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本編
俺の命はおいしいですか?
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先輩と一緒だと見慣れたはずの道がキラキラ輝いて見えて、心がふわふわと浮きだった。まるで初めて見る景色のようだ。百億の夜景にも負けず劣らないきらめきである。
恋ってすごい。世の中には辛いことや投げ出したいことが沢山あるけど、好きな人がいるから頑張れると言った少女漫画のヒロインの気持ちが今なら理解できる。
女の子は恋をしたら、それだけで生きていこうって気持ちになって、それだけで元気になったりするのだ。過大評価なんかじゃない。
好きな人や恋人が隣にいてくれたりしたら、いつまでも立ち上がって、歩み続けることが出来る。
恋をするということはとても素晴らしいことなのだ。
恋愛体質な姉の気持ちだって少しだけならわかる気がした。
わたしがそんなことを考えていると、楽しげな鼻歌が聞こえてくる。歌っているのは先輩だ。
涼やか夜風を浴びて、わたしを乗せた自転車のペダルを踏みながら、月光に照らされる先輩はご機嫌であった。音程は不安定に外れていて、少しおかしな感じだ。有り体に言えば音痴である。
思わぬ欠点を知ってしまった。
抑えきれなかった胸のときめきが小さな笑みとしてこぼれ落ちると、すかさず聴覚の優れた耳に拾われて、歌声が止んでしまう。先輩は耳ざといのだ。
後ろから見た首筋は、羞恥で茹だっている。
端正で、人形みたいな印象を受ける先輩は蓋を開けたら意外と照れ屋で人間臭かった。
思考パターンはまだよく分からないけど。わたしに対して実害がある訳では無いのだ。まだ大丈夫。突飛な言動だって個性として許容できる範囲である。きっとそのうち慣れるはず。歩み寄りは大切だ。
「お昼からずっと気になってたんだけど、先輩の手首の包帯どうしたの?包丁で怪我したの?だとしたらめっちゃドジだね。大丈夫?」
茶化しながら先輩に問いかける。
先輩は昨日の宣言通り、わたしの分のお弁当を持ってきたのだ。
言うまでもないが、手作りである。
彼女からの場合なら愛妻弁当と揶揄うことができるけど、彼氏からの場合はなんて言うのが正解なんだ?愛夫弁当?そんな日本語は存在するのだろうか。閑話休題。
可愛らしい桜色のお弁当箱を開いてみると中身は白米とタルタルソースがかけられたチキン南蛮をメインに、ひじきの煮物、ピーマンとベーコン炒め、にんじんのナムルという大変豪華な昼食となっていた。
冷食を使っている気配がない。副菜三種類ってマジ?
先輩の手からわたし用らしい箸を強奪したことによって、先輩に手ずから食べさせられる展開は回避したものの、感情に呼応して一層深みを帯びたルビーの瞳が私を責めるように見つめてきた。
そ、そんな目で見られても知らねえ。
学生食堂という名の公衆の面前である。
年上の男の子にはいあーんされるというのは中々に恥ずかしいのだ。勘弁して欲しい。
わたしがもぐもぐと口を動かす横で、先輩は嬉しそうに目元を紅潮させていた。
距離が近い。物理的に。
あと、わたしの横髪を撫でたり手櫛でといたりとするのはやめて欲しい。
食事中にされるとちょっと鬱陶しいです。
ええ、少しだけなので我慢することができますけど。
視界をチラつく先輩の手首を見ていると、長袖のシャツの袖から白い布のようなものが見えた。というか、布である。
保健室でよく見かける純白。つまりは包帯だ。
もしや、怪我をしているのだろうか。
気になる。ので、本人に聞くことにした。
血は滲んでいないけど純粋に心配なのだ。
わたしは、他人が痛がっていたり、痛くなくても怪我をしている姿を見るのはあまり得意な方ではない。むしろ苦手だ。
赤の他人もそうだし、親しい人間ならなおのこと心がザワザワしてしまう。
「ねえ、先輩の手首のソレどうしたの?」
「うん?……そんなことより、あーちゃん口のところにソースついてるよ?」
「えっ、嘘やん」
「指で取ってあげようか?舐めた方が良い?」
「みゃー!」
「うわっ、鳴いた。うそうそ、冗談だから、そんなに勢い良く擦ると赤くなるって」
……あのときは上手いことはぐらかされてしまった気がする。わたしは誤魔化されたのだ。
街灯の少ない薄ら暗いコンクリートの道を自転車の白いライトが照らしている。
わたしの問いかけに答えない。黙りこくっている先輩に真実を吐かせるべく、わたしは先輩の腰に回している腕をより密着させた。締め上げるともいう。ぎゅううう。
この作戦はわたしも先輩と身体がくっついてしまうので諸刃の剣だ。
既にだいぶ恥ずかしいけど、真実の究明には犠牲がつきものである。持論です。
「っ、ッ……いや、なんというか。……そうだな。実は猫に引っ掻かれたんだ」
「猫ォ?飼ってるの?」
「飼ってないよ。野良猫かなあ、頭を撫でようとしたらこう、ガリッと」
「うわっ、それは引っ掻かれるよ。先輩もしかして動物慣れしてない?」
「んー、まあ……あーちゃんは動物好きなのか?」
「わたし?わたしはね、大好きだよ。ふわふわしてるやつなら皆好き。癒される。りーちゃんの家のジロくんはわたしにとってのアイドル犬だよ。たまに日課のお散歩を代わってもらったりする」
「いいな……」
「でっしょ!羨ましかろう。先輩は犬と猫どっちが好きなの?」
「うん?別にどっちでもいいかな」
「肉球は正義だもんね!わたしも犬猫どっちも同じくらい好き。優劣なんてつけられないや。あ、ジロくんは別だけど。あれだから、彼はもっと別次元だから」
「ああ、うん。そうだな」
そんな会話を交わしてながら、わたしは先輩の運転する自転車で自宅マンションの前まで帰還した。
自転車の後ろから降りて、わたしは先輩にお辞儀をする。我ながら見事な45度だ。
「だから、俺が好きでやってることだからさ。別に良いって。顔を上げてよ。他人行儀でむしろ寂しいんだけど」
「いやいやいや!バイト先からの帰宅までの道のりをかなり楽させていただいてますので!」
わたしは頭を下げたまま感謝を述べた。
事実である。
「ふうん?……まあ、そうだな。じゃあ、目を見ながら言ってくれないか?お礼を言う時に目を合わせないのは些か失礼だろ」
なるほど、一理ある。
わたしは頭を上げた。刹那。
首元に寄せられた手のひら。柔らかな感触。時が止まる。
先輩の睫毛がわたしの頬を撫でるくらい近くにある。
思考回路が停止した。
「奪われちゃった」
一時停止した世界。わたしは弧を描く先輩の唇から視線が逸らせなかった。
恋ってすごい。世の中には辛いことや投げ出したいことが沢山あるけど、好きな人がいるから頑張れると言った少女漫画のヒロインの気持ちが今なら理解できる。
女の子は恋をしたら、それだけで生きていこうって気持ちになって、それだけで元気になったりするのだ。過大評価なんかじゃない。
好きな人や恋人が隣にいてくれたりしたら、いつまでも立ち上がって、歩み続けることが出来る。
恋をするということはとても素晴らしいことなのだ。
恋愛体質な姉の気持ちだって少しだけならわかる気がした。
わたしがそんなことを考えていると、楽しげな鼻歌が聞こえてくる。歌っているのは先輩だ。
涼やか夜風を浴びて、わたしを乗せた自転車のペダルを踏みながら、月光に照らされる先輩はご機嫌であった。音程は不安定に外れていて、少しおかしな感じだ。有り体に言えば音痴である。
思わぬ欠点を知ってしまった。
抑えきれなかった胸のときめきが小さな笑みとしてこぼれ落ちると、すかさず聴覚の優れた耳に拾われて、歌声が止んでしまう。先輩は耳ざといのだ。
後ろから見た首筋は、羞恥で茹だっている。
端正で、人形みたいな印象を受ける先輩は蓋を開けたら意外と照れ屋で人間臭かった。
思考パターンはまだよく分からないけど。わたしに対して実害がある訳では無いのだ。まだ大丈夫。突飛な言動だって個性として許容できる範囲である。きっとそのうち慣れるはず。歩み寄りは大切だ。
「お昼からずっと気になってたんだけど、先輩の手首の包帯どうしたの?包丁で怪我したの?だとしたらめっちゃドジだね。大丈夫?」
茶化しながら先輩に問いかける。
先輩は昨日の宣言通り、わたしの分のお弁当を持ってきたのだ。
言うまでもないが、手作りである。
彼女からの場合なら愛妻弁当と揶揄うことができるけど、彼氏からの場合はなんて言うのが正解なんだ?愛夫弁当?そんな日本語は存在するのだろうか。閑話休題。
可愛らしい桜色のお弁当箱を開いてみると中身は白米とタルタルソースがかけられたチキン南蛮をメインに、ひじきの煮物、ピーマンとベーコン炒め、にんじんのナムルという大変豪華な昼食となっていた。
冷食を使っている気配がない。副菜三種類ってマジ?
先輩の手からわたし用らしい箸を強奪したことによって、先輩に手ずから食べさせられる展開は回避したものの、感情に呼応して一層深みを帯びたルビーの瞳が私を責めるように見つめてきた。
そ、そんな目で見られても知らねえ。
学生食堂という名の公衆の面前である。
年上の男の子にはいあーんされるというのは中々に恥ずかしいのだ。勘弁して欲しい。
わたしがもぐもぐと口を動かす横で、先輩は嬉しそうに目元を紅潮させていた。
距離が近い。物理的に。
あと、わたしの横髪を撫でたり手櫛でといたりとするのはやめて欲しい。
食事中にされるとちょっと鬱陶しいです。
ええ、少しだけなので我慢することができますけど。
視界をチラつく先輩の手首を見ていると、長袖のシャツの袖から白い布のようなものが見えた。というか、布である。
保健室でよく見かける純白。つまりは包帯だ。
もしや、怪我をしているのだろうか。
気になる。ので、本人に聞くことにした。
血は滲んでいないけど純粋に心配なのだ。
わたしは、他人が痛がっていたり、痛くなくても怪我をしている姿を見るのはあまり得意な方ではない。むしろ苦手だ。
赤の他人もそうだし、親しい人間ならなおのこと心がザワザワしてしまう。
「ねえ、先輩の手首のソレどうしたの?」
「うん?……そんなことより、あーちゃん口のところにソースついてるよ?」
「えっ、嘘やん」
「指で取ってあげようか?舐めた方が良い?」
「みゃー!」
「うわっ、鳴いた。うそうそ、冗談だから、そんなに勢い良く擦ると赤くなるって」
……あのときは上手いことはぐらかされてしまった気がする。わたしは誤魔化されたのだ。
街灯の少ない薄ら暗いコンクリートの道を自転車の白いライトが照らしている。
わたしの問いかけに答えない。黙りこくっている先輩に真実を吐かせるべく、わたしは先輩の腰に回している腕をより密着させた。締め上げるともいう。ぎゅううう。
この作戦はわたしも先輩と身体がくっついてしまうので諸刃の剣だ。
既にだいぶ恥ずかしいけど、真実の究明には犠牲がつきものである。持論です。
「っ、ッ……いや、なんというか。……そうだな。実は猫に引っ掻かれたんだ」
「猫ォ?飼ってるの?」
「飼ってないよ。野良猫かなあ、頭を撫でようとしたらこう、ガリッと」
「うわっ、それは引っ掻かれるよ。先輩もしかして動物慣れしてない?」
「んー、まあ……あーちゃんは動物好きなのか?」
「わたし?わたしはね、大好きだよ。ふわふわしてるやつなら皆好き。癒される。りーちゃんの家のジロくんはわたしにとってのアイドル犬だよ。たまに日課のお散歩を代わってもらったりする」
「いいな……」
「でっしょ!羨ましかろう。先輩は犬と猫どっちが好きなの?」
「うん?別にどっちでもいいかな」
「肉球は正義だもんね!わたしも犬猫どっちも同じくらい好き。優劣なんてつけられないや。あ、ジロくんは別だけど。あれだから、彼はもっと別次元だから」
「ああ、うん。そうだな」
そんな会話を交わしてながら、わたしは先輩の運転する自転車で自宅マンションの前まで帰還した。
自転車の後ろから降りて、わたしは先輩にお辞儀をする。我ながら見事な45度だ。
「だから、俺が好きでやってることだからさ。別に良いって。顔を上げてよ。他人行儀でむしろ寂しいんだけど」
「いやいやいや!バイト先からの帰宅までの道のりをかなり楽させていただいてますので!」
わたしは頭を下げたまま感謝を述べた。
事実である。
「ふうん?……まあ、そうだな。じゃあ、目を見ながら言ってくれないか?お礼を言う時に目を合わせないのは些か失礼だろ」
なるほど、一理ある。
わたしは頭を上げた。刹那。
首元に寄せられた手のひら。柔らかな感触。時が止まる。
先輩の睫毛がわたしの頬を撫でるくらい近くにある。
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