推しはそのスジの中の人

おおらぎ

文字の大きさ
13 / 17
4.暴かれた中の人

しおりを挟む
 黒部は、以前に染谷に副業について尋ねた際、彼がこの件をはっきりと教えなかったことを思い出した。提出してきたサンプルは熟女もので、一瞬見えたユメミに似た絵のデータも隠しがちだった。今振り返れば、その内容が内容だったからに他ならない。当然の行動だったと言える。
 この様子から見て、正攻法で尋ねたところで、染谷が逃げる可能性は大いにあった。
 それでも確かめる方法はただ一つ。染谷が配信をしている最中に、彼の部屋に行ってみればいい。
 黒部は鍵を持っている。
 というよりも、染谷に鍵を持たせていないのだ。勝手に外を出歩かせないためである。彼のパソコンなどの私物や、その中に入っている組の職務上の情報などを置いたまま、鍵を開けっぱなしで出て行くことは、染谷の性格上できそうになかった。何より、この建物のエレベーターは鍵がなければ動かない。非常出口の外階段を、身一つで七階分も勝手に出入りする体力も染谷にはない。
 鍵さえあれば、住人の許可など基本的にはいらない。エントランスのオートロックも、玄関の扉も問題なく開けられる。わざわざいつもインターホンを押すのは、それがカチコミではない訪問の礼儀だからだ。
 内鍵をかけられていたら問題だが、ここまで出入りが厳重なシステムで、さらに内鍵までかけなくてはならない理由は逆にない。かけていること自体が怪しいということになるだろう。
 黒部は時計を見た。いつもの時間になっていた。ごそごそと胸元を探り、スマートフォンを取り出す。慣れた様子で操作し、いつもの配信サイトを開いた。

「みんな~こんばんわ~」

 いつものケモミミ、眼鏡、巨乳の3Dアバターの女の子が、笑顔で手を振っている。

「こんばんわ!」

 黒部は「おとうふさん」の名前で五千円を投げる。

「わー。こんばんわ、おとうふさん。今夜もよろしくお願いしますね」 
「よろしく」

 さらに五千円を投げる。投げた後、いつもの染谷を思い出して、黒部は思わず笑いがこぼれた。
 身長百八十六センチの大男。根暗で、がりがりで、ぬぼっとしている。
 もしユメミが染谷だとして、どんな顔をしてこれを言っているのだろうか。
 スマートフォンの画面はそのままに、黒部は地上七階建ての最上階を見上げた。画面の中ではコメントが流れる。それに適当に、時には投げ銭で対応しつつ、黒部はエントランスへと向かった。
 最上階直通のエレベーターをカードキーで動作させる。誰かが先に使ったのだろうか、見上げた階数表示の数字が一つ一つ下がっていくのを黒部は見つめた。
 チィンと小さな音を立てて扉が開いた。それに乗り込み、再びカードキーを通す。扉が閉まったエレベーターの中は静寂に包まれ、かすかな空調と低いモーター音だけが小さく聞こえていた。
 1,2,3,4……順々にカウンターの電子掲示が変化して少々の圧と共に止まる。小さな鐘の音を響かせて扉が開く。しんとした廊下にコツコツと小さく靴音を響かせながら、黒部はまっすぐ廊下の一番奥の部屋を目指した。
 カメラ付きのインターホンに、いつものように指をかけそうになってやめた。
 手にしていたスマートフォンの画面を見る。
 いつもユメミと「おとうふさん」の関係に割り込もうとしている他のリスナーが、「おとうふさん」が静かなのをいいことに、ひっきりなしにユメミに絡んでいた。
 もし、染谷であれば、今はこのリスナーに意識を取られているはずである。
 黒部はドアのキーモジュールにカードキーをかざした。
 カチン、と音を立てて鍵が外れる。
 そっとノブを回すと、扉がゆっくりと開いた。内鍵はかけられておらず、静かに扉は黒部を受け入れた。

「えー、そうなんですかぁ」

 三十三歳成人男性の、鼻にかかったオネエ口調が聞こえてくる。足音と気配を極力消しながら、黒部は部屋の中へと入っていった。
 リビングにつながる扉を開いても、染谷は耳をすっぽり覆うイヤホンをつけているせいか、全く気がついていない。
 黒部が後ろに近づいて画面を見る。染谷がコンデンサーマイクに話した言葉を、ユメミが話していた。

「『さすがユメミちゃんだな』」

 フリック入力ではなく、マイク入力で、黒部は心持ち声を張ってコメント欄に入力した。
 一万円付きでそれを投げた。染谷が一瞬、体をこわばらせ、イヤホンを外しながら振り向いた。
 すべての動作がゆっくりとおどおどしていて、染谷の顔は驚愕のために真っ青になっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隣の大学院生は、俺の癒しでした。

結衣可
BL
仕事に追われ、残業ばかりの日々を送るサラリーマン・斎藤悠真(32)。 感情を表に出すことも減り、「今日も誰ともしゃべらなかったな」と思いながら帰宅する毎日。 そんなある夜、隣の部屋から漂ってきたカレーの香りとともに、インターホンが鳴る。 「作りすぎちゃって……よかったらどうぞ」 そう微笑んで皿を差し出したのは、隣に住む大学院生・風間緒人(25)。 栄養学を学びながら料理好きの緒人は、気づけば週に一度は“おすそ分け”をするようになる。 最初は戸惑いながら受け取っていた悠真だったが、温かい食事と緒人のさりげない気遣いに、 長い間感じたことのなかった「人の温もり」に心が揺らいでいく。 雨の日に差し出されるタオルや、疲れた体に沁みる味噌汁。 やがて二人で食卓を囲む夜、体調を崩したときの看病……。 少しずつ距離が近づくたびに、悠真は自分でも驚くほど笑顔を見せ、心を許してしまう。 逃げ腰のサラリーマンと、世話焼きの年下院生。 すれ違いと優しさの間で揺れる二人の関係は、いつしか「癒し」から「恋」へと変わっていく――。

親友と一緒に異世界転生したら俺だけ神獣だった件 ~伝説の召喚術師になったあいつの溺愛が物理的に重すぎます~

たら昆布
BL
親友と異世界転生したら召喚獣になっていた話 一部完結

どうせ全部、知ってるくせに。

楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】 親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。 飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。 ※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。

寂しいを分け与えた

こじらせた処女
BL
 いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。  昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

追放された『無能』オメガ、実は最強の薬師でした。~辺境でSSS級冒険者に溺愛され、実家の薬屋をざまぁします~

水凪しおん
BL
「お前のようなフェロモンの薄い無能オメガは、我が家には不要だ!」 実家の名門薬店『白龍堂』を追放された白蓮華(ハク・レンカ)。 しかし彼には、植物の「声」が聞こえるという秘密の能力があった。 傷心のまま辿り着いた辺境の村で、蓮華は小さな薬屋を開業する。 そこで倒れていた瀕死の男を助けたことが、彼の運命を大きく変えることに――。 その男は、国最強と謳われるSSS級冒険者(アルファ)、蒼龍牙(ソウ・リュウガ)だった! 「俺の古傷を治せるのは、お前の薬だけだ」 無自覚な天才薬師(オメガ)×強面スパダリ冒険者(アルファ)。 辺境でのんびり薬屋を営むはずが、いつの間にか国中から注目され、実家を見返す大逆転劇へ発展!?

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

処理中です...