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第2章 敵の罠
2. イアリク村の少年
しおりを挟む空が暮れてきて、見張りの兵士たちが火を起こし始めた。さっき交代したばかりの三人の兵士だ。一人は焚き火を燃え上がらせることに専念し、一人は川の水際に佇み、一人は山の洞窟を覗きにいった。昼間、ある兵士が、「お前たちの牢獄だ。」と、ラルティスに教えた場所を。
捕虜たちは、その山の方から連れて来られた。山裾の斜面を上ったり下ったり、山あいの細い谷を通ったりしながら。イアリク村に近づくまでは、その行路はやはり道と呼べたものではなかった。
何日も、こんなことが続いている。すっかり見慣れた光景だった。
後ろ手に縛られたままというのも、それだけでひどいものだが、ラルティスもその部下も、まだ拷問といえるほどのむごい仕打ちを受けてはいなかった。兵士たちは、誰かを待っているようだ。恐らく、一番の指揮官を。
襲撃の時に指揮をとっていた男を、あの日以来、ラルティスは見ていない。その男は、そのあと別の離れた場所へ行ったと思われた。どこへ・・・と考えると、一つ思い当たった。そういえば、森の向こうの国境を越えた湿地帯には、バラロワ王国の古い城が一つ建っている。名はなんといったか・・・舌を噛みそうな・・・ノルヴァンディラス城・・・確かそんな名だ。
とにかく、その指揮官が戻ってくれば、すぐにでも乱暴な尋問が始まるだろう。進撃を企てている敵には、より有利で的確な作戦を立てるうえで、知りたいことが多くあるはず。
ラルティスたちは、時々、お互いの様子を気にした。最も心配されているのは、やはり、まだ若いアスティンだった。ふと気づけば、たまに虚ろな、遠い目をすることがある。自分はここで終わる・・・とでも聞こえてきそうな顔だ。そんな時、指揮官たちはそっと声をかけて我に返らせた。
やがて兵士たちは、三人とも焚き火の周りに落ち着いた。
捕虜たちも何もすることがなく、ただ疲れたため息をつき合うばかり。
するとある時、あらぬ方から気配がした。
とっくに村人も帰宅して、誰もいないはずの方向だ。それは、背後の岩の後ろ。
まだ少し遠いが、どうも兵士たちに見つからないように、ゆっくり、そっと近づいてくる。慣れたような忍び足でも、足場が石ころだらけなので嫌でも音がたつ。
それで、ラルティスたちはみなすぐに気づいた。救い手か・・・? というように目を見合う。だが、期待は湧かなかった。
そして。
「ねえ・・・。」
大岩を挟んだすぐ後ろから、この状況に全く不自然な声が聞こえた。
子供の声。
ラルティスとその部下たちは、まず監視の兵士たちを見た。ちょうど、村からの食事が届けられたところだ。兵士たちは喜んで食べ始めた。
ラルティスたちは、耳をそちらへ向けるようにして少し首を動かした。
「ねえ、おじさんたち、王様の兵士?」
顔を出さずに、声の主はそう問いかけてきた。
イアリクの村の子供たちに違いない。複数人いるようだ。声は男の子のものだった。
「ああ、君たちの王様の兵士だ。」
ラルティスが答えた。
「おじさんたち、弱いの?」
子供ならではのド直球に、思わず笑いがこみ上げた。
それでハリスが、「困りましたな。」と、苦笑を浮かべた。
後ろ手に縛られているこのざまでは、そんなことはない・・・とは言えない。
ラルティスは、監視の男をちらちらと気にしながら、子供たちと会話を続けた。
「なぜ、ここに?」
「弱そうかどうか、近くで見たくなって。」
「そこからだと、おじさんたちの姿は見えないだろう。」
「僕たち、あそこの岩場の陰からなら、ときどき見てたよ。」
それは気づかなかった。この子たちにはなかなか密偵の素質がある。そう感心していると、岩の後ろから何人かがパッと顔を出してきて、素早く頭を引っ込めた。一瞬、目が合った子もいた。四人くらいか?
ラルティスは、監視に目を向けた。今のことにも、まだ気づいていないようだ。焚き火の炎が眩しいのと、それと向かい合って食事をしているせいだろう。
「それで、どうだ?近くで見てみて。」と、ラルティス。
すると、少ししてからひそひそ話が聞こえた。どう思う?とか、僕はああだとか、こうだと評価する声が。
そして、間もなく意見が一致したようで、こんな返事が返ってきた。
「うーん・・・弱そうっていうより・・・弱ってるって感じ。」
「それは良かった・・・。」
とりあえず誤解がなくて。
「でも、どうして気になった?」
「ここで、もうすぐ戦争が起きるって聞いたから。」
「でも、この国の兵士はちゃんと訓練していないから、負けるって。」
「でも、あの人達の味方をしたら、ここは襲わないって。」
「それに、王様が交代したら、その人がずっと守ってくれるって。」
子供たちは口々に、言いたい放題答えてくれた。
なんてことだ。見事に罠にはまってこんな無様な姿をさらし、その言葉により説得力を持たせてしまっている・・・。
「で、どこでそんなことを?」
「村の会議で、大人たちがそんな感じのことをしゃべってた。」
「盗み聞きしたの?」
子供たちは、自分たちが叱られることをしているのが気になりだした様子で、急に慌てだした。
「ほんとは、ここに来ちゃダメだって言われてる。だから、行くね。」
「待って・・・。」
ラルティスは慌てて呼び止め、そして言った。
「一つ教えて欲しいことがある。君たち、そのまま岩の後ろから小さな声で、もう少しだけ、おじさんと話しをしてくれないかな。お願いだから。」
子供たちの相談し合う囁き声が聞こえた。
「じゃあ・・・うん、いいよ。」
「ありがとう。それで君たち、この川には詳しい?」
「うん。あの人たちが来る前は、このちょっと先は遊び場だった。」
「遊び場・・・もしかして、ここの急な流れは緩くなるのか?」
「うん、ここはこんなだけど、遠くのあの岩の後ろくらいからゆっくりになるし、それに浅くなる。」
ラルティスは、極めてかすかだが、ついにチャンスが訪れた気がした。かなり無茶で、馬鹿げた、とうてい成功しそうにない考えではあったが、それでも彼は、すぐそこにある川のことを知りたがった。川という名の、希望を示す道のことを。
「その先に大きな滝はある?」
「ううん。僕たちが知ってるところには無い。」
ほか三人の部下は、信じられずに上司を見つめた。まさか、縛られたまま川に逃げるなどという、正気とは思えない無茶を、総司令官はお考えなのだろうか。
見張りの兵士が顔を向けてきた。
捕虜たちは前を向いて、黙った。
兵士は少しのあいだそのままだったが、結局は立ち上がって、やはり近づいてきた。やっと気づいたようだ。
「こらっ!」
男の一喝に驚いて、パッと姿を現した子供はやはり四人。みな腕白小僧(男児ばかりということ)で、その兵士のわきを喚きながら素早くすり抜け、村の方へ走って行った。後ろからやってきたが、どこから回り込んできたのだろう・・・と、ラルティスは考えた。
「何を話していた。」
監視の兵士が仁王立ちで、腕を組みながらにらみつけきた。
「私たちは訓練していないから弱いと言われた。」
ラルティスは、がっかり肩を落として答えた。
「それに、ここはお前たちの王が戦争に勝って、守ってくれるようになると。」
コールもそう続けた。
見張りの男は、急に機嫌よく声をたてて笑いだした。
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