・・男はね、アタシ等よりずっとデカい図体してるけれど、心はずっと脆いんだって。あんたのお父さんは[穏やかな良い人]だけど、奥さんを亡くしたばかりできっと今も落ち込んでる。只でさえ落ち込んでるところに、追い打ちをかけたくないって。悪い事は言わないから、お父さんの事を思うなら、しばらく黙ってなって。」
「・・・・・・・。」
「お義母さんの言うとおりにして良かった。もう何年も経ってるのに、まだ引き摺ってるんだから。」
「う・・・・。」
「お義父さんはね、もう寝たきりで、アタシ等の事分からなくなっちゃってるけど、父ちゃんはまだ動けるし、記憶もしっかりしてる。別にお節介やきにきたわけじゃなくて、今のうちに会っておこうって思っただけだよ。」
「・・・そうか。昨日は、お前の行いを婆さんが怒ってるなんて言ったが、訂正するよ。知らない内に・・・寄子も大人になっていたんだな。婆さんはきっと、お前を誇らしく思ってるだろう。」
「え、ちょっ、なぁに急に~。昔っからアタシ面倒見はいいんだから!後輩がヘマしたらしっかり尻拭ってやってたし、酷い目に遭わされてたら倍にして返して・・・」
「それで何度警察のお世話になって、お母さんが迎えに行ったかな。」
「う・・・・。」
「まぁ、これも良い思い出と感じられる日が来るまで、私の記憶に留めておけるといいな。」
「・・・どこが[穏やかな良い人]なんだろ。」
「なんだ?」
「いいえべつに~。」
それからしばらくして、おじいさん達は家に到着しました。
おじいさんはいち早く居間へ行き、エアコンを付けます。
寄子さんはおじいちゃんを抱っこして、玄関へ降ろしました。
「じゃ、帰るねー。」
「麦茶でも飲んで休んでいったらどうだ?」
「せっかくだけど、これからまだ畑やるからさ。また今度ね~。」
「そうか。寄子。」
「ん~?」
「ありがとう。」
「あいよ。じゃあ・・・」
ピーンポーン・・・
その時、呼び鈴が鳴りました。
「誰か来たよ~。」
「出てくれるか。」
「了解。はーい!」
寄子さんがドアを開けると、
「あ・・・あら?こ、こんにちは!」
「こんにちはぁ。どちら様?」
「あ、あの、私・・・里見と申します。え・・えっと・・・」
「・・・・・・・?」
「お・・・おじ・・・」
(・・・・・・・)
おじいちゃんは、里見さんの足元へ下りて、お座りしました。
その行動を見て、
「ムク、知り合い?」
(・・・・・・・)
寄子さんは、おじいちゃんに問いかけます。
里見さんは、おじいちゃんの目を見て数秒間深呼吸をした後、覚悟を決めて口を開きかけたその時、
「おや、里見さん。」
おじいさんが玄関へやって来ました。
「なぁんだ、こっちも知り合いか。」
「いらっしゃい。」
「あ、こんにちは!すいません、連絡したんですけど繋がらないので、外出ついでにポストに入れておこうと思ったんですけど、ちょうど玄関の扉が開いているのを見てご在宅だと思って、それで・・・」
「そうでしたか。あ、紹介が遅れましたが、私の娘の寄子です。」
「む、娘さんですか!?初めまして、里見と申します。よろしくお願いします!」
「こちらこそ~。じゃあこれから畑行かなきゃいけないんで、また機会があったら。」
「あ、はい!ご苦労様です!」
「いえいえ。じゃあね~。」
「おう。」
寄子さんは出ていき、緊張していた里見さんは密かに胸をなで下ろしました。それを見抜いていたおじいさんは、
「大丈夫ですか?」
と声をかけると、
「はい・・・すいません。大丈夫です。」
情けなそうに、里見さんは答えました。
「どうぞ、上がって下さい。」
「あ、いえ!実はこれから用事があるので、またの機会に。」
「そうですか。」
「あの実は、今日はこれをお渡ししたくて伺いました。」
そう言って、小さな紙袋を手渡され、おじいさんはすぐにピンときました。
「これは・・・毎年すいません。」
「いえ、毎年勝手に作って押しつけるような真似して、こちらこそすいません。あの・・出来たら、お仏壇に上げていただきたくて。」
「毎年お盆はね、里見さんのコレが私の楽しみなんです。きっと、婆さんも楽しみに待っていると思うので、すぐに仏壇に上げさせてもらいます。」
里見さんに、みるみる内に笑顔が戻ります。
「良かったです!では、近いうちに改めてお邪魔させていただきますね。慌ただしくてごめんなさい。」
「いえいえ、お待ちしてます。」
「はい、では失礼します。ありがとう、ムクちゃん。」
(・・・・・・・)
そう言って、里見さんも帰りました。
「よし、それじゃあ早速。」
(・・・・・・・)
