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第2章 敵の罠
5. 見つかったアスティン
しおりを挟む彼は川から離れて、とりあえず隠れられる場所を探した。どうすべきか、考え直さなければ。
そして、あまり奥へは行き過ぎないようにして歩き回っていると、背の高い植物に覆われた空き地を見つけた。少し休むには、ちょうど良さそうだった。アスティンはそこへ行き、よろよろと腰を下ろした。
高木の枝葉の隙間から、柔らかな黄色い木漏れ日が射している。彼は、茫然とそれに見惚れた。飢えた体で、病気で傷だらけのまま、僕は呪われた迷路にいる。この体も気力も、もう何日ももたない。そして死ぬ。そしたら、あんな光の中を通って天へと昇れるのかな・・・殺された皆のとこ・・・。
我に返ったアスティンは、慌てて首を振った。
違う、僕が今行きたいのは、目指す場所は、基地にいる皆のところだ。きっと、心配して待っている。
アスティンは両膝を曲げて下を向き、膝頭に額をつけて考えた。
と、その時、はっきりと物音が・・・!
たちまち不安と緊張感が襲う。より頭を低くしながら、息をころして耳をそばだてると、不吉なことに人の気配だ。アスティンは動揺し、怖くなった。体ががくがく震えるほどに。でも、話し声はしない。少数・・・恐らく、二、三人。
軽い足音がこっちにくる・・・小柄な兵士だろうか。嫌な金属の音などはしないが、でも、それが誰だろうと、何だろうと、今はまだ恐ろしい森の中。
見つかりたくない・・・!
アスティンは静かに地面を這って、植物がもっと密生している場所に隠れようとした。ところが姿を見られたのか、それは狙いをつけたかのように近づいてくる。
背後の茂みが、ガサッ! っと掻き分けられる音がした。
「ひっ・・・!」
「アスティン・・・?」
恐怖で頭を抱えてうずくまったアスティンだったが、少女の声で呼ばれて、恐る恐る目を向けた。そして、その目を瞬いた。
亜麻色の長い髪と澄んだ緑色の瞳。そこにいるのは、確かに少女だ。しかも知っている顔。名前もすぐに浮かんできた。
「ラキア・・・さん?」
その少女・・・ラキアの方は、アスティンの異常な姿に大きく目をみひらいている。
「両手・・・なに? その痣・・・。」
手首の拘束の痕は、痛ましい紫色の痣になっていた。ほかにも掠り傷がいくつもある。
歯を食いしばったアスティンの口から、悲痛な呻き声が漏れた。彼は、涙を流して泣いた。
ラキアは驚いて、アスティンのそばに両膝をついた。
「大丈夫、今、手当てしてあげるから!」
どっと襲ってきた悲しみ以上に、彼は悔しくて泣いた。
兵士たるもの、戦いで死ぬこと、仲間を失うことの覚悟はできているつもりだ。だが、こんな卑劣なだまし撃ちで、まともに戦えずに殺されていくなど、思ってもみないことだった。
そして今になって、どうして涙が溢れてきたのか・・・すぐに分かった。目の前にいる少女が、これまでの過酷な現実とは、かけ離れた存在に見えるからだ。そのせいで、張っていた気がいっきに緩んだ。涙腺までも。
「おじいちゃん、こっち! 荷物とって・・・ああ、もうリヴァ連れてきて!」
間もなく蹄の音と、また一人、気配がやってきた。ウサギのような耳と優しい目をした、茶色の背の低い馬が一頭。それから、輪郭を覆うふさふさの髭を生やした白髪の老人。
ロバのリヴァと、ラキアの祖父のコラルである。
「おお・・・これは・・・。」
杖を置いたコラルは、腰を落として、アスティンの顔や姿 恰好を見回した。やつれたそばかす顔の青年で、異常な痩せ方をした細い体に、よれよれの軍服らしきものを着ている。
いちおう知り合いであるラキアが、彼のことを説明しながら濡れている上着を脱がせてあげると、そもそも体じゅう何かに打ちつけていて、アスティンはさらに驚くような打撲を負っている。
ラキアはすぐに毛布をかけてやり、コラルが体をみてやった。そして、食事をとらせようとしたが、ここでコラルは、アスティンの発熱に気づいた。
ラキアは、鞄の中から自分の外套を取り出して、アスティンに差し出した。
「ちょっと小さいと思うけど、濡れてるの全部脱いで、一枚でもこれを着てる方がいいよ。熱が上がっちゃう。」
そして少女は、藪の後ろに姿を消した。
アスティンは、外套一枚を痩せた体にしっかりと巻き付けた。次に腰をひもでぎゅっと締め、顔を隠さなければという意識が働いて、フードを被った。それから、気を利かせて離れてくれたラキアを呼び戻した。
「ここは、どこですか。森のどの辺り・・・。」
アスティンはたずねた。熱い息をはいて、病人の声をしている。
「そうじゃな・・・この未開の森でいうなら北側、国境警備隊の野営地より西側だ。」
方向はとりあえず合っていた。アスティンは、嗚咽を漏らしながらまた泣きだした。
「基地へ・・・みんなの所へ帰りたいんです・・・。」
ラキアが、よしよし・・・というように、自分より年上の頭をぽんぽんなでる。この少女の好きな人が、時々やってくれた仕草だ。
コラルもうなずきながら、「大丈夫、仲間の所へは、きっと陽が沈むまでには帰れる。」と、力強く請け合った。
コラルとラキアは、アスティンを連れて来たロバに乗せて、国境警備隊の基地を目指した。
「この森には、強力な術がかけられておる。何かを邪魔するために張られておるな。しかし、いったい・・・。」
リヴァの横、アスティンの隣について歩きながら、コラルはそんな話をした。コラルは、半ばアスティンに説明するように言いだしたのだが、それについて答えられるはずの彼は、下を向いて黙っていた。話すべきことも、話したいこともたくさんある。でも今は、口を動かす元気がなかった。
ラキアも、リヴァを挟んだ反対側を歩いている。
実は、コラルとラキアがここにいた理由は、森の調査だ。コラルは、気になる邪気を感じて、このアディロンの森を調べに来ていたのである。
それは、フェルドーランの森の危険区域と同じ邪気。ただ、何か少し違った。それを、コラルは推測もしていた。それは恐らく、〝あやかし〟なるものが住みついているか、いないかの違いだ。その証拠に、野生の動物たちは平気で暮らしている。
とにかく、古い言い伝えが本当ならば、〝 アレ 〟を霊能力者の誰かが発見し、利用している。真相を究明して、領主様に報告しなければならない。
コラルは時々、歩きながらぶつぶつと呪文を唱えて、腕や指先を動かした。虚空に何かを描いたり、印を結んだり。このご老人は、ベテランの精霊使いだ。その悪い力に邪魔させないよう、自分たちの行く手を無効にして進んでいるのである。
起伏の多い、自然のままにされている歩きづらい行路を、ロバは傷ついている者を背負って、しっかりと進んだ。
アスティンは、ときどき顔を上げて辺りを気にした。だがこの道のりを行くあいだ、ほかは虚ろな一点見つめで視線を落としたまま、結局、事情を一言も話さなかった。
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