41 / 69
第4章 対 策
7. あやかしと森の女神
しおりを挟む「わっ・・・!」
突然、足場が抜けた!
水中へと吸い込まれたアベルは、必死で冷静になり、すべきことを思って目を開けた。水は鉛色にひどく濁っていて、何も見えない・・・と思ったら!
足の下に、白く腐敗した死体の顔がある・・・!
アベルは動揺し、目を固くつむり、恐怖のあまり、そのまま手足をめちゃくちゃに動かして上がろうとした。
〝指輪が欲しいか。〟
〝分かるぞ。お前も狙っているな。〟
〝ここまで自分から入ってくるとは、図々しいやつだ。〟
〝見ただろう。真下に、愚か者どもがごろごろ横たわっている。お前もそうなる。〟
自分の周りのあらゆる方向から声をかけられる。いまいましそうな声・・・あやかしたちだ。
アベルは勇気をふり絞り、返事をしようと思った。だけど、どうやって水の中でしゃべればいいんだ? 心の中で答えて伝わるだろうか。
「はい、指輪が欲しいです。壊すために。」
〝壊す・・・!〟
あやかしが驚いた声を上げた。
〝わしらの命を壊す!〟
と、また別のあやかしの声。
その返事はそれらを怒らせたようだったが、同時に、この無鉄砲な少年に興味をひかせた。
〝お前は自分のためではなく、ただ指輪を壊すために来たというのか。〟
「もちろん、理由はあります。正々堂々たる戦いのため。」
〝お前は何者〟
「僕が誰だか、分からないのか。」
アベルは、わざと少し偉そうに言った。
〝お前は誰だ〟
「僕は、正統な王家の血を引く者。」
〝わしらの主人が許した・・・〟
あやかしたちは黙って、じっくりと少年を調べた。
〝確かに・・・あの方と同じ血を感じる〟
〝だが、指輪は渡せん。出ていけ〟
〝きっと闇に葬られる、恐ろしい〟
〝命は譲れん、去れ〟
〝お待ちなさい〟
ナイフのように鋭く、凛と響く声が入ってきた。
〝正統なる王家の血を引く少年よ〟
「はい・・・。」
〝壊す・・・とは、浄める・・・ということですか〟
「浄化すると言っていました。それをできる人が、一緒に来ているんです。」
〝指輪を渡して〟
と、綺麗な声の主はあやかしに言った。
〝いくらあんたの頼みでも、聞くわけにはいかん〟
と、あやかし。
〝そりゃあ、あんたは、ここを気に食わないと思っていなさるだろうから、そうおっしゃるが〟
〝彼に任せれば、あなたたちは解放され、この森を、もっと遠くまで自由に行くことができるようになるかもしれないのですよ〟
〝なぜ、そんなことが言える〟
〝長い年月を経て、あなたたちは、すでにこの沼の妖精となっています。けれども、呪われている。精霊は時に、特殊な力を持つ人間に利用され、自由を奪われることがありますが、清められれば解放されます〟
〝本当か〟
〝あなたたちは、これまで助けてくれる存在を知ろうとしなかった。ここへ来る者をみな敵とみなしましたね。中には、彼のようにほかのために来た者もいたかもしれないのに〟
〝わしらは、そんなことができる人間を知らなかった〟
〝彼は特別な人。望みをかけるのにじゅうぶん値します。今こそ勇気を出して〟
あやかしたちは、互いに顔を見合い相談した。
〝よし、分かった。指輪を渡そう。お前さん、光を見たらそこをつかめ〟
〝さあ、これだ〟
アベルは、閉じている瞼の前が明るくなったのに気づき、言われた通りに、そこを無造作につかんでみた。
感触が得られた。アベルは、固くて小さな輪っかを握りしめていた。
そして周りから気配の全てが消え、沼底が現れた。
そうして、あたかも神のように再び姿を現したアベルは、寒さで歯をガチガチいわせながら岸辺に戻った。
待っていたリマールが、アベルの髪を軽く拭いて、すぐにその体をバスタオルで包んでやった。
紫色の唇から声は出てこなかった。アベルはただ黙って、掌を上にした右手を開いた。
握りしめていたのは、銀の指輪だ。
何か文字か模様のようなものが彫ってある。それを、コラルだけが理解することができた。ただ、彼でさえ口にする勇気はなかった。儀式を行わなければ問題のないことだが、それは短いながらも、魂を売るような呪いと誓いの言葉が、精霊文字と言われるもので刻まれてあるということだった。まさしく伝説通りに。
続いて、この呪いの指輪は、その場で浄化されることになった。
コラルはさすがに速やかに動いて、淡々と準備を整えていく。沼のほとりに適当な場所を選び、赤い布を敷いて指輪をのせ、小さな巾着から何か粉をすくい取って、それを指輪にふりかけている。ラキアにさえ意味はさっぱり分からないが、とにかく仰々しい、いや神々しいことが行われている。呪われた指輪は、たいへん丁寧に扱われているように見えた。ほかの者たちは、少し離れたところから、ただ緊張して黙ったまま見守った。
指輪の前に座っているコラルは、何やら右腕を大きく動かしたあと、胸の前で両手の指を奇妙な形に組み、そのまま念を一つに呪文を唱え始めた。
すると、しばらくして・・・。
「見て!」
ラキアが叫んだ。沼を指差している。