おじいさんは小さな紙袋を持って、廊下を歩いて行きます。その後を、おじいちゃんもついていきました。
おじいさんは寝室に入ると、仏壇の前に正座して、袋を開けました。
「・・・ほぉぉ・・・。」
(・・・・・・・)
おじいさんは中にあるものを取り出して、じっくり見ています。
「今年は、[ぽんぽん菊]だよ。婆さん。」
ビー玉サイズのガラス玉の中に、キレイな黄色い鞠のような形をした菊が描かれています。
「ほら・・・綺麗だなぁ。」
おじいさんは、隣りに立つおじいちゃんの鼻先までガラス玉を近づけて見せてあげました。
おじいちゃんはそれをクンクンして、ジッと眺めているようでした。
「また見たくなったら、ここへ置いておくから見においで。」
おじいさんは、仏壇のお婆さんの写真のすぐ横に、小さなガラス細工を置いて、手を合わせました。
「今日は、寄子と墓参りに行ったよ。色々な話をしたんだ。多分、聞いてたと思うが・・・。今回は、寄子に1本、いや2本くらいとられてしまった。あの子は、私が思っているより、ずっとしっかりした大人になっていたんだな。婆さんは、気づいていたかもしれんが。」
(・・・・・・・)
「いつ連絡しても、忙しい忙しいばかりで、全く顔を見せに来ないから、てっきり・・・私は娘に愛想を尽かされたと思っていた。これからはもう、私とコイツ、2人で生きていくんだと覚悟していたんだ。でも・・・、あの子は違ったんだな。私の事を思って、お義父さんの事を伏せて、向こうで介護と家業を両立して何年も頑張っていたんだな。そしてやっと・・・少し余裕が出来たら・・・私の所へ来てくれた。」
おじいさんは、穏やかな笑みを浮かべながら、涙を流しています。
おじいちゃんは、隣りで大人しく立っています。
「なぁ、婆さん・・・。私は、幸せ者だね。あの日、酷い雨に降られた日、私はあの晴れ間を見て・・・酷く淋しい気持ちになった。婆さんに先に逝かれて、自分は1人ぼっちだと思い込んでいた。コイツと2人で生きると自分に言い聞かせながら、1人ぼっちで・・・その内死ぬんだと。バカなじいさんだろ?ムクも、寄子も、里見さんだっているのになぁ。本当に、幸せ者のじぃさんだ、私は。婆さんに・・・怒られても仕方がない。」
(・・・・・・・)
「・・・近いうち、ドライブへ行こうと思う。」
(・・・・・・・)
「一緒に・・・行ってくれるか?ムク、婆さん。」
(・・・・・・・)
おじいちゃんは、おじいさんの隣りでお座りして、ジッとおじいさんを見つめていました。
『あの時のおじいちゃん』
あの時は、とても寒い冬の季節でした。
おじいちゃんは、ストーブの前に寝そべってウトウトしていました。
「ふぅ・・・。」
「どうした?婆さん。」
「いえ、少し頭が痛くて・・・。ちょっと休んで来てもいいですか?」
「ああ。散歩は私が行くから、気にしないでいいよ。」
「そうですか。じゃあ、お願いします。」
(・・・・・・・)
おじいちゃんは、お婆さんの後を追って廊下を歩いて行きました。お婆さんは頭を抑えながら、寝室へ向かいます。
おじいちゃんは、お婆さんの後ろ姿を見て、
「ヒン・・・」
と、一声鳴きました。それを聞いて、お婆さんは振り返りました。
「どうしたの、ムク?」
いつも通り、柔らかい笑みを浮かべて。
「おいで。」
いつも通り、穏やかな優しい声で。
「いい子だね、ムク。」
いつも通り、細くて頼りない手で。
おじいちゃんの頭を、顔を、背中を優しく撫でました。
おじいちゃんは、お婆さんの手が今日は少し冷たく感じました。
「いーい?ムク。少し休んでくるからね?おじいさんのこと、よろしく頼むわよ?」
(・・・・・・・)
「おじいさんは淋しがり屋だから、傍にいてあげてね。」
そう言って、お婆さんは寝室の襖を開けて中へ入り、おじいちゃんを見下ろして、
「おやすみ、ムク。」
と言って、襖を閉じました。
いつもなら、おじいちゃんが行き来できるように、襖を少し開けておくのに、お婆さんは襖をしっかり閉じました。
おじいちゃんは、しばらく襖の前で立っていました。
「ヒン・・・」
小さく鳴いてみても、お婆さんは開けてくれませんでした。そして、しばらくすると寝息が聞こえてきました。
おじいちゃんは諦めて廊下を引き返して、お婆さんに言われた事を理解したのか、居間で新聞を読んでいるおじいさんの背中に、自分の背中を添わせて横たわり、しっかり傍にいました。
「おぉ~・・お前がくっ付いてると暖かいなぁ。」
(・・・・・・・)
それが、おじいちゃんとお婆さんの最後のふれあいでした。
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