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第一章 バネッサ・リッシュモンは、婚約破棄に怒り怯える悪役令嬢である
第十一話 殿下、商人に背中を押し飛ばされる
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「バネッサ様をこれだけ熱烈に愛してるんですから。未来永劫、語り継がれるようなロマンティックなものなんですよね」
ユーリはうっとりと言った。そのプロポーズにまつわる物を売り出せれば、大儲けできると踏んだからだ。
「いえ……特には、」
「またまた、謙遜しないでください。お二人が子どものときから婚姻が決まっていたのは周知の事実ですけれど、それ以外の情報を教えてもらってもいいじゃないですか」
令嬢らしい、しとやかな指で、金貨の詰まった袋を引き寄せる。ずっしりとした重みが心地よくて、心は高笑いしていた。
「そりゃ、巷は政略結婚だーとか言ってますけど、あたしはそうじゃないと知ってます。味方ですよ、殿下」
優しげに、ユーリの口角が上がった。ニマニマするのを抑えようとしているのだ。
「あたし、殿下のためならば――リピーター価格で、お手伝いいたします」
恋する表情で、がめつい取引を持ちかける。ユーリは利益のためなら、何でもする女である。
机の金貨がその証だ。王家が相手であっても、適正料金から銅貨一枚だって値引いたりしない。
一方、殿下はおそるおそる切り出した。
「政略、結婚……だと、思われているんですか……?」
ユーリが打算まみれであることより、政略結婚という言葉にショックを受けていた。
「ええ。というか、バネッサ様にイチャモン、んんっ、お話して頂いたとき、ご本人もそう仰っていましたよ」
殿下の顔色が、じわじわ悪くなっていく。
「……どういう風に……?」
「舞踏会のときにお聞きになったことと、似たようなことです。私はいつか婚約破棄されるかもしれない、だけどそれまでは私が殿下の婚約者なのです、って」
ソファーの背後で、従者があわあわしだす。主が、無表情で凍り付いたのが分かったからだ。
「あれだけ殿下の周りに嫉妬を向けるのも、根本のところで、自信がないんでしょうね。公爵家、殿下の婚約者ともなれば、周囲のプレッシャーも激しいでしょうから」
やれやれと、彼女は他人事のように肩を竦める。
エドワードはそれが、ひどくゆっくり見えた。
「ですからあたしは、どうやって殿下がバネッサ様を安心させたかが、気になって。これ以上、商売の邪魔されたくないから、じゃないですよ?」
ユーリはあっけらかんと笑う。最後の台詞が、彼女の本心であった。
「そ、れは、」
語尾が震える声だ。従者は顔を手で覆った。未来が予想できて、見ていられなくなったのだ。
「……何も、言っていません。舞踏会の、ときの言葉だけ、です……」
ユーリの笑みが硬直した。記憶をたぐり寄せ、なんとか口を動かす。
「えっと……『「思い知らせてあげますよ、君のふるまいがどういう結果を呼んだのか」』……」
「『絶対に僕と結婚してもらいますから、バネッサ』……でしたよね」
彼女の顔には、でかでかと「信じられない」と書いてあった。
「はい……一言一句、間違っていません」
男爵令嬢は、自分の記憶力の良さを呪いたくなった。頭を抱える。従者など、床に座り込んでいる。
扇で太ももを叩く。気分を切り替える。一息吐いて、顔を上げた。
「――いますぐ、バネッサ様に会いに行ってください」
ユーリの迫力に、国を背負った男もたじろぐ。
「しかし、彼女は謹慎中で……」
「被害者がいいと言ってるんです! ほら、早く!!」
不敬にも、ユーリは扇の先で殿下を指した。
「あたし、今までの殿下の素っ気なさに引っかかっていましたけど、ここまでだと思ってなかった!」
「彼女の姿を見ると、愛おしさと恥ずかしさで、つい……。それに、隙を見せるわけには……」
同世代に怒鳴られたのは初めてだ。殿下も、年相応の反応をしてしまう。
「あんな態度じゃ、バネッサ様だって、愛されてる自覚がないのも当然ですよ……!」
席から立ち上がり、ユーリは従者に命じた。
「この、恋愛下手を公爵家に連れて行ってください、いますぐ!」
「は、はい……っす!」
勢いに負けて敬礼する従者。
「待ってくれ、まだ結婚式の準備が終わってッ! 完璧に用意して、バネッサに逃げられないようにしないと」
「そんなこといってる間に、他社のアプローチが来て顧客を奪われるんですよ!」
生粋の商売人が、熱く説いた。エドワードは帝王学は履修しているが、経営者ではないから、よく伝わらない。
「あの、君はいったい……」
「いいから、王都に戻って……! バネッサ様に本心を伝えてあげて!」
「ほら、殿下! 彼女の言う通りに」
ユーリが殿下の背を押す。ドアの外まで追い払って、ウィンクした。
「指輪の手配はあたしがしておきます」
「お願いします……?」
腕を引かれるまま、殿下が屋敷を出る。
ユーリは、応接間の窓から馬車が立つのを見た。
「……ふふ、これで、殿下とバネッサ様に恩が売れるわ……!」
