どうせ堕ちるなら此処が良い

おきたワールド

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本編

優しい今日でありますように

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「明日菜ー、これはお姉ちゃんからのプレゼントだからねぇ、あたしは彼ピの家からご武運を祈るわ」
「はい?」
黒い扉を背にした実の姉から手渡されたのは、赤い小さな箱で0.01ミリと白いロゴが印刷されていた。
実物は初めて見るけど、神絵師のお宝本こと同人誌の中でお馴染みのやつである。
避妊具、コンドームがわたしの手のひらに置かれていた。
肉親によるセクハラ攻撃だ。最低な施しである。直訴したい。ブーイング待ったナシ。
「ちょ、ちょっと!これ、何!」
「もぉー、やっぱりハジメテなのね。ダメよォ、避妊はちゃんとしなきゃ。甘く見てるとお姉ちゃんみたく産婦人科に走ることになるわよぉ?」

「わたしをお姉ちゃんと一緒にしないでよ!そんなんじゃないから!」
「照れなくて良いのよぉ、心配しなくても邪魔なんてしないから。安心して一発キメて来いッ」
漫画ならセリフの語尾にハートマークがついてそうだ。
姉はギラギラ輝く紫色のラメネイルによってコーティングされた指先で鉄砲を打つような動作をする。バーンッ。
昨晩、わたしの姉が襲来してきた。
丁度、わたしが先輩と二人乗り自転車している時に姉と夜道をすれ違ったのだ。
タイミングが非常に悪い、悪過ぎる。
同棲中の彼氏さんと喧嘩したらしく、姉はやけ酒をしたのかべろんべろんに酔っぱらっていて千鳥足になっていた。

先輩を視界に収めた瞬間の姉をわたしは死ぬまで忘れないだろう。
姉曰く「コミュ障の究極系である妹がイケメンを足に使っていたら酔いも覚める」らしい。
眼球が溢れ落ちないか心配になるレベルに瞼を開く姉の驚愕に満ちた表情は、見ているわたしがドン引きしてしまう。
わたしが先輩と別れた後、入れ違うようにマンションにやって来た姉はリビングで休息をとるわたしを見るや否や。
「脱処女オメ!」
と、平和の象徴であるピースサインと共に最低過ぎる言葉をぶつけてきた。
ラブアンドピースなんてクソ食らえである。
偉大なるマハトマ・ガンジーも助走をつけて殴りかかる低俗さだ。

パリピ全開の陽キャムーヴをかましている姉は、こう見えてわたしよりディープなヲタクである。見た目詐欺が凄まじい。
そもそも、わたしがゲーム廃人化した原因は姉である。
好きになるキャラクターは合わないけれど、昔から推しジャンルが被ることは多いのだ。
今年は夏の同人即売会で、姉のサークルの売り子を手伝わされた。
姉は物書きと呼ばれる人種で、意外と地頭が良い。理学部化学科の院生である。
普段の言動はバカっぽいけど。
「良いから!ほら、行った行った!せっかく仲直りした彼氏さんにまた怒られちゃうよ!」

わたしは姉の両肩を掴んで扉の方を向かせ、さっさと部屋から出ていくように促す。
「いくら顔面で世界を抱いてそうなイケメン相手でも、学生の間は避妊をしっかりするのよぉ」
「じゃあねッ!」
バタンッ、と音を立て玄関の扉を閉めた。
我が姉ながら台風の目みたいな女である。
嵐が去った。身体から力が抜けてずるずると床に座り込む。
姉に返却しそびれたコンドームは性的な事柄を嫌でも連想させる。
今のわたしの顔はきっと真っ赤だ。
わたしだって先輩とそういうことになる可能性を考えてない訳では無い。

昔読んだ雑誌によれば、現代日本の女子高生は四人に一人が非処女なのだ。
この数値だけ見るとそこまで高いとは思わないけれど、うちの高校のカップル率を考慮した場合、カノカレ関係の男女は性行為を済ませているという計算になる。
現にお姉ちゃんは中学生の時には既に十歳近く年上の彼氏さんが居て、その人に処女を捧げていたし、高校生になる前に大人の階段を上りきっていたのだ。
わたしは廊下のフローリングの上で頭を抱える。やってしまった。
家族が誰一人いない家に恋人の男の子を呼ぶというのはつまりそういうことになるのだろう。世間一般が良くわからないけど。
姉を急遽呼び戻したくなってきた。手のひらくるくるである。

りーちゃんに相談しようにも、親友相手に恋愛関係の悩みを打ち明けるのはなんか恥ずかしかった。それにりーちゃんは先輩のことをあまり良く思っていないみたいだ。勝手な予想だけど。
先輩曰く、見知った相手から惚気を聞かされることに苦痛を感じる人だっている、とのことだ。
だからわたしは先輩の話題は極力りーちゃんに振らないようにしていた。
スマホの時計で猶予時間を確認して、深呼吸をする。
すーはーすーはー。
いくらか気持ちが安定した。
自分の家に異性、それも恋人を呼ぶなんて初めての体験である。

何を着ていたら良いのかすらわからなくて、夜中の一時まで自室で一人ファッションショーを繰り広げた結果、桜色のパーカーワンピースを選んだのだ。
先輩はセクシーなのキュートなのどっちが好きなのか分からない。
もっとも、わたしのクローゼットにセクシーな洋服なんて存在しないけど。
兎にも角にも、わたしの右手にある姉から渡された最低最悪な贈り物をどうにかしなくてはならないのだ。
出来れば姉に突っ返したい。
未使用のままなら清廉潔白の証明にもなるだろう。
それに、そのままゴミ箱に捨てたりしたら、お母さんがごみ捨ての際に気づくかもしれない。迂闊に処分が出来ないのだ。

わたしは姉が巣立ちしたことによって一人部屋になった自室に戻って、小学生の頃から見慣れた勉強机の引き出しを開けた。
本当は鍵のかかる引き出しが良かったのだけど、この勉強机の鍵は遠い昔に家出しているのだ。仕方ない。
引き出しの中にコンドームの箱を隔離する。
見つからないと信じよう。
我が家に小さなおじさんが住み着いていない限り、無断で引き出しの卑猥物が飛び出ることは無いだろうけど。
自室を出て、玄関に向かう。
お気に入りのスニーカーの靴紐が解けていないことを確認する。よし。
玄関の鍵がしっかりと閉まっていることを確認してから、廊下を通ってエレベーターに向かう。

エレベーターに乗ってボタンを押して、一階まで下りる。
マンションの入口を出ると、先輩がいた。
黒のテーラードジャケットに白のカットソー、スキニーパンツにスニーカーとショルダーバッグ。
まるでファッション雑誌からいまさっき抜け出して来たような出で立ちだ。
ま、眩しい。
そしていつ見ても顔が良過ぎる。
「あーちゃん」
わたしを目にした途端。そんな嬉しくて仕方がないですみたいな顔しないで欲しい。
心臓が高鳴ってしまう。
落ち着けわたしのチキンハートッ。
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