命の記憶

桜庭 葉菜

文字の大きさ
18 / 27

大切な記憶 2

しおりを挟む
『琴音にとってこれ以上の辛いことってさ、きっと彼に気持ちを伝えられないことじゃないのかな』

 少しずつ私の中で忘れていたものが思い出されていく。

『会うべき……なんじゃないかな。
会って今まで言えなかった気持ちを伝えるべきなんじゃないかな』

 こうちゃんが私のことを覚えていなかったからと何もかも忘れてしまっていた。

 ずっと大好きだった人。

 別れの言葉も、自分の気持ちも伝えられずに会えなくなってしまった人。

 もう一度会いたいと願った人。

 再び同じ後悔をしないように。

「ありがとう」

 桃子に話してよかった。

「明日、行ってくるね」

 電話を切る時には私の迷いは消えていた。

 明日の14時──か。

 いつも不安や心配など、マイナスなことばかり考えている私だが、今はそんなこと全く考えていない。

 無論、楽しみにしているわけでもないけれど。

 ただ私がどうしたいのか、どうするべきなのか、それが分かったことでなんだか自信のようなものが湧いたのだ。

 こうちゃんに、私の気持ちを伝えたい。

 こうちゃんの、気持ちを聞きたい。

 こんな単純な事だった。

 元々想像していた再会とはかけ離れたものになってしまったせいで──いや、私がそのことから逃げ出したせいだ。 

 でも、今は桃子のおかげで最初の気持ちを全部思い出せた。

 だから明日はこの気持ちのまま、こうちゃんに会いに行こう。

 今度桃子に会った時に何かお礼をしなきゃ。

 不安が消えた分、明日のもっと先のことまで考える余裕が生まれた。

 今日は久々に落ち着いて眠りにつくことができた気がした。

「しちじ……か」

 起きてすぐに今の時間を確認する。

 正確には7時3分。

 目覚ましをかけなかったのに随分と早く起きた。

 ベッドから起き上がり伸びをする。

 今日はこうちゃんと話をする大事な日。

 なのに何故だろう、妙に心が落ち着いている気がする。

 まだ寝ぼけているからだろうか?

 そう思い、私は顔を洗いに行った。

 それから着替えをし、朝ごはんを食べる。

 そこまで終わってようやくこの心の落ち着きが寝ぼけているわけではないのだと気づいた。

 なんだろう、もっと緊張するものだと思っていたのに。

 いつもより穏やかな自分に少し困惑しそうになる。

 こうちゃんとの約束の時間まであと5時間。

 やることがなくなってしまった私はお母さんの手伝いをしたり、漫画を読んだりして過ごした。

 案外時間が過ぎるのは早いもので、気がつくとこうちゃんとの約束の時間まであと2時間となっていた。

 軽くお昼ご飯を食べてから出かける準備を始める。

 必要最低限のものを入れた小さなバックを持ち、姿見の前に立つ。

 長めのTシャツにスキニーパンツ。

 今日は話をするだけなのでいつもよりラフな格好。

 でも好きな人に会うのだからやっぱり身だしなみは普段より気にしてしまう。

 何度か自分の姿を確認して、待ち合わせの公園へ向かった。

 1週間ぶりの電車、公園までの道のり。

 ふと、最後にここを1人で帰ってきた時のことを思い出す。

 周りの景色が全く見えないくらいただひたすらに走り続け、息を切らした状態で急いで電車に乗り込んだっけ。

 でもその後、最寄駅についてからどうやって家に帰ったのか、思い出せない。

 ただ辛くて、場所も周りの目も気にせずに大声で泣きたいのを我慢して、家まで帰った。

 もう二度とあんな気持ちで帰ることはしたくない。

 公園に着くまでに私の意思はしっかりと固まった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

すべてはあなたの為だった~狂愛~

矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。 愛しているのは君だけ…。 大切なのも君だけ…。 『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』 ※設定はゆるいです。 ※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。

好きって伝えたかったんだ。

まいるん
恋愛
ごめんなさい。 あの時伝えてれば。素直になれていたら。 未来は変わったのだろうか。 ずっと後悔してる。 もしもう一度君に会えたら。 もしもう一度君と話せたら。 高校1年生のすいは、同い年で幼なじみの蓮のことが好きだけど、告白できずにいた。想いを伝えることはできるのか。2人は結ばれるのか。 幼なじみ同士の少し不思議で切ない物語。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

【完結】妻の日記を読んでしまった結果

たちばな立花
恋愛
政略結婚で美しい妻を貰って一年。二人の距離は縮まらない。 そんなとき、アレクトは妻の日記を読んでしまう。

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

処理中です...