どうせ堕ちるなら此処が良い

おきたワールド

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本編

あなたの体温がわたしの心を弱くする

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母鳥から餌を貰う雛鳥のように餌付けをされていると、唐突にスマホがピコンと音を立てた。
LINEの通知である。液晶画面をタップしてメッセージの全文を開いてみると送り主は風祭さんだった。
メッセージの内容を要約すると“冬休み明けまで美化委員会の活動は無くなったから来なくて良い”とのことらしい。
「まじかー……」
とりあえず、“了解です”と返信をしてから、少し迷いつつ初期から入っている目を輝かせた白ウサギのスタンプを押した。
無難に可愛いやつだ。
うちの学校では週に一度、美化委員が学校の隅々まで掃除をしたり、ゴミや古紙の回収をする決まりがある。

わたしはこれでも真面目なので、美化委員会の活動がある日はアルバイトを入れてないのだ。いきなり暇になってしまった。
冬休み明けまで委員会の活動がないならば、アルバイトをシフトを増やしたいと思う。
どうせ暇なのだ。少しでもソシャゲの課金に使えるお金が欲しい。
わたしは自分の欲に対して無駄な反抗はしない実に素直で従順な女なのだ。
理性がないとも言う。仕方がない。ヲタクの性である。
「そういえば、先輩ってアニメとかゲームに理解ある感じなのかな……?わたしってヲタクだけど大丈夫?ものすごく今更だけど」
そもそも、先輩は漫画とか読むのだろうか。文学作品や小難しい学問の本を読んでそうなイメージがある。経済学の本とか。
勝手な想像だけど。

「うん?……そうだなあ。詳しくはないけど、あーちゃんが好きな物は俺も楽しみたいと思うよ。だから、教えて欲しいかな」
先輩は少し照れた様に頬を掻く。
なるほど、つまりは布教待ちだということか。なるほどね。
これは張り切っていくしかない。
わたしは暗闇で獲物を狙う猫のように目を光らせる。キラーン。
「えッ、じゃあ。わたしの推しについて布教したいので、今度家に来ませんか?!」
興奮のあまり椅子から身を乗り出してしまった。しかし、仕方ないことだと思う。
わたしのような同志に飢えたヲタクはすぐに自分の好きなジャンルを共有したがるのだ。布教したくなる。

「先輩って地雷……苦手なジャンルとかありますか!?あと好きなジャンルとか、傾向みたいなのは!?無ければ無いで良いんですけど!」
「あーちゃん。また敬語になってるけど」
「あっ、すみません!なんか、テンション上がっちゃって……」
スカートの裾を直しながら、わたしは椅子に座る。クールダウンの時間だ。
クールだ。わたしよ、クールになれ……。
先輩は空のお弁当箱と箸をあずま袋に仕舞いテーブルの端っこに寄せて頬杖をついたポーズでニコニコとわたしを眺めていた。
うーん、顔が良い。
「俺の好みとか気にしないで、あーちゃんが好きなようにあーちゃんの好きな物について教えてくれたら良いよ」

「神じゃねーか」
無意識のうちに口から出た言葉はあまりにも馬鹿丸出しだ。顔が熱くなってきた。
興奮するといつもこうだ。考えてることが脳みそから唇まで直通に流れ出てしまう。
明日菜は悪い子!明日菜は悪い子!
壁に頭を打ちつけたくなる。しないけど。
魔法使いから靴下を貰って解雇されなきゃいけない。
「よくわからないけど。あーちゃんの家に遊びに行って良いってことだよな。都合の良い日っていつ?いくらでも合わせるけど」
「あー!そっか。そうだね……次の日曜日とかどうだろう?明日と土曜日はバイトがあるから……」
「わかった。次の日曜日までにあーちゃんのお義母様に渡す菓子折りの準備をしておくよ」

先輩は嬉しそうにVサインを掲げる。
漢字変換がおかしかった気がする。気のせいかな?気のせいということにしよう。
先輩ならデパートの高級お菓子を持参して遊びにきそうだ。鮮明に空想できた。流石に困る。
そもそも、先輩がお母さんと会うことは叶わない。なぜなら。
「お母さんなら、日曜日は仕事だから居ないよぅ」
「……えっ、」
わたしのお母さんは基本的に深夜帯まで家に帰ってこないし、お父さんは半年前から海外にいるのでさらに会うことがない。
わたしからしても、某電気鼠ゲームの薄い桃色モンスターに並ぶレアキャラなのだ。
一番エンカウント率が高いわたしの姉は現在、彼氏さんと同棲中である。

姉がヒステリーを起こして彼氏さんとまた喧嘩でもしない限り、当分帰ってこないだろう。
それを説明すると、血が流れているかどうかすら疑わしかった先輩の肌に朱がさした。
先輩は眼球を左右に揺らして、なにかに耐えるように右手で口元を隠したまま蚊の鳴くような声を出す。
「……期待、するけど?」
触れなければ柔らかさと温かさが分からないくらい儚げな頬を、年端のいかない少女のように紅潮させる先輩の言葉の真意に気づき、わたしの体温は急激に上昇した。
わたしのポンコツブレーンは、今更回転しだしたらしい。察しが良いのか悪いのか。
夢小説の鈍感ヒロインのように、先輩の下心をスルーできるほどわたしは無知では無いのだ。

先輩は硬直するわたしの横髪を片手ですくうと、意味もなくサラリと指を通した。
その仕草はやけに大人っぽい色気を孕んでいて、ついにわたしのキャパシティは限界を迎える。
「え、えっ、え、えっえ、えっちなのはいけないと思います!恋のABC!まずはキスをしましょう!口吸いです!」
「っ、ぷっ、あはははははッ!」
両目をキュッと瞑って、吃りながらも必死で代案を提示するわたしに先輩は愉快そうに腹をかかえて笑い出した。
先輩の長い睫毛に浮かんでいる涙を見て、バクバクと暴れ狂っていた心臓がゆっくりと理性を取り戻していく。
思考回路は氷を口に含んだ時のようにクールダウンする。
要するに、わたしは先輩にからかわれたのだ。悔しくなって、小さく下唇を噛む。

「あー、笑った。ごめん、ごめんな。拗ねないで?」
「拗ねてないでーす!バーカバーカ、先輩のアーホ」
「あーちゃんは本当に可愛いなあ」
「うるせー!子供扱いすんじゃないよ!さっきから余裕綽々で腹立つな!」
「うん?そうでもないけどな」
「覚えてやがれよ……いつかギャフンと言わせてやるからな……!」
わたしは人差し指を先輩に向けて、腹の底から声を出して宣言する。
学生食堂の一角ということは意識からポロッと抜け落ちていたのだ。恥ずかしい。叫んでから思い出した。短時間で恥を重ね過ぎである。心がしんどい。
「安心しなよ。俺は、あーちゃんにはずっと勝てないから」
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