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第2章 敵の罠
7. 明かされた森の謎
しおりを挟むヴルーノ副隊長に子供のように抱えられて、アスティンは、一番大きな小屋型の医療用テントに連れてきてもらった。そして、隊員たちが手際よく用意した休める場所に横になった。
軍医の準備が整うと、ラキアは丁寧に締め出された。これからアスティンは、きちんと体を拭いてもらい、診察と手当てを受けて、着替えをする。そのあいだ彼は、腰にバスタオルを一枚かけてもらっているだけの、ほぼ全裸でいなければならないから。
アスティンの友人の若い隊員たちも、とても心配そうだったが、ラキアと同じようにされた。今その天幕に入れるのは、コラルと軍医のほかは、隊長と副隊長たちだけだ。
出入口の前には、ほかの全てといっていい隊員が、夕食に手をつけようともせずに佇んでいる。そこに、ラキアも一緒に混じっている。
しばらくすると、セネガル副隊長が出てきた。
彼は、集まっている者たちに、それぞれすべきことをしに戻るよう命令した。それに、ちゃんと食事をしろと。その時、一人を呼び止めて何か指示を出していた。
ラキアも案内されて、ほかの隊員たちと食事を共にした。
受け皿代わりの平たいパンが、敷物の真ん中に山積みになっている。具材は塩漬けにした魚と、玉ねぎやカボチャなど数種類を一緒くたにした煮込み料理。それに、刻み野菜の玉子スープがついてきた。食後には、特別に小さなパンケーキとオレンジのジャムがプレゼントされた。ラキアはお腹いっぱいだったけれども、喜んで完食した。
ここでは非常食や携帯食ではない、普通の家庭的な食事を作るのも簡単なことだった。新鮮な材料や柔らかいパンも、近くの村で買うことができるからである。そうというよりは、食料はそこの契約している農家や工房から定期的に届けられていた。
病気と栄養失調のアスティンには、生薬入りのスープが届けられた。セネガル副隊長から指示された隊員が用意したものだ。
それから一時間ほどすると、夜警当番で見回りに出ていた部隊も全て戻ってきた。そして、その隊長と副隊長たち、それにラキアも呼ばれて医療用テントに入った。
アスティンは眠っているようだった。憔悴しきっていたが、すっかり綺麗になって、清潔な白いシャツと紺色のズボンに着替えていた。
「ろくに睡眠も取らずに、かなり無理をしていたんだと思う。熱のせいもあると思うが、着替えが終わったら、すぐに寝てしまった。」
ヴルーノが労わりの眼差しを彼に向けて言った。
誰もが知りたいこと、ことにラルティス総司令官やほかの仲間たちがどうなったのか、それを真っ先に聞きたいと落ち着かずにいたが、さすがに起こす気にはなれない。
それで、アスティンをここまで無事に連れて来てくれた二人に、これまでのこちら側の事情が軽く語られた。
まず、第三部隊の隊長が、事の発端であるイアリク村について教え、こう言った。
「その村へは昔、何度か行ったことがある。独自の世界を確立している不思議な村だった。」
隊長や副隊長たちは、このあとはタイミングよく代わる代わるしゃべった。
「それで我々は、何かあったら橋を渡り、遠慮なく知らせに来るようにと伝えて、何年も関わりを持っていなかった。そして最近になって、野蛮な集団に襲われているから助けて欲しいと言ってきたんです。」
「しかしそれは、彼らが橋を渡って直接言ってきたのではなく、王からの指令だった。それで、ラルティス総司令官は、ただちに第一部隊を率いて出かけていった。すぐに戻ると思われたが、何の連絡もないままかなりの日々が過ぎた。」
「我々は、その野蛮な集団というのが侮れない相手なのだと思い、こちらも手薄になったことから安易に援軍を送らず、まずは王へ急使を送って判断を仰いだ。」
「その結果、様子を見にいく数名の援兵を送ることになった。しかし、その者達もまた帰ってはこない。」
「そんな中、今度はルファイアス騎士がいらっしゃった。そして、我々はやっと真実を知った。野蛮な集団に襲われているという村人の話は嘘だったと。」
「そうです。」
不意に若い声が入ってきた。
「起きたか。」
セネガルがアスティンを見て言った。少し前から起きていて、話を聞いていたようだ。
「今、話せるか?」
うなずいたアスティンは、辛そうに頭を起こしながらやっと報告した。
「そのため私たちは、時期を待って現れたバラロワ王国の部隊に襲われました。」
「それは聞いた話から察しがついていた。」
「だが、総司令官の角笛の音は聞こえなかった。なぜ助けを呼ばなかった。」
「呼べなかったんです。それこそ罠だったから。」
アスティンが座りたそうにしていたので、ヴルーノが背中を支えてやった。アスティンはもう意識もしっかりしていて、落ち着いているようだった。
「川の向こうの森は、まるで敵の蜘蛛の巣。一度入ったら、それまで。出ることはできません。」
「しかし、お前はこうして帰ってきたじゃないか。どういうことだ。」
これには、コラルが答えた。
「術がかけられているということだ。わしも精霊使いだからな。その術を解いて、彼をここまで連れてきた。ただし、一時的に進路だけを解除することしかできん。それほど大きな呪力を継続的に使い続けられるなど、わしらの常識では考えられん。」
「そう、敵にはそれができる、恐ろしい男がついています。」
続きを話そうとするアスティンの顔は、急に何かをにらみつけるように歪んだ。
「私たちは何日も森を彷徨わされ、弱りきった状態でいるところを、一方的に虐殺されたんです!」
「なんてことだ。」
「ああ、それを知らずに、ルファイアス騎士は行ってしまわれた。」
慨嘆のため息が、隊長たちのあいだに広がる。
「今思えば、最初に王に助けを求めにいったのは、その村人になりすました敵の密偵だったのではないか。我らは知らぬ間に、着々と敵の思う壺にはまっているようだ。」
「もはや迂闊には踏み込めん。まずは王にまた使いを送らねば。」
「会議が必要になる。アスティン、もっと詳しく話せるか。」
「知る限りのことを話します。」
「だがまずは、その体を治さねばなるまい。ここでできる治療には限界がある。アスティン、お前を今すぐ川沿いの診療所へ運ぶ。そこでしっかりと看護を受け、動けるようなら、明後日にでも早速、大橋の関所へ行ってくれ。そうすれば、あとは関守のマルクス様がうまくしてくださる。」
「コラルさん、敵にそのような術使いがいるなら、あなたもついてくださると心強いが。」
「もちろん。これは国の一大事、力を貸そう。ただ、わしはもう年老いて体力が無い。だから、この孫のラキアが協力する。」
深刻で難しくて、何やら物騒な話がいきなりこっちに飛んできたので、ラキアはびっくりした。
「え、おじいちゃん、ちょっと・・・。」
「大丈夫、お前はもう一人前の精霊使いだ。わしが保証する。」
すると、アスティンがようやく明るい表情を取り戻して言った。
「あ、そうだ、ラキアさん。今はもう、レイサーさんはさすらい戦士ではなく、騎兵隊の隊長なんですよ。それに、アベルディン殿下とリマールさんは王都で暮らしていて、リマールさんは軍医に、殿下は正体を隠して兵士の訓練を受けています。お会いできると思いますよ。」
「おじいちゃん、あたし、やってみる!」
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