16 / 27
吸血鬼の噂
しおりを挟む
宵祭りの日から数日後、ラヴィは午後のまだ明るい時間に、一人でまたその町まで来ていた。今日は、広場に面した喫茶店で、孤児院を支援してくれている団体の代表と会う約束をしているのである。もうすぐ養子になるゼンのことで、その手続きと予定の打ち合わせのために。その人は亡くなったおじさんの親友でもある。
約束の時間よりも早く来て、入口からでも見える窓際の席に座ったラヴィは、とりあえず注文したハーブティーが運ばれてくるまで窓の外を眺めていた。考えることはたくさんあるけれど、せっかく街まで出てきて小洒落た喫茶店にいるのだから、今は頭を休めて日常とは違う景色をただ見つめていたいと思った。ゼンとお別れする気持ちの整理をつけなければならない。ほかの煩わしさと一緒になって、それをいい加減にしてしまいたくは無かった。だから、一度、気持ちと思考をリセットする。孤児院を任された者としてしっかりと向き合って、最善の状態で送り出したいと思うラヴィの、いつもの儀式みたいなものだ。それには注文するものも決まっていて、いつも同じハーブティーをいただく。
窓のすぐ外、街路樹が並ぶ歩道ではセンスよく着飾った若者たちが行き交い、その向こうに見える広場の市では、商売人と客がやりとりしている活気ある姿が見える。
「お待たせしました。」
声をかけられて店内に視線を戻したラヴィ。目の前のテーブルには、ティーポットに入ったお気に入りのハーブティーとカップの用意が整っている。カウンター席付近の立ち位置へと戻る前に、さわやかな笑顔で会釈をしてくれたウェイターに、ラヴィも自然と軽く頭を下げた。
ラヴィはカップを手に取り、紅茶を注いで一口すすった。
ああ、心が和む・・・。
それから何となく店内にも視線を向けてみれば、この時間は友達と会話を楽しむ若い女性客がよく目についた。
「彼、すごく気をつかってくれるの。とても上手だったし、甘い声であんなに優しくされたら・・・」
通路を挟んだ隣の席にいる綺麗な人も、会話に夢中で気づいてないのか、普通に聞こえる声でこちらが恥ずかしくなってしまう話をしている模様。勝手にごめんなさい・・・とラヴィは声にせず謝った。
「あらそう、じゃあ結局、良かったってわけ? 少しは警戒しなさいよ。」
「私も最初はおかしいと思ったわよ。 突然、バルコニーに現れるから。」
「じゃあ、どうして部屋の中に入れちゃうのよ。」
「だって、とてもハンサムだったんだもの。珍しい銀色の髪と青紫色の瞳、この世のものとは思えない美しさに誘惑されちゃったのよ。」
銀色の髪と青紫の瞳の美青年って・・・まるでレインのことみたい。ああダメよ、気を逸らさないと、盗み聞きしてる気分になってしまうわ。ラヴィは小さく首を振り、それとなく窓の方を向いてみたものの、隣の会話は変わらず聞き取れてしまう。
「この世のものとは思えないって・・・そうね、それは確かだわ。」
「ええ。まさか吸血鬼だったなんて。」
胸騒ぎがした ―― 。
ラヴィは首を戻して、思わず聞き耳を立てていた。
「婚約者がいるくせに浮気なんてするから、罰が当たったのよ。」
「反省してるわ。彼が助けに来てくれなかったら、ほかの被害者と同じようにきっと殺されていたもの。」
「本当に怖いわね。最近、国じゅうの町で被害が拡大しているらしいわ。そのぶん討伐隊の数も増えて規模も大きくしているみたいだけど。」
「そういえば、私を襲った吸血鬼は討伐隊に撃たれたって聞いたけど、確認できなかったって。森の中へ逃げたらしいんだけど・・・ほとんど不死身だから、銀針1本命中したくらいじゃあ死なないみたい。でも、さすがにこの町からは出て行ったんじゃないかしら。」
話にきりがついたところで、その彼女たちは帰り支度をすると席を立った。
テーブルの一点を見つめていたラヴィは、思い出したというように冷めてしまったカップの紅茶を飲み干し、ティーポットから二杯目を注いだ。心臓がドキドキして、手が震えるのを抑えることができなかった。
「お待たせ。」
不意にそう声がして、ラヴィは驚いた。顔を上げてみると、そうだった・・・待ち合わせをしていた相手がそこにいた。その彼 ―― 支援団体の代表 ―― は眉をひそめて顔をのぞきこんでくる。
