強い女は好きですか?

おおらぎ

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 テレビカメラや近所の野次馬が集まり始めたのは建物の近くに停められた白の大型バンに、手錠をかけられた男たちが次々に押し込まれていく時だった。
 いち子が叫んでいる間、女相手と油断して中の動きは鈍かった。そっちに気を取られていることを利用して出入り口は全て確保されていたのである。あっという間にほぼ無傷で制圧された。
 建物の中には捜査中の刑事たちがいて、いち子と幸人ほか制服姿の警察官は規制線の前で警備である。幸人は3メートルほど離れたところに立ついち子をちらりと見た。
 配属されてすぐに教育係だと係長から紹介された。
 一見すると自分よりも年下に見えたが、すでに30を超えているという。長い髪はつやつやと美しく、小さな顔が可愛いなとか幸人は思っていた。言うなれば若い青年が守ってあげたくなるような可憐な女性なのである。
 それがピーでピーでピーとか、ピーでピーとか、思い出しても股間がヒュンとなるというか、心が萎えるような罵詈雑言を口にする。

「何者なんだ、あの人」

 肩を落としてぼそっと呟く幸人の側で係長が近寄ってきた。彼は傍らのガードレールに座り、市民に見えないように煙草をつける。ふうっというため息とともに、薄めの紫煙が立ち上って空気に溶けた。

「あいつな、もともと刑事なんだよ、実は」
「どこのですか?」
「通称、丸暴」
「対策課?」
「30になる前には鬼の副長って言われててな。頭の弱い脳筋の下っ端は、今日みたいに女とみると脅しにかかる。そりゃあお前、弱い犬がキャンキャン吠えてんのと同じよ。心の中に抱いた恐怖を隠すために虚勢張って、さらに虚勢を隠すための舞台装置に女を選ぶんだ。張りぼてなんだから隙だらけになる。そういうのを炙り出すのにあいつは超適任でな。本人は性別、年齢、外見、性格、能力、知識等等、自分のステータスがどうどこの現場に役立つかって自覚できる方だから、そらもう超シゴデキ。かっこいいよなあ」
「それが何で、地域安全課でお巡りさんしてるんです?」
「その男前っぷりに惚れた某ヤクザの若頭からストーカーまがいのラブコールを受けてなあ」
「え? それって大丈夫なんすか?」
「すぐに接近禁止命令出させた。シゴデキヤクザなら微罪で芋蔓になるなんてのはわかってるはずなのに、恋は人をアホにさせるんだねえ」

 係長は煙草を口にしたままくっくっくと笑った。
 若頭、つまり組長の息子は案の定接近禁止命令というアラートを踏み越えてしまったために身柄を拘束され、そこから芋蔓式に罪を暴かれて逮捕に次ぐ逮捕で長期拘束、でなければ逮捕一件ごとに多額の金を積んで保釈中。現在裁判にすら至っていないという。

「別件では?」
「別件じゃない。ちゃんと一つ一つ新しい罪状を調べて令状とってな、いち子ちゃんの件が終わったら次それで、それが終わったらまた次のやつで、前の件は片つけてから次の件に行ってるわけよ。アメリカじゃねえからね。刑の重ね掛けはできない。一件一件丁寧に悪いやつの人生の残り時間を潰していくだけよ。恨むんなら、自分が積み重ねてきた罪の地層を恨めって話でさ。俺たちは法律を守る存在だから、一度掘った穴はちゃんと塞いで二度と掘り返しはしないわけ」
「わらしべ逮捕」
「いいねえ、それ」

 係長は煙草の先を指先でねじり落すと、にやにやと笑う。彼は娘を見るような眼差しで、いち子に目をやった。

「私生活がどんなもんかはだーれも知らんけどね、セクハラもパワハラも涼しい顔して受け流して、どこの課に回されても文句ひとつ言わず、実際なんでもやり切っちゃうんだから、かなわないね。部下が無敵だと、俺の立場がないっての」

 苦笑いして係長はシケモクをポケットへ突っ込む。建物の中から彼を呼ぶ声が聞こえて誘われるまま係長は現場へ向かった。

「無敵……か」

 呟く幸人の帽子を、乾いた北風が薙いでいく。それを手で押さえて幸人は深めに被りなおす。

「……そうでもないっすよ」

 軽い口調で呟いて、規制線の前で背筋を正すのだった。
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