3 / 161
わたしのつなぎたい手
【第2話:それは町の風景】
しおりを挟む
ここは文明の片隅。
人の流れがゆるやかに道を編み、交わり、静かに街を形づくる。
せかせかとせず、ほどよく心を配りあう、よくばりすぎない優しい人たちの街。
さわさわと会話が流れ去る商店街を、二人はすこし距離をつめながら歩いていく。
路にはぽつりぽつり歩いていく人々。それを横目にあちらこちらと散策していく。
アミュアにはすべてが珍しく見えて、興味を隠し切れない。
「ねえ、あれなあに?ユア」
不思議そうに指さすアミュアに、ユアは立ち止まって笑う。
「んと、あれはご飯食べるとき敷いたり、花瓶のしたに敷いたりできる刺繍かな?きれいな模様だよね!」
「なんだかいいにおい・・」
あごを少し上げ、ほんのり漂うスパイスの香りを追うアミュア。
「あたしもおなかすいてきちゃった、アミュアは嫌いな食べ物とかある?」
「あの、いいにおいの煙はなに?!」
ふわりとただよう煙に目を奪われたアミュアに、ユアがまた笑う。
「うんうん、あたしもあれ好き。お香っていってね、気持ちを静かにしたいときに焚く、ちょっと贅沢な品物!」
見るからにおのぼりさんな様子のアミュア。その無邪気さに、道ゆく人々もつい笑顔をこぼしていた。
「これ、アミュアに似合うかも」
通りすがりの露店。ユアは店先に吊るされた水色のフード付きの頭巾に目をとめ、立ち止まる。
商品を手に取りアミュアを振り向く。
「ほら、水色がアミュアの髪にあいそう!」
つられて覗き込んだアミュアの頬はすこし上気している。
次々と流れ込んでくる街の色や音に、ほんのり酔っているのだ。
「ほんとだ、あったかそうですね!こうゆうの、センスいいですねユア」
「むふふ、おねーさんにおまかせなさいって」
ちょっと自慢顔で財布を取り出すユア。
すこしかわいらしい黄色の財布だ。
その指先がピタととまる。
財布にそそいだユアの視線がくもる。
ーーー財布を選んでくれた母の、最期の姿が浮かんだのだった。
(いきなさい!ユア!お願い振り返らないで!)
(いや!いやあ!)
心に浮かんだズキリとした、未だなまなましい痛み。
ほんの一瞬で、もとの表情をとりもどしたユアが尋ねる。
「……おじさん、これおいくら?このかわいい子が着るんだから!サービスしたくなっちゃったでしょ!」
ニコニコとみていた、ちょっとふくよかな商人が答える。
「まいったな!商売上手なおねえちゃんだね!妹さんかい?しかたない少しだけおまけするよ」
こまり眉の商人と、軽快にやり取りするユア。
アミュアは先ほどのユアの変化を、繊細に受け取っていた。
(…なんだか寂しそうだった)
「ほら、ちょっと着てみてよ!アミュア」
せかすユアの態度にアミュアの体は動くが、心にはなにか動かせない楔が打たれたように感じた。
てくてくと坂を上る二人。
くるくる視線を動かし、アミュアを鑑賞するユア。
手をのばしフードをかぶせたり、脱がせたりする。
「うんうん大正解!幼女にフードマント!正義だ!」
ふざけながら、チヤホヤしたがるユアに、少しだけ調子をあわせるアミュア。
「幼女ではないです。アミュアは少女とよばれたいです」
二人は食事のため、ちょっと丘の上のレストランまで足を延ばしていた。
この街でも、日々の暮らしは銀貨と銅貨が主だった。
ユアの黄色い財布には、珍しい金貨が数枚ずっしりとしまわれている。
母があのとき自分を思い、詰めて持たせてくれたのだ。
きっと、自分の買い物にも使うはずだった大事な金貨。数か月は暮らせそうな重さ。
少しだけ、その思いに甘えて、今日は贅沢をしようと思ったのだった。
「すごいおいしい!なにこのなめらかさ!」
運ばれてきた野菜のポタージュを口に入れた瞬間、にっこりして声が出たユア。
「ほんとうです、丁寧に作ってある感じがします」
つられるように微笑んだアミュアは、心の中では先ほどの違和感を反芻していた。
(きっと、これは訊ねるべきことではない。)
にこやかに静かな食事の時間が、過ぎていった。
外はそろそろ夕暮れが迫っている。
少し寂し気なピアノが遠くで流れていた。
ユアが話さなければ、アミュアは沈黙を保っていた。
静かな店内で、カチリとガラスの器にスプーンがあたる。
「これもおいし~い!」
最後のスイーツを惜しむように、すこしづつ食べるユア。
「そうだ、泊まるところ探さないとだね。もちろん一部屋でいいよねアミュア、いいよね!」
「なにを想像してるのかわかりませんが、もちろん節約しないとですね」
できるだけいつも通りと心がけるアミュア。
ユアが楽しそうにすればするほど、先ほどの影が落ちて見えた。
「あぁ、そうかお店の人に聞いてみよう?きっといい宿教えてくれるよ!」
ユアの言葉にも声にも、影は見当たらなかったのだが。
アミュアにはなぜかチクリとした痛みが残った。
街燈のともる静かな坂道を、ゆっくりと歩く二人。
すずやかな夜風が葉を鳴らし吹きすぎる。
「よかったね~本当においしかった!いろんなこと感謝したくなる味だったな!」
明るいユアの声を聴きながら、眉をキュっとしてアミュアが立ち止まる。
「ん?どうしたアミュア?」
アミュアは繰り返し、心のかたちをなぞる。ふたりの心だ。
(訊ねてはだめだ、自分で答えをださないと)
ためらい、迷いながらも、そっと尋ねるようにユアの手をとるアミュア。
「暗くなってきたし、また転ぶといけないから……」
「…うんうん!でこぼこコンビだもんね!仲良くいこう~」
「……」
少しずつ熱を帯びていく頬を意識しながら、うつむくアミュア。
ほんのちょっとの間をあけて答えた。
「そうです、でこぼこコンビでいいんですよ!いきましょう」
「アミュアがデレた?!」
そうして二つの影が、今度は影を帯びずに歩み去った。
人の流れがゆるやかに道を編み、交わり、静かに街を形づくる。
せかせかとせず、ほどよく心を配りあう、よくばりすぎない優しい人たちの街。
さわさわと会話が流れ去る商店街を、二人はすこし距離をつめながら歩いていく。
路にはぽつりぽつり歩いていく人々。それを横目にあちらこちらと散策していく。
アミュアにはすべてが珍しく見えて、興味を隠し切れない。
「ねえ、あれなあに?ユア」
不思議そうに指さすアミュアに、ユアは立ち止まって笑う。
「んと、あれはご飯食べるとき敷いたり、花瓶のしたに敷いたりできる刺繍かな?きれいな模様だよね!」
「なんだかいいにおい・・」
あごを少し上げ、ほんのり漂うスパイスの香りを追うアミュア。
「あたしもおなかすいてきちゃった、アミュアは嫌いな食べ物とかある?」
「あの、いいにおいの煙はなに?!」
ふわりとただよう煙に目を奪われたアミュアに、ユアがまた笑う。
「うんうん、あたしもあれ好き。お香っていってね、気持ちを静かにしたいときに焚く、ちょっと贅沢な品物!」
見るからにおのぼりさんな様子のアミュア。その無邪気さに、道ゆく人々もつい笑顔をこぼしていた。
「これ、アミュアに似合うかも」
通りすがりの露店。ユアは店先に吊るされた水色のフード付きの頭巾に目をとめ、立ち止まる。
商品を手に取りアミュアを振り向く。
「ほら、水色がアミュアの髪にあいそう!」
つられて覗き込んだアミュアの頬はすこし上気している。
次々と流れ込んでくる街の色や音に、ほんのり酔っているのだ。
「ほんとだ、あったかそうですね!こうゆうの、センスいいですねユア」
「むふふ、おねーさんにおまかせなさいって」
ちょっと自慢顔で財布を取り出すユア。
すこしかわいらしい黄色の財布だ。
その指先がピタととまる。
財布にそそいだユアの視線がくもる。
ーーー財布を選んでくれた母の、最期の姿が浮かんだのだった。
(いきなさい!ユア!お願い振り返らないで!)
(いや!いやあ!)
