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第2章 敵の罠
1. 捕虜
しおりを挟むここは、アディロンという森の中。大部分は開拓されないまま残されている森である。それは、ウィンダー王国にとって、最大の敵との国境沿いにあるから。しかし、ただ一つだけ、その中で大昔から存在している、今も生きている村がある。この森に切り開かれたわずかな道のほとんどは、その村人が、自分たちの生活のために通したものだ。
そこは、イアリクという村。
その村の河原に、ラルティスたちは、後ろ手に縛られたまま座らされていた。大岩のすぐ前に。あれから・・・あの惨劇のあと連れて来られてから、ずっとここにいる。
基地を出発してからは、もう何日目になるか分からない。
周りを見渡してみれば、すぐ右手に、岩がごつごつ突き出している急流の川がある。その反対側には、こんもり盛り上がって木を茂らせている低い山。あとは、高く鬱蒼とした森の緑に覆われ、それらに取り囲まれているこの川沿いは、いびつな形の石ころで埋め尽くされている。おかげで座り心地は最悪だ。それで捕虜たちは、土が見えるまで足で石を払い除けて座った。それくらいなら、監視の兵士たちも何も言わなかった。
ただ、村の河原といっても、ここは居住区から外れていて、そことは雑木林で隔てられている。その民家の集まる場所は木々の向こうに少し見えており、そこへとつながる小道が一本確認できるが、村人たちの生活の様子は全く分からなかった。
ここは、確かに助けを求めてきた村だ。
ところが思わぬことに、村は、いつの間にか隣国の兵士たちに占拠されていたのである。その男たちは、よく知っている忌まわしい茶色の軍服を着ている。
南の隣国、バラロワ王国の兵士だ・・・!
常にここにいるのは、捕虜を見張るその兵士が交代でニ、三人だが、食事をするために縄が解かれる時だけは、それが十人くらいになる。
そして、村人たちもここへ来ることがあった。しかし、二十歳は過ぎているだろう青年や中年の男性ばかりで、女性や子供、それに少年の姿が現れることは決して無い。なぜかは、ラルティスたちには容易に見当がついた。縛られてひどい扱いを受けている、こんな捕虜たちの姿を見せたくないからだ。
ただ、一つ、彼らには気になることがあった。ここへ来る村人たちの表情が、決して沈んでいるようには見えないことである。むしろ、てきぱきと兵士たちの言うことをきいている。食事や飲み物はこの村人たちが持ってくるのだが、事務的にもてなしたりしていて、何か洗脳されているような感じだった。捕虜たちの食べ物もこの村人たちが用意するが、弱らせたままにしておくためだろう、それは全く不十分で粗末なものだった。日々 衰えていくのが恐怖を覚えるほどわかる。
精神を参らせようとするものは、ほかにも〝記憶〟がある。正気でいるために、彼らは己の弱さとも闘わなければならなかった。そのため、上官たちは時々、まだ若い彼のことを気にした。これまでは立派に耐えているが・・・。
南の国境警備隊のトップ、ラルティス総司令官と今一緒にいるのは、第一部隊長のハリス、副隊長のコール、そして、遥かに若い隊員のアスティンである。
生かされて捕まったのは、この四人だけだ。
あの残酷な悲しい出来事が、毎夜、こうして生き残った者たちを苦しめた。
最初、ラルティス率いる部隊は、この村を目指して森を進んでいた。ところが、いつまでもたどりつけなかった。なぜなら、同じ場所を歩き回ることしかできなかったからだ。その訳は、ここへ連れて来られてから知った。そうして食料が尽き、そのうち自然の中から食べ物を見つけることもできなくなり、隊員たちはみな痩せ衰えて動けなくなった。
それを見計らって、奴らは現れたのだ!
そして地獄を見せられ、絶望に突き落とされた。
だが強い意志と精神力、そして励まし合って立ち直った。ラルティスとその部下たちは、希望を捨てず、気力を保ち、黙秘を続けると誓ったのである。必ず転機とチャンスが来ると信じて。
一方の敵の兵士たちは、聞き取れる距離でも堂々と話をする。策略についても。
その様子から、いずれ自分たちはみな処刑されるのだろうと、ラルティスには分かった。ここにいる敵の兵士は、どの男も残忍で情けを持ち合わせていなさそうな顔をしている。少なくとも、自分たちを襲撃した奴らはそうだ。弱りきってほとんど無抵抗の者を、手を休めることなく一方的に刺し殺していったのだから!
その兵士たちは、そこにテーブルと椅子を置いて、暇潰しにチェスやカード遊びを始めることがある。そう気を抜いてくれると、いきなり襲いかかって武器を奪い取ることもできるんじゃないか・・・と、考えたこともあった。今は拘束されているが、実はラルティスだけが気づいた、それを解く秘策があった。しかし、そのあと逃げ切れる自信がなかった。体がこんなにも弱ってさえいなければ。
とにかく、見張りに来た者は、誰もかれもが日々だらけていくようだった。最初は武器の点検や手入れなどもしていたが、ここでは毎日必要なことではない。そして、遊びにも飽きて暇を持て余すと、時にからかってきたり、余計なことをしゃべってくる。前には、聞くに堪えないことまで言われた。
ある日の当番が口にしたそれは、こんな話だった。
「三日前に、お前たちの様子を見に来た奴らがいた。」
「・・・・・・。」
「相手はたった五人の兵士。こちらはその三倍以上いた。だから、すぐに襲ってやった。」
「それで・・・。」
「それだけだ。」
ラルティスは目を閉じて、胸の痛みに耐えた。それは国境警備隊の部下だろうか。とにかく、自分たちが戻らないことで動いてくれた援兵であったことは間違いない。だが彼らは森を彷徨う前に、多勢に無勢であったことから、ただちに殺されてしまった。早く、何とかこのことを知らせなければ、自分たちのせいで次々とほかの部隊もやられる。
さらに今日は、こんな言葉で話しかけてくる兵士もいた。
「あれが何か分かるか。お前たちを閉じ込めておく牢獄だ。もうすぐ完成する。」と。
そこへ目を向ければ、山の斜面に洞窟らしきものが見える。明るいうちは、その中から何やら工事の音が響いてくる。作業に当たっているのは村の男たちだ。
あそこへ連れて行かれれば、脱走するのはますます難しくなるだろう。あと何日あるのか。ラルティスは唇を噛み、周囲を見回しながら考えた。縄をかけられているのは腕だけだ。これは、ひょっとすると、外すことができるかもしれない。それに、萎えた足でもきっと、そこまでなら走れる。あの流れ・・・どう考えても・・・賭けるなら、そこしかない。あれが、唯一の逃げ道。
せめて、一人でも逃亡できれば・・・。
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