「顔色が良くないけど・・・体調が悪いのかい。」
「あ、いえ、大丈夫です。気持ちの問題で・・・。」
「ああ、そうか。また寂しくなるな・・・。」
気持ちを立て直したラヴィは、きちんと大事な話に集中した。必要な書類を受け取り、互いの予定を調整して都合をつける打ち合わせは特に問題なく早めに終えられた。 なので、時間に余裕ができると、あとはいつも互いの報告になる。ラヴィは孤児院での子供たちの様子について話した。レインのことは気になりながらも約束通り黙っていた。ただ、町まで出て来たついでに、もともと調べようと思っていたことがある。
「あ、そうだわ。ききたいことがあるんだけど、太陽の光を浴びると悪くなる皮膚の病気って知ってる?」
「いや・・・そんな変わった病気があるのか。」
「私もたまたま耳にして、ちょっと気になっただけなんだけど・・・実は知られてる病気なのかなって思ったから。」
「いやあ・・・太陽がダメなんて、まるで吸血鬼 ―― 。いや、これは失言。そこの図書館に行けば、それについて書かれた本があるんじゃないか。」
約束の時間よりも早く来て、入口からでも見える窓際の席に座ったラヴィは、とりあえず注文したハーブティーが運ばれてくるまで窓の外を眺めていた。考えることはたくさんあるけれど、せっかく街まで出てきて小洒落た喫茶店にいるのだから、今は頭を休めて日常とは違う景色をただ見つめていたいと思った。ゼンとお別れする気持ちの整理をつけなければならない。ほかの煩わしさと一緒になって、それをいい加減にしてしまいたくは無かった。だから、一度、気持ちと思考をリセットする。孤児院を任された者としてしっかりと向き合って、最善の状態で送り出したいと思うラヴィの、いつもの儀式みたいなものだ。それには注文するものも決まっていて、いつも同じハーブティーをいただく。
窓のすぐ外、街路樹が並ぶ歩道ではセンスよく着飾った若者たちが行き交い、その向こうに見える広場の市では、商売人と客がやりとりしている活気ある姿が見える。
「お待たせしました。」
声をかけられて店内に視線を戻したラヴィ。目の前のテーブルには、ティーポットに入ったお気に入りのハーブティーとカップの用意が整っている。カウンター席付近の立ち位置へと戻る前に、さわやかな笑顔で会釈をしてくれたウェイターに、ラヴィも自然と軽く頭を下げた。
ラヴィはカップを手に取り、紅茶を注いで一口すすった。
ああ、心が和む・・・。
それから何となく店内にも視線を向けてみれば、この時間は友達と会話を楽しむ若い女性客がよく目についた。
「彼、すごく気をつかってくれるの。とても上手だったし、甘い声であんなに優しくされたら・・・」
通路を挟んだ隣の席にいる綺麗な人も、会話に夢中で気づいてないのか、普通に聞こえる声でこちらが恥ずかしくなってしまう話をしている模様。勝手にごめんなさい・・・とラヴィは声にせず謝った。
「あらそう、じゃあ結局、良かったってわけ? 少しは警戒しなさいよ。」
「私も最初はおかしいと思ったわよ。 突然、バルコニーに現れるから。」
「じゃあ、どうして部屋の中に入れちゃうのよ。」
「だって、とてもハンサムだったんだもの。珍しい銀色の髪と青紫色の瞳、この世のものとは思えない美しさに誘惑されちゃったのよ。」
銀色の髪と青紫の瞳の美青年って・・・まるでレインのことみたい。ああダメよ、気を逸らさないと、盗み聞きしてる気分になってしまうわ。ラヴィは小さく首を振り、それとなく窓の方を向いてみたものの、隣の会話は変わらず聞き取れてしまう。
「この世のものとは思えないって・・・そうね、それは確かだわ。」
「ええ。まさか吸血鬼だったなんて。」
胸騒ぎがした ―― 。
ラヴィは首を戻して、思わず聞き耳を立てていた。
「婚約者がいるくせに浮気なんてするから、罰が当たったのよ。」
「反省してるわ。彼が助けに来てくれなかったら、ほかの被害者と同じようにきっと殺されていたもの。」
「本当に怖いわね。最近、国じゅうの町で被害が拡大しているらしいわ。そのぶん討伐隊の数も増えて規模も大きくしているみたいだけど。」