心に浮かんだズキリとした、未だなまなましい痛み。
ほんの一瞬で、もとの表情をとりもどしたユアが尋ねる。
「……おじさん、これおいくら?このかわいい子が着るんだから!サービスしたくなっちゃったでしょ!」
ニコニコとみていた、ちょっとふくよかな商人が答える。
「まいったな!商売上手なおねえちゃんだね!妹さんかい?しかたない少しだけおまけするよ」
こまり眉の商人と、軽快にやり取りするユア。
アミュアは先ほどのユアの変化を、繊細に受け取っていた。
(…なんだか寂しそうだった)
「ほら、ちょっと着てみてよ!アミュア」
せかすユアの態度にアミュアの体は動くが、心にはなにか動かせない楔が打たれたように感じた。
てくてくと坂を上る二人。
くるくる視線を動かし、アミュアを鑑賞するユア。
手をのばしフードをかぶせたり、脱がせたりする。
「うんうん大正解!幼女にフードマント!正義だ!」
ふざけながら、チヤホヤしたがるユアに、少しだけ調子をあわせるアミュア。
「幼女ではないです。アミュアは少女とよばれたいです」
二人は食事のため、ちょっと丘の上のレストランまで足を延ばしていた。
この街でも、日々の暮らしは銀貨と銅貨が主だった。
ユアの黄色い財布には、珍しい金貨が数枚ずっしりとしまわれている。
母があのとき自分を思い、詰めて持たせてくれたのだ。
きっと、自分の買い物にも使うはずだった大事な金貨。数か月は暮らせそうな重さ。
少しだけ、その思いに甘えて、今日は贅沢をしようと思ったのだった。
「すごいおいしい!なにこのなめらかさ!」
運ばれてきた野菜のポタージュを口に入れた瞬間、にっこりして声が出たユア。
「ほんとうです、丁寧に作ってある感じがします」
つられるように微笑んだアミュアは、心の中では先ほどの違和感を反芻していた。
(きっと、これは訊ねるべきことではない。)
にこやかに静かな食事の時間が、過ぎていった。
外はそろそろ夕暮れが迫っている。
少し寂し気なピアノが遠くで流れていた。
ユアが話さなければ、アミュアは沈黙を保っていた。
静かな店内で、カチリとガラスの器にスプーンがあたる。
「これもおいし~い!」
最後のスイーツを惜しむように、すこしづつ食べるユア。
「そうだ、泊まるところ探さないとだね。もちろん一部屋でいいよねアミュア、いいよね!」
「なにを想像してるのかわかりませんが、もちろん節約しないとですね」
できるだけいつも通りと心がけるアミュア。
ユアが楽しそうにすればするほど、先ほどの影が落ちて見えた。
「あぁ、そうかお店の人に聞いてみよう?きっといい宿教えてくれるよ!」
ユアの言葉にも声にも、影は見当たらなかったのだが。
アミュアにはなぜかチクリとした痛みが残った。
街燈のともる静かな坂道を、ゆっくりと歩く二人。
すずやかな夜風が葉を鳴らし吹きすぎる。
「よかったね~本当においしかった!いろんなこと感謝したくなる味だったな!」
明るいユアの声を聴きながら、眉をキュっとしてアミュアが立ち止まる。
「ん?どうしたアミュア?」
アミュアは繰り返し、心のかたちをなぞる。ふたりの心だ。
(訊ねてはだめだ、自分で答えをださないと)
ためらい、迷いながらも、そっと尋ねるようにユアの手をとるアミュア。
「暗くなってきたし、また転ぶといけないから……」
「…うんうん!でこぼこコンビだもんね!仲良くいこう~」
「……」
少しずつ熱を帯びていく頬を意識しながら、うつむくアミュア。
ほんのちょっとの間をあけて答えた。
「そうです、でこぼこコンビでいいんですよ!いきましょう」
「アミュアがデレた?!」
そうして二つの影が、今度は影を帯びずに歩み去った。
10
あなたにおすすめの小説
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく
タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。
最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
これでもう、『恥ずかしくない』だろう?
月白ヤトヒコ
恋愛
俺には、婚約者がいた。
俺の家は傍系ではあるが、王族の流れを汲むもの。相手は、現王室の決めた家の娘だそうだ。一人娘だというのに、俺の家に嫁入りするという。
婚約者は一人娘なのに後継に選ばれない不出来な娘なのだと解釈した。そして、そんな不出来な娘を俺の婚約者にした王室に腹が立った。
顔を見る度に、なぜこんな女が俺の婚約者なんだ……と思いつつ、一応婚約者なのだからとそれなりの対応をしてやっていた。
学園に入学して、俺はそこで彼女と出逢った。つい最近、貴族に引き取られたばかりの元平民の令嬢。
婚約者とは全然違う無邪気な笑顔。気安い態度、優しい言葉。そんな彼女に好意を抱いたのは、俺だけではなかったようで……今は友人だが、いずれ俺の側近になる予定の二人も彼女に好意を抱いているらしい。そして、婚約者の義弟も。
ある日、婚約者が彼女に絡んで来たので少し言い合いになった。
「こんな女が、義理とは言え姉だなんて僕は恥ずかしいですよっ! いい加減にしてくださいっ!!」
婚約者の義弟の言葉に同意した。
「全くだ。こんな女が婚約者だなんて、わたしも恥ずかしい。できるものなら、今すぐに婚約破棄してやりたい程に忌々しい」
それが、こんなことになるとは思わなかったんだ。俺達が、周囲からどう思われていたか……
それを思い知らされたとき、絶望した。
【だって、『恥ずかしい』のでしょう?】と、
【なにを言う。『恥ずかしい』のだろう?】の続編。元婚約者視点の話。
一応前の話を読んでなくても大丈夫……に、したつもりです。
設定はふわっと。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる