56 / 69
第6章 決 戦
2. イスタリア城の戦い
しおりを挟む夜が明ける少し前に、敵はいったん引いていった。兵士の数で劣りながらも、その夜のうちはひとまず敵を食い止め、持ちこたえたイスタリア城の軍勢。だが敵は立て直して、すぐにまた襲撃してくる。油断はできない、できないが、二次戦に備えて休まなければならない。それも含めて、この間に負傷者の手当てや、迎撃態勢を整え直す等、イスタリア城にいる兵士たちもできる限りのことに当たった。一部破壊された城門も修繕し、横木を足し、丸太や使えそうなもので可能な限り補強された。
その間も、敵の気配は岩山の中にはっきりと感じられていた。実際に、監視の兵士たちは、時々ちらっと現れるその動きを確認している。
その一時の停戦中に、アルヴェンは、ラルティスに戦況を報告しに行った。その部屋には各部隊長と、エオリアス騎士も集まった。
「退避・・・?」
隊長の一人が、耳を疑うといった顔できき返した。
それを勧めたラルティスは、固い表情でおずおずと城主の様子を気にした。エオリアス騎士が醸し出す威厳と貫禄は、ただでさえラルティスでも思わず辟易してしまう。その彼に今、プライドを傷つけるような惨めな提案をしたのである。
「城を明け渡せと言うのですか。」
アルヴェンも驚いて言った。
「ええ。はっきり言って、まだ敵と張り合える状態にないと見受けられます。援軍が間に合わなければ恐らく、関所の戦いと同じ悲惨な結果となる。そこで跳ね橋を渡り、森の道を進んで王都へ。ここの戦力を王都につなぐというのはどうでしょうか。途中、カルヴァン城の部隊とも出会えるでしょう。」
ラルティスは、無残に敗れた関所での戦いをありありと記憶している。同じように敗戦するとしても、一人でも犠牲者を減らし、戦力を維持しておく方がまだしもだと思ったのだ。
「しかし・・・関所を取り返すことがますます困難になる。敵はこの城を乗っ取り、本拠地とするだろう。ここは砦だ。関所は取り返さねばならん。」
その言葉、城主エオリアス騎士のそれを最後に、議論されることはなくなった。
その話し合いは、東の稜線から、夜明けの暁光がちょうど城を照らしだした時に行われたことだった。
気を抜けない緊迫の数時間は、あっという間に過ぎた。結局時間もなく、そのままとどまることとなったのである。たたき潰される最後の瞬間まで、あくまで防衛戦を貫くという結論に至ったのだ。
そして太陽が明るく白く輝きだした頃、一度目の襲撃とは比較にならない大軍が押し寄せてきた。
今アルヴェンは、まさに戦闘の渦中にいて、防具の隙間という隙間に傷を負い、血を流して戦っている。生存者たちも、誰もがみな傷だらけだ。
やはり、援軍はまだ来ない。
アルヴェンは、それらは必ず来る・・・! と、味方の兵士たちを勇気づけてきた。確かに、来るには来るだろう。しかし、その援軍カルヴァン城の部隊がとった行動を普通に考えれば、どんなに急いでも、本当ならまだあと一日はかかる。それとも、奇跡を信じるか。今日耐えられれば、あるいは・・・。
そうだ、耐えねばならぬ!
アルヴェンは闘志を奮い立たせ、城内の庭で力強く剣を振るった。すでに城門は突破され、城の内部で、視界の至るところで武器が激しく打ち合わされている。忙しなく上がる金属音と雄叫び、それに悲鳴。胸壁にいた弓兵も階段を駆け下りてきて、剣戟の戦いに加わるもはや混戦となっていた。
その熾烈な戦いの最中、アルヴェンのもとに、不意に兵士が一人走り寄ってきて言った。
「跳ね橋が壊されました!」
アルヴェンは瞬間、頭が真っ白になった。
だが必死で冷静になり、確認した。
「橋が下りたということか。」
「はい、敵の部隊が森からも襲撃してきます!」
そうか、関所を破った部隊は、この時を待って森の死角に潜伏していたのか・・・! なるほど、この数日動きがなかったのは、森からの奇襲攻撃を悟られないようにするため。真夜中の攻防戦は、注意を逸らすための敵の作戦だ。きっとその最中に、川から跳ね橋まで外壁沿いに回り込んで、一撃で橋が下りるよう何か細工をしていた。その侵入者を許していたとは。そうでなければ、戦闘中に容易く壊せるようなものではない。
そう合点がいったアルヴェンは、警戒を怠った・・・と認めて、悔やんだ。
なんてことだ。跳ね橋を上げていられることで、正門側からの襲撃は警戒の範囲外だった。ここイスタリア城は、二つの滝に挟まれて建っている難攻不落の城塞。油断していた・・・というより、そこまで視野に入れられる余裕がなかった。しかし森には何度も偵察に行った。いったい、どこにどうやって隠れていた。
