わたしのねがう形

Dizzy

文字の大きさ
1 / 161
わたしのつなぎたい手

【プロローグ】

しおりを挟む
むかしむかし、とても やさしい かみさまが いました。
その なは、ラウマ。

ラウマは、ひとの となりに しずかによりそい、
そっと、こころの なにかを わけあうことが できました。

だから みんなは、ラウマのそばに いくと、すこし らくに なったのです。

ーーーーー
 
 世界の音が、すべて沈んだようだった。

 深い森の奥、泉のほとり。
 人の気配など絶えたその岸辺。

 今、泉の前にひとりの少女がたどりついた。
 泥にまみれ、あかぎれ傷ついた手を泉に伸ばす。
 その頬に浮かぶのは涙ではなかった。ただ、静かな──諦め。

「……ここまで……だったのかな……」

 言葉にならない声。
 肩を震わせ、しばらく動けずにいた。

 ユア。16才。
 彼女の名を、今この場所で知る者はいない。
 名を呼ぶ者も、迎える者も、もうどこにも。

 生まれ育った村は、数日前に盗賊団の襲撃にあった。
 何人が生き延びたかは分からない。
 ただ、最後の瞬間──母の背に押し出され、裏道をひとり逃げた。

 それだけは、覚えている。

 逃げ出した少女は何を失い、何を抱えたどり着いたのか。
 その抜け落ちた表情からは読み解けない。

(…おかあさん)

 村からここまでなんど不安に押しつぶされただろう。
 母親、友達、パン屋のおじさん、お隣の意地悪な男の子、仲の良かった牛
 そして・・ちょっと憧れていたハンターのおじさん。

 失ってしまったのだろう、全て。
 
 年齢以上に大人ぶったユアは、おねえさん気質だった。
 知り合った全ての人を、心配してしまう優しさも持っていた。
 だからこそ、村からここまでの道程は彼女を削り続けた。

 そして気が付けば、ここにいた。
 誰に導かれるでもなく、森の道を抜け、この泉へ。
 何時からあったのか、ほとりの森に隠されるように数段の階段。

 階段の奥には、白かったであろう、くすんだ石製の祠があった。
 見上げた古びた祠と、その奥に佇む像がユアを迎えた。

 祠の奥には、一柱の像。
 それは人の姿をしていた。等身大の神像。
 けれど、どこか静謐な気配をまとう、美しい彫像。

 瞳は閉じられ、まるで眠るようにたっている。
 長い髪が肩を覆い、両手の細い指は胸の前に差し出されていた。
 微かにほほえむその顔は、ただ静かに、誰かを待っているようで。

「……ここ……あったかい……」

 階段をのぼり、祠に入ったユアはつぶやく。
 誰に向けるでもないその言葉に、祠の奥で何かが小さく揺れた。

 風でもない、獣でもない、けれど──

 気配があった。

 祠の像、その足もと。像と背中合わせになる影。
 闇よりもしずか、光よりも儚く、なにかがうずくまっている。

 それは、ヒトのようで、ヒトでなく。
 まるで記憶の残滓のように、かすかにゆれる輪郭を持つ少女。

 ひざを抱え、顔を伏せ、なにも語らない。
 痛みを抱いたまま、ただそこにいる。

(……あれは……)

 ユアは恐る恐る近づく。
 濡れた靴音が、石畳にやさしく響く。

 目の前まで来て、少女はようやく顔を上げた。
 金色の髪。淡い菫色の瞳。けれどその目は、どこも見ていない。
 少女からガラスの鈴のような、澄んだ声が鳴った。

『……助けて……とても痛いの』
 
 視線はさまよい、焦点を結ばない。青白い顔に、ユアは見覚えがあった。
 すぐ横に佇む神像。優しそうなその泉の女神にそっくりだった。
 ただ震えている姿には像と同じ神格は感じられない。
 うっすらと静謐な、神像の影法師。

「どうしたの?大丈夫?」

 ユアは自分の悲惨な姿を忘れ、自然にいたわる声が出る。
 その人影はそれほどに傷ついて弱弱しく見えた。
 声にならない声が、ユアの心をゆらす。

 ユアは、そっと片手を差し出した。
 それは、いつも誰かが自分にしてくれたこと。
 そしてもう、誰もしてくれないと、諦めていたこと。
 彼女の儚さを見て、ただしたいと浮かんだことをする。

「……だいじょうぶ。もう、ひとりじゃないよ」

 少女はすがるような眼で、ユアを見つめた。
 指先がふれた次の瞬間、世界が震えた。
 泉の水面がふるえ、風が戻ってきた。
ーーーそして、あたりには透明な光が満ちていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。 最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

これでもう、『恥ずかしくない』だろう?

月白ヤトヒコ
恋愛
俺には、婚約者がいた。 俺の家は傍系ではあるが、王族の流れを汲むもの。相手は、現王室の決めた家の娘だそうだ。一人娘だというのに、俺の家に嫁入りするという。 婚約者は一人娘なのに後継に選ばれない不出来な娘なのだと解釈した。そして、そんな不出来な娘を俺の婚約者にした王室に腹が立った。 顔を見る度に、なぜこんな女が俺の婚約者なんだ……と思いつつ、一応婚約者なのだからとそれなりの対応をしてやっていた。 学園に入学して、俺はそこで彼女と出逢った。つい最近、貴族に引き取られたばかりの元平民の令嬢。 婚約者とは全然違う無邪気な笑顔。気安い態度、優しい言葉。そんな彼女に好意を抱いたのは、俺だけではなかったようで……今は友人だが、いずれ俺の側近になる予定の二人も彼女に好意を抱いているらしい。そして、婚約者の義弟も。 ある日、婚約者が彼女に絡んで来たので少し言い合いになった。 「こんな女が、義理とは言え姉だなんて僕は恥ずかしいですよっ! いい加減にしてくださいっ!!」 婚約者の義弟の言葉に同意した。 「全くだ。こんな女が婚約者だなんて、わたしも恥ずかしい。できるものなら、今すぐに婚約破棄してやりたい程に忌々しい」 それが、こんなことになるとは思わなかったんだ。俺達が、周囲からどう思われていたか…… それを思い知らされたとき、絶望した。 【だって、『恥ずかしい』のでしょう?】と、 【なにを言う。『恥ずかしい』のだろう?】の続編。元婚約者視点の話。 一応前の話を読んでなくても大丈夫……に、したつもりです。 設定はふわっと。

処理中です...