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第5章 戦場へ
6. 名無しの村
しおりを挟む夕方になった。辺りが暗さを増していく。
そろそろ野宿を考えないといけないが・・・。総司令官のエドラス騎士は、風の声を聞けるという少年兵士に任せてばかりいないで、夜の帳が下りて来る中、抜かりなく周囲をよく観察し始めた。
だがすぐ、その目を少し大きくした。光を見つけた。それはいくつも現れだして、道の遠く先に浮かび上がっている。木々の間に、いくつもの灯りが。
村だ。本当にあった。
だがなぜ、誰も知らなかったのだろう・・・と、エドラスは考えた。完全に忘れられた村・・・なんてことはあってはならないし、ないはずだ。この平等を重んずるウィンダー王国で、見捨てられた共同体などあるはずがない。ここの存在を知る者も、きっといる。そう、例えば国王陛下。
何はともあれ、灯りが見えた場所にたどり着いた。そうして一行がモミの木立を抜け出たところは、まばらに木が生えているだけの広場と呼べる場所。傾斜の緩い小さな丘があり、その上には夕焼けを残した藍色の空が広がっていて、その下には、屋根の低い平屋の家が付かず離れず集まっている。家々からは、夕食の美味しそうな匂いと、話し声がしている。
民家の路地から、すぐに誰か出てきた。そうかと思うと、どの家からも、老若男女ぞろぞろと出て来た。こんなに大勢がいきなりやってくれば、当然、こうなる。しかも軍隊のお出ましなのだから。
そうして、この広場のような場所に、ここの村人たちが大集合した。大人たちは遠慮がちにざわついている。子供たちは、物珍しくて飛び出してくる子や、逆に怖がって後ろへ隠れる子など、反応が様々で動き回っている。
地図にも載っていなくて名前が分からない村に、多少の不安があったレイサーだったが、そんな自由で元気な子供たちの姿を見て安心した。それは、共同体の環境の良し悪しを知る指標の一つになる。ぱっと視線を走らせてみたところ、目だった廃墟も荒れ果てた様子もなく、きちんと管理も行き届いているように見える。何の不思議なこともない、ごく普通の村のようだ。
レイサーが、距離を置いて向かい合っている村人たちの方へ視線を向け直すと、骨ばった小柄な老人が一人、杖をつきながら進み出て来た。腰がだいぶ折れ曲がっていて、かなりの高齢と見受けられる。
その行動から、村長であることは明らか。武装した大軍を見ても全く動じず、まずは事態を冷静に受け止められる度量からも分かる。
先に出てきて集まっていた指揮官たちは、礼儀正しくその長老の前に並んでいる。
エドラス騎士が、さらに一歩前へ出た。
「突然、驚かせてしまい申し訳ありません。私は、総司令官のエドラスと申します。そして我々は、カルヴァン城の兵士です。戦地へ向かう途中なのですが、敵によって本来の進路を阻まれています。そのため、偶然ここへ来ました。どうか一晩、広場や周辺に野営を張ることをお許しいただきたいのですが。」
「ええ、構いません。」
実に速やかで感じのよい了解を得られたエドラスは、ホッとした顔を、後ろにいるレイサーやほかの隊長と見合った。
「ありがとうございます。それと、もう一つ。今、大きな敵がこの国の平和を脅かしています。一刻も早くイスタリア城へたどり着かなくてはなりません。あなたは、この森のことをきっとよくご存知だ。何か特別な近道などはありませんか。」
すると、急に妙な空気になった。
周りにいる村人たちが、長老の表情をそっとうかがっている。その瞬間、長老自身にもわずかに変化があった。そのことに、レイサーは気づいた。今、その目の奥に見えたのは動揺だろうか。実際、返事が聞けたのはすぐではなく、間があった。
長老は答えた。
「申し訳ないが。」
レイサーはたちまち気になり、追及したくなった。だが、嫌悪感を持たれるのを恐れてやめた。隊員たちを気持ちよく休ませてやらなければならない。
エドラス騎士も、同じように感じたようだ。
「そうですか。」
「お疲れでしょう。自由に井戸から水を汲み、焚き火を起こしなされ。そして好きに寛がれるといい。できる限りもてなそう。」
「感謝します。」
指揮官たちは丁寧にお辞儀をすると、野営の準備をするよう指示を出しに、それぞれの部隊へ散っていった。
レイサーだけが、まだ少しその場に残った。
「あの・・・。」
レイサーは、背中を返しかけた長老を呼び止めていた。道のことでではなく、今教えて欲しいと思ったのは、当然の疑問。
「我々の地図にはここの記載が無いのですが、ここは何という村ですか。」
「名無しの村だ。」
思わず、レイサーは呆気にとられた。
その反応が少し面白かったようで、長老は穏やかに笑った。
「名前が・・・無いのですか。」
「そうじゃとも。地図に無いのも手落ちではない。昔はあったが、無くしたんじゃあ。」
「また・・・どうして。」
「この村の平穏を乱そうとする者を、寄せ付けぬように。また、よそから来た者が、この森の主に食われぬようにじゃあ。」
これは冗談か真面目な答えか。しかも、悪気があっての返事か。それはまさしく、自分たちのことではないか・・・? そんな気がして、レイサーは首の後ろに手を当てた。それに後半は謎でしかない。
「なんか・・・すみません。」
「ああいや、気を悪くなさるな。お国のために戦場へ向かう戦士たちを、どうして歓迎せんことがあろうか。」
「そうおっしゃっていただけると助かります。」
ごく普通の村だと思った。それが不可解になった。そして、いよいよ気になった・・・先ほどの、彼らの妙な様子が。するとレイサーは深く考えていた。道、名無しの村、そして彼らの様子・・・一本の線の上につながるんじゃないか。
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