あやかしが漫画家を目指すのはおかしいですか?

雪月花

文字の大きさ
35 / 46

35 迷える刑部姫

しおりを挟む
「あれ? あそこにいるのって……刑部姫さん?」

 その日、雪芽はたまたま買い物のために外を歩いていた。
 そんな時、街中のとある喫茶店の窓から中にいる人物を見た雪芽はそれが刑部姫だと分かる。

「誰かと一緒にお茶しているのかな……? もしかして佳祐さん?」

 佳祐のこととなると思わず首を突っ込みたくなるのが彼女の出来心であり、そのため喫茶店の中にも思わず入ってしまう。
 だが、中に入って刑部姫と対峙している相手が佳祐でないと分かると雪芽は驚く。
 しかもそれが彼女が知る、とあるあやかしだったと知るやいなや驚きは二倍である。

「あれって……ぬらりひょん!?」

 思わず大声を出しそうになるのを雪芽は慌てて口を塞いで近くの席に座る。
 幸い、二人はこちらに気づいた様子はなく、雪芽は二人の会話を盗み聞きするように集中する。

(どうしてぬらりひょんさんがここに……ううん。それよりもどうして刑部姫さんと一緒に……?)

 思わぬ展開に嫌な予感を感じる雪芽。
 その予測を頷かせるように二人の会話を聞いていた雪芽に驚くべきセリフが飛び込んでくる。

「それで儂の小説『戦国千国』のコミカライズ担当……漫画を描く気になったと考えていいのじゃな? 刑部姫よ」

「……はい」

(!? 刑部姫さんがぬらりひょんさんの小説を漫画に!?)

 驚きのあまり注文したアイスティーをこぼしそうになる雪芽であったが、それをなんとか踏みとどまり二人の会話に集中する。

「ほっほっほっ、良い心がけじゃ。なあに儂の小説『戦国千国』は出版部数一千万を越える人気の小説。これが漫画化されると知れば原作ファンは勿論新規の読者も獲得できる。しかもお主の画力があれば瞬く間に人気漫画としてすぐに売上を伸ばすであろう。どこぞの名も知らぬ三流漫画家と組んで細々とやるよりもあやかしはあやかし同士、共にこうして協力し合い、互いの夢を叶えるのが理想じゃよ」

「……夢……」

 上機嫌に笑うぬらりひょんとは対照的に刑部姫はどこか暗い表情で迷っているように雪芽には感じられた。
 それは目の前で談笑しているぬらりひょんも感じ取ったのか、どこか釈然としない様子で刑部姫に問う。

「どうした刑部姫よ。まさかとは思うが、まだあの人間に未練があるのか?」

「そ、それは……」

「言ったであろう。人間と我らあやかしが共存することなど出来ぬと。お主もかつて幾度となくそうした目にあったはずじゃ。その男もお主を利用して自分の漫画をいいように描かせようとしていたと言ったではないか」

「…………」

(佳祐さんが刑部姫さんを利用して……? そ、そんなことあり得るはずがないです……)

 二人の会話を聞いていた雪芽はその場で首を振り、ぬらりひょんの言葉を否定する。
 だが、肝心の刑部姫はどういうことか苦悩するようにただ下を向いて黙ったまま、否定も肯定もしなかった。
 そんな彼女に呆れたのかぬらりひょんはため息と共に告げる。

「まあ、よい。いずれにしても来月から儂の館で仕事に入ってもらうぞ。勿論、儂の館にいる間はお主の自由にして良い。これまでは様々なマンションや家を転々としたそうじゃが、もうその心配はないぞ。同じあやかし同士、ましてやこれから儂らは原作、漫画と共に協力し合う仲になるのじゃ。今後は儂の館でゆっくりと過ごすが良い。もうこれからはお主は誰に追い立てられることも利用されることもない。好きなように漫画を描き、お主の自由な生を得るがいい。刑部姫よ」

「…………」

 ぬらりひょんはそう告げると一人先に会計を済まして出て行く。
 そのぬらりひょんの後に、やはり俯いたままの刑部姫が出て行く。
 二人が出て行ったのを確認すると雪芽もまた慌てた様子で喫茶店を後にするが、どうするべきか彼女は迷っていた。
 
「ど、どうしよう……。刑部姫さんとぬらりひょんさんが……」

 先程の会話だけでは全てが分かったわけではないが、少なくとも二人が組んで漫画を描こうとしているのは分かった。
 しかも、そのために刑部姫が今住んでいるマンションを出て行き、ぬらりひょんのいる館へ行こうとしている。
 果たしてこのことを佳祐さんは知っているのか?
 もしも知っていないのなら、教えるべきではないのか?
 どうするべきかとアタフタと慌て、悩む雪芽であったが、彼女は佳祐に対し恩がある。
 その恩を返すためにもここで見たことは教えなければいけない。
 そう思った瞬間、彼女の行動は早かった。
 すぐさまカバンからスマホを取り出すと登録していた佳祐の番号へと電話をかける。

『はい、もしもし。雪芽さんですか? どうかしまし――』

「佳祐さん! 今から話すことを落ち着いて聞いてください!」

『はい?』

 電話の向こうで何事かと首を傾げる佳祐。
 だが、次に告げられた雪芽からの内容に佳祐は思わず握っていたスマホを床に落とすのであった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

処理中です...