わたしのねがう形

Dizzy

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わたしのつなぎたい手

【第2話:それは町の風景】

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 ここは文明の片隅。
人の流れがゆるやかに道を編み、交わり、静かに街を形づくる。
せかせかとせず、ほどよく心を配りあう、よくばりすぎない優しい人たちの街。

 さわさわと会話が流れ去る商店街を、二人はすこし距離をつめながら歩いていく。
路にはぽつりぽつり歩いていく人々。それを横目にあちらこちらと散策していく。
アミュアにはすべてが珍しく見えて、興味を隠し切れない。

「ねえ、あれなあに?ユア」
 不思議そうに指さすアミュアに、ユアは立ち止まって笑う。
「んと、あれはご飯食べるとき敷いたり、花瓶のしたに敷いたりできる刺繍かな?きれいな模様だよね!」

「なんだかいいにおい・・」
 あごを少し上げ、ほんのり漂うスパイスの香りを追うアミュア。
「あたしもおなかすいてきちゃった、アミュアは嫌いな食べ物とかある?」

「あの、いいにおいの煙はなに?!」
 ふわりとただよう煙に目を奪われたアミュアに、ユアがまた笑う。
「うんうん、あたしもあれ好き。お香っていってね、気持ちを静かにしたいときに焚く、ちょっと贅沢な品物!」

 見るからにおのぼりさんな様子のアミュア。その無邪気さに、道ゆく人々もつい笑顔をこぼしていた。
「これ、アミュアに似合うかも」
 通りすがりの露店。ユアは店先に吊るされた水色のフード付きの頭巾に目をとめ、立ち止まる。
 商品を手に取りアミュアを振り向く。
「ほら、水色がアミュアの髪にあいそう!」

 つられて覗き込んだアミュアの頬はすこし上気している。
 次々と流れ込んでくる街の色や音に、ほんのり酔っているのだ。
「ほんとだ、あったかそうですね!こうゆうの、センスいいですねユア」
「むふふ、おねーさんにおまかせなさいって」
 ちょっと自慢顔で財布を取り出すユア。
 すこしかわいらしい黄色の財布だ。
 その指先がピタととまる。
 財布にそそいだユアの視線がくもる。

ーーー財布を選んでくれた母の、最期の姿が浮かんだのだった。
(いきなさい!ユア!お願い振り返らないで!)
(いや!いやあ!)

 心に浮かんだズキリとした、未だなまなましい痛み。
 ほんの一瞬で、もとの表情をとりもどしたユアが尋ねる。
「……おじさん、これおいくら?このかわいい子が着るんだから!サービスしたくなっちゃったでしょ!」
 ニコニコとみていた、ちょっとふくよかな商人が答える。
「まいったな!商売上手なおねえちゃんだね!妹さんかい?しかたない少しだけおまけするよ」
 こまり眉の商人と、軽快にやり取りするユア。
 アミュアは先ほどのユアの変化を、繊細に受け取っていた。

(…なんだか寂しそうだった)

「ほら、ちょっと着てみてよ!アミュア」
 せかすユアの態度にアミュアの体は動くが、心にはなにか動かせない楔が打たれたように感じた。

 てくてくと坂を上る二人。
くるくる視線を動かし、アミュアを鑑賞するユア。
手をのばしフードをかぶせたり、脱がせたりする。
「うんうん大正解!幼女にフードマント!正義だ!」
 ふざけながら、チヤホヤしたがるユアに、少しだけ調子をあわせるアミュア。
「幼女ではないです。アミュアは少女とよばれたいです」
 二人は食事のため、ちょっと丘の上のレストランまで足を延ばしていた。
 この街でも、日々の暮らしは銀貨と銅貨が主だった。
ユアの黄色い財布には、珍しい金貨が数枚ずっしりとしまわれている。
母があのとき自分を思い、詰めて持たせてくれたのだ。
きっと、自分の買い物にも使うはずだった大事な金貨。数か月は暮らせそうな重さ。
 少しだけ、その思いに甘えて、今日は贅沢をしようと思ったのだった。

「すごいおいしい!なにこのなめらかさ!」
 運ばれてきた野菜のポタージュを口に入れた瞬間、にっこりして声が出たユア。
「ほんとうです、丁寧に作ってある感じがします」
 つられるように微笑んだアミュアは、心の中では先ほどの違和感を反芻していた。

(きっと、これは訊ねるべきことではない。)

 にこやかに静かな食事の時間が、過ぎていった。
 外はそろそろ夕暮れが迫っている。

 
 
 少し寂し気なピアノが遠くで流れていた。
ユアが話さなければ、アミュアは沈黙を保っていた。
静かな店内で、カチリとガラスの器にスプーンがあたる。
「これもおいし~い!」
 最後のスイーツを惜しむように、すこしづつ食べるユア。
「そうだ、泊まるところ探さないとだね。もちろん一部屋でいいよねアミュア、いいよね!」
「なにを想像してるのかわかりませんが、もちろん節約しないとですね」 
 できるだけいつも通りと心がけるアミュア。
ユアが楽しそうにすればするほど、先ほどの影が落ちて見えた。
「あぁ、そうかお店の人に聞いてみよう?きっといい宿教えてくれるよ!」
 ユアの言葉にも声にも、影は見当たらなかったのだが。
アミュアにはなぜかチクリとした痛みが残った。

 街燈のともる静かな坂道を、ゆっくりと歩く二人。
すずやかな夜風が葉を鳴らし吹きすぎる。
「よかったね~本当においしかった!いろんなこと感謝したくなる味だったな!」
 明るいユアの声を聴きながら、眉をキュっとしてアミュアが立ち止まる。
「ん?どうしたアミュア?」
 アミュアは繰り返し、心のかたちをなぞる。ふたりの心だ。

(訊ねてはだめだ、自分で答えをださないと)

 ためらい、迷いながらも、そっと尋ねるようにユアの手をとるアミュア。

「暗くなってきたし、また転ぶといけないから……」
「…うんうん!でこぼこコンビだもんね!仲良くいこう~」
「……」
 少しずつ熱を帯びていく頬を意識しながら、うつむくアミュア。
 ほんのちょっとの間をあけて答えた。

「そうです、でこぼこコンビでいいんですよ!いきましょう」
「アミュアがデレた?!」
 そうして二つの影が、今度は影を帯びずに歩み去った。
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