イルマの東へ Ⅱ ~ Knights of Winder Kingdom ~

月河未羽

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第1章  暗 躍

1. 新生活 ― それぞれの今

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 紺色こんいろ金糸きんし入りの軍服を着て腰に剣を下げている、見た目こそごくごく普通のその少年は、見習い兵士であるにもかかわらず、週に三度は当然のように王宮を訪れる。

 その少年の名は、アベル。正式名はアベルディン。

 実は、このウィンダー王国の若き王、アレンディルの弟である。アベルはあだ名・・・というより、別人としての名だ。

 リマールがイルマ山に帰ってきてから、いろんなことがあった。アベルも、そして周りも変わった。アベルにとってその最初に、これまでの人生で最もつらく悲しい出来事が起こった。
 おじいさん、つまりヘルメスが亡くなったのだ。

 それをきっかけに、アベルはリマールと共に山を下り、王都で暮らすことを決めた。
 そうして、アベルは王弟ということを隠しながら、レイサーに憧れて兵士への道を歩み始めた。
 一方、リマールもまた、再び医師の勉強をしながら薬剤師 けん 見習い軍医に。
 レイサーは、さすらい戦士をやめて実家へ帰り、カルヴァン城の騎兵隊の隊長となっていた。
 そして、長男の跡を継ぐように、三男のエドリックが王の近衛兵このえへい就任しゅうにんし、その長男ルファイアスは、ラクシア市の領主りょうしゅになると同時に、カルヴァン城の城主となった。
 次男のラルティスは、依然いぜんとして南の国境警備隊をべている。
 そう言えば、ラキアは・・・少しは成長しただろうか。精神的に。

 アベルが、彼女の言動を思い出して思わず笑みを浮かべ、つい今を忘れていたそのあいだにも、止まることなく足が向かっているのは、王宮の衛兵所えいへいじょ。この国でいう衛兵所は、単にそのまま衛兵の詰所つめしょのこと。まずはそこを経由する。そこには、彼が週に三度はやってくることを知っている、王の近衛兵のうち一人が待ってくれている。エドリック騎士きしか、マクヴェイン騎士のどちらかが。アベルを、誰にも呼び止められずに、彼の目的地へとすみやかに連れて行くためだ。

 軍服を着ていれば、衛兵所までならみな自然な目で見てくれる。その詰所はいくつか存在するが、アベルがいつも立ち寄るのは、王宮の大庭園に入って右に見えてくる建物。茶色の壁に、傾斜けいしゃゆるい灰色の屋根をかけている。

 その入口のひさしの下に、大きな犬が丸くなって休んでいる。番犬などではなく、ただここの兵士たちに可愛がられている老犬だ。毛の長い耳はずっと垂れていて、目はうっすらと白濁はくだくしている。アベルが姿を現すと、トロンとしたその目をちょっと大きくして、嬉しそうに見つめてくれるものの、体はついてこなくて尻尾しっぽをパタパタと動かすだけ。

 アベルはしゃがんで、「やあ、調子はよさそうだね。」と、言葉をかけながら、その犬の頭や背中をなでてやった。表情と、尻尾の動きでそれは分かる。
 それから衛兵所のドアをノッカーで鳴らし、中へ入れてもらった。

 この日待ってくれていたのは、マクヴェイン騎士。彼は、少年とゆかりあるベレスフォード家の長女アヴェレーゼの夫である。彼は、ラルティス総司令官と同い年だそう。彫りの深い顔で、その容貌ようぼうに似合うしぶい声をしている。

 ここでの会話は決まっていて、アベルが、「ただ今、参りました。」と言うと、彼は、「さあ、ついて来なさい。」と、わざと上から少しえらそうに返す。それから二人で外へ出れば、彼の言葉遣いはたちまち尊敬語に変わる。
「今日はお見えになると思っていました。この三日間、おいでにならなかったので。」
「何かとつかまって、いろいろと手伝わされてたんです。人使いの荒い先輩たちで。」
 マクヴェインは思わず笑い声を漏らした。
「それは恐れ多い。彼らは正体しょうたいを知らないので、仕方ありませんが。」

 王の近衛兵このえへいと、一見ただの少年兵士の二人組は、やがて主宮殿のエントランスにたどり着き、大理石の長い広廊を横切り、中庭に面した柱廊ちゅうろうを通り抜けた。そのままいくつかの中庭を過ぎ、ずっと一階を進んで行った。

 アベルはしょっちゅう、辺りをきょろきょろしながら歩いた。王宮を歩く時、誰にも気にされないように彼(マクヴェイン騎士)がいるのだが、やはり落ち着かない。国王とその母や家族が住む王宮とは、例えお呼びがあったのだとしても、通常、下っの兵士が気軽に通って行けるような公共施設などではない。

殿下でんか、そんなにおどおどされなくても大丈夫です。この辺りで誰に出会おうと、不審ふしんがられることはありませんから。」
 今度は苦笑いを浮かべて、マクヴェインが肩越しに言った。

 今、二人はもう、清掃にくる召使いでも、高い地位にある者しか入ることを許されないような領域にきていた。つまり、ここですれ違う者はみな、すでにアベルの素性すじょうを知っているということ。

「あの・・・その、殿下っていうのも・・・ちょっと・・・。」
 それに、演技でも上からものを言ってくれる方がずっと気が楽だ・・・と、アベルは思う。

 そのあいだにも、やがて連れてきてもらった今日の部屋は、黄色を基調とした壁や床、それに南に面しているおかげで明るい小部屋だ。一階にあり、吐き出し窓の外にはテラスが張り出していて、そこのへいで囲まれた庭には、窓がついた煉瓦れんがの犬小屋があった。室内の方には、低い小さな木製テーブルと椅子いす、それに木馬もくばや、大小さまざまな形の積み木が置いてある。ここは、子供部屋の一つだ。

 そんなふうに、通路という通路に注意を払いながらおとずれるアベルを、その部屋にいた者たちは喜んでむかえた。

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