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第一章 バネッサ・リッシュモンは、婚約破棄に怒り怯える悪役令嬢である
第十五話 殿下は、自分の心に素直になる(後編)
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もし、自分が殿下でなかったとしたら。
「ぼくが……殿下でなく、一貴族、だったとしたら?」
「いや、貴族でなくてもいいんですよ。殿下なら、爵位があればかたくなになりそうなんで。ただの国民になりましょ。しがらみもなーんもない、普通の男の子だと思ってください」
「は、はぁ……、ふつう……ですか、」
言われた通り、脳内にイメージを浮かべた。
城ではなく、並び立つ家屋の一つで僕が誕生する。
父親は国王でない男で、乳母に育てられずに、母親に抱きしめられる。
年頃が近い者達と集まって、広場の周りを駆け回る。
そして成長して、近衛兵として職を得る。
……正直に言えば、豊かに想像できたとは言えない。
しょせん、僕は殿下であり、国民の生活には疎いところがあるからだ。
けれど、一つ明確に目に浮かんだ絵があった。
城門を守る僕の前に、馬車が通りかかる。侯爵家の家紋が飾られたそれを止めて、御者に確認をとろうとした。
そんなとき、ふわりと春風が過ぎ去る。
揺らめくカーテンと、隙間から覗く縦ロール。
垣間見たバネッサに、ぼくは一目惚れする。
そんな光景だ。
有り得もしない空想なのに、その場面だけは鮮やかに夢想できた。
「…………僕が、ただの国民の一人であったら、……あっても、」
従者が固唾を飲む。部屋の沈黙が耳にうるさい。心臓が早鐘を打つ。魔法にでもかけられたようだった。
口が、勝手に動く。
「どんな形であってもバネッサを愛してしまう」
この僕でさえ、抗いきれない引力を彼女は持っている。
「そう、確信しました」
言い切ると、従者はぱっ!! と顔を明るくした。興奮したようにソファを叩き、ぐいっと距離を詰めてくる。
「そう、そうなんですよ!! それそれ、自覚できました? 自分の執念」
「不服な言い方ですね。ただの一途な愛です」
「表現の仕方はさておき、殿下はバネッサ様のことが、だぁいすきで堪らないんですよ」
「…………ええ、そうです。そうですが、口ぶりが気に入りません。あと、昔からずっと彼女を愛しています、その気持ちは変わりません」
僕が願った婚約者なのだから、愛しているのは当然でしょう。
「でも、今まで一度もバネッサ様ご本人に告げてないんですよ? それって、伝えなくちゃ意味ないって、もう分かってますよね??」
目を三角につり上げる男が、正論を叩きつけてくる。
「………僕がやや不器用な性格になったのは、殿下として生を受けたからでしょう。ただの貴族や国民として生活していれば、もっと素直に…………バネッサを思い詰めさせることもなかったかもしれません」
「なかったと思いますよ、殿下。あと立場のせいだけにしないでください」
「茶々を入れないでください。だとしても、僕はこの結果を変えようとは思いません。……反省はのちのちします……」
「この地位だからこそ、侯爵家のバネッサとも釣り合いがとれているんですよね」
従者に言われ、自分が庶民として生まれていたらと仮定して、気が付く。今更になって、身が凍るほどゾッとした。
身分制のあるこの国で、公爵令嬢とただの平民が結ばれることはない。彼女が手に届かない存在になるなんて耐えられない。
「幼い頃から未来永劫、彼女の傍にいる特権を手放すつもりはありませんから」
自分がこんな風に言える男だと知らなかった。バネッサが関わると、どうにも平静を保てなくなる。
「ねえ、気がついてます? 殿下」
痛む頬を従者が突っつく。
「今の殿下、ちゃんと笑えてるんスよ」
え?
「これなら、ちゃんとバネッサ様とお話しできますよ」
そのセリフが終わるか終わらないかのタイミングで、扉が開き始めた。
「ぼくが……殿下でなく、一貴族、だったとしたら?」
「いや、貴族でなくてもいいんですよ。殿下なら、爵位があればかたくなになりそうなんで。ただの国民になりましょ。しがらみもなーんもない、普通の男の子だと思ってください」
「は、はぁ……、ふつう……ですか、」
言われた通り、脳内にイメージを浮かべた。
城ではなく、並び立つ家屋の一つで僕が誕生する。
父親は国王でない男で、乳母に育てられずに、母親に抱きしめられる。
年頃が近い者達と集まって、広場の周りを駆け回る。
そして成長して、近衛兵として職を得る。
……正直に言えば、豊かに想像できたとは言えない。
しょせん、僕は殿下であり、国民の生活には疎いところがあるからだ。
けれど、一つ明確に目に浮かんだ絵があった。
城門を守る僕の前に、馬車が通りかかる。侯爵家の家紋が飾られたそれを止めて、御者に確認をとろうとした。
そんなとき、ふわりと春風が過ぎ去る。
揺らめくカーテンと、隙間から覗く縦ロール。
垣間見たバネッサに、ぼくは一目惚れする。
そんな光景だ。
有り得もしない空想なのに、その場面だけは鮮やかに夢想できた。
「…………僕が、ただの国民の一人であったら、……あっても、」
従者が固唾を飲む。部屋の沈黙が耳にうるさい。心臓が早鐘を打つ。魔法にでもかけられたようだった。
口が、勝手に動く。
「どんな形であってもバネッサを愛してしまう」
この僕でさえ、抗いきれない引力を彼女は持っている。
「そう、確信しました」
言い切ると、従者はぱっ!! と顔を明るくした。興奮したようにソファを叩き、ぐいっと距離を詰めてくる。
「そう、そうなんですよ!! それそれ、自覚できました? 自分の執念」
「不服な言い方ですね。ただの一途な愛です」
「表現の仕方はさておき、殿下はバネッサ様のことが、だぁいすきで堪らないんですよ」
「…………ええ、そうです。そうですが、口ぶりが気に入りません。あと、昔からずっと彼女を愛しています、その気持ちは変わりません」
僕が願った婚約者なのだから、愛しているのは当然でしょう。
「でも、今まで一度もバネッサ様ご本人に告げてないんですよ? それって、伝えなくちゃ意味ないって、もう分かってますよね??」
目を三角につり上げる男が、正論を叩きつけてくる。
「………僕がやや不器用な性格になったのは、殿下として生を受けたからでしょう。ただの貴族や国民として生活していれば、もっと素直に…………バネッサを思い詰めさせることもなかったかもしれません」
「なかったと思いますよ、殿下。あと立場のせいだけにしないでください」
「茶々を入れないでください。だとしても、僕はこの結果を変えようとは思いません。……反省はのちのちします……」
「この地位だからこそ、侯爵家のバネッサとも釣り合いがとれているんですよね」
従者に言われ、自分が庶民として生まれていたらと仮定して、気が付く。今更になって、身が凍るほどゾッとした。
身分制のあるこの国で、公爵令嬢とただの平民が結ばれることはない。彼女が手に届かない存在になるなんて耐えられない。
「幼い頃から未来永劫、彼女の傍にいる特権を手放すつもりはありませんから」
自分がこんな風に言える男だと知らなかった。バネッサが関わると、どうにも平静を保てなくなる。
「ねえ、気がついてます? 殿下」
痛む頬を従者が突っつく。
「今の殿下、ちゃんと笑えてるんスよ」
え?
「これなら、ちゃんとバネッサ様とお話しできますよ」
そのセリフが終わるか終わらないかのタイミングで、扉が開き始めた。
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