令嬢あるまじきガッツポーズで、大笑いした。
……これで周りに、悪役令嬢に虐げられてきた可哀想な子と思われているとか、バネッサでも納得いかないだろう。
ユーリはうっとりと言った。そのプロポーズにまつわる物を売り出せれば、大儲けできると踏んだからだ。
「いえ……特には、」
「またまた、謙遜しないでください。お二人が子どものときから婚姻が決まっていたのは周知の事実ですけれど、それ以外の情報を教えてもらってもいいじゃないですか」
令嬢らしい、しとやかな指で、金貨の詰まった袋を引き寄せる。ずっしりとした重みが心地よくて、心は高笑いしていた。
「そりゃ、巷は政略結婚だーとか言ってますけど、あたしはそうじゃないと知ってます。味方ですよ、殿下」
優しげに、ユーリの口角が上がった。ニマニマするのを抑えようとしているのだ。
「あたし、殿下のためならば――リピーター価格で、お手伝いいたします」
恋する表情で、がめつい取引を持ちかける。ユーリは利益のためなら、何でもする女である。
机の金貨がその証だ。王家が相手であっても、適正料金から銅貨一枚だって値引いたりしない。
一方、殿下はおそるおそる切り出した。
「政略、結婚……だと、思われているんですか……?」
ユーリが打算まみれであることより、政略結婚という言葉にショックを受けていた。
「ええ。というか、バネッサ様にイチャモン、んんっ、お話して頂いたとき、ご本人もそう仰っていましたよ」
殿下の顔色が、じわじわ悪くなっていく。
「……どういう風に……?」
「舞踏会のときにお聞きになったことと、似たようなことです。私はいつか婚約破棄されるかもしれない、だけどそれまでは私が殿下の婚約者なのです、って」
ソファーの背後で、従者があわあわしだす。主が、無表情で凍り付いたのが分かったからだ。
「あれだけ殿下の周りに嫉妬を向けるのも、根本のところで、自信がないんでしょうね。公爵家、殿下の婚約者ともなれば、周囲のプレッシャーも激しいでしょうから」
やれやれと、彼女は他人事のように肩を竦める。
エドワードはそれが、ひどくゆっくり見えた。
「ですからあたしは、どうやって殿下がバネッサ様を安心させたかが、気になって。これ以上、商売の邪魔されたくないから、じゃないですよ?」
ユーリはあっけらかんと笑う。最後の台詞が、彼女の本心であった。
「そ、れは、」
語尾が震える声だ。従者は顔を手で覆った。未来が予想できて、見ていられなくなったのだ。
「……何も、言っていません。舞踏会の、ときの言葉だけ、です……」
ユーリの笑みが硬直した。記憶をたぐり寄せ、なんとか口を動かす。
「えっと……『「思い知らせてあげますよ、君のふるまいがどういう結果を呼んだのか」』……」
「『絶対に僕と結婚してもらいますから、バネッサ』……でしたよね」
彼女の顔には、でかでかと「信じられない」と書いてあった。
「はい……一言一句、間違っていません」
男爵令嬢は、自分の記憶力の良さを呪いたくなった。頭を抱える。従者など、床に座り込んでいる。
扇で太ももを叩く。気分を切り替える。一息吐いて、顔を上げた。
「――いますぐ、バネッサ様に会いに行ってください」
ユーリの迫力に、国を背負った男もたじろぐ。
「しかし、彼女は謹慎中で……」
「被害者がいいと言ってるんです! ほら、早く!!」
不敬にも、ユーリは扇の先で殿下を指した。
「あたし、今までの殿下の素っ気なさに引っかかっていましたけど、ここまでだと思ってなかった!」
「彼女の姿を見ると、愛おしさと恥ずかしさで、つい……。それに、隙を見せるわけには……」
同世代に怒鳴られたのは初めてだ。殿下も、年相応の反応をしてしまう。
「あんな態度じゃ、バネッサ様だって、愛されてる自覚がないのも当然ですよ……!」
席から立ち上がり、ユーリは従者に命じた。
「この、恋愛下手を公爵家に連れて行ってください、いますぐ!」
「は、はい……っす!」
勢いに負けて敬礼する従者。
「待ってくれ、まだ結婚式の準備が終わってッ! 完璧に用意して、バネッサに逃げられないようにしないと」
「そんなこといってる間に、他社のアプローチが来て顧客を奪われるんですよ!」
生粋の商売人が、熱く説いた。エドワードは帝王学は履修しているが、経営者ではないから、よく伝わらない。
「あの、君はいったい……」
「いいから、王都に戻って……! バネッサ様に本心を伝えてあげて!」
「ほら、殿下! 彼女の言う通りに」
ユーリが殿下の背を押す。ドアの外まで追い払って、ウィンクした。
「指輪の手配はあたしがしておきます」
「お願いします……?」
腕を引かれるまま、殿下が屋敷を出る。
ユーリは、応接間の窓から馬車が立つのを見た。
「……ふふ、これで、殿下とバネッサ様に恩が売れるわ……!」
令嬢あるまじきガッツポーズで、大笑いした。
……これで周りに、悪役令嬢に虐げられてきた可哀想な子と思われているとか、バネッサでも納得いかないだろう。
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