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第2章 敵の罠
4. 基地を目指して
しおりを挟む最初、川の流れは容赦なく、岩にぶつけられる度に気が遠くなった。それでも息を、顔を上にと、必死になってひたすら手足を動かし続けた。だが波に飲み込まれ、掻き回すような水流に引っ張られて、とうとう抵抗できなくなった。それで、つい諦めたように水中を漂っていると、一瞬、背中が川底についたのだ。
流れが緩くなっている。状況が、それほど悪いものではなくなったと気づいて、生きる気力を取り戻した。
まだ死ねない・・・!
意志と使命感が燃え上がった。
アスティンは川の中で体をひねり、立ち上がった。すると、ここの水深は胸の下あたりまでしかない。
助かった・・・岸へ上がらなければ。
彼は顔を上げて、前を向いた。どこから岸だろう? 真っ暗で見当がつかない。 振り向いて後ろを見てみると、そちらには木々の輪郭がぼんやりと浮かんでいる。だいたいの距離がわかった。よかった、こっちなら渡れそうだ。
彼は向きを変え、一歩進むのもうまくいかない体に鞭打ち、岸辺を目指した。そして、転がるようにして地面に倒れた。だが気は抜かなかった。じゅうぶん用心し、追ってきた者はいないか・・・と耳をすまして辺りをうかがった。
川の水音と、とりわけ様々な虫の鳴き声が響いている。
ずいぶん遠くまで逃れてきた気分だった。だがここが、子供たちが言っていた遊び場付近なら、あのいまわしい場所からまだそう離れてはいないはず。もっと遠くへ行かないと・・・果たして行けるだろうか。また彷徨うことになるかもしれない。一人で。
とにかく、体力がもつ限り足を動かそう。そう決心したアスティンは、体を起こして水浸しの服を脱ぎ、それを思い切り絞った。びちゃびちゃだった衣服が、少しはマシになった。それでもじっとりと濡れている。とてもまた着る気にはならなかったので、肌着以外は手に持って歩きだした。
総司令官も言われた通り、川沿いを流れの方へ向かえば、少なくとも、知らないうちに舞い戻るなんて失敗はしないだろ。この川はきっと、基地の近くを流れている、あの幅の広い川につながる。一刻も早く、敵の動きと、総司令官や隊長たちのことを知らせるんだ。
その強い意志に突き動かされて、彼は岩場を乗り越え、茎の硬い植物が生い茂る藪の中にも突っ込んでいった。そうして、なるべく川沿いから離れないように歩いた。
そして、灌木の入り組んだ枝が屋根を作っている、茂みの洞穴を見つけた時になって、やっと歩くのを止める気になれた。
アスティンはそこへ行き、よろよろと腰を下ろして靴を脱ぎ、倒れるように草地に横になった。
冬じゃなくてよかった。夜は冷えてきて辛いのは辛いが、耐えられないことはない。ここならせめて夜風を防げる。
そうして彼は、寝づらい夜を過ごすも、やがて眠りについた。
そして翌朝、夜明けの暁光を感じた頃に、アスティンは無理に出発した。
かなり根性がいった。体じゅう殴られたように痛み、ひどく強張って動きづらい。しかも、何だか熱っぽい・・・。川に流され、濡れたまま裸で野宿したせいで、きっと病気になった。
だから、何だ。
彼は強気でいられるよう、甘えた考えを起こさなかった。例え悪化しようと、休むのは基地に帰り着いてからだ。
アスティンは、服に手を伸ばした。それは、そばに目立たないようにして広げていたが、まだ濡れている。湿った程度になるまで乾いてくれるかと期待したが、朝露のせいであまり変わっていない。だが、森の中で日当たりは悪くても、今日は幸い晴れているので、着ている方が早く乾くだろう。そう考えたアスティンは、薄手のシャツとズボンを身に着けた。
再び川の方へ出た。
川沿いは人目につきやすいので、びくびくしながら歩いた。それに、川は度々、別の方向へ分岐した。大きなシダの下を流れる小川ばかりで、簡単に横切ることはできる。だが困ったことに、ほかの流れも見ていると、平行して歩こうと決めた川が、どこへ向かっているのかだんだん疑わしくなってきた・・・。
さらには、大岩に阻まれることもあった。回りこもうとすれば、辺りの森の中にはどこにも道なんて無い。水辺以外は、どこも苔に覆われた巨木や岩、自由 気儘に茎や蔓を伸ばしている茂みが連続している、似たような景観が広がっている。視界いっぱい、目の届く限り。
アスティンは、自分は確かに基地へと近づいているだろうか・・・と、しょっちゅう立ち止っては、考えながら歩いた。そうでなくても、ずっと西や東にズレてたって、基地のそばを流れているあの川まで出られればいい。船着場もある広い川だ。南のこちら側とを結ぶものではないが、普通の暮らしの場があって、普通に生活している人が見えるはずの場所だ。
ところが午後になって、いよいよ意識がおかしくなってきた。自分が見ている川の流れは本物だろうか。従うべき川は自分の右側にあったか、それとも左か・・・。そんなわけの分からない感覚に陥り、悩まされた。水中に手を入れて確認しようとしたが、それすら判断できない。
そしてとうとう、さっき通り過ぎたはずの大岩を前方に見てゾッとなり、それ以上進むのを断念した。彼は、その場に座り込んだ。
アスティンは、気力を全ていっきに抜かれる思いだった。何もかも嫌になり、なげやりになり、最後は途方に暮れた。
ダメだ・・・ああ、やっぱり脱出できない。
絶望感が疲労と病気に気づかせ、困難に立ち向かう力を奪っていく。
だが軍人魂のもとに立ち直った。
僕はまだ生きている・・・生きている!
アスティンは自分の頬をパシッと打つと、膝を押し上げて立ち上がった。
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