アベルもレイサーも、そしてリマールも声もなく目をみはった。精霊使いたちにとっては見慣れた超常現象にも、常人はいちいち驚愕する。ただし、今回はコラルが起こしたことというより、沼が本来の姿を取り戻す過程を目撃しただけのこと。
鉛色だった水がみるみる澄んでいき、なんと青緑色に変わったのだ。水面には空と雲、それに木の葉が映っている。
指輪の方は紫色の炎をあげて燃えたあと、ドロドロした形の無いものになった。すくい上げることもできなくなったので、その上に土を盛り、ラキアが見つけてきた綺麗な色と形の石を、墓石のように置いた。呪詛から生まれたにしろ、故人が身に着けていたもの。それは遺品である。
こうして、無事に浄化の儀式も終了し、彼らの任務は完了した。これで、アディロンはもう人喰いの森ではなくなったはず。この瞬間、そこに何か変わったことは起こっただろうか。
〝ありがとう。お礼に、あなたが本当に必要になった時に、一度だけ助けましょう。あなたの胸に、約束と祈りの光を灯しておきます。その時まで〟
パッと顔を上げたアベルは、今届いた声の出どころを探すようにして、木々のあいだのあちこちに目を凝らした。
こんなふうに話しかけられたのは初めてだった。だから思った。
風の声・・・ううん・・・きっと森の女神様の声だ。
それから、大事なことを忘れていたと気づいて、アベルは隣に立っているレイサーに囁きかけた。
「死体を見ました。沼に沈んでる。」
レイサーはうなずいて、ため息をついた。
「ここはイスタリア城主の管理下。エオリアス騎士に頼んで、遺体を収容してもらおう。」
一行は、帰り支度を始めた。
そして去り際。アベルはあやかしたちのことを考え、綺麗な声を思い出した。それらは自然にかえったこの沼に、まだいるだろうか。人を脅かし襲いながらも、怯えながらここに住みついていた。それらが自由な沼の妖精となって、幸せに暮らせますように。あの綺麗な声の主が言ったように。
「約束と、祈りの光・・・。」
そう心の中でつぶやいて、アベルは澄んだ青緑色の沼上を見つめた。
0
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
「無能」と捨てられた少女は、神の愛し子だった――。 凍てつく北の地で始まる、聖獣たちと冷徹公爵による「世界一過保護な」逆転生活。
秦江湖
恋愛
魔法適性「鑑定」がすべてを決める、黄金の国ルミナリス。 名門ベルグラード公爵家の末娘アデリーンは、十五歳の鑑定式で、前代未聞の『鑑定不能(黒の沈黙)』を叩き出してしまう。
「我が家の恥さらしめ。二度とその顔を見せるな」
第一王子からは婚約破棄を突きつけられ、最愛の三人の兄たちからも冷酷な言葉とともに、極寒の地「ノースガル公国」へ追放を言い渡されたアデリーン。
着の身着のままで雪原に放り出された彼女が出会ったのは、一匹の衰弱した仔狼――それは、人間には決して懐かないはずの『伝説の聖獣』だった。
「鑑定不能」の正体は、魔力ゼロなどではなく、聖獣と心を通わせる唯一の力『調律師』の証。
行き倒れたアデリーンを救ったのは、誰もが恐れる氷の公爵ゼノスで……。
「こんなに尊い存在を捨てるとは、黄金の国の連中は正気か?」
「聖獣も、私も……お前を離すつもりはない」
氷の公爵に拾われ、聖獣たちに囲まれ、これまでの不遇が嘘のような「極上溺愛」を享受するアデリーン。
一方で、彼女を捨てた黄金の国は、聖獣の加護を失い崩壊の危機に直面していた。
慌ててアデリーンを連れ戻そうとする身勝手な王族たち。
しかし、彼らの前には「復讐」の準備を終えたアデリーンの兄たちが立ちはだかる。
「遅いよ。僕らのかわいい妹を泣かせた罪、一生かけて償ってもらうからね」
これは、すべてを失った少女が、真の居場所と愛を見つけるまでの物語。
婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです
鷹 綾
恋愛
王太子カイル殿下から、社交界の場で婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リュシエンヌ。
理由は――
「王太子妃には華が必要だから」。
新たに選ばれたのは、愛らしく無邪気な義妹セシリア。
誰もが思った。
傷ついた令嬢は泣き、縋り、やがて戻るのだと。
けれどリュシエンヌは、ただ一言だけ告げる。
「戻りません」
彼女は怒らない。
争わない。
復讐もしない。
ただ――王家を支えるのをやめただけ。
流通は滞り、商会は様子を見始め、焦った王太子は失点を重ねる。
さらに義妹の軽率な一言が決定打となり、王太子妃候補の座は静かに消えた。
強いざまあとは、叫ぶことではない。
自らの選択で、自らの立場を削らせること。
そして彼女は最後まで戻らない。
支えない。
奪わない。
――選ばれなかったのではない。
彼女が、選ばなかったのだ。
これは、沈黙で勝つ公爵令嬢の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる