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第3章 脱 出
4. 捜索
しおりを挟む歌ってるのかと思う可愛い声で、度々、ラキアの口から異次元の言葉が流れ出す。このアディロンの森を、今、支配している大きな呪力を部分的に無効にして、捜索を進めるために必要な、それは呪文。
「それ、何て言ってるの?」
呪文が途切れたところで、アベルがきいてみた。
「森の精霊たちよ、ほかの力をふりはらい、あたしの声を聞いてって。本当にあるものを見せてってお願いしてるの。」
「それは、ラキアのやり方?」
「うん。そうやって近くにいる精霊に呼びかけるの。あたしたちの邪魔はしないでって。」
「ちゃんと聞いてくれる?」
「大丈夫。この森の精霊はみんな素直。誰かの大きな力の中にいたって、ほかの命令は聞いちゃいけないって言われてないなら、こっちの言うこともきいてくれる。」
「そうなんだ。」
「でも、時々おじいちゃんの真似をして、こう言う時もあるよ。嘘ついたら邪悪な闇を呼んで喰らわせるぞーって。」
可愛い顔と声でそんなふうに脅されたら、余計に怖いよ・・・と、アベルは思った。
捕虜となっている者たちの救出に向かった一行。そのメンバーは、カルヴァン城の騎兵隊隊長レイサー、見習い兵士(王弟)アベル、見習い軍医リマール、そして、精霊使いの少女ラキアの四人だ。
南の国境警備隊の基地で一夜を明かした彼らは、今朝早く橋を渡って森に入った。
以前知り合って、少し親しくなっていたヴルーノ副隊長とセネガル副隊長が、橋のたもとで見送ってくれた。その時、二人に笑顔は無かった。敵の手に落ちた者たちを助けられるかもしれないという期待の反面、そこへ向かおうとしている彼らの身を案じる思いで。それに、今すぐにでも、ついて行きたそうな顔をしていた。
ほかの隊員たちもみな、きびきびと職務に従いながらも、心安らかではいられない様子だった。
実際、今回一行が負った任務は、正確には捕虜の救出ではなかった。軍で鍛えられた敵に立ち向かうには、あまりにも頼りない人材と頭数だ。だから、救出の話は、レイサーの判断で可能なら・・・ということになっていた。もはや、アディロンは未知の森。救出作戦を実行する前に、そのためのルートの確認と、捕虜たちの現在の居場所や、安否を確かめる必要があると考えられたからである。問題なく道を進むことができれば、村までは半日(五、六時間)でたどり着く。下見に時間をとっても、そう変わらない。彼らは、そのために結成された特殊チームだ。
昨夜レイサーは、隊長や副隊長と話をして、国境警備隊の中でのこれまでの経緯、また、森の道のことやイアリクの村のことを聞いていた。
最初の歩きやすい道は、途中で切れた。そこからは、木の根がはびこる足場の悪い野生の地面や、苔むした岩場をずっと進んだ。これは話に聞いていた通りだった。
今のところ、森に潜伏して罠の効果をみているかもしれない敵の気配も感じていない。
先導しているレイサーは、ラキアのおかげで、初めて踏み入る土地でも滞りなく足を進めた。
「その村は知らないが、そこに住む村人たちが、自分たちの生活に必要な道だけを切り開いたと聞いている。だから、本来は、それが見つかれば自然とたどり着くそうだ。普通なら、そんな遠くて分かりにくいものではないらしい。ああほら、もう前方に木が少なくなっている場所が見える。あれだろう。ここまでは話に聞いていたとおり・・・」
「ちょっと待って・・・。」
アベルが急に立ち止って、目を閉じた。耳をすましている。
「そっちじゃないみたいです。」
アベルを連れて来て正解だった、と、レイサーは心から思った。予定変更だ。
「何が聞こえた?」
アベルは、すぐには答えられなかった。どう伝えればいいのか考えているよう。
そして、いきなりこう言いだした。
「自力で脱走に成功したかもしれません。」
その根拠は? と思い、レイサーが追及する。
「・・・だといいが。それで?」
「はい、えっと、聞こえた・・・というより、伝わってきたイメージっていうか・・・それは、嫌な感じがしない数人の気配。それどころか、ひどく疲れて弱っている人たちの、注意深く、息をひそめて、小声で話し合ってる様子・・・。」
「なるほど。どこにいるか、見つけられそうか。」
「正確な場所は分からないけど・・・方向なら。近くまでは行けると思います。」
そうして彼らは、イアリクの村へ続いていそうな道の方へ出るのを止めて、アベルが風に導かれるままに進んだ。
その方向へ行けば行くほど、森の緑がいっそう密生してきた。低木が狭い間隔で生えている場所が多くある。一行は、木の枝に絡まる蔓植物が、そこかしこで細長い紐を何本も垂らしている陰気な場所に来ていた。この辺りは、ただでさえ方向感覚を失うような樹海だ。
リマールが何かを見つけて、仲間たちのそばを離れた。彼は、大きな木の前に立った。そして、筋だらけの太い幹に手を伸ばして、樹皮につけられている形をなぞった。
「木に印。」
あとからそばに来たアベルが言った。
それは、剣先で刻みつけた大きなバツ印。
「わりと新しいよ。」と、リマール。
レイサーは、少し離れた場所を一人で調べていた。そこは、固い小枝や茎が絡まって壁を作っている、少し下りになった細い道。正確にはとても道と呼べたものではなく、無理やり道を作った痕跡があるだけだった。
体を押し込むようにして、両手で掻き分けながらそこへ入って行ったレイサーは、数分すると戻ってきてため息をついた。
「いくつも道を切り開いたあともある。」
そこを離れてからも、度々、印を見つけた。違う形だった。それは何種類もあり、数えきれない量に及んだ。
彼らは辛くなって、声もなく佇んだ。帰っては来ない隊員たちの、必死で生きようと考え悩んだ姿が目に見えるようだった。
「だがこれらは、初めラルティス兄貴が率いていた部隊が残した痕跡だろう。俺たちが今探しているのは、捕まった四人。アベル、お前に聞こえた声の出どころは、ここじゃあないだろ?」
「はい。僕たち、たぶん・・・回り道をしてると思う。ここが、僕たちが探している人たちと関係のある場所だから。」
風は自由だ。普段は、いろんなことを気まぐれに教えてくれる。だから、知りたい情報を得るには運も必要。それは、アベルも分かっていた。
そして、レイサーも理解した。こちらが人探しをしているのに気づいてはくれても、今必要で望んでいることや、気持ちまでは、なかなか上手く読み取ってもらえないらしい。
(風に)文句も言えないしな・・・と、レイサーはため息をついた。
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