とにかく、そんな愚痴は言ってられない。今、正門からも敵がなだれ込んでくれば、いっきにたたみかけられる。
「隊長はどこだ?」
部隊をまとめてくれる指揮官の姿が、近くにはどこにも見当たらなかった。
「クリフ隊長がただちに隊を編成して、門の守りにつけさせています。」
「よし、ほかにも向かえる者たちをすぐに正門へ。バリケード用の槍は出てるか。」
「はい、大手門(正門)の武器庫よりすぐに。」
このような不意の事態にも対応できるよう、常に準備だけは整えている。
「川へ! 正門を守れ!」
なおも戦いながら、アルヴェンはそう声を張り上げて敵のあいだを駆け抜けた。
「橋が下ろされた! 正門へ!」
そうして、大急ぎでそこへ駆けつけたアルヴェンが見たものは、確かに、石橋のたもとに群がるバラロワ王国の軍勢。隊形を組んでもう橋を渡り始めている。敵も槍隊のバリケードを予測していたらしく、馬で突っ込むのを避け、先頭集団はみな、大きな盾で防御しながら向かってくる。
「敵の盾を砕け!」
アルヴェンは勇ましく叫んだ。
しかし実際、急遽築いた防壁は、何とも薄く頼りないものだ。迎撃部隊の兵がまったく足りていない! 胸壁や櫓に上がった弓兵もわずか。これでは踏み倒される。
しかし考えていられる余裕などない。とにかくここは真っ向勝負しかない。強気で迎え撃つ! 苦い顔をしながらも、アルヴェンはそう気を引き締め、敵に向き直った。
その時。
川沿いに紺色の軍服を着た騎兵の一団が現れた。馬を飛ばしてやってくる。
味方だ!
0
あなたにおすすめの小説
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
「無能」と捨てられた少女は、神の愛し子だった――。 凍てつく北の地で始まる、聖獣たちと冷徹公爵による「世界一過保護な」逆転生活。
秦江湖
恋愛
魔法適性「鑑定」がすべてを決める、黄金の国ルミナリス。 名門ベルグラード公爵家の末娘アデリーンは、十五歳の鑑定式で、前代未聞の『鑑定不能(黒の沈黙)』を叩き出してしまう。
「我が家の恥さらしめ。二度とその顔を見せるな」
第一王子からは婚約破棄を突きつけられ、最愛の三人の兄たちからも冷酷な言葉とともに、極寒の地「ノースガル公国」へ追放を言い渡されたアデリーン。
着の身着のままで雪原に放り出された彼女が出会ったのは、一匹の衰弱した仔狼――それは、人間には決して懐かないはずの『伝説の聖獣』だった。
「鑑定不能」の正体は、魔力ゼロなどではなく、聖獣と心を通わせる唯一の力『調律師』の証。
行き倒れたアデリーンを救ったのは、誰もが恐れる氷の公爵ゼノスで……。
「こんなに尊い存在を捨てるとは、黄金の国の連中は正気か?」
「聖獣も、私も……お前を離すつもりはない」
氷の公爵に拾われ、聖獣たちに囲まれ、これまでの不遇が嘘のような「極上溺愛」を享受するアデリーン。
一方で、彼女を捨てた黄金の国は、聖獣の加護を失い崩壊の危機に直面していた。
慌ててアデリーンを連れ戻そうとする身勝手な王族たち。
しかし、彼らの前には「復讐」の準備を終えたアデリーンの兄たちが立ちはだかる。
「遅いよ。僕らのかわいい妹を泣かせた罪、一生かけて償ってもらうからね」
これは、すべてを失った少女が、真の居場所と愛を見つけるまでの物語。
婚約破棄された公爵令嬢ですが、戻らなかっただけです
鷹 綾
恋愛
王太子カイル殿下から、社交界の場で婚約破棄を言い渡された公爵令嬢リュシエンヌ。
理由は――
「王太子妃には華が必要だから」。
新たに選ばれたのは、愛らしく無邪気な義妹セシリア。
誰もが思った。
傷ついた令嬢は泣き、縋り、やがて戻るのだと。
けれどリュシエンヌは、ただ一言だけ告げる。
「戻りません」
彼女は怒らない。
争わない。
復讐もしない。
ただ――王家を支えるのをやめただけ。
流通は滞り、商会は様子を見始め、焦った王太子は失点を重ねる。
さらに義妹の軽率な一言が決定打となり、王太子妃候補の座は静かに消えた。
強いざまあとは、叫ぶことではない。
自らの選択で、自らの立場を削らせること。
そして彼女は最後まで戻らない。
支えない。
奪わない。
――選ばれなかったのではない。
彼女が、選ばなかったのだ。
これは、沈黙で勝つ公爵令嬢の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる