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第2章 敵の罠
3. 決死の覚悟で
しおりを挟む夜も更け、今夜の見張りは二人だけで、一人は時々うとうととしている。逃げられないと安心しきっているのだろう。距離もあり、思い出したように目を向けてくるだけだった。
見張りがみな眠ってしまうということは、まず有り得ない。兵士は何人もいて、真夜中の交代は、二時間ごとくらいの短い間隔で行われている。
それで、捕虜たちも休む時は休んだ。背中を曲げて立膝に頭をつけたり、反対に、岩の平らな部分に背中をつけて睡眠をとった。アスティンは、体を横にして眠ることが多い。ラルティスが、自分が一番楽な姿勢で休むように言ったら、彼は邪魔な石ころを蹴り払い、地面に寝るスペースを確保してそうなった。もちろん、誰もが、両手を腰のあたりで固定されている状態のままだ。さすがに慣れるまでは苦労した。
兵士たちは、退屈しのぎに捕虜たちをからかうことはあっても、構うのは面倒のようで、彼らがどう姿勢を崩そうと、こそこそ話しをしようと放っておいた。
今夜ラルティスは、すぐ近くから聞こえる轟く川の水音を聞きながら、ずっと考え悩んでいた。視線もしょっちゅう、大きな岩がごつごつと突き出している、その中へ向けられている。
夜はほとんど真っ暗で、向こう岸と黒い川との見分けはつかなくなる。あの闇に一度 紛れれば、そう簡単には見つからないだろう。ただ、今も聞こえてくるその水音から、川の流れはかなり早い。しかしそれも、夕方やってきた子供たちの話によると、やがて落ち着いて水深も浅くなるという。
自分の意思で歩けば、この森からは脱出できない。だが川の流れに任せれば、どうだ。
苦渋の決断をしたラルティスは、川から部下たちの顔に視線を向けた。まだ全員が起きている。
「私の腰のあたりに、岩の鋭く突き出た部分がある。」
実は最初、ラルティスはそれに気づかず腕を当ててしまい、痛い思いをしていた。
部下たちは目を見合った。そうか、それでと合点がいった。彼が川の情報を欲しがったのは、だからだ。
その秘策を思いついたラルティスは初め、一か八か、少しでも戦える力があるうちに、自分がやってやろうと思っていた。夜、食事のあと密かに縄を切り始め、真夜中の交代後すぐに監視を襲い、次の交代時間までに部下たちを解放して共に逃亡する。二人なら勝てると思った。しかし、監視はみな角笛を首にかけていることを知って、考え直した。仲間を呼ばれたらおしまいだ。
そして次に思いついたのが、川への脱走だった。これができるのは一人だけだ。誰を行かせるかは、すぐに決まった。
彼だ。
「アスティン・・・極めて儚い望みでも、命を賭けられるか。」
ハリスとコールは、そう言いだした総司令官の真剣な顔を見て、それからその若い隊員を心配そうに見つめた。
アスティンが襲撃で重傷を負うことはなかったが、痩せて弱りきった体で急流を泳ぐなど、普通なら自殺行為だ。
「なぜ、まだ若いお前を殺さずに連れてきたのか、考えていた。恐らく、私たちから情報を引き出すために利用される。だから、逃げろ。お前一人なら、奴らは恐らく追おうとはしないだろう。川の流れに任せれば、ここから出られるかもしれない。はっきり言って、無謀だ。だが・・・」
「はい。ですが自分は、この事態を知らせるために行きたいと思います。」
最高指揮官と忠実な部下は、目を見てうなずき合った。
「縄を切れるかもしれない。そっと、こっちへ・・・そう・・・そのあたりだ。」
「あ、ありました・・・やってみます。」
ほかの者達は、アスティンが腕を動かしているのが見えないように、自然な仕草で態勢を変えたり、少し移動して隠した。兵士たちは明るい焚き火の間近にいるし、自分たちは炎が照らしている範囲のぎりぎりのところにいるので、こちらの些細な動きには気づかないだろう。アスティン以外はじっとして、物音をたてないように注意した。何としても、そのあいだ監視の気を引いてはならない。
しかし、縄を切るのは容易ではなかった。ただでさえ、ずっと両腕を後ろへ回しているせいで、肩に負担がかかっていた。それをやり辛い姿勢で無理に動かし、感覚だけで岩の出っ張りに強くこすりつけていると、何度も的を外してしまう。チクっと刺すような痛みが走る。やればやるほど傷つき、やり損ねる度に傷口に当たる。だが怯みはしなかった。手を傷つけながらも、アスティンは、痛みに耐えて根気よく試み続けた。長い時間がかかった。辺りはもう真夜中の気配がする。
そして・・・。
「総司令官・・・。」
アスティンが囁きかけてきた。
「切れました。いつでも行けます。」
二人の見張りが何か話し始めた隙に、アスティンはラルティスの合図で岩の後ろへ回り込んだ。ほかの者たちは場所を詰め、いなくなったことが目立たないようにする。
アスティンは、岩の陰に隠れながら、できるだけ足音をたてずに川へ向かっている。
しかし足場が悪く、どうしても石がこすれる音が鳴る。そのせいか、見張りの男が目を向けてきた。それから顔をしかめて腰を上げたので、ラルティスも、注意を逸らすためにスッと立ち上がった。音を立てたのは自分だ、とでも言うように。
「なんだ・・・?」
「足が疲れただけだ。座り続けていたからな。」
だがもう一人が、捕虜たちがいる暗がりに目を凝らして、その人数を数えていた。
一人、二人、三・・・。
「ん・・・あっ、一人いないぞ!」
その声が聞こえて、反射的にアスティンは駆け出した。
慌てて駆け寄ってきた見張りに、ラルティスが絶妙なタイミングで足をかけた。その兵士は見事に、ド派手に転んだ。もう一人には、ハリスが体当たりを仕掛けている。倒れた兵士が起き上がると、コールもまた肩から突進していった。そんなふうに、三人は必死で時間を稼いだ。
大きな水音が上がった。
「なんだ、今の音は。」
「川へ飛び込みやがった!」
兵士たちは取り乱し、焦って川の方へ走って行った。
だが結局は、悪態をついただけで戻ってきた。
その様子を見たラルティスは、あとはただ強く一心に祈った。
ためらわずに行ってくれたか・・・アスティン、どうか無事で!
ラルティスの左頬に、怒り狂った強烈な拳が飛んできた。
「くそ・・・!」
癇癪を起こしたその兵士は、ハリスとコールにも殴る蹴るの暴行を加える。
だが冷静に戻ったもう一人が、そんな相方の肩をつかんで言った。
「まあいい、あの小僧にたいした利用価値など無かったし、どうせ死ぬ。俺はそう報告してくる。」
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