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第一章 バネッサ・リッシュモンは、婚約破棄に怒り怯える悪役令嬢である

第十七話 悪役令嬢、殿下の言葉に混乱する

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 最愛の人が告白を告げる。

 バネッサは何を言われたのか、それすら分からなかった。

 涼しげな声は脳に届いたのに、言葉の意味を把握しきれなかったのだ。


 ――聞き間違えでしょうか?

 ――むしろ、聴き間違えであってほしい。聴き間違えでなければならない。


 バネッサはそんな切実な気持ちでいっぱいだった。

 何しろ彼女は、自分がどん底にいるつもりなのだ。

 先ほどまで、己が世界で一番不幸なつもりでいた。

 大好きな大好きな殿下と、こんな長期間会えないのは初めてだった。

 両親に謹慎を言いつけられるなんて、生まれて一度もなかった。

 周りの環境だけじゃない。
 バネッサ自身も本調子ではなかった。

 たとえば、応接間に来るまでの道で、ドレスがまとわりついて、派手に転んだ。

 暴飲暴食のせいで、肌の状態は完璧じゃないし、ボディラインだって緩んだ気がしている。

 バネッサは絶対なる悪役令嬢であった。
 公爵家の愛娘は、幼い頃からの初恋にしがみついてる。
 完全無欠な殿下と釣り合うためなら、何でもしてきた。

 結果、身も心もボロボロになったのだと、バネッサ自身は認識している。

 悪行の代償が回ってくることを、ようやく知ったところだったのだ。

 傍から見れば、恵まれた乙女が悲劇に陶酔しているところだ。

 こんなものは喜劇にすらならないと、国民たちは指差し、笑いものにするだろう。

 バネッサは向う見ずな乙女である。
 傲慢な悪役令嬢だと、他ならぬ彼女が自負している。


 それでも、そんな彼女が婚約破棄される覚悟でここにきたのだ。

 男爵令嬢を突き飛ばしかけたのは、妃と相応しい振る舞いじゃない。

 国母として英才教育を受けてきたから、愚かさを痛感していた。

 終わりを告げられても、美しい堂々と終わるつもりだったのだ。

 なのに。なのに!

 ここで好意を告げられるから、彼女は訳が分からなくなってしまった。

 何一つ頭が回らない。
 殿下の言葉を拒絶しかけるなんて、初めてことだった。

 混乱するの同時に、彼女は激しい後悔に襲われる。

 あの人がどんな顔をして愛を伝えてくれたのか、バネッサは見られなかったのだ。

 問い返すことがこんなに怖いことはなかった。

 面をあげるのに躊躇する立場ではないはずなのに。


 ――どうしましょう、殿下が怖い

 強がっていたけれど、彼女はずっと怯えたいたのだ。

 ――わたくし、謝罪の手紙だって出せてないのに。


「バネッサ、あの……」

 沈黙に耐え兼ねて、殿下が言葉を重ねる。


「今更なのは、重々承知なのですが、バネッサ……、何か言葉を……」

 愛する人に催促される。

 未来の妃として、答えなければいけない。

 いけないのに。

 桜のような唇をわななかせようとして、それさえ未遂に終わる。


「なんで……」

 幼児のような泣き言が漏れた。
 誰かの鼓動でかき消されそうなか細さだった。


「なんで、なんで、なんでなのですか」


 困惑しきって、それしか言えなくなるほど、衝撃的だった。

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