「そういえば、私を襲った吸血鬼は討伐隊に撃たれたって聞いたけど、確認できなかったって。森の中へ逃げたらしいんだけど・・・ほとんど不死身だから、銀針1本命中したくらいじゃあ死なないみたい。でも、さすがにこの町からは出て行ったんじゃないかしら。」
話にきりがついたところで、その彼女たちは帰り支度をすると席を立った。
テーブルの一点を見つめていたラヴィは、思い出したというように冷めてしまったカップの紅茶を飲み干し、ティーポットから二杯目を注いだ。心臓がドキドキして、手が震えるのを抑えることができなかった。
「お待たせ。」
不意にそう声がして、ラヴィは驚いた。顔を上げてみると、そうだった・・・待ち合わせをしていた相手がそこにいた。その彼 ―― 支援団体の代表 ―― は眉をひそめて顔をのぞきこんでくる。
「顔色が良くないけど・・・体調が悪いのかい。」
「あ、いえ、大丈夫です。気持ちの問題で・・・。」
「ああ、そうか。また寂しくなるな・・・。」
気持ちを立て直したラヴィは、きちんと大事な話に集中した。必要な書類を受け取り、互いの予定を調整して都合をつける打ち合わせは特に問題なく早めに終えられた。 なので、時間に余裕ができると、あとはいつも互いの報告になる。ラヴィは孤児院での子供たちの様子について話した。レインのことは気になりながらも約束通り黙っていた。ただ、町まで出て来たついでに、もともと調べようと思っていたことがある。
「あ、そうだわ。ききたいことがあるんだけど、太陽の光を浴びると悪くなる皮膚の病気って知ってる?」
「いや・・・そんな変わった病気があるのか。」
「私もたまたま耳にして、ちょっと気になっただけなんだけど・・・実は知られてる病気なのかなって思ったから。」
「いやあ・・・太陽がダメなんて、まるで吸血鬼 ―― 。いや、これは失言。そこの図書館に行けば、それについて書かれた本があるんじゃないか。」
0
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
助けた騎士団になつかれました。
藤 実花
恋愛
冥府を支配する国、アルハガウンの王女シルベーヌは、地上の大国ラシュカとの約束で王の妃になるためにやって来た。
しかし、シルベーヌを見た王は、彼女を『醜女』と呼び、結婚を保留して古い離宮へ行けと言う。
一方ある事情を抱えたシルベーヌは、鮮やかで美しい地上に残りたいと思う願いのため、異議を唱えず離宮へと旅立つが……。
☆本編完結しました。ありがとうございました!☆
番外編①~2020.03.11 終了
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。
たまこ
恋愛
公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。
ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。
※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。
辺境に追放されたガリガリ令嬢ですが、助けた男が第三王子だったので人生逆転しました。~実家は危機ですが、助ける義理もありません~
香木陽灯
恋愛
「そんなに気に食わないなら、お前がこの家を出ていけ!」
実の父と義妹に虐げられ、着の身着のままで辺境のボロ家に追放された伯爵令嬢カタリーナ。食べるものもなく、泥水のようなスープですすり、ガリガリに痩せ細った彼女が庭で拾ったのは、金色の瞳を持つ美しい男・ギルだった。
「……見知らぬ人間を招き入れるなんて、馬鹿なのか?」
「一人で食べるのは味気ないわ。手当てのお礼に一緒に食べてくれると嬉しいんだけど」
二人の奇妙な共同生活が始まる。ギルが獲ってくる肉を食べ、共に笑い、カタリーナは本来の瑞々しい美しさを取り戻していく。しかしカタリーナは知らなかった。彼が王位継承争いから身を隠していた最強の第三王子であることを――。
※ふんわり設定です。
※他サイトにも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる