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エピローグ
ただいま
しおりを挟むある春の初めの正午過ぎ。
山腹の台地には、わずかに残る雪と、芽吹いた野草の風景の中に、様々な形の白い岩もあちらこちらに突き出している。
大きくて平らな岩を選んだアベルは、そこに腰を下ろして、膝の上に林檎と、チーズとベーコンのサンドイッチを広げた。
その時ふと、アベルははしゃぐような風の声に気づいた。
誰か訪問者を知らせてくれている。山の風は、この人のことをよく知っているようだ・・・訪問者? いや、違う・・・そうじゃない。
昼食をわきに置いたアベルは、弾かれたように立ち上がった。そして、この山腹の草原の、目の届く限り遠くを見つめた。
立ち上がって待っていると、なだらかな坂道を上がってくる人影が見えてきた。まず頭の先から栗色の髪が見え、自分とそう変わらない体型の男の人が現れた。若い。
やがてやってきたその青年は、足元に荷物を下ろし、驚いた顔でただ見つめてくるアベルと面と向かい合うと、眩しいほどの笑顔で言った。
「ただいま。」
アベルは最初声が出ず、ただあふれそうになった嬉し涙をこらえていた。
だって、そこにいるのは・・・大親友・・・リマール。
帰って来た。
目に涙を溜めているアベルは、ちょっと苦笑しながら手を伸ばしてきたリマールに、軽く背中を抱きしめられた。
「もうずっと、王都で暮らすのかと思ってた。」
「いずれはそのつもり。だけど、僕はまだ一人前じゃないよ。薬剤師としても。」
リマールはそう答えてアベルを放すと、声を弾ませて言った。
「レイサーとラキアに会ってきたよ。」と。
「ほんと! どうだった?」
「相変わらずだった。ラキアはやっぱり小さい子みたいだし、レイサーは不愛想だけどカッコいい。二人ともあのままだよ。」
アベルは懐かしそうな顔をして笑った。
「そうだ、二人が同じことを言ったんだ。」
「なんて?」
「うん、近いうちにアベルも連れて来いって。特にラキアはちょっと脅すようにそう言ってきて、すごく会いたそうだった。」
ラキアはきっとアベルのことが好きなんだなとリマールは気づいていたが、ひやかすようなので口にはしなかった。
二人はそこの一枚岩に並んで座った。
アベルは、隣に腰を下ろしたリマールにサンドイッチを半分あげた。
リマールが、穏やかな笑顔を浮かべて報告した。
「あれから、アリシア王妃は、無事に元気な男の子と女の子を出産したよ。」と。
アベルは目を瞬いた。
「え、二人?」
「そう、双子だよ!」
急に少し興奮して、リマールは言葉を続けた。
「双子をご出産なさるなんて、彼女は幸運の女神か! って、みんな手を叩いて喜んでたって。これで、叔父さんの王位継承順位は、またずいぶん遠退いたことになるんじゃない?」
「僕がまた〝王になって欲しい〟なんて言われることは、もうなさそうだね。」
二人は笑い合った。過去のあの恐怖と困難を、今は笑い話にできるなんて・・・と、そう思いながら。二人の目に、レイサーとラキアと、四人で旅をしたあの日々が鮮明に浮かんできた。
二人は食べながら、少し思い出話をした。
山賊に襲われて、レイサーに助けてもらったこと。ラキアが関所に火をつけたこと。それに、イスタリア城。あやかしの沼のことは忘れてしまいたかったけど。
爽やかな風が、いろんな音を運んでくる。
食べ終わったアベルは目を閉じて、そんな風の声に耳をすました。
いつもより長く、じっくりと時間をかけて。
「何が聞こえるの。」
「うん・・・。」
アベルは瞳を閉じているそのまま、安心したように微笑んだ。
それを見たリマールは、ああ幸福の音か・・・と理解して目を細くした。
「そっか。」
やがてゆっくりと瞼を上げたアベルは、やはり遠くの青い山脈を見つめだした。
それにつられるようにして、リマールもまた同じところに視線を向ける。
そこは太陽が昇る国、イルマの東。
.・✽.・ END ・.✽・.
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